夜警
敵の第十波攻撃を退けた頃、ラスキノに夕暮れが訪れた。
「敵は夜襲かけてくると思う?」
サラが心配そうに声をかけてきた。彼女は汗をかき息切れしていた。サラがこんなに疲れてるの初めて見た。
「五分五分かな」
「理由は?」
「敵も連戦で疲れてるはず。夜くらい休まないといけない」
籠城戦はだいたい長期戦になる。無理して攻め続けても兵が疲弊してしまえば無意味だ。
それに夜は当たり前だが暗い。死角からの攻撃に辟易してる帝国軍が、さらに視界の悪くなる夜に仕掛けてくるだろうか。
「でも、敵が短期決戦に拘るとなると、体力的にはきついかな」
こちらは数が少ないゆえに、常に全力で戦わなければならない。休める時間がないと戦線崩壊は免れないだろう。
「でもみんなを休ませないわけにはいかないわ」
「そうだね。俺も疲れたし、交代で休もう」
疲労蓄積している兵を後方に下がらせ、司令部から元気な人間を持ってきて警戒に当たらせる。3時間交代くらいで休ませよう。
「ここの指揮官である俺とサラはどっちか起きてなきゃいけないね」
「それも交代で休みましょう」
「うん。じゃあサラさん、お先にどうぞ」
「お言葉に甘えさせてもらうわ。それと、さん付けは禁止」
サラはそう言って俺を小突くと、仮兵舎に引きこもった。
単に起きて警戒するだけなのは暇だし、緊張しすぎて兵の疲労がやばいことになるので適当な人に話しかけてみよう。無論、警戒は怠らない程度に。
「やあ」
「……」
無視された。くすん。でもめげずに話しかけてみる。暇だし。
「私はユゼフ・ワレサって言います。よかったらお話しません?」
「……」
目を開けて寝てるってことないよね?
「……ボルコフ」
「はい?」
「オレの名前」
「ボルコフさん。今回は宜しくお願いしますね」
握手をしようとしたが普通に無視された。ボルコフさんは前世の俺にそっくりだ。顔以外。
「おいくつなんです?」
「……18」
意外と若かった。年齢以上に老けて見える。
「ラスキノの人ですか?」
「……いや」
「ではどこから?」
「オゼルキ」
オゼルキか。今義勇軍本隊と帝国軍鎮圧部隊の本隊が全力で殴り合ってるところだ。
「心配ですか?」
「……」
「私もね。祖国が心配ですよ」
「…………」
「ですから私たちは」
「ハッ」
ボルコフは俺をバカにするかのように鼻で笑った。
「お前とオレは違う。お前は外国人で、この戦いに負けても何も失わない。でもオレらは何もかも失う」
やっぱりそう思われてるか。仕方ないけどさ。
今は命令に従ってくれてるけど、いつまでもそうだとは限らないし。後ろからブスッと刺されのも嫌だ。
「何も失わないわけじゃないさ」
「嘘だ」
嘘じゃないよー本当だよー
「ここで負ければ、俺は友人を失う」
「友人?」
「あぁ。そこの兵舎で今頃ぐーすか寝てる奴さ」
「お前の恋人か」
「ちょっと違うね」
サラはなんていうか、そう言うんじゃないんだよね。
「あいつは、俺にとって生まれて初めての親友だから。あっちはどう思ってるか知らないけど」
前世含めて、サラのように付き合いの長い友人はいなかった。
でもサラは俺のことどう思ってるんだろうね。俺のこと友達だとも思ってない、とかだったら泣くよ。
「友人なんていつでも作れる」
「作れないさ」
「んなわけないだろ」
「そんなわけあるよ。だって俺友達と言える人少ないから」
サラ以外だと、やっぱり付き合いの長いラデック。あとは……王女様は友人で良いんだろうか。身分が違い過ぎるからどうも友人と呼んだら失礼な気もするし、ヴァルタさんは頼れる姉御って感じだし。
「俺は友人を死なせたくはない。だから肩を並べて戦うのさ。本音を言えば、後ろに下がっていてほしいけど」
だが残念ながら誰かを庇いながら戦えるほど俺は強くはない。というかその友人の方が圧倒的に強い。
「ボルコフさんは、何の為に戦ってるんです?」
「……国の為だ」
「ではこの国には何がありますか?」
「何もない。ここは大した産業も、特徴もない」
「では、なぜ守るんですか?」
「……」
「なぜ?」
ボルコフさんは長い沈黙の後、小さな、でも毅然とした声で言う。
「守りたい奴がここに住んでるからさ」
うんうん。俺そう答えられる人好きだよ。やたらめったら愛国心振り撒かれてもドン引きするだけだからね。
「じゃ、俺らは同類、同じ穴の貉」
「それは……違くないか?」
「そうだっけ?」
帝国語って難しいね。
「今から俺とボルコフさんは友人だ。だから精一杯守ろう」
「……断る」
「なんで!?」
「男を守るのも、男に守られるのも嬉しくないからな」
ひどい。
---
9月25日午前7時頃。帝国軍が来てから2度目の朝。
しんどいのは今日からだ。
帝国軍は昨日の攻勢を悉く跳ね返されてる。当然、手を変えてくるだろう。
とりあえず敵はどう来るか、見定めなくてはならない。
「行くわよ。みんな」
「おー!」
北西戦線の前線指揮官であるサラが士気を鼓舞する。
第二幕の始まりだ。