ラスキノ攻防戦 ‐最終作戦‐
10月21日午前11時。ラスキノ独立軍の稼働可能兵力2500余名は旧市街北側に集結した。ずっと300名前後で防衛してたから、桁が1つ上がると壮観だね。道幅がなくて陣を展開しにくいんだけどね。
「作戦って言っても簡単だよ。ガッと進んでバサッと切るだけだから」
「バカにしてるの?」
「ごめんなさい」
そう言えばサラさんも作戦会議に出席してましたね。作戦知ってましたね。
「でもこれ何の意味があるの?」
「知らないのかよ……」
作戦内容は知ってたけど作戦目的はわからなかったらしい。それも議題だったはずなんだけどなぁ。
「まぁそれも単純明快だよ」
「わかりやすく説明して」
「負けたら死ぬ」
「いつも通りね」
「いつも通りだね」
ちなみにここにいる2500余名以外の兵は南部戦線の監視を行っている索敵隊と予備兵力、そして戦力外、合わせて355人。つまりここにいる約2500人が全滅すれば組織的抵抗は不可能になる。でも成功しなきゃ食糧不足で飢え死にするだけなので安心してください。
「にしても動きづらいわね」
「本来の野戦はこれを10倍でかい規模でやるんだよ」
10万人が一同に会して隊列を組んで戦闘するなんて稀によくある。でも確かに動きづらいね。まだ城壁内で狭いってのもある。
「まぁ戦闘になれば事前に決めた隊ごとに動くから、空間に余裕ができると思うよ。味方も死んでそれなりに間隔も取れるかも」
「私が死んだらユゼフも道連れにするわ」
「ごめんなさい頑張って生き残りましょう」
ホント怖いこの子。
11時10分。作戦の最終確認。
第334部隊のメンバーが額を合わせて作戦会議。今回はラデックも前線参加だ。頑張れ補給参謀。
「この作戦は、帝国軍の奴らが南の友軍増援部隊に対して邀撃行動をさせないために、こちらに耳目を集めさせることを目的としている。だから、派手に暴れ回らなければならない。いいですね?」
「今まで溜めた魔力は全部ここで開放してもいいのか?」
南西戦線の狂戦士ヴァルタさんらしいお言葉ですね。感激です。
「構いません。この機会を逃したら、次はいつ全力を出せるかわからなくなりますよ」
「じゃあ。本気を出そう」
「それに派手に暴れて、大爆発を起こそうものなら南の増援部隊も焦るかもしれません『もしかしたら帝国軍の大攻勢を受けて陥落目前なのでは』とでも思って行軍速度を速めてくれるかもしれませんし」
「そうすれば我々の置かれた状況はより良くなる、とうことですね」
「えぇ。よくなって貰わねば、ラスキノ軍は飢餓で死ぬ羽目になります」
「でも、あまり派手にやると敵も魔術攻勢をかけてくるんじゃないの?」
「魔術攻勢を封じるために乱戦に持ち込むしかない。この状況下で敵味方もろとも魔術で皆殺し、ていう判断を帝国軍がするとは思えない。帝国軍も余力がなくなってるみたいだしね」
「でも用心して然るべきでしょう」
「そうですね。ですので新市街に到着したら散開して的を絞らせないようにしましょう。散開したらゲリラ戦です」
敵味方の耳目を我々に集めるため、派手に戦わなければならない。故にこっちは容赦なく上級魔術を行う。
「では具体的な作戦行動を説明します。作戦開始時刻は午前11時30分で……」
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11時30分。作戦開始。
第一陣が橋を北上する。数はおよそ200。その進撃を旧市街の城壁から弓兵や初級・中級魔術兵が援護している。帝国軍はすぐに迎撃の部隊を出した。あちらは倍の400と言ったところかな。
「第二段階! 上級魔術詠唱開始、目標は敵防衛拠点!」
カーク准将が声を張って指示を出す。数分後、旧市街上空に上級魔術特有の発動光が現れる。
帝国軍はその光を見て後退を始めたが、時すでに遅く、無慈悲な上級魔術の業火が対岸の敵拠点を粉砕した。
「第二陣突入!」
