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大陸英雄戦記  作者: 悪一
ラスキノ独立戦争
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ラ号作戦

 この世界の魔術は思ったよりも不便な術だ。

 長い平和な時代があったせいか、魔術の種類も少なく戦術も進化していない。研究の連続性も途絶えてしまったとか。




 魔術は基本的に魔力充填の詠唱→発動の詠唱→発動、というステップを踏む。発動の詠唱はどんな魔術でも一瞬で終わるから良いのだが、魔力充填の詠唱は物によって長さが全然違う。無論、長ければ長いほど威力は増すと考えて良い。


 魔術は、その威力や運用方法から、初級、中級、上級、戦術級、戦略級の5つに大別される。それぞれ簡単に説明しよう。


 まずは初級。文字通り最も初歩的な魔術で、この世界に住んでいる殆どの人が無詠唱でぶっ放せる。速射性能が高い反面、威力が低く命中率も悪い。至近距離でないとまず当たらないし、当たったとしても「死ぬほど痛い」程度で済む。牽制や信号、生活用途で使う場面が多い。代表的な初級魔術は水球(ウォーターボール)火球(ファイアーボール)


 次に中級。初級の正統進化。ちょっと訓練すれば使えるため、職業軍人なら全員扱える。中級以上は詠唱が必要なため、速射性は初級に比べ悪い。一方威力と命中精度は高くなっているため使い勝手がよく、戦場では多用される魔術。と言っても1人2人殺せるのがやっと。水砲弾(アクアキャノン)とかがこの中級に入る。


 そして上級。個人で扱える魔術としては最高レベル。訓練が大変なため基本的に士官学校卒業生か、一部の職業軍人しか扱えない。中級より詠唱が長く、数分に1発撃つのがやっとで、詠唱中及び詠唱終了後に隙ができる。それに見合った威力があり、小隊をまとめて吹っ飛ばせる。槍兵や剣兵の後ろに配置し遠距離からの攻撃に徹するのが普通。肉薄されたら頑張って走って逃げろ。


 戦術級魔術。10人弱の魔術兵が気が遠くなるくらい長い詠唱をぶつぶつ唱えてやっとぶっ放せる魔術。かなり集中して詠唱しなければならないため、歩きながらとか戦いながらとかは無理。基本的に要塞や城など、集中できる場所でぶつぶつ詠唱する。そのため要塞級魔術と呼ぶこともあるそうで、実際カールスバート共和国のズデーテン山岳要塞線にはこの要塞級魔術が配備され、シレジア軍にぶっ放された。威力がバカみたいに高く、1個大隊から1個連隊規模の兵を消滅させることができる。


 最後に戦略級魔術。30から50人とかの魔術師が永遠に続くような詠唱を続けてやっと撃てる。術者の魔力・体力消耗が激しく、また魔術発射地点にも少なからぬ付随被害が出るため1日に1回撃てたら良い方である。使い勝手が悪く、また魔術師50人を酷使する割には効果が微妙。一応威力は凄まじく、ひとつの都市を消滅させることができるらしい。“らしい”というのはあまりにも威力が高くて研究が進まないせいだとか。核実験みたいなもんかな。そのためか、戦略級魔術を使用する国はこの大陸には存在しない。



 長々と説明したがこんなもんだ。で、重要なのは実はここから。

 初級、中級魔術と、上級以降の魔術では特性に違いがある。


 それは、初級・中級は平射しかできず、上級以降は曲射が可能だと言う点だ。


 平射とは、弾道が真っ直ぐということ。ライフルとかをイメージしてほしい。文字にすると「―」だ。

 初級・中級魔術は真っ直ぐ進む。進行方向に友軍がいようが嫌いな上司がいようが関係なく真っ直ぐ進む。驚くべきことに重力の影響も受けない。ただし距離に応じて威力は減衰する。


 そして曲射。本来の意味で言えば弾道が山なりの弾道を描くことなのだが、魔術世界で曲射と言うのは術師の頭上で魔術が発動し、そこから振り下ろされるような感じの弾道を描く。文字にすると「\」だね。

 上級以上は「\」の弾道を描く関係上、眼前に友軍兵と言う名の肉盾を配置できるのだ。



 という訳で、野戦における戦闘のシークエンスはだいたい下記のようになる。


 ① 魔術兵による上級魔術の撃ち合い。その間に前列の槍兵が全速突撃して敵に肉薄する。

 ② 前列による中級・初級魔術の撃ち合い。その最中にも槍兵や剣兵は猛ダッシュ。射程内に入り次第、弓攻撃も始める

 ③ 前列同士が衝突。槍によって押し合いへし合い。

 ④ 隙を見て剣兵が切り込みを掛けたり中級魔術を撃って陣形を崩しにかかる。

 ⑤ 陣形が崩れたところで騎兵突撃。勝ったな。


 こんな感じ。もっともこれは基本的な、理想的な野戦であって、こんなうまくいくことはまずない。

 上級魔術は③以降は出番が少ない。迂闊に前に出れば敵魔術兵の上級魔術や敵剣兵の切り込みに遭う可能性があるし、上級魔術は威力が高い関係上前列が乱戦になると友軍が巻き添えを食らってしまう。難しいところだね。



