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大陸英雄戦記  作者: 悪一
士官学校
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剣の意義(改)

「女みたいに立たないで気持ち悪い! 右足角度つけ過ぎ! それじゃ蟹股じゃないの!」

「あ、あのー、サラさん? もうちょっと手加減し」

「さん付けするな!」


 サラは俺が間違いをするたびに(そしてさん付けするたびに)手に持ってる練習用の木剣で殴りつけてくる。

 それだけで済めばまだ良い方で、たまに火球も飛んでくる。怖い。


 今服脱いだら俺の体は痣だらけになってることだろうな。金属剣じゃないところがまだ優しい、と思うべきなのだろうか。


「ったく、そんなんじゃそこらへんの雑兵にも勝てないわよ。ホント、あんたって貧弱ね」


 ぐぬぬ。戦史や戦術の居残り授業じゃひぃひぃ言ってたくせに……。よし決めた。

 明日の戦術の勉強会は手加減しない。ついでに鞭でも持って行くか。


「まぁいいわ。15分休憩。終わったらまた基本の型の練習ね」


 やっと休憩が貰えた。1時間程の訓練だったが、体感的には10分くらいしか経過していないような気がする。

 そして早くもあちこちで筋肉痛が起きてる。15分と言わず15時間くらい休憩くれないかしら。


「……で、今これなにやってんの」


 俺とサラは練兵場の端で体育座りをして休んでいた。隣り合わせで。なんだろう……この胸の高鳴りは……? もしかして、心不全!?


 んなわけねーです。緊張してます。サラさん近いです。


「なにって、決まってるでしょ。稽古」

「いや、そういう意味じゃなくて、なんのための型なわけこれ?」


 さっきからミッチリ基本型を教わっているのだが、一体全体これがなんの役に立つのだろうか。

 いや、基本が大事なのはわかるけど……やけに古風な構えが多い気がする。剣術を知ってるわけじゃないから何とも言えんけど。


「あぁ、そういう意味。……言ってなかったっけ?」

「とりあえず俺は聞いてない」


 俺が聞いてないから言ってないのと同じだ。


「今は、剣による一対一の決闘で使える型を練習してるわ」


 ……なんと古風な。俺は文字通り、開いた口が塞がらないといった顔をしていた。


「まぁ、言いたいことはわかってるつもりよ。実際の戦場で決闘なんて起きないから無意味って言いたいんでしょ」


 よくお分かりで。戦場で指揮官が決闘挑まれた時点でいろいろ終わってる。


「でも問題ないわ。私を信じて頂戴」

「信じる前に説明してくれるとありがたいんだけど……」


 まぁ信じてるけどさ。間違ったことしてないって。


「説明……うん、説明ね……。説明は苦手だわ……」

「知ってる。大丈夫だ翻訳するから」

「翻訳って……まぁいいわ。頑張って説明する」


 俺も頑張って翻訳します。ちなみにこの大陸は帝国語以外の他の言語が死滅したため「翻訳」なんて言葉は殆ど死語になっている。


「えーっと、今やってるのは決闘の練習なのよ」

「その心は?」

「剣術の期末試験が決闘方式なの」


 ふむ。なるほど。

 中間試験は型を見せて先生と軽く手合わせする程度だったからな。


「決闘で一本取れれば合格?」

「まぁね。一本取れなくても基礎ができてれば60点以上は取れるわ」


 なるほど、そのための練習か。


「それでね。第5学年剣兵科の下半期末の試験、つまり卒業試験は決闘相手が3人いるのよ」


 剣兵科、というのはこの士官学校に設置されてる学科である。2年になったら学生が好きに選んでいい。

 詳しい話は後日の事としといて、今は卒業試験の話だ。


「3人? 1人は先生として、あと2人は?」

「1人は、酔っぱらった先生」


 ……えっ?