第一陣が敵軍をおびき寄せ、上級魔術の有効射程内に引き摺り込む。その隙に第一陣が対岸に突入し拠点を確保、第二陣が周辺地域を確保する。そして……。
「工兵隊、渡河作戦開始!」
北西戦線に敵の注意をひきつけた後、北中・北東戦線で渡河を試みる。その際に上級魔術によって対岸攻撃も仕掛ける。
「どう? 上手くいってる?」
サラが城壁に上ってきた。危ないから降りなさい。って城壁の上で胡坐かいてる人が言える台詞じゃないか。
「上手くいってるよ。恐ろしいほどにね」
北中・北東戦線で渡河作戦を開始したことによって、帝国軍の前線兵力が3か所に分散される様子がここからでも見てとれる。この渡河作戦は陽動で、帝国軍が散らばった時点で独立軍の勝ちだ。すでに第三陣が北西の橋の突破に成功し、橋頭堡は完全に確保できた。
「サラ、そろそろ城壁から降りて橋を渡るよ。俺らは第五陣だからね」
「わかったわ」
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一方帝国軍司令部は混乱の極みにあった。
約5個師団のシレジア軍が国境を突破し、ラスキノのすぐ南に展開しているという情報が入ってきたからである。その事態に追い打ちをかけるかのように、ラスキノ独立軍が攻勢作戦を開始。指揮系統が混乱しているところに攻勢を受けたため支え続けることができず、独立軍に渡河を成功させてしまったのである。
独立軍はなおも攻勢の手を緩めなかった。各戦線の街道に対して魔術攻勢を開始。魔術による直接被害は少なかったものの、倒壊もしくは炎上した建造物に退路を阻まれ右往左往しているところを背後から襲われると言う事態が多発していた。
新市街北側は攻勢開始1時間と待たずして独立軍が市街の七割を掌握するに至った。この事態に、帝国軍のサディリン少将は憤慨した。
「バカな! 我々が2週間かけて奪った新市街を、たった1時間で奪還されるだと!?」
「閣下……」
「反乱軍に目に物見せてやる! 全軍、新市街に突入せよ!」
「閣下、無茶です!」
「無茶なものか! 奴らにできて、なぜ我々にできないと思うのか! 町の被害や友軍の被害を気にするな! 上級魔術を使われたのなら、我々も使うまで! 魔術攻勢をかけ反乱軍を一気に殲滅するのだ!」
「しかし閣下! よしんばそれに成功したとしても、南から新たな敵軍が来ているのです! ここは一旦御退きになってください。さもないと、我々が逆包囲される危険があります!」
「逆包囲されるのであれば、我々は反乱軍がやったようにラスキノに立て籠もるまでだ! 突撃しろ!」
しかしサディリンが命令しても部下は動かなかった。ほとんど皆がうんざりしており、従う気力がなくなったからである。だが、帝国軍督戦隊や憲兵隊が司令部に集まると、部下は嫌々サディリンの命令を実行する羽目になった。
そのためか、帝国軍の反撃は連携不足で、士気が著しく低いものだった。上級魔術の攻勢も無秩序の極みで、何もない建造物を多数破壊したところで魔力切れを起こした。これは魔術兵部隊が「魔力切れを起こすまで戦いました後は知りません」と言い訳するための攻撃だったことが後に判明している。
また第55師団のシロコフ少将は冷然とこの命令を無視した。本来であれば抗命罪に問われる行為であったが、彼にも言い分はあった。それは午後2時15分にシレジア・オストマルク義勇連合軍の増援部隊50,540名がラスキノ市外縁部東に到着したためである。
ラスキノの東にある橋は、道幅がそれほど広くないため5個師団の軍隊が一気に渡河することはできない。そこでシロコフ少将はこの橋を封鎖し、渡河作戦を妨害したのである。だが、既に8,000名弱にまで部隊が減っていた第55師団が、50,000を超える大部隊の渡河を阻止するだけの力はなかった。1時間ほどの戦闘によって第55師団は敗退し、義勇軍増援部隊の渡河を許してしまった。
事ここに至り、帝国軍ラスキノ市反乱鎮圧部隊総司令官サディリン少将は自らの敗北をようやく認め、全軍を退却させた。
10月21日午後3時27分の出来事である。