目的なき戦い(改)
シレジア王国とカールスバートの国境線は東西に長く、約350キロ程ある。
にも拘らず、両軍が衝突している地点は西部のコバリと、東部のカルビナという町付近だけである。
理由は、国境にズデーテン山脈と呼ばれる長大な山脈があり、大軍が通行することは困難であること。
そして両国を繋ぐ街道がコバリとカルビナの2ヶ所にしかないということが挙げられる。
さらに言えば、カルビナは国境の東端にあるため戦略上軽視されている町でもある。一方コバリは両国の首都に直通する街道の中間地点に位置していた。
そのためコバリが激戦の地になるのは明らかだった。
「現在我が軍はここコバリに3個師団、2万9千余名の将兵を展開しております。一方、敵軍は国境のズデーテン山脈の麓におよそ5個師団を展開している模様です」
「数の上では完全に不利だな」
「はい。しかもズデーテン山脈には敵の要塞があるため、不用意に近づけば要塞からの強大な魔術攻撃を受け、甚大なる被害が予想されます」
「ふーむ……」
コバリ方面戦線は完全に膠着状態にあった。
かつて国境にあった長閑な町は戦闘によって完全にその痕跡をなくし、単なる地理的概念へと成り果てている。
シレジア王国軍はカールスバート共和国軍の攻勢を支えるため、王都や他の国境から戦力を抽出し、それを適宜戦線に投入し維持していた。唐突に始まった故ある程度は仕方ない事だったが、王国軍は兵力の逐次投入と言う戦術上の愚行をしていた。
そればかりか、王国軍は兵力に劣り、地勢でも負けているために、兵力の損耗は軍上層部の予想を遥かに超えていた。
レグニーツァ平原まで後退するべきではないか、と南部国境方面軍の総司令官であるジグムント・ラクス大将はそう考えていた。だが、無闇に後退すれば共和国軍の全面攻勢を呼び、それが戦線崩壊へと至るのではないかとの懸念があった。
無事レグニーツァ平原まで後退できたとしても、近くにはここらでは一番大きい都市であるヴロツワフに近すぎて非戦闘員に無用な被害が出る可能性もあった。
ラクス大将は熟慮の上、後退しないことを決断し、現在の防衛線を維持することに専念することにした。
大陸暦632年2月11日、シレジア王国軍の戦死者は1万人に達しようとしていた。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「皇帝官房長官殿はこの戦い、どのように決着をつけるつもりですかな?」
「決着ですか?」
「そうだ。もはやこの戦争、我々の目的は既に果たされた。あとはどう落とし前を着けるか、だ」
東大陸帝国はこの戦争に大規模介入してるわけではない。
彼らがやったことは、火の気のない森の木を1本だけ燃やしただけで、あとは両国が勝手に焚き付けて大火災にさせたのだ。
「私としてはどちらでもよろしいですがね。シレジア人がいくら天国へと片道旅行しようと、私の関知するところではありません」
「だろうな」
ベンケンドルフのこの言い様に、レディゲルは不快感を覚えつつも特に感想を述べなかった。ベンケンドルフという人物が、火を着けるのが得意でも火を消すのが苦手で、それは彼をよく知る者の中では有名だった。
「私としては、そろそろ停戦の仲介をしてもいいと思うのだがね」
「おや、花火見物は飽きたのですかな」
「別にそういう訳ではない」
レディゲル自身は高見の見物と決め込んでも構わなかった。
だがあまりにも戦争の災禍が燃え上って他の反シレジア同盟参加国が便乗参戦してもらっては、東大陸帝国が享受できたはずの利権を横取りされる可能性がある。
最大の受益国家が我が国でないと、今まで努力した甲斐がない。レディゲルはそう考え、今回の戦争を早めに切り上げようとしたのである。
「それに、カールスバート共和国軍とやらも随分苦戦しているようだ。過日、コバリの攻勢作戦に失敗し2000余名の将兵を無為に死なせたそうではないか」
「ですがカールスバートに派遣した我が国の観戦武官からの情報によれば、王国軍も1万の将兵を失っているようです」
両軍決め手を欠いたまま、第三国の仲介によって停戦する。タイミングとしては絶好だろう。
「皇帝官房長官殿はどう思う?」
「そうですな。確かに閣下の仰る通り、陛下に助言を申し上げるべきですかな」
「ふむ。ではそちらについては官房長官殿に任せよう。国務大臣には、私から提案しておく」
こうして大陸暦632年2月27日、東大陸帝国皇帝イヴァンⅦ世の仲介によって、シレジア=カールスバート戦争は互いに決め手を欠いたまま両者引き分けの形で停戦した。
王国軍の死者は1万521名、共和国軍の死者は7944名。
両国がこの戦争で得たものは、国境付近で積み上げられた大量の死体のみであった。