静かな湖畔の森の影から(改)
俺たちが拠点に殴り込みをかけた時、敵騎兵の大半は座っているか、寝ているかだった。
敵は剣を抜く暇もなく、次々と血を吹き出し倒れて行った。
ある者は敵に襲われていることに気が付かないまま、永遠の眠りについた。
戦闘と呼べるものではなく、一方的な虐殺に近かった。
自分が何人殺したかなんて、覚えていない。
ただ、自分が人を殺したと言う事実だけ覚えている。
手にはまだ、人に剣を突き刺したリアルな感覚が残っていた。
戦闘は物の数分で終了した。
◇ ◇
敵兵の遺体を火球で焼却していると、サラがどこからか近づいてきた。
「ユゼフ、大丈夫?」
「……うん」
大丈夫……ではないな。でも意外に冷静になれてる自分にひどく驚いていた。人を殺したのに。
「……本当に?」
今日のサラは心配性だな。普段の彼女らしくもない。
普段の彼女なら、今の俺を殴る蹴るして強制的に立ち直らせるだろうに。
「大丈夫だよ」
今は少し、疲れているだけだ。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「人を殺すと言うことは、意外と慣れてしまう事なのだ。人としてやってはいけない禁忌なのに、慣れるのは早い」
「小隊長殿も早々に慣れてしまったんです?」
「あぁ。10人から先は覚えていない。それより、ノヴァク兵長……だったかな? 君は大丈夫なのか?」
「大丈夫とは?」
「君も人を殺めただろう。平気なのか?」
「俺は、人殺しは初めてじゃないんで」
「ほほう。面白い冗談を言うな君は」
「冗談じゃないですけどね」
「……そうか。まぁ、世の中にはそういう子供もいるのだろう」
「えぇ、ビックリですよね」
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺が殺した、敵騎兵隊の隊長と思わしき人物が持っていた剣が手元にある。
持ち帰ろうと思う。
俺が初めて殺した、名も知らぬ敵兵の事を忘れないために、この気持ちを忘れないために。
俺たちは敵拠点だった湖で休息を取り、翌日には村に帰還した。
拠点襲撃での味方の被害は、戦死1名、負傷3名。戦果は敵騎兵隊の壊滅。
これで、王女と補給線の安全は守れただろう。
王女の居る農村に戻る最中、俺は手にしている敵騎兵隊長の剣を眺めていた。だが10分ほど眺めていたら、違和感に気付いた。
違和感の正体は、すぐに判明した。
……小隊長に報告した方がいいかもしれない。
「小隊長、よろしいですか」
「ん? あぁ、平気だ。君の方は、体調は大丈夫かね?」
「万全ではありませんが、まぁ、大丈夫です」
嘘ではない。ちょっと心に来てるだけだ。
「それで、何の用だ」
「これを見てほしいのです」
俺はタルノフスキ中尉に剣を渡す。
「これは先ほどの騎兵隊の隊長と思われる人物が持っていた剣です」
「これがどうした? 確かに装飾から見るに隊長格の剣だが……」
「見てほしいのは、鍔の部分です」
「鍔……?」
この世界の剣には――いや、もしかしたら前世でもそうだったのかもしれないが――鍔の部分には製造国の紋様が刻まれているのだ。
例えばシレジア王国の場合、国章である白鷲を模した紋様がある。カールスバートの場合は確か銀色のライオンだ。
しかし、この剣にはなぜか紋様がなかった。
無論、製造効率を重視して紋様や剣の装飾を省く場合もある。でもこの剣の装飾は、中尉の言う通り隊長各級の、それなりに豪華な装飾がされていた。
この剣には、装飾だけあって紋様がないという妙な部分があったのだ。
「鍔の紋様がない……か。確かにこれは変だな。装飾も紋様も省略してあるのは珍しくないし、作るのに手間のかかる装飾がなくて紋様だけあるのもそれなりにある。だが装飾があって紋様がないのは変だ」
紋様がない理由。答えはひとつしか思いつかなかった。
「この剣はカールスバート製ではなく、第三国で作られたものなのでしょう」
「……だとすると、とんでもないことだな」
とんでもないことだ。第三国の剣を、王女襲撃を任務としていた騎兵隊長が持っていた。
「あの騎兵隊、少なくとも騎兵隊長はカールスバートの軍人ではなく、その第三国の人間だったのではないでしょうか」
第三国の軍人が、カールスバート軍と協力して任務を遂行した。
もしかしたら、政変の段階でこの第三国とやらが関わっていた可能性も出てきた。
追記:位置関係について
王都
↑
村
|5km
夜襲地点―(15km)―敵拠点の湖―(25km)―ヴロツワフ
|
|20km (シュフィドニッツァ)
|
コバリ
現実にある同名の都市・地名とは物語の関係上位置関係がずれます。