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大陸英雄戦記  作者: 悪一
ラスキノ独立戦争
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橋上決戦

 ラスキノ独立軍は反撃と後退を交互に行いつつ、徐々に旧市街方面に撤退していた。北部方面の戦局は順調に推移していたが、南部方面では些か苦戦していた。それは帝国軍南部方面司令官シロコフ少将の指示を受けた南西・南東戦線指揮官が慎重に動いたため、ラスキノ独立軍の動きが制限されたことにある。特に南西戦線は練度も士気も高いタラソフ隊で攻勢をかけたために、独立軍が下手に後退すればさらなる攻勢を呼び、戦線崩壊に至る危険があった。

 それでも少しづつ後退できたのは、エミリア・ヴィストゥラの的確な指揮と、マヤ・ヴァルタの類稀なる剣の才能があってこそである。

 午後1時28分。ラスキノ独立軍南西戦線部隊は跳ね橋部分を越えることに成功した。だが敵剣兵の攻撃は苛烈を極めていた。


「あと少し、あと少しで敵陣を突破できるぞ! 突撃だ!」


 タラソフ中佐はそう叫び味方の士気を高めた。同時に後方の部隊に伝達し、跳ね橋の可動機構の破壊を命じた。だがその命令を発するに際し、ヴァルタが奇妙なことを言った。


「お手を煩わせることはしませんよ、中佐」

「何……?」


 その瞬間、ヴァルタの背後で火球と水球が1発ずつ上がった。


「なんだ、何の信号だ!?」

「じきにわかりますよ、中佐!」


 ヴァルタはそう叫ぶとタラソフ中佐を蹴飛ばし、初級魔術で牽制し帝国軍の行き足を止めた。


「よし、後退しろ!」

「逃がすな! 前進!」


 独立軍は全力で逃げ、帝国軍は全力で追った。それによって帝国軍は長い縦列となったため連携が取れず、また追うのに夢中になったため独立軍の意図を考察する機会を失ってしまった。


 ヴァルタの後退命令から数分後。独立軍後方部隊上空で魔術の発動光が発生した。その光を見た瞬間、タラソフ中佐は独立軍の意図を正確に察した。

 

「まさか……クソッ、後退しろ! 跳ね橋の向こうまで後退するんだ!」


 タラソフは叫んだ。だが独立軍は後退を阻止すべく攻勢に転じ、帝国軍の後退を阻んだ。

 そして魔術が発動し、巨大な火の球が、帝国軍後方にある跳ね橋へと向かった。


 午後1時29分。4本の橋がほぼ同時に破壊された。




---




 それは、帝国軍がラスキノを攻撃する前日の9月23日のことである。


「新市街の戦いはあくまで敵の勢いと数を削ぐためだけの戦いになると思う。だから、俺らが旧市街に立て籠ってからが本番になるかな」


 半ば成り行きでラスキノ独立軍の作戦参謀になってしまったユゼフ・ワレサは、第334部隊の仲間に作戦の再説明をしていた。


「旧市街は城壁もあるし、跳ね橋もある。たぶん1ヶ月は持ちこたえられるんじゃないかな」

「じゃあ新市街は放棄して、最初から旧市街に立て籠もった方が良いんじゃないか? どのみち食糧は1ヶ月分しかないのだから」


 と進言したのは、やはり半ばその場の流れで補給参謀代理になったラデックだった。


「いや、それはダメだ。防戦一方って言うのは味方の士気が落ちやすい。定期的な攻勢に出れば士気も上がるし、何より敵の戦力を削ぐことができる。それに……」


 ユゼフは言いにくそうな顔をして、頭を掻いていた。


「なによ。続きを言いなさい」

「いや、うん。実はゼーマン軍曹と一緒に、橋をもう1回調べてみてわかったんだけど、どうやらあの跳ね橋は老朽化でもう動かないみたいなんだ」

「……はぁ!?」


 ラスキノに架かる5本の橋、そのうちの4本は1000年以上前に架けられた非常に古い橋である。

 十数年に一度大規模な洪水が起きるこのラスキノでは、その洪水に耐えられるように頑丈な橋が架けられ、補修を受けながら1000年間現役であり続けた。しかし跳ね橋部分は材料や構造の関係、また帝国による大陸統一以降跳ね橋を利用する機会が減ったことから整備がなされていなかった。


