夜明け(改)
無事朝日を拝むことができた。南無南無。
「何があったか報告せよ」
そしてタルノフスキ小隊長殿が戻ってきた瞬間これである。
まぁ、あたり一面真っ黒だしね。ちなみに燃えてた敵兵とか隊長っぽい人とかは撤退したようで、死体は残ってなかった。あの状況で生き残れたのは凄いな。
でも感心してばかりはいられない。敵兵を逃したのは痛い。
とりあえず報告。かくかくしかじか。
王女様の正体知ってしまったこととか王女様との会話は省く。
「……護衛対象を守り抜いたことに免じて、高級酒をばら撒いたことは不問に付す」
「アレはそんなに高級だったのですか」
「あぁ、アレの酒瓶1本は私の給与1年分に相当する」
なにそれ怖い。どうしよう、樽ごとひっくり返しちゃったじゃん。
「それで小隊長殿、歩兵隊の損害は如何ほどだったのでしょうか」
「……戦死4名、負傷7名。その内、士官候補生は1名が戦死、3名が負傷だ」
「そう、ですか」
大して仲の良い人が居たわけじゃないが……、ちょっと心に来る。知り合いが死んだっていうのはね。
「気持ちはわかるが、我々に悲しんでる暇はない。敵騎兵はおそらく再度攻撃してくるだろう」
「……わかっています」
そうだ。まだ戦いは終わっていないのだ。
タルノフスキ中尉はどうやら敵騎兵を数騎倒し、馬を1頭鹵獲していた。その馬を使い第3師団司令部に護衛の増援及び道中の警戒強化を具申した。
敵が国内にいてゲリラ的に我が軍の補給線を断とうとしているのでは、という考えだ。
国境付近の攻防戦は拮抗状態が続いている。お互い決め手を欠き、じわじわと消耗している。
この状態が長く続くことは好ましくない。勝つにせよ負けるにせよ、人的損害がバカにならなくなるからだ。だから敵は補給線を断とうとしたのか……。
でも腑に落ちない点がいくつかある。
敵は、明らかに我が軍の補給線の破壊が主任務じゃない。もしそうなら、俺たちはここにいない。
騎兵十数騎を使って輸送部隊を急襲し、壊滅せしめた後そのままの勢いで撤退する。それがセオリーだろう。一応ここはシレジア国内、長居をすれば増援が来てしまう。
でも敵の騎兵隊の隊長は「馬車を調べろ」と言っていた。少しでも遅れれば敵が来るかもしれないかと言う状況で、悠長に馬車を調べるだろうか?
鹵獲しようとしたのか? とも考えたが馬車に近づいたのは4騎だけだ。それでは鹵獲できる量は限られている。
もしかしたら、敵はこの輸送隊に王女様がいることを最初から知っていたのでは……?
……どうも、嫌な予感がする。というより、嫌な推測をしてしまった。
「小隊長殿、少しお聞きしたいことがあります」
「なんだね?」
「今回の任務について、です」
ハッキリさせないといけないことがある。
「……聞こうか。だがあまり時間はない、手短に頼む」
「わかりました」
手短に終わればいいけどね。
「聞きたいのは、護衛対象が何の用でカールスバートに行こうとしたかです」
「なに?」
「昨夜、護衛対象が口を滑らせていました。『馬車の中の荷物はカールスバートへの献上品だ』と」
「……ワレサ兵長。君はあの方をどこまで知っている」
「……大変格式の高いお方だと」
明言は避けておく。軍機漏洩だなんだとか貴族抗争がどうのこうのされると面倒だし。
「そうか。君はあれがエミリア王女殿下だと知っていたか」
え、言っちゃっていいの?
「このことについては私の裁量で公開してもいいことになっている。君が心配する必要はないさ」
マジすか。私の配慮不要でしたか。ちょっと恥ずかしい。
ま、まぁ、それはともかく。
「え、えーと。殿下はカールスバートに行く予定でした。でも政変が起き、それができなかった。そうですよね?」
「あぁ」
「何の用でカールスバートに行こうとしたかは知りません。でも、王女のカールスバート入りと政変の時期が余りにも良すぎます」
カールスバート政変の時期、そして王女が出発した時期、国境付近に到着した時期、総合的に考えると、どうも出来過ぎている気がする。
カールスバートの軍部は、王女を捕えようとしたのではないか。
でもそれにはシレジア側にも協力者が必要だ。そうだとすれば、何か悍ましいことが裏で動いている可能性がある。そう思ったのだ。
それを、タルノフスキ中尉に言おうか迷っていた。
彼は法務尚書タルノフスキ伯爵の息子。伯爵が宮廷内でどういう地位にいるかわからない以上、こういうことを無闇に言うのはまずいかもしれない。
と言っても、これは全部推測の域を出ない。もしかしたら俺の痛々しい妄想という可能性もあるのだ。物証があるわけじゃないし。
「どうやら君はただの10歳ではないらしいな。30歳だと言われても、私は信じてしまうかもしれない」
「私はれっきとした10歳児ですよ」
より正確に言ったら10歳と249ヶ月くらい。
「ワレサ兵長、君に提案がある」
「提案ですか?」
「あぁ。私は君の質問に、知ってる限り答えよう。その代わり、君の考えを私に余すことなく教えてほしい」
「……よろしいのですか?」
「よろしいとは?」
「いえ、そんなに簡単に教えてしまってよろしいのかと……」
間違ったら小隊長殿の責任問題になるんじゃないか? 軍機も含まれてるだろうし。
「いいんだよ。君は英雄的な活躍をした。哨戒部隊としていち早く敵を見つけ、そして王女殿下の命の危機を救ったんだ。これだけで信用に足ると思うが?」
うーん……いいのかな……。それに敵を見つけたのサラだしなぁ。
「それに」
小隊長殿は思い出したかのように付け加えた。
「私はあの師団長は嫌いでね。あいつに秘密にしろと言われてしまうと喋りたくなってしまうのさ」
なるほど。納得したわ。
「私もあの師団長のことは、好きになれそうもありませんね」
「ふっ。気が合うな」
「えぇ、本当に」
タルノフスキ中尉のことは好きになれそうだな。
……弟さんのこといつ教えてあげればいいだろうか。