「冗談だろ?」

「私は嘘吐くの嫌いなの」


 ってことは本当ってことなの? え、マジで? 先生ったら試験中にも酒が飲みたいほど好きなの? 依存症か何かかしら。


 はよ、説明はよ! とりあえず目で訴えてみる。


「そんなにぐいぐい来なくても教えるわよ……。えーとね、確か酔っぱらうのは、戦場に立って興奮状態になって色々見境がつかなくなってる敵兵を再現するためなの」

「ふむ? つまり?」

「人間、戦場で正気を保ってられる人は少ないわ。特に徴兵された農民はね」

「その正気を失って錯乱状態になってる兵士を倒す試験ってこと?」

「そういうこと。錯乱した兵士は攻撃一辺倒で、死を恐れずに突撃してくる。そういう相手をうまくいなしてこそ一流の剣士になれる……ってお父さんが言ってたわ」

「ちなみにお父さんは一流の剣士だったの?」

「父親としては二流だったわ」


 さいですか。

 サラは、喉が疲れたのか咳き込んだ。思い出してみれば彼女がこんなにも長く喋ってるのを初めて見る気がする。

 しかも内容が割と真面目だ。こいつは本当にサラなのか。中身だけ別人になっていても驚かないぞ。


「で、最期の3人目の試験官は?」

「死刑囚よ」


 ……はい?


「死刑囚を、殺すのよ」


 えっ?


「え、ちょ、あの、えっ? 本当に?」

「言ったでしょ。私は冗談が嫌いなの」


 ……それは、何というか、突拍子もないというか。


「私も最初聞いた時はびっくりしたわ。でもね、すぐに納得したの」

「どうして?」

「だって、ここは士官学校よ? 人殺し養成機関なのよ?」


 人殺し養成機関は語弊があると思うが……、でも言わんとしたことはわかる。


「私たちは卒業したら、軍人になる。指揮官として戦場に立つ。その時、敵兵を殺すのを躊躇うことは許されない。なぜなら、部下を死なせてしまうかもしれないから」


 部下を1人でも多く生きて故郷に帰すのが、指揮官の仕事だ。だからこそ、躊躇ってはいけないのだと。

 そして軍隊の中で自分の手で直接人を、目の前で殺すことが多いのは剣兵だ。


「勿論、この試験で実際に死刑囚を殺す生徒は少ないわ。大抵の生徒は良心の呵責から殺すことはできない。たとえ相手が極悪人の死刑囚であっても。だって、今まで人を殺したことがない人ばかりだもの」


 彼女の口調はとても穏やかだったが、同時に切なさを感じさせた。なにが哀しいのかは、今はわからない。


「もし殺さなかったら、どうなるの?」

「どうもならないわ。3人目の試験官は、試験官であると同時に、教科書でもある。これはね、精神鍛錬なのよ」


 死刑囚を実際に殺すことが、精神鍛錬になるとは思えなかった。

 でも、ここで人殺しに耐えられず精神を病んでしまうような奴は、戦場では役に立たない。


 つまりは、そういうことなのだろう。


「私は剣兵科に進むわ」

「……」


 知ってる。それは今まで何度も聞いたことだ。

 でも今はそれを応援することができなかった。


「ユゼフは、どうするの?」


 俺は、戦術研究科に行く。

 でも、言えなかった。

 代わりに言ったのは、こんなことだ。


「サラを死なせないよう、頑張ってみるよ」


 誤魔化した。今の卒業試験の話を聞いてたら、思ってたことを言えない。

 でもこれは、本心だ。チート英雄だなんだって現実を見ずに士官学校に入った。それは無理だと思ったけど、今はこうして友人が出来た。


 なら、俺はその数少ない友人の為に頑張ろう。……友人だよね? 俺だけ勘違いしてるってオチじゃないよね? 大丈夫だよね?


「……そう」


 彼女は俺から視線を外し、正面を見た。

 地平線に沈もうとしている太陽の方向を見た。

 すると彼女は立ち上がって歩き出した。そして再び俺の方を向いて、


「ありがとね」


 笑いながら、そんなことを言った。


「…って、もう15分経ってるじゃん! さっさと稽古の続きするわよ! いつまでボサッとしてんのよ!」


 途端に彼女はいつも通りのサラになった。

 もうちょっと余韻と言うものをだな……。


「ほら、立って! 構えて」

「はいはい」

「はいは1回でよろしい! あと声小さい!」

「はい!」


 とりあえず今は、彼女を守る努力をしよう。


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