 で、なんでこんな話してるかというと、これが今回のラスキノ防衛作戦で重要なことだから。



 市街戦の難しいところは、上記の戦闘シークエンスは全て意味がなくなるのだ。


 騎兵は入り組んだ街路が多い都市では使えない。

 上級魔術を撃とうとしても死角が多く敵を視認できない。


 結果どうなるか。市街戦では歩兵isチャンピオン。槍兵や剣兵、初級・中級魔術が大活躍するのだ。




---




 ――大陸暦636年9月22日 ラスキノ防衛司令部


「つまりこの地図に書かれてるこの線は、魔術の弾道ってことなのですね?」

「はい。どの建物からどういう魔術を撃てば効果的か、最大限に威力を発揮できるかを書き込んだものです。この線の通りに魔術を放って、敵を少しでも削ります。建物の中なら敵の初級・中級魔術は効きませんし」


 俺とラデックとゼーマン軍曹がここ数日集めた情報を元に、防衛作戦を練った。今はそれをみんなに説明しているところだ。俺はこの防衛作戦を前世日本風に「ラ号作戦」と名付けてみたけど浸透してない。というか無視されてる。泣くぞ。

 ちなみに小隊長は新市街住民の避難指揮を、准将は指揮命令系統の再編をしている。


 基本は魔術をぶっ放して嫌がらせ。敵が怯んだところで死角から槍兵・剣兵で切り込み、折りを見て退却し、魔術の第二波攻撃を浴びせ、魔術兵も撤退する。


「問題は、敵がどの街道を通るかですね」

「敵もバカではありません。路地も慎重に調べるでしょう。万遍なく兵力を配置するのではなく、防衛しやすい場所に重点的に兵力を配置し、牽制と偵察のための兵力を各所に散らばらせます」


 と言っても新市街の戦闘は早々に切り上げたい。新市街というだけあって道幅が広く、視界も良い。建物に配置した魔術兵や民兵が撤退しづらいのも難点。うーん、家財道具とかを徴発してバリケードを各所に作って敵をそこに誘い込んで袋叩きって言うのもいいかもしれない。後で小隊長に相談してみよう。


「本番は旧市街、もしくは橋からですね」

「跳ね橋はどうするの? 北西の橋以外はみんな跳ね橋だけど?」

「跳ね橋と言っても可動部分は広いわけじゃない。敵は架橋しようとするだろう。基本的に上げておくけど過信しちゃいけない。全部の橋に兵力は配置する」

「問題は、唯一跳ね橋ではない北西の橋か」

「帝国軍はおそらく北西に戦力を集中するでしょう。北西の橋は道幅も広いですから大兵力を展開しやすいです」

「じゃあどうするのよ」

「あんまりやりたくないけど……。エミリア様、上級魔術を使える人、我が小隊にいますか?」

「確か2人ほど魔術兵科の方がいました」

「わかりました。ここに連れてきてもらえますか?」

「お任せください。マヤ、行きましょう!」

「はい、エミリア様!」

「おいユゼフ、俺もなんかやることねーか?」

「んー、そうだね。とりあえず新市街の住民避難の手伝いと……そうだ、手空いてる人と一緒に新市街の食料とか使えそうな物をできるだけ引き上げて来てほしい。みすみす敵に取られるのは嫌だからね」

「わかった。行ってくる」


 ふむ。頑張れ戦場の料理番。


「ねぇ、ユゼフ。私は?」

「サラは……」


 サラは……肉体派だからラデックの手伝いをした方が良いだろうけど……。


「サラは、今は休んでおいて」

「なんでよ!」

「サラが防衛作戦の前線指揮をするかもしれないから」


 このラスキノの防衛作戦は戦線が5から6つある。小隊長とヴァルタさんとサラ、そしてオストマルクの人に指揮を執らせる、と准将には伝えてある。オストマルク側の人選がどうなるかは知らないが。

 ちなみに大佐は執務室から出てこない。時々泣き声が聞こえるので生きてはいるようだが。



「ワレサ准尉!」

「どうしました、ゼーマンさん?」

「索敵班から帝国軍発見の報告です! 南北からそれぞれ1個師団が接近中とのことです!」

「どのくらいでラスキノに来ますか?」

「一両日中にはラスキノ外縁部に着くと予想されます」

「時間がないですね。部隊配置と避難の方を急がせてください」

「ハッ!」


 帝国軍と言う名の津波は、すぐそこまで来ているようだ。

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