大陸暦636年の夏
早いもので士官学校ももうすぐ卒業、俺も15歳になった。
卒業試験は教師3人との図上演習で、1勝以上で合格点だった。そして俺の成績は1勝1分1負。なんとも微妙な……。
他の奴らの話も簡単に話しておこう。
サラ・マリノフスカ。
騎兵科次席卒業見込み。座学で足を引っ張り首席卒業とはならなかった。猪突猛進ぶりは相変わらずだが騎兵科ならそれはむしろ長所だろう。現在は17歳。前世で言う所のJK。テンション上がる。あとなぜか学校で顔を合わせるたびに右ストレートが飛んでくる。俺が何をしたと言うんだ。
ラスドワフ・ノヴァク。
輜重兵科卒業見込み。可もなく不可もなく、中の上の成績。本人は「中の中じゃなくてよかった」と言っている。意味は不明。現在21歳、良い感じの好青年。なおまだ童貞。出会いがないわけじゃないのだろうが、本人の方から断り続けている模様。意外と真面目だね君。
エミリア・ヴィストゥラ。
剣兵科第3席卒業見込み。例の卒業試験で人生で初めて人殺しをした、という噂。本当にやったのか、事の真相は気になるがデリケートな問題なので聞けずにいる。友人作りはそこそこうまくいき、内務尚書の長女や本物の公爵家の嫡男と繋がりを持ったらしい。
マヤ・ヴァルタ。
剣兵科首席卒業見込み。剣兵科卒業試験と同時に警務科卒業試験も受けて、それもなんなくクリアしたという高性能お姉ちゃん。22歳。殿下との仲は良いようで、殿下に悪い虫がつかないよう気を配っている。相変わらず怖い。
こんなもんか。
王立士官学校第123期卒業生、総勢125名。入学時は180名以上いたはずだが、いなくなった者の内約40人は退学、そして20人弱が戦死、または訓練中の事故で死亡した。
退学者の数も、死亡者の数も例年より遥かに多い、と先生は言っていた。無論これは先のシレジア=カールスバート戦争の影響だ。あの戦争で戦死した、あるいは戦争によるケガやストレスで退学に追い込まれた生徒が多かったらしい。そういう意味ではよく125人も卒業できたと思う。
さて、問題はこれから軍に正式に配属されてから。准尉スタートで戦略レベルに口出しできるまで偉くなるのに……うん、30年くらいかかるかな。最短で。サラとか殿下とかは確実に少尉からだろうし。スタートダッシュで確実に負けたわ。
というかどこに配属されるかで運命も決まるね。どこぞの辺境の警備隊の隊長とかだったら死んじゃう。あ、でも戦術研究科で実戦部隊の隊長と言うのはないか。どこかの基地の参謀とか幕僚とかそこらへんかな?
考え事をしながら廊下を歩いていたら誰かとぶつかりそうになった。危ない危な……
「あっ」
サラだった。この距離まで近づかないとか俺も目が悪くなったかな。
当然と言うかなんというか、サラはご立腹だった。「ぶつかりそうになるくらいじゃないと私に気づかないのか!」って顔してる。相変わらず表情に出やすいなこいつ。
「や、やぁ。次席卒業おめでとう、サラ」
とりあえず気づかなかったことについてはスルーしておだててみる。
「……嫌味?」
「今の言葉にはどこにも嫌味成分はなかったはず」
ここで俺が戦術研究科首席卒業だったら嫌味ったらしいけど、残念ながら俺の成績は戦術研究科の中じゃ下から数えた方が早いのだ。なぜかって? うん、武術の成績がね……。
「ふんっ。教師たちに見る目がないみたいね」
「その教師たちに勝てなかったからこんな成績なの」
「本気でやったの?」
「本気でやったよ」
やっぱり経験の差なのか、それとも農民出身の俺に対する嫌がらせなのかは知らない。
「あら、お二人とも何をされてるんですか?」
「エミリア、久しぶりね」
「お久しぶりでございます、殿下。それとヴァルタさんも」
「“も”ってなんだ」
剣兵科エリート二人組登場です。主席と第3席、この二人に白兵戦で勝てる奴はいないだろうな。
「とりあえずヴァルタさん、首席卒業おめでとうございます」
