蠢動(改)
2月6日。
俺ら王女護衛隊は敵拠点があった湖から、王女や負傷兵らを匿わせていた農村に戻ってきた。
そして王女護衛任務再開……はしなかった。王都から護衛の増援があったのだ。
増援として駆けつけたのは近衛師団第3騎兵連隊だった。タルノフスキ中尉曰く「エミリア王女専門の護衛部隊」で、とりあえず第3師団の連中よりは信用できるらしい。
「ザモヴィーニ・タルノフスキ中尉、護衛感謝致します」
「いえ、王国軍人として当然のことをしたまでです。それに、部下にも恵まれました」
やっと王女殿下の護衛も終わりか。ひとつの任務を無事に終えられて喜ぶべきか、それとも金髪ロリと別れを告げることになって悲しむべきか。
「ワレサさん、でしたね」
「は、はい。そうであります殿下!」
急に話しかけないでびっくりするから!
「聞くところによると、貴方は私と同い年だそうですね」
「はい。今年で11歳になります、殿下」
11歳だよね? 時々自分の年齢忘れそうになるけどあってるよね?
「……私と同い年なのに、ご立派です」
「い、いえ。私1人の成果ではありません」
サラがいなかったら騎兵に気付けなかったし、ラデックがいなかったらスピリタスの存在に気付かなかった。
もしこの2人が居なければ、俺らは仲良くあの世行きだったかもしれない。今回は運が良かっただけだ。
「それに、エミリア殿下もご立派であらせられます」
「……私が、ですか?」
「えぇ」
確かに多少我が儘なところがあったけど、道中泣き言は言わなかったし、毅然とした態度だったよ。あと20年もすれば立派な女王様になる素養はあるんじゃないかな。
あと絶対美女になる。
「殿下、そろそろお時間です」
「あ、はいそうですね。ではタルノフスキ中尉、マリノフスカさん、ワレサさん。この度は護衛、心より感謝いたします。あなた達の名は忘れません。それでは、またお会いしましょう」
そう言って彼女は近衛隊の馬車に乗り込み、発って行った。
うむ。金髪ロリ、もとい王女殿下に名前を覚えられた。大変な名誉なことだ。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まあまあって所ですな」
「あぁ。だが、正直ここまでとは思わなかったよ」
ここは、東大陸帝国の帝都ツァーリグラード、その中心部にある軍事省庁舎内の大臣執務室。
部屋には、軍事大臣レディゲル侯爵と皇帝官房治安維持局長ベンケンドルフ伯爵の姿があった。
「卿の提案を呑んだ甲斐があったということだ。我々は士官1人の命と引き換えに、カールスバートをこちら側に引き込み、シレジアに楔を打ち込むことができた」
ベンケンドルフ伯爵の提案、それはシレジアとカールスバートの間に締結されようとしていた不可侵条約の締結阻止について。
東大陸帝国と比べ国力が大きく劣る国が、同盟関係を結んでも帝国には対抗できない。だがシレジアの戦力が増強されてしまえば、近い将来起きるであろう「戦争」の障害となりうる可能性がある。
カールスバートが東大陸帝国の影響下から離れ、そして同盟に便乗した周辺国が第三勢力を築こうとする動きがあったのも見過ごすわけにはいかなかった。
その解決策として、伯爵が提案したのがカールスバートに政変を起こすことである。
クリーゲル政権の軍縮政策に不満を持っていた共和国軍大将ハーハを担ぎ上げ、不況に喘ぐ国民を扇動し、条約締結記念式典の直前に政変を起こさせた。
その結果、今やカールスバートは東大陸帝国の属国に成り下がったのである。
そして、シレジア王宮内の一部の人間にこの情報を流した。
特殊任務を実行すべく、帝国軍士官を1人送り込んだ。
「まぁ、それについては失敗したと言う事かな伯爵」
「いえいえ。我々の警告がシレジア王宮に届いた。それだけで十分です。今の所はですが」
「ふん、そうだな」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ところでユゼフさんや」
「なんだいラデックさん」
「エミリア殿下は俺の名前覚えてくれたのかね?」
「…………」
「なんか言え」