決壊
なにが哀しくて異国の地で男三人とデートなんてせなあかんのか。
「ゼーマン軍曹はいつオストマルクに亡命したんです?」
「20年前です。当時私は12歳で、シレジア王国を経由してオストマルクにいる親類縁者を頼って亡命しました」
てことはゼーマン軍曹は32歳か。本当にダブルスコアだな。
「20年前ってことはだいぶ街並み変わってんじゃね?」
「いえ、そんなことはないです。この街は少なくとも80年は変化していません。変化したのは橋1本だけです」
「橋?」
「えぇ、ラスキノには北側に3本、南側に2本橋があるのですが、北側3本のうち西側にある橋は老朽化がひどく50年前に掛け直したのです」
「じゃあこの町で一番新しい建築物は北西の橋ってことか」
「そうなりますね。北西の橋はこの町で唯一跳ね橋構造でない普通の石橋です。とても頑丈でちょっとやそっとでは壊れません」
ゼーマン軍曹の案内でラスキノ観光を進める。地図には載っていない路地や情報を小隊長からもらった地図に書き込んでいく。
「なぜそんなに必死に書き込んでいるんですか?」
「ん? んー、市街戦になったら便利かと思って」
「市街戦?」
「そう」
「ラスキノで市街戦が起きると思うのですか?」
「まぁ、半分くらいは」
シレジアとオストマルクの義勇兵、それにラスキノ独立軍兵合わせて1個師団。それが6ヶ所に分散配置って結構まずい。戦力分散は死亡フラグだ。
「では、戦力の再編成を指揮官に具申しては?」
「いや、おそらく無駄だろうね」
「なぜ?」
「意地と政治のせい」
防御に有利な城郭都市ラスキノ旧市街に全軍で立て籠もれば数ヶ月は持つだろうが、その分新市街や独立派各都市を見捨てることになる。実際はそうでなくても、帝国軍にそう喧伝されたら味方の士気は下がる。たとえそれで勝てたとしても各都市がラスキノを支持せず、独立後の政治体制が揺らぐかも……という判断だろうな。
勝った後の心配するより今の戦いに勝つ算段をしてほしいものだが。
「というわけで、まぁ1個連隊規模でこの都市を防衛する計画を立ててから意見具申しようかと思ってね」
「はぁ……」
本来は大佐の仕事ですよこれ。でも小隊長が言うには大佐はこの手のことは嫌いだそうで部下に投げっ放し。そしてその部下は今は前線に引き抜かれて奮闘中ということらしい。完全に大佐いらない子扱い。
「にしても不思議なのはあのデブ大佐がなんで反乱の指導者なんて始めたんだ? どう見ても腰巾着っぽい見た目なのに」
「見た目はともかく、大佐は帝国に不満を持つ人ではあります」
「その心は?」
「左遷されたからですよ。もともとは帝都防衛隊にいたそうですから」
「そんなに偉かったの?」
「はい。ですが公金横領の罪で降格の上、ここに左遷となったらしいです」
「なんで除隊にならなかったんだ」
「まぁ、そこは東大陸帝国軍の内部問題です、としか言いようがないですね」
この国もいろいろあるんだね。軍の綱紀粛正に成功した第33代皇帝が聞いたら泣くだろうな。
「そして降格と左遷に不満を持って独立運動煽って自分の国を作ろうとした、ということか」
「はい」
「クズだなぁ……」
もう帰りたいわ。なんでそんな大佐のために俺らが命投げ出さなあかんのよ。
「ユゼフ、俺留年してもいいから士官学校に帰りたい」
「奇遇だなラデック。俺もだ」
新市街と旧市街を両方見て気付いたことがあった。
「新市街には側溝がないんだな」
「側溝って、雨水集めるアレ?」
「そう、アレ」
旧市街には道の脇に側溝があって、川に雨水を流していた。が、新市街にはそれがないのだ。
「新市街の地下に下水道があったりするの?」
「はい、あります。と言っても側溝を少し大きくした程度の物を地中に埋めてるだけです」
うーん、それじゃあ下水道を秘密通路にって言うのは無理かな。よくある作戦だけど実現できないのは残念だ。
