コバリ北の遭遇戦(改)
「エミリア殿下。お話したいことは多々ありますが緊急事態です。この場は私の指示に従ってくれないでしょうか」
俺たちが助かるだけなら殿下への指示は必要ないんだけどね。でも殿下に何かあると俺の首が飛ぶ。物理的に。
「……」
「殿下?」
生きてます? 目を開けて立ったまま寝てるとか言いませんよね?
「あなた、爵位は?」
……うわ、面倒なことになりそう。
「いえ、私は平民の出なので……」
「では貴方の言うことを聞く必要は私にはありません。なぜ王族がたかだか一兵卒の命令を聞かねばならぬのです」
このアマ……!
と、いかんいかん。「このアマ」はだいたい死亡フラグだ。
「殿下がどう思うかは自由です。しかしこのままでは明日の朝日を拝むことはできなくなるでしょう。どうか御寛恕あって、私の指示に従ってくれますでしょうか」
今はメンツより命だ。
「嫌です」
殴ってもいい?
「殿下」
と、ここでサラが膝を地面につけた。
「殿下は我が国、我が国民にとって大切な存在です。どうかここは、この無礼者の平民の助言を聞いてくれますでしょうか」
無礼者の平民って私の事ですか?
「あなたは、確か騎士の子……でしたね」
「はい。サラ・マリノフスカと申します。殿下」
「あなたは、私に忠誠を誓いますか?」
「未熟な身なれど、命に代えてでも殿下をお守りいたす所存です」
すごい! サラが本物の騎士みたいだ! かっこいい!
あ、ごめんなさいサラさんそんなに睨まないで頭下げますから。
「いいでしょう。私もあなたの忠誠心を信用します。あなたの助言を聞きましょう」
「殿下の御配慮、感謝に堪えません」
うん。まぁ、あれだね。
王族ってめんどくさいね。
「で、私はどのようにすればいいですか。平民さん」
「私の名はユゼフ・ワレサと申します、殿下」
「覚えておきましょう」
こういう政治体制では王族に名前を覚えられることは大変な名誉らしい。が、今は無駄になる可能性の方が高いので喜べない。
「その前に、殿下は武術、魔術の心得は?」
「ありません。魔術も初級が扱える程度です」
ふむ。じゃあ実質戦力外か。
まぁ剣術ができる! と言われてもホイホイと戦わせるわけにもいかない状況だが。
「あの幌馬車には、何か役に立ちそうなものはありますか?」
「いえ、カールスバートに献上する予定だった我が国の郷土品などの一部の物資があるだけのようです」
うーん、それでなんとかならないかなぁ……。
「おいユゼフ。のんびりしてる暇はないみたいだぜ」
「どうしたラデック」
「東側で何か光った。たぶん火球だろう」
いよいよ戦端が開かれたか。
「……時間がありませんね」
生き残る自信は、あんまりない。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「隊長、正面に目標!」
「よし! 2班と3班は歩兵の足止めを、1班は私に続け!」
私の気分は最高だった。
情報通り敵は寡兵で、しかも訓練が行き届いてない素人集団。負けるわけがなかった。あの程度の敵なら8騎で充分足止めできる。
残るは白鷲の護衛……おそらく数人だけだろう。それさえ片づけてしまえば白鷲の生殺与奪は思うが儘。
だが本国からの指令は「生きて捕えよ」なので、それに従うとしよう。
「隊長、妙です!」
「どうした?」
目標がいると思われる馬車に辿りついたが、そこには誰もいなかった。放置された馬車が2両あるだけだ。
もしかして全員が東の防衛線にいるのか? 好都合だが警戒は怠ってはならない。伏兵という可能性もある。
「プロハスカとシュルホフは馬車を調べろ。私とスークは周囲の索敵をする」
「了解」
「了解です」
この部下たちは共和国軍の中でも精鋭の兵だ。たとえ数人の兵が馬車に隠れていても返り討ちにできるほどの実力がある。
「しかし隊長、何か臭いませんか?」
「何がかね?」
罠ということか? 確かに不自然ではあるが……。
「いえ、比喩ではなく、こう酒の臭いがするような気がして……」
「酒?」
言われてみれば酒の臭いがする。さっきまであいつらが飲んでいたということか?
……まさか。
「おい! 馬車から離れろ!」
私は咄嗟にそう指示したが、時すでに遅かった。
どこから飛んできた火球が、あたり一面を燃やし尽くした。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
前世世界のポーランド。その国の名産品に「スピリタス」というお酒がある。
別名「世界最強の酒」。いろんな意味で。
アルコール度数は驚異の96度。市販されている希釈用アルコールと大差なく、アルコールランプに使われるエタノールより濃度が高いという酒のような別の何か。
当然引火しやすく、扱いには注意が必要な代物なのである。良い子のみんなはタバコ吸いながらスピリタス飲んじゃ駄目だゾ。
……で、馬車に積まれていた「この国の郷土品」とやらのひとつにこのスピリタスがあった。名前は違ったけど、商家の息子が「これ滅茶苦茶強い酒だぜ!」って言ってたから間違いない。
カールスバートの迎賓館を放火しに行くつもりだったんだろうかこの王女殿下。
と言う訳で俺はこのスピリタスの生まれ変わりを馬車の東側にばら撒いて、俺たちは敵騎兵の死角に潜んで発火のタイミングを待っていた。
博打が過ぎると自分でも思うけど、他に案が思いつかなかったんだ。ごめんなさい。
作戦は上手くいったようで、突然地面が炎上したことで馬がびっくりして兵を振り落とし、落ちた兵は火達磨になった。冬と言うこともあってあたりが乾燥しており、次々と枯葉が燃え上っていた。気づけば3人ほど燃えている。
……やりすぎたかなこれ。
うん、まぁとりあえず決まり文句を。
「派手にやるじゃねェか!」
はいだらー、はいだらー。
「やったのあんたでしょ」
あ、はい。ごめんなさい。
「ユゼフさんよ。火を着けるのはいいんだけどよ、火の消し方はちゃんと考えてあるよな?」
「…………」
この後無茶苦茶消火した。
※スピリタスは本当に危険な物なので扱いには注意してください。ましてや火魔法を使わないでください。