帝都ツァーリグラードの日常(改)
シレジア王国の東隣に位置するのは「東大陸帝国」と言う名の超大国。
大陸帝国を正当に継承した国家(自称)であり、現在は第59代皇帝イヴァンⅦ世が統治している。
大陸の中で随一の人口を誇り、故に軍隊の数も相当ある。いざ戦争となれば、兵士が津波のように押し寄せてくる。
東大陸帝国は、周辺国にとってかなりの脅威なのである。
◇ ◇
「失礼します。皇帝官房長閣下がお見えになっています」
「ベンケンドルフ伯が? 私に何の用かね?」
「いえ。ただ『例の件でお話がある』と」
「ふーむ……。わかった、通せ」
「ハッ!」
ここは帝国軍事大臣執務室。その執務机に座っているのは、軍事大臣アレクセイ・レディゲル侯爵である。
レディゲル侯は軍務大臣であると同時に、帝国軍大将の地位にある。
「軍事大臣閣下、ご機嫌麗しゅう」
来客者の名は、モデスト・ベンケンドルフ伯爵。皇帝直属の行政機関である皇帝官房の長官であり、そして……
「面倒な挨拶はどうでもいい。話とは何かな、皇帝官房治安維持局長殿」
皇帝官房治安維持局、それは東大陸帝国に存在する唯一の政治秘密警察である。
「はい。実は閣下のお耳に入れたいお話があります」
「なんだね?」
レディゲルがそう問うと、ベンケンドルフは懐からある書簡を提出した。
「……」
「いかがですかな?」
その書簡には、ある隣国のある情報が記載されていた。
「興味深い情報だが……これは確かかね?」
「まず、間違いはございません」
レディゲルは熟考した。この情報が本当であれば、東大陸帝国に小さくない影響が出る。その影響が、将来帝国にとって悪い状況を生み出す可能性もあった。
「何らかの対策をしなければならんな」
「はい。しかし、軍事介入が出来ないのは閣下もご存じの通りです」
現在の東大陸帝国内は少し混乱している。昨年に起きた飢饉と、それによって生じた各地の反乱でかなりのダメージがある。とてもじゃないが外征をする余裕がない。
「だが、このまま放置もできんだろう」
「えぇ。ですから閣下にご提案がございます」
ベンケンドルフの出した提案は、レディゲルが熟慮の上に承認された。無論、他の部署には内密にである。この事実を知るのは、皇帝陛下と軍事大臣、そして治安維持局の人間だけである。
「それでは、失礼します」
「あぁ、ご苦労だった皇帝官房長官殿。また会おう」
ベンケンドルフが退出した後、レディゲルは立ち上がり窓の外を眺めた。
軍事省庁舎は、帝都ツァーリグラードの中心地にある。帝国の中でも裕福な人間が住む土地だ。
しかし、それでも浮浪者の姿が目立つ。
豪奢な貴族の馬車が通り過ぎる脇に、物乞いの子供の姿が見えた。
「……ふんっ」
軍事大臣はカーテンを閉め、執務を再開した。