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大陸英雄戦記  作者: 悪一
士官学校
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急転(改)

 大陸暦632年1月11日、王立士官学校教務課近くに貼り出されている壁新聞に俺を含めて多くの士官候補生たちがたむろしていた。


 そして候補生のほぼ全員が、その壁新聞を凝視している。曰く、


『カールスバートで政変 軍事政権発足』


 である。隣国カールスバート共和国で起きた軍事クーデターについて、現在手に入っている情報が事細かに記載されていた。


「これ、大変な事なの?」


 いつの間にかサラが隣にいた。うん、サラに新聞って似合わないな。


「やばいと思うよ」

「具体的には?」

「軍事政権ってところがやばい」


 もうやばいのなんの。軍事政権なんて弾圧と侵略が好きな人がやるイメージしかない。


 カールスバートは現在、共和国軍大将エドヴァルト・ハーハが議会からの指名によって暫定大統領の地位についている。

 ハーハ大統領は即日全土に戒厳令を発した。同時に憲法を停止し、司法・立法・行政の全権を軍部に委譲させ、議会を無期限解散させたようだ。

 鮮やかすぎるほどに素早い行動だと思うね。こりゃ事前準備相当大変だっただろうな。


 表向きは前大統領の自殺による国政の混乱を一時的に収めるための措置だそうだが……前大統領は絶対殺されたんだろうなー。

 議会からの指名も、どうせ議員の首筋に剣を突き付けて脅迫したんだろう。


「これ、シレジアも大変なことになるのかしら」

「今はまだ何とも言えないけど、とりあえず状況は悪いよ」


 カールスバートは反シレジア同盟参加国だったし、来ないと考える方が不自然だ。


「カールスバート共和国軍の戦力ってどんくらいだっけ?」


 気付けばもう1人隣人が来た。俺と同級同室のラデックだ。


「どうしたラデック。藪から棒に」

「いや、ただうちと戦争になったらどうなるんかなって」


 戦争になるの確実だと思うけどね。ここら辺で手頃に抹殺できる国ってシレジアくらいだし。


「詳しい数は忘れたけど、人口も経済力も中堅だったね」

「んじゃうちと同じくらいか?」

「たぶん」

「となると平時で10~15個師団ってとこかな」


 ちなみに1個師団は約1万人と考えていい。そして人口や経済、周辺国の状況によって軍隊の数はだいたい想像できる。

 ただしこれは常備戦力ということであって、戦争始まって予備役を動員したり徴兵したりするとぶくぶくと膨れ上がったりするのだが。


「軍事政権だから相当動員できると思うよ。たぶん倍くらいにはなる」

「でもさ、攻撃3倍の法則っていうじゃん」

「なによそれ」


 ふむ。今日は放課後授業は戦術の予定だったからな。ここでやっちまおう。


「攻撃3ば」

「攻撃3倍の法則ってーのは、敵の拠点を攻め落とすには攻撃側は防衛側の3倍の戦力を用意しないとダメ、っていう法則さ」


 台詞取られた。ぐすん。まぁラデックの説明はだいたいあってる。でも合格点じゃない。


「ラデック。それだけだと戦術の試験赤点になるぞ」

「え、マジで?」


 マジです。


「俗に言う攻撃3倍の法則っていうのは、戦術的な意味であって戦略的な意味ではないからね」

「もうちょっとわかりやすく言って」

「お前はもう少し物事をわかりやすく説明する癖つけた方が良い」


 あ、はい、ごめんなさい。


 えーっとだな。


 まずは戦術的な意味での攻撃3倍の法則について。


 まぁ、これはなんとなくわかってくれると思う。防御側っていうのは防御陣地作ったり地形を利用したりして防御力を上げることができる。その周到に用意されている拠点を攻め落とすには戦力が3倍くらいないと無理ポ、ていう法則。

 でもこの法則は数学的、もしくは統計的に裏付けされたものじゃない。ただの経験則だ。


 ちゃんとしたのは「ランチェスターの法則」ってのが別にある。この世界にはまだないみたいだけどね。


 で、戦略的な意味について。


 防衛側が堅固に作った要塞や拠点を、攻撃側がわざわざ攻撃しなきゃいけない、なんて決まりはない。落とすのに苦労しそうな拠点があれば迂回すればいいじゃない! ってなるだけだ。


 実際にそうなってしまった例が前世世界でもちらほらある。急がば回れと言う奴だな。


 攻撃側はどこを攻撃するか自由に決められる。一方の防御側は攻撃側がどこに攻めてくるかわからない。

 そのため防御側は長い国境線に戦力を分散させるか、国境から少し引いた地点に敵をおびき寄せて迎撃するしかない。


 攻撃3倍の法則とは、戦術的には正しいかもしれないのだけど戦略的には微妙な法則なのだ。


「わかった?」

「わかるわけないじゃない」


 拳が飛んできた。痛い。でも、嫌いじゃない。


「で、結局私たちどうすればいいわけ?」

「どうにもできないよ。祈るくらいしか」


 俺たちはまだ士官学校入学したてのガキンチョだしね。

 と、その時、頭の中で声が響いた。


『……全校生徒に達する。こちら校長だ』


 通信魔術だ。

 通信魔術は一定の範囲内にいる人全員にテレパシーを送れる魔法。受信は誰にでもできるが送信は凄い難しい上に、特定の人にだけ狙い撃ちでテレパシーが送れないのが難点だ。通信と言うより拡声器みたいなもんだな。


『隣国の政変について知ってる諸君も多いと思う。状況次第では、君たちにも召集がかかる可能性がある。各員、いかなる事態にも対処できるよう準備せよ。以上、通信終了』


 やれやれ、出動待機命令とはね。いよいよやばいかな?


「おい、なんだか面倒なことになったな」

「これって、私たちも戦場に行くかもしれないってこと?」

「マジかよ。童貞のまま死にたくねーなー」

「どう……? え?」


 とりあえずラデックは殴って黙らせておくとして。


「サラ、今日の戦術の居残り授業はやめよう」

「え? サボり?」

「違う」


 なんでそうなるのさ。こんなにも日々真面目に生きているのに!


「どういう事態になっても対処できるように、って言ってたでしょ。だから、最前線にいきなり立たされても生き残れるように稽古つけて欲しいのよ」

「ふーん? ならいいわ。あんたが無様に死ぬのは見たくないし。とりあえず今日は剣術ね」


 持つべきものは白兵戦が得意な友達だね。


「そ、その居残り授業、俺も参加していいかな……」


 ゾンビのように立ち上がったラデックが死にそうになりながらもそんなことを言った。

 うーむ、二人きりの授業という心躍るイベントを野郎に邪魔されるのは癪だな……。ま、事態が事態だ。仕方ない。


「サラは大丈夫?」

「……」

「おーい? サラさーん?」

「聞いてるわよ! あと何度も言ってるけどさん付けは禁止!」


 また殴られた。

 うん、よかった生きてた。


「まぁいいわ。手加減しないからね」


 戦場に立つ前に剣術の稽古で死ぬ予感がするのは気のせいかしら?


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