会見
オストマルク帝国准将ニコラス・フォン・カークと名乗る人物がエミリア様のところを訪れたのは、9月20日のことである。
その日俺はラスキノの防衛計画がやっと一息ついたところで、第334部隊のメンバーと歓談していた。
その最中に、ゼーマン軍曹がやって来た。
「何かあったんですか」
「いえ、貴方たちにお会いになりたい方がいらっしゃるのですが、よろしいでしょうか」
「……? 誰ですか?」
「ニコラス・フォン・カーク准将、我がオストマルク義勇軍部隊の参謀長です」
「そんな方が俺らに?」
「はい。正確に言えば、そちらにいらっしゃるエミリア・シレジア王女殿下に、ですが」
「!?」
なんで知ってるんだ? エミリア殿下については細心の注意を払ったつもりだが……。
「ご安心ください。エミリア殿下の正体を知っているのは小官と准将だけです。口外するつもりは毛頭ありません」
どうにも信用できない、が暗殺するにしてはおかしな行動だ。実行前に自白するなんて。
「ゼーマン軍曹でしたね?」
当のエミリア殿下は平静を装っていた。
「はい」
「准将に会ったら、私の正体をなぜ知っているのか教えてくださいますか?」
「構いません。元々准将はそれもお話するつもりですから」
「ありがとうございます。ではカーク准将と会いましょう」
「感謝します」
「ですが条件があります」
「なんでしょうか」
「まず、准将がココに来ること。そして、私の友人達を同席させること」
「……」
「これが呑めなければ、私は会いません」
ゼーマン軍曹は一呼吸した後、
「承知しました。その条件を呑みます」
そう、冷静に言った。
「殿下、お待たせして申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です」
カーク准将は見た目には40代と言った感じか。“フォン”というからには貴族なのだろうが、実際彼からは貴族の風格というものが溢れてきている。
「ゼーマンから聞いたでしょうが、私はオストマルク帝国軍准将ニコラス・フォン・カークと申します、殿下」
現在この部屋にいるのはエミリア殿下、カーク准将の他に俺とサラとヴァルタさん。ラデックとゼーマン軍曹は万が一のため部屋の外で警戒待機。まぁ、大丈夫だとは思うが。
「ではお話をする前に、なぜ私のことを知っているかをお教えいただけますか?」
「はい。と言っても難しいことをしたわけではありません。シレジア王国内に潜入していた諜報員からの情報ですから」
だろうと思ったわ。
「それだけですか?」
「それだけ、とは?」
「私をこの地に呼び寄せたのはあなた達ではないのですか?」
オストマルクがエミリア殿下と人目を盗んで会見するために、わざわざこんなところに行かせるよう工作したのではないか。
「そうです。と、言いたいところですが、残念ながら違います。我々の影響力はそこまでではありません」
「本当に?」
「私は嘘は申しておりません」
「……わかりました。今は信用しましょう」
今はね。
「では、本題に入りましょう」
カーク准将の口から発せられた“本題”に、俺たちは驚愕した。
「我がオストマルク帝国は、シレジア王国と肩を並べ、共通の敵に対処しようと考えているのです」
「……つまりオストマルクがシレジアと同盟を結びたい、と仰るのですか」
「そのように解釈なさって結構です」
「しかし、なぜこの場なのです? そのようなことであれば公式なルートで打診しても良いかと思いますが」
「……大公派の妨害を、避けるために」
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「意外と苦戦してるな」
「はい。反乱軍の動きに粘りがあります」
ラスキノの手前、オゼルキという町では現在帝国軍による大規模な攻勢作戦が実施されている。
だが、ラスキノ独立を掲げる反乱軍の抵抗が意外と激しく、足止めを食らっていた。
「オゼルキは河川と湖が入り組んでおり、地形が複雑になっています。それを反乱軍は効果的に運用しているためか、我が軍は数通りの働きを見せることができません」
「1個師団相手にここまで手間取るとは思いもしなかったな」
「このままでは我が方の被害が増大するだけです。ここはいったん攻勢を中止すべきでしょう」
「止むを得んか。作戦中止、ヴェセリの線まで全軍を後退させろ」
「ハッ」
帝国軍鎮圧部隊、およそ5個師団を指揮するのはデニス・シュレメーテフ中将。帝国軍にしては珍しく貴族でもなくコネもなく実力で中将まで這い上がった将軍である。部下からの信頼も篤く、特に平民出身の下級兵からの人気は高い。それに反比例して貴族受けは悪いのだが。
「閣下、ここはやはり包囲に留めて敵の疲労を蓄積させる方が良いでしょう」
「私もそう思わなくもないが、あまり時間がかかると中央政府が私に文句を言うのでね。5個師団も与えたのにこんなに時間掛けやがって、と言われてしまってはどうにも反論しづらいのだよ」
確かに自分でも「時間をかけすぎているのでは」と考えているだけに、上層部に反発できないのだ。
「ではどうしますか。このままオゼルキに対する攻勢作戦を続けて犠牲を多く出してもやはり中央は文句を言うでしょう」
「だろうな」
現場を知らない軍事省官僚にネチネチと言われるのは癪だ。
「仕方ない。オゼルキは包囲するだけに留める。3個師団もあれば十分だろう」
「では、残りの兵力は?」
「後方を遮断する。おそらく、ラスキノは手薄だろうからな」