南の国の失楽園(改)
カールスバート共和国。
シレジア王国の南隣に位置している人口そこそこ経済そこそこの中堅国家。前世においてチェコと呼ばれたところにある。
名前の通り民主共和政の国家で、現大統領はヴォイチェフ・クリーゲル。
クリーゲル大統領は穏健派として知られ、平和国家カールスバート共和国の建設を目指していた。
「弱者を踏み躙る政権を倒せ!」
「クリーゲル大統領の不正を許すなァ!」
「強きカールスバート共和国を取り戻せ!」
首都ソコロフ。その大統領府周辺では現在、大規模なデモが続いている。
昨年の東大陸帝国で起きた飢饉の波が、ここカールスバートにも直撃したのが原因だった。
そこにどこからの情報か知らないが、クリーゲル大統領の不正が明らかになった。
曰く、税金の一部を着服し愛人に貢いでいた、その愛人も大統領の権力で無理矢理拵えた……とかなんとか。
真偽の程は不明だが、長引く不況と不正の暴露によって国民の怒りが爆発したのは確かだ。
大統領自身はこの不正を否定している。だが必死に否定しても「逃げる気か!」と国民に言われてしまってはどうにもならない。
大統領の進退問題について、この国の人間全員が注目していた。
だが渦中のクリーゲル大統領は今、自分は関係ないと言った風で大統領執務室にて政務に没頭している。彼は何かをする時それなりの騒音があった方が集中できる人間だったので、むしろこの大規模デモはありがたい事だった。
しかし彼が仕事をしている最中、大統領執務室に突然の来客があった。
「……なんだね? 軍人とは礼儀も知らん野蛮人なのか?」
「あなたに礼儀を教わるつもりはない。ただ用があっただけです」
来客者の名はカールスバート共和国軍作戦本部長エドヴァルト・ハーハ大将。そして数人の護衛か付き人が剣を持ったままハーハの後ろに立っている。
「どういうことかね?」
と、大統領が問うと
「こういうことです」
と、ハーハは短く答えた。
その瞬間、クリーゲル大統領の首から鮮血が噴き出した。
頸動脈を切られ、心臓が鼓動を繰り返すたびに血が執務室を赤く染めた。そして暫くするとその噴血は収まり、クリーゲル大統領はただの死体となった。
「……諸君、クリーゲル大統領は苦心の末自殺された。事態が落ち着くまで、私が一時的に大統領となる」
「閣下、お願いします」
大陸暦632年1月8日、カールスバート共和政がここに倒れた。
「クリーゲル大統領を倒せー!」
大陸の歴史は、人々の否応も無く歩み続けている。