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大陸英雄戦記  作者: 悪一
ラスキノ独立戦争
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ラスキノ攻防戦 ‐新市街撤退戦‐

 ラスキノ防衛司令部はようやく一時の混乱から脱し、細かな状況を把握できるようになった。


「カーク准将。ノヴァク准尉から詳細な情報が届きました」

「ご苦労。それで、どうなんだ?」

「ハッ。北西戦線は戦死52、戦傷108。また防衛拠点周辺の建物3棟が全壊した模様です」

「まずいな」

「はい。ですが、上級魔術攻撃を仕掛けてきた敵魔術兵小隊を壊滅させることに成功し、第二次攻撃を受けることはありませんでした。数時間経っても二度目の攻撃がないと言うのを考えると、おそらく敵は魔術攻勢を断念したと思われます」

「ふむ。痛み分けか」

「しかし北西戦線は戦力の半数近くを失いました。今は予備兵力の投入で何とか持ちこたえていますが、このままでは他の戦線に影響が出ます」

「そうだな、そろそろ作戦を次の段階に移行すべきかもしれん」


 カーク准将の言う次の段階とは、ワレサが立案した防衛作戦の最終段階のことである。




---




 10月7日。


 あの魔術攻勢の後、帝国軍の攻勢は散発的かつ小規模になっていた。事に北西戦線に顕著で、味方を巻き込んでの攻勢を指示した司令部に対する不信感、そしてまた巻き添えになるんではないかと言う兵士の不安感が、この消極的な攻勢に繋がったのである。

 一方南部方面では帝国軍の攻勢が強まっていた。


 帝国軍の南部方面を指揮するのは第55師団のウラジーミル・シロコフ少将。男爵家の長男として生まれ、将来はシロコフ男爵家の家名を継ぐ者である。北部方面の指揮官であり、ラスキノ市鎮圧部隊の総司令官を務めるサディリン少将とは違い、コネに頼らず実力で少将にまで昇進した。本来であれば、シュレメーテフ中将はシロコフ少将をラスキノ市鎮圧部隊の総司令官にしたかった。しかしサディリンは伯爵家の息子で年齢もシロコフより上だったため、シュレメーテフは仕方なくサディリンを総司令官に任命した、という経緯がある。


「南東戦線は戦線を維持できるだけの最低限の兵力を配置し、残りは南西戦線で攻勢をかけ続けよ。間断なく兵力を投入し続け、敵を疲弊させるのだ」


 シロコフ少将の命令は単純だった。圧倒的な数の有利を生かし、攻勢をかけては被害が多くなる前に退却、その時に第二陣を投入して攻勢をかけ、第二陣が退却すると同時に第三陣を投入した。

 ラスキノ独立軍はその攻勢を支え続けることができず、一時は前線崩壊の一歩手前にまで陥った。

 だがその時、前線崩壊の危機を救ったのは若い2人の士官候補生であった。エミリア・ヴィストゥラと、マヤ・ヴァルタである。


 ヴィストゥラは退却する部隊と、攻勢を開始する部隊が交錯した時に生じる一瞬の隙を見逃さずに、魔術斉射の指示を出した。それにより退却部隊と攻撃部隊は一時的に混乱し、そこをヴァルタ率いる剣兵部隊が急進し逆攻勢に出たのである。ヴァルタは前線の兵の士気を鼓舞し、また自らが先頭に立って帝国軍の攻勢を捌き切って帝国軍に少なからぬ損害を与え続けた。女性らしからぬその剛毅さは南西戦線の兵の士気を最大限に引き出した。この2人の息と連携は完璧なもので、互いが何も言わなくても理解しあえていた、と当時彼女らの指揮下にいた兵が証言している。


 この若い女性指揮官が戦線を支えていると知った帝国軍南西戦線指揮官のタラソフ中佐は「その女性指揮官らを傷ひとつつけず私の元に連れてくるように」と部下に命令したそうである。この命令は無論冗談ではあったが――少なくとも部下はそう受け取った――中佐は更に別の命令を出した。それは信頼できる部下と共に夜襲を仕掛けたのである。戦果は僅少だったものの、不定期に夜襲をかけたことによって独立軍の疲弊を増大させることに成功した。


 南西戦線は数の上では圧倒的に不利であり、疲労の蓄積も大きく、敗退は時間の問題だった。


「マヤ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です……と言いたいところですが、そろそろ限界ですね。部下の体力と士気は底をついてます」

