ラスキノ攻防戦 ‐新市街前哨戦‐
大陸暦636年、9月24日午前7時27分。帝国軍は夜明けを待って攻勢を開始した。
「ユゼフ! 通りに敵歩兵! 総数不明!」
「よし、所定の計画に従って攻撃を開始! 魔術攻撃のタイミングを合わせて!」
俺の号令に合わせて、通りの左右にある建物から初級魔術が放たれる。予想通り敵はその攻撃に怯んだ。
「よし、突撃!」
俺らは通りに設置された簡易バリケードや路地裏から攻撃を開始する。民兵は槍持ちだが、俺ら士官候補生はみんな剣。サラさんお得意の剣兵切り込み。
帝国軍は死角からの攻撃にビビったのか隊列も警戒もなかった。状況を把握できる前に多くの兵が息絶えて行った。
「退くな! 隊列を立て直せ!」
敵の前線指揮官だろうか。兵を纏めようとしているのが分かった。
が、肝心の兵達の動きは鈍い。恐怖を感じて、すぐにでも逃げたいって顔をしてるのが分かった。これは行けるかな。
「サラ! 前進!」
「わかったわ!」
俺らはさらに突撃する。敵の前列はもはや壊乱と言ってもよく、武器を捨てて逃げようとする輩もいる。
「みんな! 雑魚に構わないで! 狙うは敵将の首よ!」
いや前線指揮官は敵“将”ではないが……まぁいいか。士気を鼓舞するのは大事だ。
サラの威勢のいい声に激発されたのか、民兵たちも突進する。
「ひ、退くんじゃない! 退くな!」
指揮官の顔が見えた。
「た、助けっ……!」
敵の前線指揮官はそれ以上言葉を発せることができず、民兵によって喉に槍を刺された。
2時間前。ラスキノの北西戦線の防衛線近くに俺とサラがいる。
だんだんと近づいてくる帝国軍の軍靴の音をBGMに、最後の打ち合わせをする。
「サラ、戦術の授業だ」
「懐かしい響きね。今日のお題は?」
「『帝国軍の弱点について』かな」
「弱点? あるの?」
「そりゃあるよ。最強無敵の軍隊なんて存在しないからね」
帝国軍の弱点、というより欠点と言うべきもの。それは徴兵された農民兵の士気が著しく低いことだ。
これは東大陸帝国の社会構造上の欠陥から来るもの。
「帝国には“農奴”っていう階級がある。この農奴と呼ばれる人たちは貴族の所有物と解され、末代まで貴族にこき使われる運命にある。生きてるだけで税金を取られたり、移動や婚姻、あらゆる社会行動に制限をかける。酷いところだと反乱防止のために魔術の存在を知らない農奴もいるらしい。少しでも反発すると虐待虐殺は当たり前。そしていざ戦争が始まると農奴階級の若い男衆を強制的に徴兵し戦場に集める」
「つまり?」
「サラは、普段から自分や自分の家族、友人をいじめてる貴族の言うこと聞きたいと思う?」
「思わないわね」
「無理矢理働かされて無理矢理戦場に連れてこられて、戦いたいって思う?」
「逃げ出したいわね」
「つまり、それが帝国軍の弱点なのさ」
帝国は農民に優しくない。ことに貴族の持ち物である農奴階級は人間とすら見られない。帝国貴族にとって農奴はその辺に落ちてる石ころ同然なのである。当然農奴は不満を持つため各地で反乱を起こすが、農奴から徴収した人頭税によって巨大化した軍隊によって鎮圧される。
帝国に生まれなくてよかったと思うよ。そして、そんな帝国にシレジアを征服されたくないとも思う。
「彼らは少し脅せばビビッて逃げるだろう。指揮官はああだこうだ言うだろうけど、数が違い過ぎる」
「その混乱に乗じて追撃をかければいいのね?」
「正解。サラも賢くなったね」
「誰かさんのおかげでね」
敵の前線指揮官を討ち捕ると、農民兵と思われる帝国兵は雲散霧消、どこかに逃げてしまった。
帝国の場合、「督戦隊」と呼ばれる脱走防止用の監視係がいる。逃げようとする農民兵に対して剣を振りかざすのが主なお仕事。可哀そうなことに帝国農民兵は戦って死ぬか逃げて死ぬかの二択しかないのだ。でも、他人の人生を悲観している余裕は俺らにはない。俺らだって死にたくないのだ。
「サラ、ここまでやれば今は十分だ。さっきの防衛線まで退こう」
