オゼルキ会戦
大陸暦636年9月26日。ラスキノから東に位置する都市オゼルキでは帝国軍と独立派・義勇軍の連合部隊が死闘を繰り広げていた。
シュミット准将率いる部隊は総兵力約6,800名。一方帝国軍は約28,500名。
帝国軍は数の上では圧倒的に有利であったが、いまだにオゼルキを攻略できずにいる。理由としては、義勇軍が布陣しているオゼルキの町自体が河川と湖と沼地に囲まれた難所であるためである。そのため帝国軍は本来の力を発揮できないでいた。また、町には未だに非戦闘員が多くおり、非戦闘員を巻き込む恐れがある上級魔術の使用を、平民出身の将校であるシュレメーテフ中将が躊躇っているのも苦戦要因のひとつでもある。
「敵は我が方の約4倍、普通なら勝てっこないが、負けないことに徹すればまだなんとかなる」
シュミットは彼らしくもなくひとりごちる。
「閣下、敵の一部の部隊が突出してきています」
「またか。数は?」
「およそ5,000です」
「随分中途半端な数だな」
10,000以上大軍だったらまだ理解できるが。
「どうなさいますか?」
「……その部隊の構成は?」
「槍歩兵と剣歩兵が中心で、騎兵はいません。おそらく先日の攻勢で被害が大きかったのでしょう」
「ふむ……」
騎兵が攻勢に出なかった、というのならこの攻勢を逆手に取れるかもしれない。リスクはあるが……。
「中央を後退、右翼左翼は前進。突出してきた部隊を包囲し袋叩きにしろ」
「ハッ!」
帝国軍の鎮圧部隊はどうやら連携不足のようだ。一部の将校が功を独り占めしようと迂闊な行動に出てるのかもしれない。
今はそれに付け入るしかない。
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「シュレメーテフ中将! 味方の一部が突進していきます!」
「バカな! どこの部隊だ!」
「ココリン大佐の歩兵連隊です!」
「チッ。あの無能め。すぐに後退命令を出せ! さもないと全滅するぞ!」
「了解!」
シュレメーテフ中将は平民出身。故に貴族の部下からの反発が強く、思うように動いてくれない。ココリン大佐も公爵の甥であり、コネと血筋だけで大佐に昇進した人物だ。
つい先日の攻勢でも別の貴族の指揮官が足を引っ張る形となり、失敗してしまっている。貴族の中級指揮官はシュレメーテフにとって悩みの種だ。
「しかし敵も巧妙だな。あれだけ少数の兵でこんなにも重厚な陣をとれるとはな」
戦力差は4:1。なのに敵は一歩も引くことなく戦っている。
「後退命令を出しても敵の方が早く動くか……。こうなったら全力で敵の包囲を妨げるしかない。伝令兵!」
「ハッ!」
「ダヴィドフ少将に連絡。敵はおそらくココリンの部隊を包囲しようと動くはずだ。旗下の戦力を使ってこれを阻止し、ココリンの野郎を俺の前に引きずり出せと伝えろ」
「了解!」
伝令兵は敬礼すると、すぐに騎乗しダヴィドフの元へ向かった。
「もっとも、あいつが大人しく後退するとは思えんが……」
ココリンの命は別に惜しくない。帝国のために殉死した忠義の人として歴史に名を刻むことになるだろうし、奴もそれは本意だろう。だが彼の部下にしてみればそれは不本意だ。彼らのために努力をしなければならない。
「第8騎兵連隊に連絡。部隊を大きく迂回させて敵本隊の後背から攻撃しろ」
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「閣下、後背に敵騎兵隊。数およそ3,000」
「予想通りだな。本隊を回頭させ後背の敵を撃滅する。正面の突出してきた敵は既に壊乱状態だ、右翼部隊に任せよう」
「ハッ」
敵の騎兵隊の目的はおそらく俺らをこの場所から叩き出し、敵本隊の前に押し出すことにあるだろう。シュミットはその事態を予想し、槍兵およそ1,000を予想進撃ルートに配置していた。
と言っても1,000と3,000ではいずれ突破されてしまう。そこで本隊を動員し全力でこの騎兵隊を叩く。
先の突出してきた敵歩兵隊5,000は半包囲を受け全滅に等しい損害を与えることに成功した。途中、敵の増援があったため包囲は解かれたが、結果としては完勝と言ってもいい戦果を挙げている。この上、敵騎兵隊3,000を撃退できれば、状況は今よりも楽になるだろう。
「これで敵の攻勢が止んでくれれば良いのだがな」
だが、ことはうまく運ばないことをシュミットは知っている。敵8000を全て倒しても、こちらの被害が大きければ相対的に不利になる。
「ルット中尉、味方の損害はどれくらいだ?」
「はい。一連の敵の攻勢で753名が戦死、また1000名近い将兵が負傷しています」
「負傷はすぐ治せるか?」
「治癒魔術師によって治療を行っていますが、何分数が多いです。時間はかかるでしょう」
「そうか……」
治癒魔術は完璧ではない。あまりにも重傷であれば死を待つのみだし、軽傷でも絶対数が多いと術師は魔力切れを起こしてしまう。魔力回復を待つ間に死亡する者も多いだろう。
この日、シュミットは敵兵6,000以上を屠ることに成功したが、自らの部隊も少なからぬ被害を出していた。