王冠の意義(改)
護衛任務終了後、俺たちの小隊はコバリに戻った。
だけど別段戦闘に参加したわけではなかった。護衛任務でかなりの損耗を出していたし、そうでなくても素人集団だったから戦力外だったのだ。
結局俺らは後方支援任務だの現地の事務処理の手伝い……要は雑用にこき使われた。
ただ王国軍が頑張って戦線を支えていたおかげで戦禍に巻き込まれることなく、2月末に俺たちは停戦の日を迎えた。
「結局、何のための戦争だったのかしら」
まったくだ。
この戦争で一番得した奴は誰だろうか。政変に加担した第三国だろうか。
「とりあえず、俺はサラとラデックと一緒に士官学校に戻れることが嬉しいよ」
生き残った。
それだけでも良しとしよう。
「……そうね」
サラはそう、短く答えた。
「君たちとも、ここでお別れだな」
いつの間にかタルノフスキ小隊長殿が後ろに立っていた。
「少し寂しいですね」
「あぁ。非常に短い間だったが、一年くらい一緒にいた気分だ」
そうそう、タルノフスキ小隊長殿は大尉に昇進したらしい。
王女護衛の任務を少ない戦力で成功させ、さらには国内にあった敵騎兵隊の拠点を壊滅させた。昇進しない方が変だ。勲章も授与される、って噂もある。
「君たちにも、いずれこの武勲が評価される時が来るだろう。今はまだ終戦直後でもたついているから、先の話になるとは思うが」
「それは、楽しみです」
でも士官学校に戻ったらどう評価されるんだろうか。単位まけてくれるのかね?
「では、また会おう」
こうして、俺たちの戦争は終結した。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自分が特別な人間であると、彼女は生まれた時から、いや生まれる前から知っていた。
いずれ父から譲り受けられるだろうその地位を、彼女は漫然とした生活をしながら待ち続けていた。
父から、そして叔父から、帝王学の何とやらを教わった。
しかし彼女が駄々をこねれば、7割方思い通りになった。
そんな生活を10年続けていた。
だが、彼女の人生を一変させる出来事が10歳の誕生日を数ヶ月程すぎた時に起きた。
隣国の式典に参加するために、彼女は慣れ親しんだ王宮を一時的に離れた。
しかし、式典は中止され、彼女は国賓という立場から懸賞金が懸けられた指名手配犯という身分にまで落ちた。
敵国の中での逃避行は決して楽なものではなかった。近侍達が目の前で、自分の盾になって死ぬ姿を何度も見た。
その度に、彼女の心の中で何かが砕けていった。
ようやく一行が国境を越えた時には、人員が出発時の半数にまで減っていた。
自分が特別な立場の人間であったがために、多くの人間が道半ばにして倒れていく。何の能力を持たぬ子供が特別な立場の人間だったがために、周りの人たちが死んでいく。
その様を目の前で見せられた彼女は、王族という立場を忌み嫌った。
そんな時、彼女はある一行に出会った。
寄せ集めという雰囲気をいかにも醸し出していた護衛隊だった。
国内でも彼女は襲撃に遭い、兵を死なせてしまった。
あげくには無礼な平民に「指示を聞け」などと言われ、幼い矜持を傷つけられた。
しかしそんな時、その平民の傍に立っていた騎士が跪きつつこう言った。
「殿下は我が国、我が国民にとって大切な存在です」
重要な存在、と幼き頃から言われていた。
だが、大切な存在だと言われたのはこの時が初めてだったと思う。
今まで倒れていった近侍達、そして目の前で跪くこの少女達。
命令ではなく、彼女が大切な存在だから、こうして忠誠を尽くしてくれるのだと。
「あなたは、私に忠誠を誓いますか?」
「未熟な身なれど、命に代えてでも殿下をお守りいたす所存です」
彼女にとって「忠誠」とは、臣下が自分を出世の踏み台にするための道具として使っている、という意味でしかなかった。
しかし、一連の出来事によって、彼女の頭の中にある辞書の「忠誠」の意味が書き換えられることとなったのだ。
そして、彼女は見た。
自分と同じ年の人間が死地に立ち、その年齢に相応しくない能力を如何なく発揮し、今日を精一杯生きる姿を見た時、彼女の中で形容しがたい感情が生まれた。
彼女にとってそれは初めての経験であり、同時にどこか納得いく感情であった。
「王宮に戻ったら、お父様に相談せねばなりませんね」
それが王冠を受け継ぐ者としての義務だと彼女が確信したのは、この時が初めてである。
彼女の名はエミリア・シレジア。
シレジア王国現国王フランツ・シレジアの娘にして、王位継承権第一位の持ち主である。