国境の町(改)
2月2日、俺ら士官候補生が国境地帯に到着した。
「……ふん、女子供ばかりではないか。役に立つはずもなかろうに」
そして配属早々に第3師団の師団長にそう言われたのである。
そう思うのは無理もないかもしれないけどさ、わざわざそれを口に出さなくてもいいだろうに。
「まぁいい。せいぜい頑張って忠義の程を示してもらおうか平民共」
師団長とやらは選民思想の塊だった。こりゃたぶん早死にするタイプだね。とりあえず物語の中で「女のくせに」とか「ガキのくせに」とか舐めくさったこと言った奴が最後まで生き残ったためしがない。
でも階級が少将だったので致し方なく黙って聞いてる。
師団長さん、頑張って二階級特進を遂げてください。応援してます。そうすれば大将だから。
「タルノフスキ中尉! ガキのお守りは貴様に委任する! 煮るなり焼くなり盾にするなりは自由だ!」
いやだよ。んなことされたら敵前逃亡するぞ。
……って、タルノフスキ? どっかで聞いたような?
「君らが士官学校からの派遣部隊か?」
「はい!」
「私は、ザモヴィーニ・タルノフスキ中尉。諸君らが配属されることになる第7歩兵小隊の隊長だ」
ふむ。精悍な顔つきだな。第一印象からして有能オーラが漂っているし、年齢もそこまで行っていない。たぶん20歳前後だろう。
こんなイケメンが無能なはずがない。
「ねぇ……タルノフスキって、もしかしてあのハゲじゃ……」
「あっ」
あ、やべ。今思い出したわ。
タルノフスキって法務尚書タルノフスキ伯爵の息子のハゲのことじゃん。
どうしよう! 弟さん、弟? いやあのハゲがこいつの兄なわけないな。……っていやいやそうじゃなくて、弟を自主退学に追い込んだの私たちなんですけど!? 絶対これ肉盾にされるよ!?
「そこ、私語は慎みたまえ」
「は、はい!」
ばれませんようにばれませんようにばれませんように。
「ふむ。君たちはどうやらタルノフスキと言う姓を知ってるようだし、詳しい自己紹介はしなくても良いみたいだな。諸君らの兵舎は街の北東にある。とりあえず今日はゆっくりしてくれ。任務は明日与える。以上」
……隊変えてもらいたいです中尉。
「タルノフスキって誰?」
俺たち3人の中で唯一事情を知らないラデックが首を傾げていた。鬱すぎて説明したくねぇよ。
---
第3師団が駐屯しているのは、シレジア=カールスバート国境の近くにあるコバリという小さな町だ。
今は冬だから何もないが、小麦畑が多いため収穫期になると一面黄金色になる、らしい。そう教えてくれたのはラデックだった。
「なんでお前そんなこと知ってんの?」
「あれ? 言ってないっけ? 俺は商家の次男坊だからな、国内の地理には詳しいんだよ」
「初耳だよ」
こいつ商売人の息子だったのか。意外と言えば意外だな。ホストかと思ったよ。童貞らしいけど。
その後もこの童貞ラデックから細かい地理を教えてもらった。意外と頭いいなお前。
このコバリから少し南に行けば国境だ。山岳地帯に国境線が引かれ、そこにカールスバートの要塞線が存在している。その山の麓でドンパチやってるようで、実際爆音やら魔術による光が断続的に続いている。
休めって言われたけどこの状況じゃゆっくり休めそうにもない。一応ここは最前線で、いつ戦線が突破されるかわからないからな。
「にしてもなんでお前が召集されたんだろうな。白兵戦が得意なマリノフスカ嬢ならともかく、お前って役立たずだろ?」
「……役立たずについては否定しないけど、ラデックの方はどうなんだ」
「俺はいいの。一応中間試験は赤点なかったから。80点以上もなかったけど」
良い……のか? まぁ弓術5点の俺よりマシか。
「頭より下は不要なユゼフくん、なんでこんなとこに来たのかなー?」
「おうラデックくんちょっと面貸せや」
2、3発殴らせろ。
まぁ、それはともかく。
「どういう基準で選んだかはだいたい想像がつくよ」
「お、マジで?」
「うん。さっき師団長が口滑らせてたしね」
「そうだっけ?」
「そうだよ。『平民共』ってね」
もしあそこに男爵家以上の子息がいて「平民共」なんて言ったら最悪師団長の首が飛ぶ。
サラは騎士の娘だけど、騎士は名ばかり貴族って感じの人が大半だしね。
「つまり階級で選ばれたってこと?」
「そういうこと。やんごとなき身分の方を召集する勇気を持つ人が、軍務省人事局にはいなかったということだろう」
もしかしたら圧力もあったかもね。
ったく、国が滅亡するかもしれないって時にも面倒なことしやがって。これだから貴族は嫌いなんだよ。貴族の義務はどこに行った!
「んなことで悩んだって仕方ないだろ? とりあえず今日はゆっくり休もうぜ?」
俺が頭抱えていたらラデックに慰められた。
「お前は良いのか、こういうの。結構腹立つんだけど」
「良いんだよ俺は。親父も商売の最中に貴族連中に良いところだけ横取りされたことがあったからな。この程度の事じゃビックリしねーよ」
「お、おう」
どうやら、この国の内情は思った以上にひどいらしい。
翌日。俺たちに任務が与えられた。
「我々、第7歩兵小隊はとある要人を王都まで護衛することとなった」
「要人ですか」
「あぁ、要人については機密事項につき子細は語れない、がやんごとなき身分のお方であることは確かだ。失礼のないようにな」
要人の護衛か。しかも前線から離れての後方任務とは、これは死ななくて済む。なに、期末試験までには帰れるさ。
「出発は昼の12時。各自それまでに準備をしておくように。以上だ」
タルノフスキ中尉が去ったところで、隣にいたサラが話しかけてきた。
「こんな緊張した情勢で国境に近づいた貴族のバカって誰かしら」
「観戦しようとしたけど途中でビビッて帰るのかもね」
こちらとしてはそのまま死んでしまっても構わんのだが。
「とりあえず準備しようか」