間話:近侍の日常(改)
私の名前はイダ・トカルスカ。
シレジア王国現国王フランツ・シレジアの娘にして第一王女であるエミリア・シレジア殿下にお仕えする近侍です。
我が主君であるエミリア殿下はそれはそれは大変かわいらしい。黄金に輝く髪と、どこか大人びた顔つき。そして何より少し我が儘でその時の表情がもう可愛いのなんのってもう王族じゃなかったら誘拐して自分の娘に、いやお嫁さんにしたいくらいです。せめて型を取って等身大の人形にしたいですぅ!
……ハッ。いけない。つい妄想が過ぎてしまいました。お見苦しい物を見せてしまい申し訳ありません。
コホン。
私と殿下が出会ったのは5年4ヶ月と18日と7時間19分前の事です。
当時私はまだ18歳……あ、いえ今でも18歳ですが、とにかく私は仕事を探していました。
それまで勤めていた伯爵家が断絶し、仕事がなくなっていたのです。そこに、宮中で働く方に「王女の世話役として来ないか」と誘われたのです。無論、即行で受けました。伯爵家の近侍から王族の近侍に出世できる良い機会でしたから。
筆記試験に身体検査、マナーの考査を経て、家族関係、さらには私の初めての相手や付き合っていた男性を含めた交友関係を徹底的に調べられました。まぁ私にはそういった付き合いは全くなかったので問題はありませんでしたが。
……別に泣いてはいませんよ。目にゴミが入っただけですから。
こうした苦難を乗り越え、私は宮中で働くことが許されました。王女の近侍として。
そして私は、まだ幼い殿下と出会いました。その時からもうそれはもうかわいらしく、たなびく髪は黄金色に輝き、目の色はまるで海のように青く綺麗でした。
私はその時に、エミリア殿下に惚れてしまったのでしょう。まだ5歳の女児に、です。でも、歳の差や身分の差なぞ大したことではありません!
がんばれ私!
私は近侍として殿下の身の回りのお世話をし、殿下が安心して暮らしていけるように最大限の配慮をしました。
大変ではありましたが、殿下の笑顔を見ると疲れなんて吹き飛びます。殿下が幸せになる事こそ、私の喜びなのですから。
さて、殿下は近々出立の御予定があります。隣国カールスバート共和国で開催される条約締結記念式典に参加するそうです。
殿下は嫌がっておりました。当然です。殿下にとって初めての外遊なのですから、いろいろ不安もありますでしょう。
もしかしたら式典の最中、ストレスを感じて倒れてしまうかもしれません。そうなったら大変です。私は殿下のお世話をしつつ、殿下が式典の最中ストレスを感じないようどうお声をかけるべきかを考え続けていました。
ウィットに富んだ愉快な冗談から、共和国の偉大なるハゲことクリーゲル大統領閣下の陰口まで、500個くらい考えました。これで完璧です。
「嫌です。行きたくありません」
エミリア殿下は相変わらず我が儘です。
でもそれが可愛いんです。この気持ち誰かわかりませんか? わかりませんか。でもいいです。私だけわかってればいいんですから。
「そう仰られては困ります! どうか言う事を聞いてください」
「私は王宮から出たくありません」
同僚の近侍が必死に説得していますが、殿下は頑なに拒否しております。ジト目で近侍の提案をことごとく蹴るお姿……あぁ、この表情を永遠に保存できる道具があればいいのに。
エミリア殿下の可愛らしいお姿を見ることができ、ついでにお給料も発生する。これほど恵まれたお仕事は王国中どこを探しても見つかりません。私は幸せ者です。
「エミリア、あまり我が儘を言わないでくれ。お前そんな子じゃなかっただろう」
「……叔父様」
チッ。私の至福の時間を悉く邪魔するヒゲ、もといカロル大公殿下が来てしまった。帰れ帰れ! エミリア殿下は私の物です!
結局エミリア殿下はカロル大公殿下の説得によって渋々カールスバート行きを決断しました。そんなエミリア殿下はどこか悲しげな表情をしています。あぁ、でもまたそれが美しい。
ちなみに私もカールスバート行きに同行します。当然です。式典で綺麗な衣装を着ながらガチガチに緊張するエミリア殿下を支えたいと思うのは近侍として普通の事ですから。
カールスバートに向かう馬車の中、私の隣に座るエミリア殿下が唐突に話しかけてくださいました。死んでもいいです。
「ねぇ、イダ。あなたが来てからもう何年になるのかしら」
「5年程になります、殿下」
さすがに1ヶ月以下の単位まで言ったらドン引きされるので自重します。
「そう……。ねぇ、イダ」
「なんでございましょう、殿下」
「……いえ、なんでもないわ」
そう言って殿下は再び視線を窓の外に移しました。あぁ、とても絵になりますねぇ。私の部屋に飾りたいです。
「……ありがとう」
えっ?
今何と言いました? ありがとう? え、えっ? 殿下が、私に、感謝の言葉を!? な、ななな#$%&@¥*£!?
「いえ、近侍として、当然のことをしているだけです」
どうにか心を落ち着かせて、なんとか言えました。
あぁ、この心から溢れ出る愛情と忠誠の心を最上級の言葉で伝える語彙が欲しい! 自分の言語能力のなさに絶望しました!
……エミリア殿下が、私に……うふ、うふふふふふふふ、ぐへへへへへへへへへへ。
おっと、あまり変な笑いをしてしまうと私の美しくて華麗な近侍というイメージが崩れてしまいますね。
自重せねば。
エミリア殿下と私を乗せた馬車は、ついにズデーテン山脈を越え、カールスバート共和国内に入りました。
今は大人しいですが、この国はかつて敵国でした。警戒するに越したことはありません。
エミリア殿下には、指一本触れさせません。
私はイダ・トカルスカ、エミリア殿下の近侍です。
この命が尽き果てるまで、殿下の盾となるのが、私の役目。
なぜなら、私はこの御方を愛しているからです!
◇ ◇
「イダ……、今まで、本当にありがとうございました……」
そう呟いたエミリア王女の乗る馬車には、彼女以外の姿はなかった。