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大陸英雄戦記  作者: 悪一
エミリア
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高貴なる義務

 暦は1ヶ月程遡る。




 シレジア王国の王都シロンスクに向かうある一団。その中にある豪華な馬車の中、エミリア・シレジアは悩んでいた。


 一連の事件で彼女は、自分が無知無能であることを知った。知も才もない者が王冠を手にすることは、いかに自分が王位継承権第一位でも許されないだろう、そう思った。

 だが彼女はまだ10歳で、戴冠はまだ先の話であることも事実。


 王女は自分の能力向上を図ることにした。


 と言ってもどうすればいいかわからない。こういうことを考えるのはいつも父や叔父の仕事だったからだ。


 でも彼女は他人に意見を求めようとはしなかった。

 この程度のことを自分で考え決断することが出来なければ、この先なにをしても無駄なのだろう、とそう感じたのだ。


 真っ先に思いついたのは、王位継承権を捨てることである。


 でもそれは、すぐにダメだと感じた。

 王位継承権を捨てることは簡単で、楽な道だ。だが捨ててしまえば二度と自分の元には戻ってこないし、それに自分が負うべき義務から逃げてるだけだ。


 それに父が許さないだろう。父は私にどうしても王位を継がせたがっている。今は亡き母の遺言らしい。

 彼女にとって母とは絵画の中の登場人物と言うだけの存在にすぎないが、父にとってはそうではないようで、母の遺言とは神から授けられた言葉と同じ価値を持つようだ。



 ではどうすればいいのだろう。

 思考はいつもここで終わってしまう。



 視点を変えてみよう。


 なぜ私は王位につきたいのだろうか。

 叔父に負けたくはない、という極めて利己的で自分勝手な理由もある。

 が、それ以上に思うことは、自分を守るために盾になって死んでいった者の姿である。


 彼ら彼女らは、自分が王族という特別な地位にあるがために死んでいった。


 もし自分が王位につかず継承権を放棄したら、死んでいった者に申し訳が立たないだろう。こんなことで逃げる王族を守るために自分たちは死んだのか、と罵倒され、失望されてしまうかもしれない。

 自分は安全な王宮で、王位にもつかず、なんの知も才もないまま王族と言うだけで豪華な暮らしをすることは許されない。

 戦争中、自分だけが安全な王宮でのほほんと暮らし、戦場で死に行く者を見ないふりをするのは許されない。


 彼らがいなければ、私はここにいなかったのだから。




 この考えに至った時、彼女は自分の義務を知った。


「王宮に戻ったら、お父様に相談せねばなりませんね」




---




 王都シロンスク、その中心に立つ王宮。

 その一室で、彼は悩んでいた。


 彼の名はフランツ・シレジア。シレジア王国第7代国王にして、我が儘娘のエミリア・シレジアの父である。

 彼の悩みの種は、隣国との戦争によって増大する被害者の数と戦費……ではない。娘のことだ。


 娘は隣国カールスバートで催される式典に参加するために旅立った、があろうことかその隣国で政変が発生しあまつさえ戦争を仕掛けてきた。


 娘をカールスバートに行かせるよう指示したのは国王自身である。

 箱入り娘で我が儘娘だが、将来は王冠を継ぐ者、そろそろ公務に参加させるべきかと考えていた。


 王族や貴族のデビューというものは、だいたいが何らかの公式な式典である。エミリアの場合は、そのデビュー戦がカールスバートの式典だった。


 が結果がご覧の有様である。

 娘は敵軍に追い回され命からがら王都に戻ってきた。


 お父さん嫌われちゃう!


「だから嫌だって言ったのに! もうお父さんなんて嫌い! 口も利かない! パンツ一緒に洗わないで!」


 娘にそんなこと言われたら国王は自殺する自信がある。彼は国王である前に、可愛い娘を持つ1人の父親だから仕方ない。


「陛下、エミリア王女が会談を求めてきています」


 ゲッ。


 どうしよう。やっぱり怒られるかな。どんな我が儘言われるだろうか。今まで娘の我が儘は半分くらい聞かなかったけど、今回はどんな要求でも呑まざるを得ないだろう。さもないと最悪自分が死ぬ。


「ん、了解した。『私の執務室に来い』と伝えよ」

「御意」




 数分後、娘が国王の執務室に来た。


 今度はどんな我が儘を言うのだろうか。ドキドキ。


「お父様、折り入ってご相談があります」

「……何かね?」


 まさか洗濯の話だろうか。


「私の士官学校入学の許可が欲しいのです」







 えっ?






 おっといかん。あまりにも突飛なことで思考が停止してしまった。


 ……士官学校? 貴族学校じゃなくて?


