大陸史 その1(改)
かつてこの大陸は、ひとつの帝国によって統治されていた。
その国家の名は「大陸帝国」。
単純すぎない? もうちょっといい名前なかったの?
でも、この直球な名前の帝国の実力はとてつもないものだった。
大陸帝国登場以前のこの大陸は、100以上の国と地域に分かれており、そして戦乱に明け暮れていた。
大陸帝国の初代皇帝ボリス・ロマノフは、自身の類稀なる軍事的センスによって大陸に存在した100以上ある国をすべて滅ぼしたのである。やばい。
さらにこのチートじみた力を持つ国家は、国を滅ぼすだけでは満足しなかった。
大陸にあった100以上の言語や方言を、すべて絶滅させたのである。どんだけだよ。
無論反発もあった。
だが、反乱が起きるたびに強大な軍事力と経済力で押しつぶした。
結果、大陸統一後100年で殆どの言語絶滅を達成し、大陸の言語は大陸帝国の公用語である「帝国語」に統一された。無論、今の俺もこの「帝国語」を使っている。
……ただ完全なる言語絶滅は成し遂げられず、一部の言語は細々と伝承され続け、今でも少しだけ使われている。例えば個人の名前とかちょっとした言い回しとかね。
さて、大陸帝国は国を統一し、言語を統一した。それだけでは飽き足らず、宗教の統一、統一度量衡「メートル法」の作成、統一の暦である「大陸暦」を採用するなど、様々な同化政策が行われていった。
ちなみに大陸暦元年は帝国による大陸統一時……ではなく、第20代皇帝の即位年だそうだ。なんでも第19代皇帝が子供に暦をプレゼントしたいと考えたからだとか。
こうした統一政策の成果が上がったのか、大陸帝国内の内情は安定する。黄金時代の到来だ。戦争もなく、大した災害もなく、飢饉もなく、人々は平和に暮らしたとされる。
しかしそんな黄金時代に一つの小さな影が落ちた。第32代皇帝……の子供の問題である。
第32代皇帝アレクサンドル・ロマノフは、3人の子供を設けた。しかも3つ子で。3人の子供の名前は生まれた順に、長女オリガ、長男マリュータ、次男ゲオルギ。
そして、帝位継承権問題で揉めに揉めた。一応生まれた順番で帝位継承権が付与されたものの、宮廷内闘争の火種となった。
理由としては、大陸帝国には女帝というものが今までいなかったからである。
皇帝は男子でなければならない、という規定はなかった。だが女帝という前例はなかった。
無論これまでにも女子が長子だったことはある。だがこの世界でも男尊女卑的な考えはあったため、長子である女子が「帝位継ぐのって男系男子だよね?」っていう周囲の認識に負けてしまったのである。弟に帝位継承権を譲ったり、または他の貴族と結婚してロマノフの姓を捨てたりするのが普通だったのだ。
でも長女オリガは違った。帝位継承権第一位の座を弟のマリュータに頑として譲らず、皇帝に相応しくなろうと必死に勉強したのである。そう言った努力の甲斐あってか、「オリガが帝国初の女帝でもいいかも」と思い始めた貴族も多くなった。
でもそれを快く思わない者もいる。その筆頭がマリュータだった。そのため長女オリガと長男マリュータは非常に仲が悪かったとされる。
この事態を憂慮した皇帝アレクサンドルは老獪な方法でこれを解消しようと考えた。
まず我が子の帝位継承権をいったん剥奪し、そしてこう述べた。
「今からお前らに役職を与える。そして優秀だと判断した者から順番に帝位継承権を与える。期間は大陸暦290年1月1日から299年12月31日までだ。文句を言うことは許さん」
だいたいこんな感じ。本当はもっと古めかしくて長ったらしい言葉だったらしいけど。
長女オリガは、大陸西端の辺境地域の総督を任せられた。
長男マリュータは、帝国の国務大臣に任命された。
そして帝位継承する気がさらさらなかった次男ゲオルギは、大陸南部の地域の総督を任せられたのである。
ひとりだけ総督じゃなくて大臣になった理由はわからん。文句言うことは許さんってお父さん言ってたし。
で、だ。
この3人は帝位継承権を巡って競うかのように内政改革を行った。
長女オリガは、単なる辺境だった大陸西端地域を開拓し、そこを帝国でも随一の経済力を持つ領地にさせた。
長男マリュータは、平和な時代の中で腐敗しきっていた軍の綱紀を粛正し、軍政改革を行い、大陸帝国軍を、初代皇帝ボリス・ロマノフ時代のような精強な軍へと若返らせた。
次男ゲオルギは、魔術の研究に力を入れ、今日使われている魔術理論の礎を作った。
三人の子供のおかげで、帝国は新たな黄金時代を迎えようとしていた……かに見えた。
大陸暦299年12月9日。
大陸帝国の帝都ツァーリグラードでちょっとした事故が起きた。とある老人が落馬して死亡したのだ。落馬事故そのものはこの大陸では日常茶飯事だ。珍しい話じゃない。
死亡した老人の名前がアレクサンドル・ロマノフという点以外は。
皇帝アレクサンドルは後継者を決めぬまま崩御した。
その結果、後継者問題が再び噴出したのである。
しかも帝位継承権を持つ者は、皇帝崩御時点では誰もいなかった。
宮廷内は、荒れに荒れた。有力貴族が突如原因不明の病に侵されたり、謎の事故によって死亡するなどの事態が相次いだ。また皇帝が長期間不在となったことにより、国政が混乱した。
三人の皇女と皇子の仲の悪さが、これらの悲劇に拍車をかけた。
大陸暦300年8月、国務大臣マリュータ・ロマノフは、オリガ・ロマノワとゲオルギ・ロマノフの総督職を剥奪し、即時帝都帰還命令を布告した。
当然、オリガとゲオルギの暗殺を目論んだマリュータの策略なのだが、こんなバレバレな策に乗っかるバカな奴はいなかった。
オリガは、マリュータを宮廷内で多発する暗殺事件の首謀者として告発した。
ゲオルギは、オリガの不正を暴露し「彼女は皇帝たる人格的資格がない」と発言した。
それを機に三人が三人を非難し合った。大陸帝国全土を巻き込んだ口喧嘩の開始である。すげえ迷惑な話だ。
無論、どれが本当なのかは今となってはわからない。全部本当だったかもしれないし、あるいは全部嘘だったかもしれない。
こうして三人の皇子皇女の分裂は決定的となり、それが大陸帝国初の内戦へと発展したのである。
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「と言うのが東にあるでっかいお隣さんの黒歴史なんだけど、わかった?」
「長くてよくわかんなかったわ」
「……サラならそう言うと思ったよ」