王女と騎士
サラ・マリノフスカは混乱していた。
混乱の原因は言うまでもない。王女殿下が士官学校に入学してきたからだ。
王族が士官学校に入学すること自体は珍しい話でもない。ただ第一王女が入学してくるなんて異常だ。
彼女の頭の中ではあらゆる思考が渦巻き、結局エミリア殿下に声をかけることができなかった。
休み時間になって、ようやくサラは動き出した。
エミリア殿下は見た目美少女、そしてヴィストゥラ公爵家の令嬢という御大層な御身分と言うことになってるせいか周りからちやほやされている。ここで「本当はシレジア王家なのよ」と教えてあげたら彼らはどんな顔をするか気になる。言わないけど。
一方エミリア殿下は困り果ててる。相手の好意を無碍にするわけにはいかないし、かといって怒鳴るわけにもいかない。そんな顔をしている。
ユゼフにどうすべきか相談しようとしたが、ユゼフは教室にはいなかった。彼は肝心の時にいないことに定評がある。
「どきなさい!」
サラの行動は早かった。何も考えずに突撃することが彼女の本領である。
サラは群衆を掻き分け、時には殴りつけ、王女殿下を輪の中から半ば無理矢理引っ張り出した。誰かが止めようとしたが顔も見ずに鳩尾を殴る。殿下を守らなければならないという騎士道精神が彼女をそうさせた。
教室を出て、廊下でやっとサラは手を離し、その場で跪いた。
「殿下、ご無礼致しました」
「い、いえ、大丈夫です……それより」
殿下はそう言うと教室の方を見やった。さっきサラが殴ったと思われる屈強な女子が床に蹲っている。
「彼女は大丈夫です。手加減しましたので」
「は、はぁ……」
彼女が本気で殴ったら内臓破裂は免れない。蹲る程度で済んだことはむしろ幸運である。
「しかし殿下がなぜここに……」
「話せば長くなりますが……その前に」
「?」
「敬語はやめてください。それと学内でそのように頭を下げないでください」
「いや、しかし……」
「これは命令です。聞いてくれますよね?」
「は、はい……」
考えてみれば王女という身分を隠し公爵令嬢として入学してきている。過度に扱ってしまうとそこからバレてしまう可能性がある。しかし公爵令嬢であればやはりそれなりの対応はしなければならないわけで……。
「コホン。サラ・マリノフスカさん、でしたね?」
「そうです、殿下」
「敬語」
「あ、いえ、ですが……」
「敬語」
「あ、はい。申し……ごめんなさい」
王女にタメ口。もしここが王宮なら不敬罪で捕まる行為だ。
「サラ・マリノフスカさん。どうか私と、お友達になってくれませんか?」
……はい?
「な、なれという命令であれば従います」
「……友達とは命令して作るものではありませんでしょう?」
ごもっともである。
「私、同年代の対等なお友達が欲しかったんです!」
古今東西、王族と言うものは友達作りができない。王族に無礼があってはいけないし、喧嘩をしようものなら反逆罪で即刻死刑である。
サラとしては悩みどころである。
感情的には大変嬉しい申し出である。だが理性的にはそうではない。たとえ王女殿下が身分を偽り入学しようと、王女殿下は王女殿下なのである。
……対応に困る。
「あの、ダメですか?」
王女殿下が上目使いでそんなことを言って拒否できる人間はこの王国には一人もいないだろう。
「だ、大丈夫です! 私、殿下のお友達になります!」
サラはあっさり陥落した。
「嬉しいです! 初めてのお友達です! あ、私の事は『エミリア』と呼んでくださいね! 殿下は不要です!」
「エミリア!」
「はい!」
「私の事は『サラ』でいいわ!」
「はい、サラさん!」
元気のいい二人である。
王女と騎士と言っても、この辺はまだ10代の少女なのだ。
「私たち友達ね!」
「そうです、友達です!」
こうして、王女殿下は友達作りに成功した。
ヴァルタがサラとユゼフを呼び出す、3時間前の出来事である。