城郭都市
ラスキノはかつて都市国家だった。そのためか、ラスキノにはそれなりに立派な城壁と城がある。
河口にある三角州に旧市街があり、河岸に城壁、数本の跳ね橋が三角州の中の旧市街と外の新市街を繋いでいる。前世の地中海マルタ島にあるバレッタ城郭都市って感じだな。
新市街は帝国による大陸統一後にできた町らしい。が、見た感じ旧市街にしても新市街にしても建物はかなり経年劣化が進んでるな。無理もないか。ラスキノは今やただの田舎町、人口流入数より流出数の方が多いだろう。
「でも、想像してたよりいい街だね。住みたいかどうかはともかく、年に1回くらいは観光に来たくなる場所だ」
「同感です。これほど壮麗な都市はシレジアにも少ないでしょう」
エミリア殿下も同じことを思ったらしい。うん、俺の感性は間違ってないな。
「そんなことどうでもいいわ。早く独立派指揮官の大佐とやらに会いましょう」
「あ、はい」
サラさん、もうちょっと楽しもう? 今度いつ観光なんてできるかわかんないだからさ。
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ラスキノ独立軍の司令部は旧市街中心部の城にあった。
「シレジア義勇軍、第38独立混成旅団第33歩兵小隊です」
「ふん、お前らがあのシレジア軍か。頼りなさそうな奴らだな」
我ら第33歩兵小隊の任務はラスキノの警備。第33歩兵小隊は総勢30人。少ないねぇ。
で、目の前にいるのがこのラスキノ警備隊の隊長の……何だっけ。ゲディミナス大佐か。覚えにくいからデブ大佐でいいか。このご時世、無能貴族みたいな体してやがる。ありゃ筋肉じゃなくて絶対脂の塊だね。
「この町にいる限り、お前らは私の指揮下に入る。私の言うことを必ず聞くように。いいな?」
絶対嫌だ。
いや文句言っても仕方ないか。相手がだれであろうと指揮命令系統が分散されるのは良くないし。
「ん?」
?
なんかデブ大佐が俺らの方をまじまじと見……
「おい、そこの女2人。後で私の所に出頭するように」
女2人というのはエミリア殿下とサラのことだった。おいヴァルタさんを省くなよ可哀そうだろ。
っていやそうじゃなくて。
「大佐殿。よろしいでしょうか」
「なんだ。お前らに用はない。さっさと出ていけ」
「嫌です」
「なに!?」
いやもうさすがにエミリア殿下とサラを生贄に捧げてまで指揮命令系統を統一させる気はないので。なんかもうヴァルタさんがキレかけてるので。
「私たちはシレジア軍所属の旅団です。我が部隊の指揮官はシュミット准将であり、大佐ではありません」
「しかし、ここは私の町だ! この町の指揮官は私だ!」
「では、緊急の際は大佐の指示に従いましょう。ですがそれ以外は、あくまで我々はシレジア軍所属です。特に人事の面では邪魔しないで頂きたい。ご不満があるのであれば、我が旅団長たるシュミット准将に事の子細を書面に記載し対応してください」
「……あ、う、おま!」
「サラ、エミリア様、大佐は私たちにもう用はないようです。ここにいても邪魔でしょうからさっさと出て行きましょう」
「はい。わかりました」
「……ふんっ」
なんでこの二人こういう絡み多いんだろうね。
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小隊長にしこたま怒られた後、なんか褒められた。前者は小隊長として、後者は私人として。
「ま、大佐に掴みかかって卒業証書授与直前に退学になるのは御免だからね」
あなたのことですよヴァルタさん。
「すまない」
「大丈夫ですよ。何事もなく平和的に終わりましたので」
「……すまない」
謝られるとなんか困る。
「ユゼフさんには助けてもらいました。ありがとうございます」
「お礼を言われるほどではありませんよ。なんかイラッと来たので上司に喧嘩売っただけです」
嘘ではない。本当にイラッと来た。
「喧嘩は私が売りたかったのに」
「サラが喧嘩したら大佐が死ぬよ」
「あんな奴死んでもいいわ」
「こらこらこら」
退学どころか軍刑務所入りだよ。
「で、結局俺らどうするんだ?」
「どうするって……後方警備でしょ?」
「後方警備って何すんの?」
ラデックが疑問を口にした瞬間なぜかみんな俺の方を向く。いや俺はそんな便利な奴じゃないぞ。
「小隊長殿の命令に従えばいいんじゃないかな」
「なんか言ってたっけ」
……。
そう言えば何も命令されてないな。
うーん、まぁここは定石通りに情報収集かな。
「とりあえずラスキノの地図と、ラスキノの地理に詳しい人探すか」
「どうしてだい?」
「……あんまりこういうの言いたくないんですが、このままだとたぶん市街戦になりますから」
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大佐に喧嘩を売った直後に大佐と面と向かって「兵を1人借りていいですか」なんて言えるほど俺は厚顔無恥ではない。なので小隊長と相談して、この街出身の民兵、もしくは退役軍人を探すことにした。5人でぞろぞろする事でもないのでラデックと二人で。
そしてその過程で面白い物を見つけた。
「オストマルク帝国義勇軍だって?」
「はい。小官はオストマルク帝国第199特設連隊のヘルゲ・ゼーマン軍曹であります!」
ゼーマン軍曹はオッサンだった。年齢相応と言えばそうだが15歳の俺が准尉待遇で、そして倍くらい年上の人が階級が下の軍曹ってのは慣れない。
にしてもラスキノが多国籍都市になってるのか。そういや各国から義勇兵部隊が出てるって話だったな。
「えー、と。オストマルクはどれくらい義勇兵派遣してるんです?」
「確か3200余名だったと思います」
だいたいシレジアと同じか。
「あ、そうそう。ラスキノの地理に詳しい人って知ってる?」
「小官です」
「はい?」
「小官はラスキノ出身の亡命者です」
まじすか。
こうして、妙な男三人組のラスキノ観光が始まった。