この先生きのこるには
今俺は学食で昼飯を食っている。むしゃむしゃ。
今日のメニューは山菜クリームシチューとライ麦パン。あぁ、お米が欲しい……。やっぱりこの世界でも地中海方面に行けばパエリアとかリゾットとか食えるんだろうか。贅沢を言えば醤油と味噌も……あと生魚と生卵も頼む。
シレジアの料理はなぜかキノコ料理が多い。マッシュルームとかシイタケとか。時に漬物にもキノコが入ってる。あとこの、なんだ、キャベツの酢漬けみたいなの。旨味のある酢の味じゃない単に酸っぱいだけのキャベツになってる。これ美味しいと思ったことないんですが。生でくれ。でもなぜか定番メニューで何を頼んでもこれがついてくる。トンカツの脇にあるキャベツみたいに。
と、俺は脳内で散々シレジア料理にケチをつけているがこの国の料理は嫌いではない。好きでもないが。
「隣良いかな?」
と言いつつ許可を出してない内に座るのはやめてくれませんかねヴァルタさん。別にいいけど。
「どーも」
「浮かない顔してるね」
俺この人苦手なんだよなー。怖いし。あと怖い。ついでに怖い。主に顔が。笑えば美人だと思うが笑ったところを見たことがない。
「今陰鬱な気分なんで」
「どうして?」
「今日はサラの剣術の授業だからです」
いやホント俺にだけ厳しいからなサラさん。殴る蹴る水球をぶっ放すは当たり前。おかげで痛みに慣れてしまった。
「じゃあ私が剣術の指南をしてあげようか」
「結構です」
あんたの稽古も厳しそうじゃないですか。ソースは顔。
「つれないね」
「私は高級魚なんでそれなりのエサと釣竿じゃないと釣れませんよ」
すごいつりざおじゃないと釣れない仕様です。
「それで、ヴァルタさんは護衛役サボってるんですか。エミリア殿下のお姿が見えませんが」
「サボってはいないよ。休憩中なだけだ」
サボりとどう違うんだ。
「殿下は今マリノフスカさんと一緒にいる。彼女なら大丈夫だろう」
「サラなら熊を2、3頭素手で殴り殺せますからね」
いやホント怖いあの子。そのうちグッと睨みつけただけで人殺せるようになるんじゃないだろうか。
「あとノヴァクくんもいたよ」
「……誰でしたっけそれ」
「ラスドワフ・ノヴァク、ラデックと君は呼んでたね」
あぁ、ラデックか。もうあいつの事ずっとラデックって呼んでたから本名忘れてたわ。うん。覚えた。ラスト○ーダーだよね。
「って、ラデックが一緒ってまずいような」
「……そうなのか?」
ヴァルタさんの眉がピクリと動いた。うん、これは警戒し始めた証だな。
まぁラデックは間違いを起こさないと思うよ。たぶん。生きるか死ぬかの瀬戸際の時に童貞気にする男だけど。ラデックならすぐに卒業できると思うんだけどなぁ。イケメンの無駄遣いだ。俺にくれその美貌。
「まぁ、大丈夫でしょう。上半身は信頼できますから」
「少し引っかかる言い方をするね君は」
ラデックさん、がんばってヴァルタさんから逃げ延びてください。菊の花買って待ってます。
「しかし、君は年齢不相応なことを言うね」
「そうですかね?」
御宅の主君も年齢不相応だと思うよ?
「あぁ、君は良く物事を考えている。さすが頭だけは良いと言われてるだけあるな」
「喧嘩売ってるんですか」
喧嘩売るんなら買うよ? そしてサラあたりに転売するよ?
「半分褒めてるのさ」
「……残りの半分は?」
「呆れてる」
「なるほど」
いっそ十割呆れられてた方がいろいろ楽だったんじゃないかと思う。
「そんな頭のいい君と少し話したいことがあってね」
「なんです?」
今までのは前座か。
「この国についてさ」
なんとまぁ壮大な。
でもエミリア殿下の境遇考えるとそうでもないのかな。
「範囲が大きすぎますよ」
「でもはもっと絞ろうか。この国、今後どうなると思う?」
絞れてない気がするんですがそれは……。
「どうと言われてもですね」
なんて答えるのが無難だろうか。正直に「この国は間もなく滅亡する!」と言ってしまうのもどうかと思うし。
「私は、この国は遅かれ早かれ滅亡すると思ってる」
……え、言っちゃっていいの?
「おや、意外そうな顔をするね? てっきり君はこの結論に辿りついてると思ったのだが」
「私はまだ10歳……あぁいや、もうすぐ11歳でした。でも、まだ11歳弱ですよ」
あと一週間もすれば11歳の誕生日だ。今の今まで忘れてたけど。
「11歳か。でも私は君のことを20歳超えてると感じてるよ」
「意味が分かりませんよ」
「そうだな。私も分からん」
でも正解ですよヴァルタさん。20どころか30超えちゃってるけど。
「で、なんでしたっけ。滅亡するんですか?」
「すると思う。いつになるかは知らないが」
「根拠を聞いても?」
「言ってもいいが、君はとうに気付いてるんじゃないか?」
11歳の少年に何を期待してるのだろうかこの人。
「よし、では戦略99点のワレサくんに質問だ。この国の、国防上の問題点はなんだ?」
「……それは」
それは、この国はあまりにも軍隊が少ないことだ。
シレジア王国軍の戦力は平時20個師団。1個師団1万人だとすると約20万人だ。それを東西南北の国境に均等に配置している。つまりそれぞれ国境に配置されているのは5個師団のみ、ということ。
カールスバート共和国軍は平時20個師団、軍事政権に移行後は30個師団と推定されている。
東大陸帝国はもっと凶悪で、平時400個師団とも500個師団とも言われている。広い国なので結構散らばっているが、それでもシレジアとの国境には少なく見積もっても20個師団は張り付いてる状況だ。
さらにリヴォニア貴族連合やオストマルク帝国などの国とも国境を接している。これらの国も多くの軍隊を保有しているため、シレジアが負けるのは必至だ。
シレジア王国は、国境線が長い割には保有している軍の規模があまりにも小さい。
でも軍拡はこれ以上できないだろう。軍拡しても、それを支えるだけの経済基盤がないのだ。この国に必要なのは内政改革だが……それが成功する頃にはもう滅亡してるかもしれない。
「私も同意見だよ。この国は、既に崖っぷちだ。少し背中を押しただけで、奈落の底へ転落するだろう」
でもなぜかまだシレジアは生き残ってる。虫の息だけど。
「なぜ、この国はまだ滅亡しないと思う?」
「それは……やはり緩衝国家として存続してるのでは?」
緩衝国家。
大国と大国に間に位置し、大国同士が真正面から衝突することを防ぐ、言わば壁の役割を持つ国。
シレジアは、東大陸帝国、オストマルク帝国、リヴォニア貴族連合という大国に囲まれている。これらの国は皆反シレジア同盟参加国だが、元々仲が良いと言うわけではない。あくまでシレジアと言う共通の敵がいたからこそ肩を並べてシレジアをフルボッコにしたのだ。
そこで、シレジアが滅亡したらどうなるか。滅亡してこれらの国に分割されたらどうなるか。
答えは簡単だ。
「シレジアを戦場に、この3つの国は血みどろの戦争を始めるだろう。シレジアの市民を盛大に巻き込んでね」
ヴァルタさんは、冷たくそう言い放った。
気がつけば手元にあるシチューは完全に冷めていた。勿体ないから全部食べたけど不味かった。
この国、どうなるんだろうね。