兵科選択
シレジア王国は緯度が高いためか夏になっても暑くならない。日本みたいにじめじめしてないし日陰に入れば風が涼しくて大変過ごしやすく、住みやすい気候である。冬? あぁ、うん、死ぬほど寒い。
でまぁ、なぜそんな話をしているのかと言えば、もう8月なのである。つまり入学してから約1年経つ。
いろいろあったね。初めての実戦も経験したし、王女様と仲良くなれたし、サラには殴られてラデックからは嫌味を言われてヴァルタさんから変な話され……あれ? 碌な人生送ってないね?
「ユゼフ、試験の結果どうだったのよ」
「まぁまぁ。サラとラデックは?」
「まぁまぁよ」
「まーまーだな」
下半期期末試験はもう終わった。全教科赤点回避。弓術が60点だったけど。
でも第2学年からはそんな悩みとはオサラバである。俺が進む戦術研究科は剣術弓術馬術が統合され単なる武術の授業になる。魔術も戦術重視になる。一方戦術戦略戦史の授業がパワーアップし、図上演習なんかもやるそうで。
「サラは剣兵科に行くんだっけ?」
「あぁ、あれはやめたわ」
「えっ」
なにそれ聞いてない。
「じゃあどこ行くのさ」
「騎兵科」
騎兵科……もしかして王女護衛戦の時のあれが影響してるのか? と思ったら違った。
「エミリアに『騎兵が合ってる』って言われたから」
「え、そんだけ?」
「何か文句あんの?」
「ナイデス」
そんな安易に決めていいのかね。いや俺も結構安易に決めたけど。でも騎兵科ってエリートコースだよ? 大丈夫? あと剣兵科の卒業試験云々だの騎士が云々の話はどこに行ったの?
「ラデックは兵科、結局どうするんだ?」
「ん? んー、どうしよっかなー」
「いやどうしようじゃねーよ。兵科選択の書類、今日提出だろ」
「決め兼ねてる」
「早く決めたら?」
ラデックは成績がみんな平均値だから決めにくいってのはあるよな。でも兵科選択は転科試験受かれば後から何回でも変えられるから適当でもいいんじゃないかな。
「ラデックさんは輜重兵科が合ってますよ」
「んぁ? お、公爵閣下」
「私はまだ爵位は継いでませんよ」
「そうだったな。それで、なんで俺が輜重兵科?」
「えぇ、それはですね……」
王女殿下がラデックに輜重兵科を勧めている。なるほど、こうやってサラを説得したのか。
「よし、んじゃ俺は輜重兵科にすっかな」
「お前も単純だな……」
そんなさっくり決めていいのか。輜重兵科って一番人気ないんだぞ。卒業しても後方デスクワーク関係の仕事ばっかだけどいいのか。
「ワレサさんは何科なんですか?」
「ご存知の通り戦術研究科ですよ。書類はまだ出してませんが」
「ワレサさんにぴったりだと思います」
ここで別のを勧められるかと思ったけど違ったわ。いやここで弓兵科がお勧めされても困るけど。
「エミリア様とヴァルタさんは何科なんですか?」
「私とマヤは剣兵科です」
「……剣兵科ですか」
「はい。もう書類は出しましたので、変更はできません」
「でも剣兵科の卒業試験……」
「存じております。でも決めたことですので」
そうか……王女様が直々に引導渡すかもしれないのか。相手にとってはむしろ名誉なのかもしれないが。
「まぁ、私が言うのもなんですが、頑張ってください」
「はい、頑張ります」
王女様は笑顔で、そう答えた。
そして第1学年の最終日が来た。
第2学年になると基本的に兵科ごとにクラスが分かれることになり、寮室も変わる。
つまり俺とサラとラデック、そしてエミリア殿下とヴァルタさんはそれぞれ違うクラスになることは確定している。
同じ学校だし会う機会は何度もあるだろうけど、やっぱりクラス変わると会わなくなるだろうな。授業が違うから居残り授業・自主練する意味もなし。
「……」
「あの、サラさん?」
「…………」
おかしい。さん付けしても何も言わないし殴ってもこない。
「何やってんだ?」
「あぁラデック、サラが死んでる」
「死んでる?」
「さん付けしても何も反応がないんだ」
「なるほど重傷だな」
「だろ?」
サラの近場でそんなことを言い合う。普段なら蹴りが2、3発飛んでくるのだがそれもない。借りてきた猫状態だ。
こつん。
と、サラが俺のこめかみを小突いてきた。
「今日は最後だから、これで許してあげるわ」
うーん……。こういう“突き”合いも最後だと思うと……。
「最後だから思い切り殴られないとなんか気が済まないね」
マゾと言う訳じゃない。でもなんか消化不良だ。
「……ばーか」
彼女はそう呟くと、拳を握ってやっぱり軽く小突くだけだった。
特に何もなく最終日が終了した。先生から「まぁ頑張れ」という大変有難い言葉を貰っただけだ。もっとなんかあるだろ。
「これでお前ともお別れだな」
「その言葉はまだ早いと思うよ。本当に別れるのは卒業の時だ」
「それもそうだな」
ラデックとそんな会話をする。
こんな会話もしばらくできるなくなるのか。なんかこう……。
「お、ユゼフ、泣くのか?」
「こんなんで泣かないよ」
最後にもう一回殴りたくなるね。
「あら、お二人とも揃って何をなさってるんです?」
「特に何もないですよ。ただ話してただけです」
これから殴り合いになるかは不明。
「クラスが分かれると寂しくなりますね。短い間でしたが、ありがとうございます」
「お礼を言われるほど何かをした覚えはないですよ」
「うんうん。だって俺ら友達じゃん」
「そうでした」
殿下の将来のためのコネ作りとやらはそれなりに進んでるらしい。まだ数は少ないが、卒業する頃にはそれなりの数にはなるだろう。
「ラデックさん、ワレサさん。どうかお元気で」
「わかりました。あ、それとエミリア様」
「はい?」
「今更なのですが、私だけ姓で呼ばれるのは少し……」
「あぁ……では、ユゼフさん、でよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます」
「と言っても、もう呼ぶ機会はあまりないかもしれませんが……」
そうだなー。もうちょっと早く提案すればよかったわ。
「もう少し早く言えばよかったなワレサくん。いや、ユゼフくんと言えばいいのかな?」
「どっちでもいいですよヴァルタさん」
「私の事はマヤと呼んでくれないのか」
「嫌です」
「なぜだ」
怖いからですよ。
「それでは、私たちはこれで失礼します」
「ま、元気でな。ユゼフ・ワレサくん」
マヤ・ヴァルタさんはそう言うと、手を振りながら王女殿下と去って行った。
「あれって姓名どっちで呼ぶか迷って結局全名で呼んだってことかね」
「そうじゃないの?」
ヴァルタさんって割と変人だよね。
「……じゃ、俺らも寮に戻って片づけでもするか」
「そうだね」
こうして俺らは第2学年に進級した。
このメンバーが再び揃って肩を並べるのは、今から約4年後の、大陸暦636年の事である。