「あぁ。ありがとう。君も赤点回避おめでとう」
「ありがとうございます」
第5学年下半期で退学とか笑えないから必死だったよ。
「にしても皆さんが揃うのは本当に久しぶりですね。何年振りでしょうか」
「分かりませんね。2、3人なら何度かありましたけど、4人は本当に久しぶりです」
なんせ電話もメールもないからクラスが分かれると会う機会本当にないんだよねぇ。
「これでラデックがいれば5人全員が揃うわね」
「呼んだか?」
「「!?」」
いつの間にか俺とサラの後ろにラデックがいた。忍者かお前。
「だから言ったでしょう? 『皆さんが揃うのは久しぶり』だと」
王女殿下はそう言いつつクスクスと笑っている。
「で、皆揃ってなにやってんだ?」
「特に何もしてないよ。本当にたまたま会っただけさ」
偶然にしては出来過ぎている、これは何者かの陰謀じゃ……と思う訳ない。むしろ4年間で1度もこういう機会がなかった方が不思議かもしれない。
「みなさん積もる話もあるでしょうけど、廊下で立ち話もなんです。食堂に移動しましょう」
「ラデックってどこに配属されるんだ?」
「たぶん輸送部隊か補給部隊かな。あとは後方でデスクワークか。前線の兵士が飢えないようにするのが俺の役目になる」
「じゃあ、飯を食う度にラデックに頭下げなきゃ駄目か」
「やめろ気持ち悪い」
食堂に移動した俺たちは特に何かするわけでもなく積もる話をしている。授業がどうの、試験がどうの、今後のことがどうの、と。
「俺の事より、エミリア殿下がどこに配属されるか気になるね」
「私ですか?」
「あぁ、これから軍務10年勤め上げることが国王陛下から出された条件なんだろ? でもきっちりこなしたらそん時には25歳だ。婚期とかどうすんだろうなと思って」
「そう言うことですか……考えていませんでしたね」
「陛下はエミリア殿下の事を大事に思っている。きっと人事に介入して王都勤務になるだろうな」
「お父様は成績には一切手を出さないと言っていましたが?」
「『成績には』手を出さないけど『人事には』手を出す、ってことですかね?」
「そういう事だろうな」
「なにそれ。感じ悪いわね」
「サラ、仮にも国王陛下に対してその言い草は……」
「平気ですよ。でもサラさん、不敬罪に問われるかもしれませんので、場に気を付けてくださいね」
「……わかったわ」
サラは言いたいことは言っちゃうタイプだからな。ラデックも割と言っちゃう方だけど。ある意味では貴重だが、ある程度自重してくれないと周りがストレスで死ぬ。
「不敬罪、で思い出しました。ラデックさん、ユゼフさん。ご質問よろしいですか?」
「……? 大丈夫ですが」
「なんなりとどーぞ」
エミリア殿下からの質問か、珍しいね。
殿下は深呼吸し、そして言った。
「あなた達平民にとって、貴族・王族とはどのような存在ですか?」
「……それは、随分突飛な質問ですね」
「前から聞こうと思っていたのですが、なかなか聞けなかったもので。どんな悪口でも構いません。自由に答えてください。不敬罪だとか、失礼だとか、そう言うのを一切気にせずに」
気にせずに、と言われても王女の前で堂々と貴族批判できるほど俺は偉くないんだがなぁ……。
俺が正直に答えようか悩んでいると、ラデックの方から先に語り出した。
「王族はよくわからんけど、貴族はお客さん兼商売敵だね」
「お客さん、はなんとなくわかるけど商売敵って何よ?」
「ん、それはな……」
それはかつてラデックから聞いたことある、取引寸前に貴族からいいところだけ奪い去られた時の話。
「とある貴族、たしか侯爵だったかな。そいつがオストマルク製の宝飾品がいくらか欲しい、って注文したんだ。結構いい報酬だったんで親父は即刻オストマルクに行って宝飾品の買い付けに行ったんだ」
