新たなる火種
――オストマルク帝国外務省 外務大臣執務室
「閣下、例の件についての報告です」
「……ずいぶん時間がかかったな」
「申し訳ありません。滅亡秒読みの国家とは言え、さすがに王宮の警備は厳しかったもので」
「まぁ、仕方あるまい。で、どうだったのだ?」
「こちらが、その報告書になります」
私は彼からその報告書を受け取った。内容は、隣国シレジア王国内の王位継承問題について。
「ふーむ……」
シレジア王国の王位継承問題は、依然水面下の出来事である。国王フランツはまだ壮健で、特に何も失政をしているわけではない。
「現在、シレジアの大貴族のほとんどはカロル大公を支持している状況です」
「その大貴族に反発している新興貴族、中小貴族が王女派と言う訳か」
「左様です。また、現国王フランツを支持している貴族も多く、カロル大公はフランツの『自然死』を待っている模様です」
「『自然死』か」
こういう情勢で自然に死ねる王族と言うものは少ない。だいたい事故か病気で死ぬことになる。
「下手に暗殺しようものなら現国王派の反発を招くやもしれません。このような国際情勢ではカロル大公も内戦を避けたいでしょう」
「となると、やはり問題になるのは士官学校に入学したというあのお嬢様か」
「はい。未だ支持する貴族は少ないものの、フランツ自身が王女に王位を継がせることを望んでいる以上、国王派は殆ど王女派になるでしょう。また、王女も士官学校で確実に有力貴族との繋がりを持ちつつあります。大公としては、早めに排除したいでしょうな」
「ほほう。で、我が国としては誰に与するのが得策だと思うかね大佐」
「……やはり、王女でしょう」
「理由は?」
「報告書にもある通り、やはり大公は東大陸帝国と何らかの形で手を結びたいと考えているようです」
「なんともまぁ、心強い味方だな」
カールスバート共和国は政変によって実質東大陸帝国の属国となった。この上、シレジアにまで東大陸帝国の軍門をくぐられてしまっては、国防上看過できない事態となる。
「カールスバート、シレジア、そして東大陸帝国相手に三正面作戦をして勝てるほど我が国は豊かではない。しかしシレジアとの協調も難しいのは確かだ」
下手にシレジアに介入してしまえばカールスバートのように政変を起こされてしまう可能性がある。そこまででなくとも、反政府運動を起こされてしまうのは困る。
「リヴォニア貴族連合との協調は無理かね?」
「無理ではありませんが、彼の国は東大陸帝国と陸で国境を接しているわけではありません。手を結んだところで我々を助けてくれる保証はありません」
「ふむ……」
我々と共にあの大国と渡り合ってくれる国などそうそうない。仮にリヴォニアと協調できても対シレジア・カールスバートのみだろう。対東大陸帝国戦となるとどうも期待できない。それに、連合と言えばよからぬ噂もある。
「国境を接しているとなると後はキリス第二帝国だが……」
「ですが、あの国と同盟と言うのは……」
「あぁ、それこそ無理な話だ」
我が国とキリスは仲が悪い……と言うより、現在進行形で紛争している状態だ。あの国が東大陸帝国と手を結ぶことはないだろうが、我々と手を結ぶと言うこともないだろう。
やはり、シレジアをどうにかするしかない。せめてシレジアを東大陸帝国に渡さず、できれば手を結ぶ。そして東大陸帝国に介入する暇を与えずに。果たしてそんな方法があるのか……。
ん? そう言えば東大陸帝国について妙な報告があったな。
私は執務机の引き出しからある報告書を出した。
「大佐、これを見たまえ」
「東大陸帝国内の調査報告書ですか? 閣下、これは」
「あぁ。この一件、使えるとは思わないかね?」
「……えぇ。ですが時間がかかります」
「どれくらいかかる?」
「おそらく、数年は」
「まぁ、仕方あるまい。だがあの国も暫くは動けまい。国内経済の問題もあるし、キリス第二帝国との紛争が再燃したそうだからな。急ぎ過ぎて失敗しないように」
「わかりました。すぐに準備にかかります」
「うむ。成功を祈るよ、大佐」
オストマルク帝国外務大臣の策略が実を結んだのは4年後の、大陸暦636年のことである。
次話で一気に時間が飛ぶ予定です。ご了承ください