「まぁ1000年も経ってるから動かないとしても無理はない。だいぶボロくて、架け替えも検討されてたみたいだし」

「じゃ、じゃあ跳ね橋が使えないってことは旧市街での防衛は難しいってこと?」

「そうだね。あのままだと難しいね」

「ほう。含みのある言い方だねワレサくん」

「えぇ。実はエミリア様が紹介してくれた上級魔術師にある事を聞いてみたんですよ」

「ある事、とは?」

「跳ね橋を破壊できるかどうか」

「……えっ?」


 その場にいた全員が固まった。数秒後、ようやく石化の呪いが解けたラデックが問うた。


「本気か?」

「俺はいつでも本気でございますよ?」

「……なんか稚拙な手、という感じがするんだが」


 ラデックの言うことはもっともである。

 橋を破壊すれば、長期に渡って帝国軍の攻勢を凌ぎ切ることは可能だろう。架橋は時間と手間がかかり、さらには全力で妨害できるため、帝国軍にとっては悩みの種となる。

 だが橋が渡れなくなるのは独立軍だって同じである。


「橋を壊せば、我々が逆攻勢をかけることができなくなります。それに橋を破壊したことによって味方の士気が低下してしまう可能性もあるのでは?」

「それに、よしんばそれで勝てたとしても戦後の復旧が面倒なことになる。なんせ南北の通行が全く不可能になるのだから」


 エミリアとヴァルタも、ユゼフの提案に疑問を呈した。


「俺としては、それはさほど問題ないと思いますよ」

「理由は?」

「まず、橋を破壊し敵の架橋を妨害できれば、実質的に南部方面の帝国軍は遊兵になる。2個師団を相手にするより1個師団を相手にする方が楽だからね」

「確かにそうだが、もしそうなれば帝国軍は南側を放棄して、北に行くのでは? 確かラスキノの東にも橋はあったはずだ。少し遠いが……」

「そうですね。でも部隊や指揮系統の再編をして大きく迂回して北側に移動する。おそらく1日ほどかかります。その分の時間を稼げることはできる」

「たった1日か」

「えぇ。でも1日は貴重ですよ。それに、それだけじゃない」

「というと?」

「北西戦線に戦力を集中できる。戦力分散しながらラスキノ防衛は不可能だし。ひとつの戦線に纏められるのならそれに越したことはない」

「でも帝国軍も北西戦線に戦力を集中できるぞ?」

「えぇ、集中できますよ。でも、戦うのは狭い街道、もしくは橋です。道が狭ければ大軍はその数の有利を生かしきれない。さらに言えば、橋の旧市街側入り口で帝国軍を迎撃できれば、さらに数の有利は減殺されるはずです」


 帝国軍が北西の橋を出たところで独立軍が三方から迎撃すれば、帝国軍は局地的に三正面作戦を強いられることになる。帝国軍がそれを打ち砕くには上級魔術攻撃の集中使用による火力の応酬が一番だろう。だが旧市街からだと橋の様子は良く見える。魔術兵が橋のどこに配置されているかが一目瞭然であるため、帝国魔術兵が魔術攻撃をする前に、独立軍が弓なり魔術なりで先制できる。高低差があるため、帝国軍は反撃しにくい。


「それに、橋を破壊したことによって敵が分断される可能性もある、か」

「御名答です。分断された敵は川に叩き落とすなりすればいいでしょうね」

「だが士気の問題と戦後の問題がある。それはどうする?」

「知りません」

「は?」

「そこまで責任は持てません」

「いやもっと真面目に……」

「俺はいつだって真面目ですよ」


 再びメンバーが固まった。ユゼフの無責任ぶりに唖然としたのである。


「これは勝つための策です。士気は下がるかもしれませんけど、まぁそこは士気を鼓舞する人の責任ということで」

「無茶苦茶な……」

「戦後のことは別にいいです。確かに面倒ですけど、アレはもともと架け直すことが決まってたみたいですから、それがちょっと早くなっただけ。それに平和になったら仮設の橋を作ることもできるでしょう。それには時間も手間もかかりませんよ」


 メンバーは感情的には完全に納得できなかった。だがこの男に戦術でどうこう言えるほど自分たちが優秀ではないということも知っていた。そのためメンバーはみな無理矢理納得するしかなかったのである。


「というわけでみなさん、よろしくお願いしますね」


 こうして“ラ号作戦”は発動したのである。




---




「帝国軍の将兵が慌てふためいている場面を見れただけでも、この作戦をやった甲斐があったと思うことにしよう」

「そうですね。些か可哀そうな気もしますが」


 南西戦線の前線指揮官の2人は、10日以上前の作戦会議を思い出していた。あの時は半信半疑であったが、タラソフ中佐らが狼狽している様子を見て、この作戦がどれだけ有効かを思い知った。

 跳ね橋は完全に破壊されており、原型を留めていない。そしてタラソフ中佐の剣兵小隊含め、100名前後の帝国兵が取り残されていた。


「マヤ、お願いします」

「御意」


 ヴァルタは、一挙に攻勢に転じた。橋が落ちたことによって狼狽えた敵兵は歯ごたえなく次々と倒されていった。


「態勢を立て直せ! 後ろに引けないのであれば、前に進むのみ! そして北西の橋を渡って北の連中と合流するだけだ! 突撃せよ!」


 タラソフ中佐はそう檄を飛ばし、突撃を開始した。だが部下の連携は乏しかった。100名では敵中突破は無理で、帰還の可能性は低いと悟っていたからである。結局タラソフの突撃命令は10秒ももたず、敗走することになる。背水の陣となった帝国軍は次々と撃破され、ある者は川に落とされ、ある者は狂乱し槍を振り回した。ヴァルタは微弱な抵抗を軽くあしらい、さらに突撃した。


 気がつけば、南西戦線の帝国軍は僅か18名であり、その殆どがタラソフ中佐直属の剣兵隊員だった。


「帝国軍将兵に告ぎます。武器を捨て投降してください。私たちは、あなた達を寛大なる処遇を以って迎えるつもりです」


 エミリア・ヴィストゥラは、タラソフ中佐らに降伏勧告を出した。通信魔術ではなく、面と向かって。


「……部下の身の安全を保障してほしい」

「安心してください。大人しく投降すれば、あなた達に危害を加えるつもりは毛頭ありません」

「なら、何も言うことはない。……全員、武器を川に捨て、投降せよ」





 10月8日午後1時43分。かくして、南西戦線の激闘は終結した。

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