王女と大公(改)
現在、シレジアの王位継承権を持つ者は2人いる。
1人は、今回の任務の護衛対象であるエミリア王女殿下。
1人は、現国王の弟であるカロル大公殿下。
王位継承権第一位は現国王フランツの直系の子であるエミリア殿下が持っているが、彼女はまだ10歳だ。しかも我が儘らしく、近侍達を困らせることに定評があるらしい。これといった能力もない、良く言えば普通の女子、悪く言えば王族らしからぬ女子。
一方、カロル大公殿下は35歳。大公にして王国宰相、文武両道で人望も篤く100年に1人の名君になると目されている。とりあえず表向きは。
……さて、こんな対照的な2人が同時に存在していて、貴族たちはいったいどっちが次期シレジア国王に相応しいと考えるだろうか。
言うまでもない。カロル大公だ。
シレジア王宮内では次期国王を巡る闘争が水面下で行われている。
てかフランツ国王ってまだ42歳だろ。あと20年は死なないんだから今から闘争する意味ないと思うんだけど。
そんなある日、カールスバートである式典が執り行われることになった。その式典とは、シレジアとカールスバートの間に結ばれる不可侵条約締結の記念式典。その式典に、王族を代表してエミリア王女とカロル大公、そして外務尚書などの一部閣僚が出席する予定だった。
しかしカールスバートで政変が発生、式典は当然中止、条約もパァになった。しかも誠に不運なことにエミリア王女がカールスバート領に入った直後に政変が起きたということで、それはもう大変だったらしい。
そんな経緯を、タルノフスキ中尉は10歳の俺にもわかりやすく教えてくれた。
「ちなみに、小隊長殿のお父上はどちら派なのですか?」
「父は派閥争いを好まないが……強いて言うならエミリア王女派だ。父は法務尚書で公明正大な人だからな、継承権一位を持つ者から王になるべきだと思っているだろう」
ふむふむ。んじゃ中尉はとりあえず俺の味方かな。我が儘とは言え金髪ロリの王女様を手に掛ける奴は死ねばいいのにって思ってるから。
さて、なぜこんな話をしているのかと言えば、俺の考えを中尉に喋ったからだ。無論、シレジア国内にいる敵の協力者に関することは遠回しに言ってね。
そしたら中尉が盛大な独り言を呟き出した。法務尚書の父からの情報と、師団長から伝えられた情報、それと自身の推測を交えて。
まったく不用心な人だなー、誰かに聞かれたら大変じゃないかー、ハハハ。
「今回の任務、というより襲撃ですかね。関係あると思いますか?」
「俺はそう思っている。君もそうじゃないか?」
うん、そう思う。シレジアがちょっと嫌いになった。
今回の任務でおかしな点をいくつかあげよう。
・王女がカールスバート国内に入った瞬間政変が起きたこと。
・仮にも王女の人間を護衛するのが素人集団の歩兵1個小隊のみ。普通は近衛の仕事だ。
・敵騎兵がシレジア国内深くに侵入。
・極秘にされるべき王女護衛隊が初日にあっさり敵に見つかる。
そしてもうひとつ、中尉が面白い事を教えてくれた。
「これは噂なのだが、カロル大公もカールスバートに行こうとしてたらしい。だが道中、馬車の故障か何かで数日到着が遅れた。でもその数日のおかげで、政変時にはまだシレジア王国内にいたそうだ」
この噂が本当だったらカロル大公結構な極悪人ってことになるな。
姪がカールスバートで必死に逃げてる間、自分はシレジアでのんびりしてたってことだし。そして十分な護衛の下、王都に帰還ですかそうですか。
これ完全に謀殺しようとしてるよね?
「さて、独り言はこれまでにしておこう。さもないと年寄りだと思われてしまうよ」
「そうですね。10歳でお爺さんと呼ばれたくはありませんし」
うん。いろいろ聞けて面白かった。3割くらい後悔してるけど。
「私たちがやるべきことは真犯人探しではない。王女殿下を護衛することだ」
「わかっております」
これが一番の問題な気もする。
今俺たちがいるのはコバリの町から馬車で8時間の場所だ。
8時間と言っても2時間ごとに十数分の休憩は挟んであったし、街道に沿って進んだため直線距離で表すとまだそんなに進んでいないのだ。
馬車だけなら早いだろうけど、歩兵の護衛をつけてるし王女殿下の体力の問題もあるからゆっくりせざるを得ないんだよね。ここから馬車だけ急行するのも手だけど、道中また襲われる危険もあるしなぁ……。
最寄の、軍隊や警備隊等を持つ大きな町は東に約半日の距離にある。そこに行けば何とかなるかもしれないが、残念なことに敵騎兵が来たのは東の方向だ。うーん……。
「いっそ、護衛は諦めるべきかもしれませんね」
「なに?」
無論、任務を放棄するつもりはない。
ほら、昔からよく言うでしょ?
「攻撃は最大の防御、ですよ」