殿下と護衛
誕生日だわーい。
でも素直に誕生日が喜べない。誕生日と言っても祝ってくれる人いないし、というか知ってる人いないし。
それにまだ11歳だけど前世分加算すると30超えてるからさ。大人の階段どころかオッサンの階段を昇ってるわけでして。
あーもー、酒飲んで寝たい。が、士官学校を卒業するまではダメらしい。そもそも飲酒可能年齢に達してるかどうかもわからん。王女護衛の時にスピリタスひったくればよかったかしら。
誕生日の翌日。
なぜかエミリア殿下が教室で唸っていた。
「あのー……エミリア殿下? 何をなさってるんです?」
「殿下って呼ばないで下さいぃぃ……」
あ、なんかこれもうなんかダメだな。
王女様はむくれてた。うんうん、可愛いと思うよ。で、何これ。
「むー……」
エミリア殿下はそのまま机に突っ伏した。これは本当に王女ですか?
最近のエミリア殿下は日を追うごとにカリスマ性が漸減している気がする。緊張の糸が緩んできたのか、それとも誰かの雰囲気に毒されているのか。
うん、この状態の殿下からは情報を取れそうにもないな。
あたりを見回してみるとヴァルタさんがばつの悪そうな顔をしていた。なるほど、こいつが原因か。
「エミリアで……様、護衛役がポカをしたようですけど気に病むことはありません。クビにすればいいだけなのですから」
「おい!?」
ヴァルタさんがごちゃごちゃ言ってるけどこの様子だとあいつが悪い。反省してもらわねば。
「ヴァルタ、退職金の心配はありません。自由に身を処してください……」
「エミリア様まで!? 何を仰られるのですか!?」
エミリア殿下が悪乗りしてきた。声が半分本気なのは気のせいだろう。
「おいワレサくん、あまり変なこと言わないでくれ! 第一私は何も……」
「何もしてないって顔はしてませんでしたよ?」
「ぐっ……」
なんか「っべー、失敗しちゃったわー、面倒だわー」って顔してたよ? 俺の目はごまかせないよ?
まぁこのままにしておくのは(殿下が)可哀そうなのでヴァルタさんから事情を聴くとしよう。
「で、何があったんです?」
それは昨日の出来事。
サラ大先生から弓術の指南を受けた後のお話。
ヴァルタさんが、エミリア王女に「会わせたい人物がいる」と言ったそうだ。エミリア王女は不思議に思いつつも彼女の言うことを聞き、その人物に会うことにした。
知っての通り、ヴァルタさんはエミリア王女に内緒で、殿下の今後の為のコネ作りをしていた。そしてこの学校では割と有名な人に会わせようとしたそうである。なんでもその人は、昨年の九月に退学した伯爵の子息の友人だそうで、そいつも王国で重要ポストについている貴族の長男だそうだ。
……うん、ここでだいたい察しが付くね。それと悪い予感しかしないね。なんでだろうね。
待ち合わせ場所は魔術演習場の裏、あまり表沙汰にはできないことなので人目のつきにくい場所を選んだらしい。
で、そこにいたのは王女殿下に会わせたい人物と……なぜか呼んだ覚えのない知らん奴数人。
彼らは王女殿下のコネ作りと称してナニをさせようとしたらしい。相手が年頃の女子二人、そしてヴァルタさんが殿下の身分を必要以上に隠していたために、彼らは軽挙に出たのである。哀れな。
彼らはヴァルタさん一人に返り討ちにされたのだが、王女殿下からの信頼は地に落ちたという。
そんな経緯をヴァルタさんから、所々言葉を変え遠回しに表現しながら俺に教えてくれた。なるほどなるほど。
「エミリア様、この役立たずを即クビにしましょう」
「待て待て待て待て待て」
相手も悪いがこういう状況を想定できなかったヴァルタさんが悪い。というか退学になった人とつるんでた奴とコネ作りとか何考えてるんですかね。
「今すぐ王宮に手紙を書いて新しい護衛役を入学させませんと……でも手続きとかが大変そうですね……」
王女殿下はかなり真面目に護衛の更迭を検討していた。そういう容赦のなさは将来必要だよね、うん。
「こ、この不手際はいつか必ず償います! ですから、あのどうか、お見捨てなきよう!」
ヴァルタさんも必死だな。そりゃそうか。給料貰えなくなるかもしれないもんな。
「で、その密会であった人とはどなたなのです?」
だいたい見当はつくけど、具体的な名前とか身分は知らんからな。
「あ、あぁ……。財務尚書グルシュカ男爵の長男、ピョートル・グルシュカ殿だ。なかなかの切れ者らしく、エミリア様のお役に立つとは思ったのだ」
「あー、えーっと、どんな容姿ですか?」
「あぁ? 容姿?」
「えぇ、知ってる人かもしれませんので」
「そうなのか? 容姿は……そうだな、眉目秀麗と言った感じのお方だった。見た目だけだとなかなか人の良さそうな感じだったのだが」
あー……思い出した。サラに木の棒で顔面強打された挙句腹を蹴られた残念なイケメンだわ。顔面の怪我治してイケメンに戻ったのかね。てか反省もせずタルタルソース先輩の地盤を受け継いで自分が悪の親分になったのか。救いようのない男だ。
「知ってるのなら、君の方から何か言ってくれないか」
「俺が言ったら逆効果だと思いますよ……」
なんてったって仇みたいな間柄だしな。もう一回会ったら喧嘩すると思う。
とりあえずヴァルタさんにはグルなんとかさんとコネ作りは諦めた方が良いと助言しておく。あいつとつるんでたタルタルソース先輩は女子寮に侵入しようとした変態だ、って教えておけば考えも変わるだろうな。
エミリア殿下との仲は……ご自分で何とかしてください。まぁたぶん何とかなるでしょう。保障はしないけど。
と言うような事情をとりあえず当事者だったサラに言ってみた。
「で、何回殴っていいの?」
殴ることは決定事項らしい。
「落ち着いて。殴ったら問題になる」
「なんでよ!」
相手が男爵だからだよ。
「でもユゼフも伯爵の息子退学に追い込んだじゃない」
「いや、そうだけどさ……」
もう一回やれと言われても俺はやりたくないよ。
「じゃあさ、エミリア立会いの元なら問題ないんじゃないの?」
「え? エミリア様の?」
「だってエミリアは大層なご身分じゃない。エミリアが許可してくれれば男爵の息子くらいコテンパンに」
「いやエミリア様は一応公爵家の令嬢として来てるわけで……」
「公爵も男爵よりは偉いわ」
「あぁ、そうか。なら問題……いや、やっぱあるよ」
「なんでよ」
「心証の問題だよ」
公爵令嬢が男爵子息をいじめてる、なんて噂されたら困る。コネ作りの上でも、エミリア殿下の今後の学校生活の為にも。
今の所はまだ男爵子息が悪いけど、過剰に反応してしまえば相手を利するのみ……。難しいねぇ。
「とりあえず、男爵とのコネ作りはやめるしかないさ。どうせ半年もすればあいつらは卒業するし」
「なんか納得いかないわね」
「俺も納得してないけどさ、どうにもならんし。それに、今はむしろエミリア様と護衛の関係の方が問題だと思うけどね」
「そう?」
「うん。なんか気まずい感じになってる」
なんとかして関係修復――と言うより仲直りに近いかな――させないと、めんどくさいことになりそうだ。
次回『さらば護衛! ヴァルタさん、暁に死す』