奇妙な謁見(改)
「来たぞ! 正面から剣騎兵! 魔術斉射用意!」
タルノフスキ中尉は冷静だった。冷静故に、劣勢を悟っていた。
相手は10騎程の騎兵部隊。おそらく共和国軍の精鋭。
対するこちらは1個小隊約30人の歩兵。しかもその半数は徴兵されたばかりの農民、残り半数は士官学校に入学したばかりの士官候補生。
言わばそれは寄せ集めの部隊であった。
ハッキリ言えば、タルノフスキは逃げ出したかった。
しかし逃げることはできない。後方には守るべき人がいるし、周りには守るべき部下がいる。
それに相手は騎兵。隊列を乱せばそれこそ敵の思う壺だ。ここは横陣に展開し、魔術の斉射で敵を牽制しその突撃力を弱める。戦術の教科書通りの定石通りの戦い方、というより唯一の選択肢。
「総員、斉射ァー!」
周囲になにもない平原で、戦端が開かれた。
◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ユゼフ、戦況をわかりやすく説明して」
「やばい」
「具体的に」
「突撃してくる騎兵に少数の歩兵で迎い撃つなんて自殺行為さ。俺ならすっ飛んで逃げる」
「じゃ、この荷物はどうするの」
この荷物、つまりは護衛対象のことだ。個人的には置いていきたいのだが……。
「そう言う訳にはいかない、だろ?」
ラデックの言う通り、士官候補生ともあろう俺たちが逃げたら退学になっちまう。
「いずれにせよ何騎かは突破して来ると思う。迎撃の準備をしないと」
「私たちだけで?」
「他にいる?」
「いないわ。みんな全力で東に行ってる」
ひとたび魔術戦が始まれば護衛対象を巻き込むかもしれない。だから離れた場所で迎撃する。その判断は正しいけど、相手が悪すぎる。
敵は騎兵。
文字通り馬に乗った兵。長所は何と言っても馬の突撃力だ。
馬の体重はおよそ500キロ、そして「馬力」という言葉に代表されるように、馬の力は絶大である。馬が走ってくる音だけで普通の人間はビビるし、その突撃力は半端な兵力じゃ太刀打ちできない。
そして何より速い。車やバイクが高速で突っ込んでくる。そんな感じだ。
騎兵に対する防御は、槍歩兵を大量に使うことが定石だ。人間もそうだが、あらゆる動物は尖った物が苦手だからだ。そのため槍の壁を以ってして馬を怯ませ、速度を落とさせる。怯んだところを馬刺しにする。
あるいは魔術や弓矢をぶっ放して徹底したアウトレンジ攻撃を行うことだけど、全部倒せなかったら地獄だ。
だが残念なことにここには槍がない。そもそも騎兵突撃を想定してなかったからね。それにあったとしても、3人じゃどうしようもないだろう。
「参謀、どうするよ?」
いつの間にか俺は参謀になったらしい。別にいいけど。それしか取り柄ないし。
「とりあえず、サラ、護衛対象に報告。馬車から降ろそう。これじゃ目立ちすぎる」
「別にいいけど、なんで私?」
「馬車の中でナニしてたら俺じゃ対応できない」
「ナニ……って何よ」
ナニはナニだよ。
「とりあえずよろしく」
「わかったわ」
そう言うとサラは馬車に戻り、報告しに行った。そう言えばあいつ礼儀とかそういうのわかるのかな。一応貴族の端くれだけど。
「んで、男の俺たちはどうする?」
「んー……近くに隠れられそうな場所ってある?」
「ないよ。物の見事に大草原だ。それに冬だから草は全然生えてない。ついでに寒い」
ふむ。それじゃ物陰でやり過ごす、ってのは無理そうだな。
と、早くもサラが馬車から戻ってきた。意外と仕事が早いな。
「連れてきたわよ」
「あぁ、サラ、ありが……」
サラの後ろにいたのは、酷寒のシレジアでも大丈夫なように厚手の外套を着た金髪ロリだった。
「……火急の折の非礼、失礼いたします。ご尊名をお伺いしても宜しいでしょうか」
最大限の敬意を以って対応してみた。この敬語が正しいか些か不安だが、農民出身だから許せ。膝もちゃんと地につけてるし。
「大丈夫です。今は緊急の折、そのような礼儀は不要です。面を上げてください」
そう言われたので改めてその少女の顔を見てみる。
どう見てもロリ。金髪ショートカットの美少女ロリ。10歳くらいだろうか。あ、てことは今の俺とは同い年か。
「私の名はエミリア・シレジア。現国王フランツは我が父です」
……どうやら、俺たちは公爵よりもど偉い方を護衛していたようだ。