「うん。わかってる」
あとはこれを繰り返すだけだ。何回も、何回もね。
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「マヤ! 大丈夫ですか!」
「エミリア様、私は大丈夫。ケガ一つありませんよ」
「マヤ、1人で突っ走りすぎです。突出しては包囲される危険が……」
「わかってますよ。ワレサくんも言ってましたしね」
ここは南西戦線。
敵の第一波は退けたものの、思った以上に敵の数が多い。やはり敵は北を重視しているのか、それとも数でごり押ししようとしているのか。
「にしても上級魔術が飛んでこないな。初級魔術はそれなりに飛んでくるんだが」
「帝国兵で魔術を使えるのは職業軍人のみという噂もありますが、油断せずに行きましょう」
「御意。学年首席の力を帝国の奴らに思い知らしてやりますよ」
「マヤは本当にわかってるのですか……?」
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「南西戦線が思ったよりも被害を受けているようだ」
「北西戦線を重視するかと思いましたが、どうやら敵はラスキノの町の情報をそれほど知らないのかもしれませんね」
「あぁ。だが油断すると足を掬われることもある。敵を過小評価するのはよそう」
「はい」
ラスキノ防衛司令部は慌ただしかった。全戦線でほぼ同時に攻勢作戦が始まり、各所で被害報告と戦果報告が届いている。オストマルク義勇軍カーク准将とシレジア義勇軍第33歩兵小隊長マエフスキ中尉は、それらの報告から必要な情報の取捨選択をしつつ、次に取るべき対応を考えていた。
「ラデック准尉!」
「ハッ!」
「南西戦線に増援だ。旧市街から10人ほど連れて行ってくれ。それと」
「負傷者の後送と治癒魔術師の待機、ですね」
「その通りだ。頼むよ」
「はい!」
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「サディリン少将、第一次攻撃隊は全ての戦線で撃退されたそうです」
「何たる様だ。旧市街どころか新市街にも入れぬとは、前線の指揮官共は何をやっている!」
ラスキノ鎮圧軍団総司令官のシュレメーテフ中将からラスキノ攻略を任されたサディリン少将は焦っていた。
彼は伯爵の三男坊で、爵位は到底継げない身分である。だからこそ軍内部で武勲を立て、皇帝陛下から叙勲されることを望んでいる。しかし、こんな地方反乱ごときで躓いていては、爵位どころか親から見捨てられるかもしれない。
「なんとしてでも落とせ! 第二陣を突撃させろ!」
「しかし閣下! 都市内部は思ったよりも複雑で、予想もしない場所から攻撃されては各個撃破されています。ここは一旦軍をお引きになり、持久戦に持ち込むのがよろしいかと存じます!」
「五月蠅い黙れ! 持久戦をするほど我が軍に時間はない。それに、時間は敵を利するのみ! 持久戦なんぞもっての外だ。短期決戦で仕留めるんだ!」
この命令は、完全に自らの利益のためのものであった。だがこの命令は、全くの的外れと言うものではない。
攻撃をし続けなければ敵に休息の時間を与えてしまい、かえって不利になる可能性がある。大軍で連続して攻撃し続け、敵を疲弊さる。疲労の極致に達したところで一気に攻め込めばすぐにラスキノを落とせる、と考えたのである。
それにこの時点で少将は与り知らぬところだったが、シレジアとオストマルクの義勇軍は増援派遣を決定していた。時間を掛ければ増援が到着し、帝国軍が逆包囲される危険性があったのだ。
「了解しました」
少将の参謀は無理矢理納得し、少将の命令を忠実に実行した。だが結局この第二波攻撃も、ラスキノ独立軍が周到に準備した防御陣の前に歯が立たず、被害甚大で退却することとなった。
こうして、帝国とラスキノの戦いは泥沼の様相を呈し始めた。だが、このラスキノ攻防戦はまだ始まったばかりである。