「理由を聞こう」


 私、士官学校に入って人殺ししたいの! とか言い出したらさすがに止めなければならない。


「それが王族の義務だと、そう感じたからです」


 おい、これ本当にあの我が儘娘か。カールスバートで悪い物でも食べたのか。

 あの娘が「王族の義務」という言葉を使うとは予想外だ。


「エミリアにとって、王族の義務とはなんだ」


 王族の義務、もしくは貴族の義務という言葉は昔からある。

 その立場や権力と同等の義務を負わなければ、国民が納得しないからだ。無論、納税の義務などと違って法によって明文化されていないから適当にお茶を濁す貴族もいる。というかそっちの方が多い。


「私にとっての王族の義務とは、国民に背を預け、国民の盾となり、国民を守ることであります」

「そのために士官学校に行きたいと言うのか?」

「はい」


 どうしてこうなった。


 いや、だいたい察しはつく。娘の傍にいた近侍達や護衛は敵兵に追われ、約半数が帰らぬ身となったらしい。それを間近で見て、そして考えたのだろう。

 しかし士官学校とは予想外だ。

 これが貴族学校だったら大手を振って送り出したのだが。

 貴族学校とは、文字通り貴族だけが通うことが許されるエリート学校だ。職員以外の平民の出入りは禁止されている。

 将来爵位を継ぐ大貴族はそこに通い、高等教育を受けマナーを学びコネを作る。そして晴れて貴族デビューし領地で政務に励んだり王国に奉仕したりするのだ。


「結構な考えだが、別に戦場に立つだけが国民を守ることではない。王宮で、いや王宮でなくともよい。かつての大陸帝国のように辺境領で政務をし、豊かな土地にすれば良いではないか。それも立派な王族の義務足り得る。それを学ぶのに、貴族学校へ通えば良い」

「それでは駄目なのです」

「駄目かね」

「はい。決して内政を疎かに考えている、と言うわけではございませんが、それでは私の気が済みません」

「なぜ?」

「私は、安全な王宮で、もしくは安全な総督府で漫然と過ごす気にはなれないのです。私は、王女エミリアは平民の兵に助けられました。兵達は私を命がけで守りました。ならば私も、命がけで彼らを守らねばならないのです。それに……」

「それに?」


 エミリアは、大きく息を吸い、大きな声で言った。


「それに、王が戦地から離れた安全な王宮内から戦争を指示し、兵を指揮するのでは、兵達は納得しません! 兵も人間であり、駒ではないのです!」


 耳の痛い話だ。

 私はこの王宮から戦争を指揮していた。指揮と言っても実務の事は軍に任せていたが、私は安全な王宮から戦争を指揮していた。

 兵は死地に立つ。そして王は安全な場所で戦争を指揮し、賛美し、そして時に切り捨てる。


「人殺しをしたいとは思いません。戦争を指揮したいとは思いません。しかし、国民を導くという立場につく以上、戦場から逃げては申し訳が立ちません!」


 ……いつの間にか立派になったもんだ。


 こんな重要な決断をした娘の提案を一蹴するほど、私は冷たい人間ではない。

 この機会を逃せば、娘は一生箱入り娘のままになるかもしれない。


「幸いなことに、士官学校でも内政について学べると聞きます。士官学校卒業の後に王宮に戻り、内政に専念することも可能です」


「わかった」

「……お父様!」

「ただし条件がある」

「……なんでしょう」


 と言っても難しい条件を出すつもりはない。私にも“義務”がある


「第一に、王族の身分を隠すこと」


 士官学校とは言え安全とは限らない。幸いなことに、娘の貴族デビューはまだだから顔を知っている人間は少ない。

 それに王族の義務を果たしたいのであれば、学校で王族としてちやほやされるのはあまり宜しくない。教員にだけ知らせればそれでよい。


「第二に、護衛を一人、一緒に入学させる」


 護衛兼世話役と言ったところだ。この箱入り娘がいきなり士官学校に行って順応できるとは思えないし。あと監視役も兼ねさせるか。定期的に私に報告書を提出させよう。


「第三に、退学は許さない。成績に関して、私は何も干渉はしない」


 王族が退学なんてもってのほかだ。それに成績にちょっかい出して何の努力なしに卒業できても娘は喜ばないだろう。


「第四に、士官学校5年、軍務10年をきっちりとやりきる事」


 これは他の士官候補生も一緒のはずだ。


「最後に、士官学校には今すぐ入学すること」


 正式に入学となると半年ほど先になるが、そんなに時間が経つと娘の気が変わってしまうかもしれない。善は急げだ。調整はなんとかする。


「……」

「これが条件だ。全てを受け入れられないとあれば、私は士官学校入学を認めない」


 娘はしばし悩んだ後、決断した。


「分かりました。全ての条件を呑みます」


 ……えー。呑んじゃうのかー。

 ちょっとだけ期待してた。「そんな条件呑むくらいならお父様と一緒にいるー!」って期待してた。


「……なら、私はエミリアの入学を阻止しない」

「ありがとうございます。お父様」


 そう言ってエミリアは深々と頭を下げ、執務室から退室した。


 ……本当に、変わった。まだ10歳なのに、こんなにも考えてくれるなんて感慨深い。




 閉まる扉を見つめながら、フランツは呟いた。


「エミリアが、ますます君に似てきたよ」




 執務室には、亡き王妃の絵が飾ってある。 

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