来援
合計11個師団の義勇軍増援部隊を指揮するのはオストマルク帝国軍ヘルマン・ギースル・フォン・アンゲリス上級大将とシレジア王国軍ジグムント・ラクス大将である。
「問題はどちらから先に叩くかだ。各方面の戦況はどうなっている?」
「オゼルキ、ラスキノ、両戦線ともに苦戦してる模様です。しかし如何せん敵の妨害が激しく思い通りの索敵行動が取れないため、詳細は不明です」
「敵味方の数はどれほどだ?」
「オゼルキに友軍1個師団、敵軍3個師団。ラスキノに友軍1個連隊、敵軍2個師団。ただしこれは、2週間前の数字です」
「ふむ。残ってるとしたらその半分だな。どちらに対しても至急増援を向かわせねば全滅するだろう」
「どういたしますか? 部隊を分けますか?」
「そうだな。11個師団も展開する地形的な余裕はラスキノにもオゼルキにもないか。敵中での戦力分散は些か不安だが、仕方あるまい」
「指揮系統を統一するためにも、閣下の部隊はオストマルク軍のみで編制された方がよろしいでしょう」
「そうだな。ラクス大将には第10・第11師団を預ける。指揮系統の整理が大変だとは思うが」
「構いません。3個師団では不安が残るのも確かですから」
義勇軍増援部隊は部隊を2つに分けた。1つはアンゲリス上級大将が指揮する6個師団。もう1つはラクス大将指揮する5個師団。
アンゲリス上級大将はオゼルキを包囲している帝国軍3個師団を、ラクス大将はラスキノ攻略作戦を実行している帝国軍2個師団を撃滅すべく別行動を取ることになった。
諸々の準備を終えた義勇軍増援部隊が国境を越えたのは、10月18日のことである。
---
――同日、ラスキノ防衛司令部。
司令部内に一時的に作られた作戦会議室、そこには各戦線指揮官だった者5名、参謀4名、そして司令官カーク准将の計10名が一同に会していた。
最初に口を開いたのは、作戦参謀代理だった。
「増援が来るのは喜ばしい事ですが、いくつか問題があります」
「問題とは、何か?」
一人の士官が聞き返した。作戦参謀の代わりに答えたのは、補給参謀代理だ。
「食糧が欠乏しかけています。捕虜を取ったこと、そして戦闘の影響で廃棄せざるを得なかったこと、そして事故や時間経過によって食べることが不可能になった、などの要因によって食糧の消耗が予想以上に激しいです」
「……あとどれくらいある?」
「もって4日ですね。それ以上は無理です」
「つまり4日以内に増援が到着しなければ、我々は飢えて降伏しなければならなくなる、ということです」
「増援の到着はいつになるか?」
「10月20日と思われますが……」
「とすると、ギリギリ間に合うか」
「ですがこれは『早ければ』という文言が追加されます。おそらく10月20日に来ることはないでしょう」
「……」
会議室に陰鬱な雰囲気が流れた。
増援到着が遅れる要因はいくらでもある。合計11個師団の大軍ともなれば行軍は遅くならざるを得ない。それに帝国軍がこの動きを察知し、迎撃に出るかもしれない。ラスキノとオゼルキの帝国軍は合わせて5個師団で、どう考えても帝国軍に勝ち目はないが、数日程度なら増援部隊を食い止めることはできる。その数日で、ラスキノが飢餓状態になる可能性があるのだ。
「せめて、南の橋が生き残っていたら……」
誰かがそう呟いた。
言わんとしてることは皆承知している。南の橋が残っていたら、我々は敵軍を強行突破し南からくる増援と合流することもできた、という意味である。
「今更そんなこと言ってもしょうがないでしょ」
その呟きに反論したのは、北西戦線前線指揮官だった女性士官である。階級も年齢も上かもしれない誰かの呟きに対し、敬語を使わない粗雑な態度で言い放った。
「橋を破壊しなかったら、今私たちはこんなところで悠長に話し合ってる暇なんてなかったわよ。今よりもっと辛い状況にあったかもしれない。それに南に逃げれたところで、民間人をどうするつもりなの?」
「……」
「ふんっ」
言いたいことをさんざん言えて満足したのか、彼女はそれ以上追及しなかった。
「過ぎてしまったことを今更論じてしまっても仕方ない。今話し合うべきなのは、これからどうするかだ」
カーク准将は議事を本来の方向に修正する。
「せめて増援がいつ来るかが分かればいいのですが……」
「だが偵察できるほどの余裕はない。新市街南側は、数が少なくなったとは言え敵の哨戒網がある。迂闊に偵察隊を派遣できる状況ではない」
ラスキノ新市街南側の帝国軍は撤退し、北部の師団と合流した。しかし依然として偵察及び嫌がらせ部隊が駐留していたため、ラスキノ軍は南側へ渡ることができなかった。
「とりあえず、4日後の食糧がなくなる日ギリギリに来援すると仮定して作戦を練りましょう」
この日、ラスキノ軍の作戦会議は夕暮れまで続いた。
---
南から接近する大軍を発見した、という報告がカーク准将にもたらされたのは10月21日午前10時45分のことである。
「援軍か?」
「わかりませんが、帝国軍ではないことは確かです」
「理由は?」
「帝国の偵察隊と思われる部隊と交戦してる模様で、魔術の発動光が確認されています」
「なるほど。ならあれは援軍と考えてよさそうだ」
ラスキノ独立軍の食糧庫は既に空だった。明日になれば降伏を検討しなければならなかっただろうが、間一髪でそれは免れた。
「だがまだ問題が解決された訳ではない。帝国軍が、あの増援を食い止めるために動くことも考えられる」
「わかっております。そのためにどうするべきか、先日の作戦会議で決めたのですから」
「そうだったな。所定の計画に従い、準備を進めさせろ」
「ハッ!」