でも、宝飾品は結局侯爵に売ることはできなかった。オストマルクとの国境にある伯爵領が、水際でその宝飾品を奪ったからだ。「事前申告に不備があったので没収する」という名目で。
「勿論親父は抗議したけど、相手は伯爵だ。そんな抗議が通るわけ無い。そんで宝飾品を奪った伯爵は親父の代わりに宝飾品を侯爵に渡した。無論報酬は伯爵の手に、そして伯爵に対する侯爵の信頼は上がり、親父の信頼は落ちた」
前金がよかったため大赤字は免れた。だが落ちた信用はなかなか戻らなかったという。
そこまでの事情を、ラデックは淡々とエミリア殿下に正直に伝えた。
「……そうですか」
殿下は目に見えてションボリしていた。まぁ、身内の恥みたいなもんだからな。
「というわけで俺の意見は終了。ユゼフ、後は任せた」
「この状況で投げるなよ言い辛いだろ……」
こいつ軍に入ったら、補給も前線に丸投げしないだろうか。心配だなぁ。
こんなエミリア殿下の顔みたら正直に言えないじゃないか。どうすればいいんだ。
「ユゼフさん、ハッキリ言って良いですよ」
エミリア殿下は毅然とした態度でそう言った。
ハッキリ言っていいものか。しかしここで下手に貴族擁護しても仕方ないか。
俺も正直に言っちまおう。こういう機会がこの先あるとは思えないし、王女殿下が直々に改革してくれるかもしれんし。
「貴族は、社会の害悪ですね」
「害悪、ですか?」
「えぇ。少なくとも、殿下のように貴族の義務を果たそうともせず、税金も払わず、何か不満があると私兵による反乱をちらつかせるような連中は、みんないなくなればいいと思います」
死ねばいい、という言い方は避けた。結局は同じことだが。
「『貴族は制度化された強盗集団である』という言葉をどこかで聞いたことがあります。知も才もないものが、血の繋がりという曖昧なもので権力を奮い民衆から税を徴収する。徴収した税金で自らの物欲を満たす。俺ら平民にとっては理不尽極まりない事ですよ」
知も才もあるものが、仕方なくそれを行うのであれば、まだ割り切る事ができるんだけどね。
例えば王女殿下が「宮廷予算をゴッソリ削って、でもまだ全然足りないから増税します!」と言うのだったらわかる。そう言う状況に追い込んだのは誰だ、という責任問題は別として。
「……」
殿下が黙ってしまった。いかんいかん、フォローしないと。
「でも、殿下のように貴族の義務を果たそうとしたり、自らが領民や国民の盾になって守るような貴族は、私は好きですよ」
シレジア伯爵家は、代々そういう家系だったらしい。大陸帝国による圧政から領民を守るために反乱を起こしたのだし。今の王家はその伝統を忘れてしまったのか、それとも周りの貴族がクズすぎるだけなのか。
「……ありがとうございます」
殿下はそう短く答えると、少し笑って見せた。
思えば殿下も大人になったよな。当然か。15歳だもんな。
「もう、暗い話はここまでにしましょう! エミリアもユゼフもラデックも、久しぶりなのになんでそんな話するのよ!」
「あ、これは失礼サラさん」
「さん付けするな!」
久しぶりにその理由で殴られた。本懐である。
「じゃ、違う話題で楽しく盛り上がろうか」
ヴァルタさんがそう言った。うんうん。やっぱり政治と野球の話をしちゃダメだな。
「という訳で殿下が剣兵科でどんな活躍したか、その武勇伝を聞かせ」
「いやそういうのいいから」
「恥ずかしいからやめてください」
ヴァルタさんが委縮した。大人になれ22歳。
「第5学年全生徒に告ぐ、こちら校長だ」
? 校長から通信魔術? 結構久しぶりだな。カールスバート戦争前のあの日以来……。
まさか、ね。
「至急の用件がある。全員今すぐ第一講堂に参集せよ」
……俺ら5人は互いの顔を見合わせた。緊張した顔つきだ。あの日の事を思い出しているのだろう。
本当の卒業試験が、始まろうとしていた。
次回、大陸英雄戦記 第82話「主人公、還らず」
大陸の歴史も、あと1ページ。
(乗り遅れたエイプリルフール)