「司令部には増援を要請したのですが、どうやら予備兵力は北西戦線に行ってるようです」

「北西? 北西は確かマリノフスカくんとワレサくんが指揮しているところですよね?」

「はい。ですが先日、大規模な魔術攻勢を受け、部隊が半壊したようなのです」

「で、では2人は!?」

「2人は無事な様です。しかし部隊が半壊した分、予備兵力全てが北西戦線に投入されてしまいました。こちらに増援は来ません」

「それは……仕方ないとは言え辛い状況ですね」

「はい。そろそろ、後退を考えるべきかもしれません。司令部に具申してみます」



 その司令部から後退の具申を受け入れる旨が伝えられたのは翌、10月8日のことである。



「司令部から火球4発の合図があり次第、各戦線は同時に旧市街まで後退します。その際、できるだけ敵をひきつけた方が良いでしょう」

「こちらがそう演技しなくても帝国軍は勝手についてくるでしょう。私が敵将なら、跳ね橋を上げられないように乱戦状態を維持したまま追撃しますよ」

「同感です。ですが敵に不審に思われてしまう可能性があります。それに各戦線の状況を逐一把握し、連携し、同時に作戦を決行せねばならないので難易度は高いです」

「せめて隣の南東戦線と呼吸を合わせねばなりませんね」

「この作戦に際し、南東戦線の指揮は一時的にマエフスキ小隊長が執ることになっています」

「うちの小隊長殿は優秀みたいですから、なんとかなるでしょう」

「そうですね。ではマヤ、準備をお願いします」

「仰せのままに!」




---




 10月8日、午後1時21分。ラスキノ防衛司令部から4発の火球が撃ち出された。その信号と同時に、南東・南西・北東・北中の4つ戦線は新市街から撤退し橋を渡り始めた。帝国軍の各前線指揮官はほとんど例外なく先ほどの合図が旧市街への撤退命令だと考え、師団司令部に攻勢の許可を求めた。だが各師団長の指揮官の意見は南北で多少の差異があった。


「閣下、北西方面以外の戦線の反乱軍が後退を始めました!」

「北西以外だと? どういうことだ?」


 副官からの報告を聞いた北部方面司令官サディリン少将は暫く考えた後、傍にいた参謀長に意見を求めた。


「……参謀長。貴官はどう思う?」

「ラスキノの北西の橋はこの町で唯一跳ね橋構造ではなく、通常の橋です。おそらく反乱軍は北中・北東の跳ね橋を上げて我が軍の進撃を防ぎ、余った戦力で北西戦線の防御を厚くしようと考えているのだと思われます」

「参謀長の言う通りだ。ならば我々はそれを阻止し、跳ね橋を上げることを妨害せねばならん。架橋は手間がかかるからな。北中・北東戦線の各指揮官に伝えよ。全軍直ちに急進して反乱軍を追撃、乱戦状態に持ち込み敵の行動を妨害せよ。可能であれば、跳ね橋の可動機構を破壊するんだ」

「ハッ!」



 一方、南部方面司令官シロコフ少将は反乱軍の行動を訝しんだ。


「確かに単に後退しているようにも見えるが、何か引っかかるな。罠と言う可能性もある」

「罠、ですか?」

「そうだ。確証はないが、慎重に行動すべきかもしれん」

「ですが閣下。ここで追撃せねば跳ね橋は上がり、旧市街攻略に支障が出ます。架橋しようにも敵は全力で妨害するでしょう。それに橋上は死角もない一本道、罠を張ることなど不可能でしょう」

「もっともだ。罠の存在に気を付けつつ、敵軍を追撃せよ」

「了解!」




---




「エミリア様! 敵が攻勢に出ました!」

「わかりました。南東戦線と歩調を合わせつつ後退します。今はこの場に踏みとどまり敵を迎撃しましょう。前線指揮は任せます!」

「御意!」


 南西戦線の帝国軍攻勢部隊はタラソフ中佐が直接指揮する剣兵小隊である。タラソフ中佐は先日の戦いにおいて報告を受けた2人の女性指揮官に敬意を抱き、直接剣を交えたいと考えたのである。

 タラソフ剣兵小隊には農奴階級の兵は一人も存在せず、どれも士気も練度も高い職業軍人で構成されておりかなり精強だった。タラソフ隊の猛攻を受けたラスキノ独立軍の槍兵では歯が立たなかった。そこに、ヴァルタ准尉率いる義勇軍剣兵隊が現れたのである。

 彼女(・・)が現れた瞬間、タラソフ隊は前進を止めた。


「貴官が、噂の女性指揮官か」

「ほほう。私の名声が帝国でも轟いているとは、恐縮ですね」

「あぁ。よく耳にしている。だが、その名声は今日で終わりだ」

「そうかな?」


 2人は、妨げる物がない橋上で睨み合った。


「私は、帝国軍中佐ニキタ・タラソフ」

「……ラスキノ独立軍、マヤ・ヴァルタ」


 そう名乗り終えた瞬間彼女は突進し、タラソフはそれを正面から受け止めた。


 2人の剣が折れ砕かれるほどの激闘が始まった。

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