「川を渡る手段は橋だけなのか?」
「はい。船による往来はもう数百年は行われていませんし、地下道と言った物もありません」
「じゃあ橋が壊されたら旧市街は飢えるのか?」
「一応豪雨時に備えて食糧の備蓄がされています。3か月は持つかと」
「そりゃすごい」
さすがは城郭都市と言うことかな。籠城するならやっぱり旧市街が一番だね。
こうして俺たちはラスキノの情報収集を進めた。
無論1日で終わるはずもないので数日かけて。あぁ、ゼーマン軍曹はオストマルクの指揮官に頼んで暫く借りる許可は下りた。やったぜ。できれば女子がよかったが。
「女性兵士は少ないですからね。いたとしても貸したくはないでしょう」
「だろうな。俺が指揮官でも同じ判断するわ」
「そういやマリノフスカ嬢とエミリア様は大佐みたいな類の連中によく出くわすよな」
「だな。呪われてるんじゃないのか?」
士官学校でも何度かあったしな。その度にサラとヴァルタさんに返り討ちにあってるが。
「まぁ古今東西、女性兵はそういう目に遭うものですよ」
「そういうもんなの?」
「えぇ、古代の大陸にはそういうことをする前提で女性兵を採用した軍があるらしいですから」
「そういう……ってつまりナニをするために?」
「そうですね。ナニですね」
聞かなきゃよかったと半分後悔する。サラとかエミリア殿下はそういうのダメです。むしろあの二人がくっつけばいいと思います。
「にしてもお前、マメだな」
「何が?」
「地図が真っ黒になるまで書き込んでるからさ」
たしかに。書きすぎて傍目から見ると何が何やらと言った感じだ。
「いいんだよ。俺がわかればいい。それにこういうのはやりすぎってことはないさ」
「そうかもしれねぇけどよ……建物の高さとかボロさとか何の役に立つんだ?」
「それは戦いが始まってからのお楽しみだね」
「戦いが始まること自体、あまり楽しみじゃないですね」
「それもそうだな」
だがそんな願いとは関係なく、確実に独立軍は苦境に立たされていくのだった。
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「ちょっとまずいことになりました」
独立軍指揮官、デブ大佐の執務室。第33小隊長と俺は大佐にある報告をするためにやってきた。帰りたい。
「なんだね?」
大佐は明らかにイライラを隠しきれていない様子で、さっさと出てけオーラを出している。
「シレジア・オストマルク義勇軍、及びラスキノ独立軍の連合部隊が帝国軍との野戦に敗れ、ラスキノのひとつ手前の都市まで撤退するそうです」
「ほほう」
負けたという報告なのに、なぜか大佐は嬉しそうだった。こりゃあれだな。自分が指揮権取れるチャンスだと思ってるんだな。ゲス野郎め。
「これは憂慮すべきだな小隊長」
「そうですね」
「では、今からこの町の全軍の指揮権は私が」
「その必要はありません」
「なんだと!」
「義勇軍連合部隊は今回の戦いにおいて指揮権をシュミット准将に正式に委託されました。よって私たちは都市防衛戦においても大佐の指揮には入りません」
「貴様ァ!」
「では、失礼します大佐」
大佐、哀れ。
「でもまだ指揮命令系統が統一されていないのは問題ですね」
部屋の外で、小隊長と俺は大佐に聞こえないように小声で会話する。
「あぁ。ラスキノの民兵部隊は未だ大佐の手の内だ。練度が低いと言っても今は少しでも人手が欲しい」
「シュミット准将の部隊がここまで撤退できればいいのですが……」
「難しいだろうな。今は帝国軍が義勇軍部隊を猛追している。なかなか振り切れないようだ」
潰走状態になってないだけマシか。
「とりあえず、我々で防衛作戦を練るしかないな。戦術研究科卒業生の本領を見せてほしい」
「全力を尽くします!」
第33小隊で戦術研究科卒の士官候補生は、1人だけだ。