第二話「大仏様、総理大臣に会う」
さて、国の偉い人たちとか、報道陣の方々とかがやって来る前に、パピコに色々聞いておこう。情報を集める必要があった。
「ときに、パピコよ。今日は、西暦何年、何月何日だ?」
まずはこれを確かめておきたい。俺はいったい、「いつ」大仏様になってこうしているのだろう。
「ええ? 2019年の11月3日だけど? もうすぐ東京オリンピックだからって、文化という名を借りた娯楽で盛り上がってた、文化の日なのだわ」
大仏様の肩口に乗ってるパピコは、こちらに疑念の視線を向けている。
何でそんな当たり前のことを? というパピコの態度とは裏腹に、俺にとっては驚くべき情報が含まれていた。
俺が人間だった頃よりも、数年進んでいる!?
ここは、数年だが未来ということか。俺が大仏様になっているというだけでも異常な事態だが、さらに、俺はタイムスリップまでしていることになるのか?
俺はいくつかの可能性を頭で検討し始めたが、いよいよ周囲が騒がしくなってきた。
俺が屋上に穴をあけてしまったビルディングとは道路を挟んで対面になるビルディングの上に一つのヘリが降り立ち、中からビシっとスーツで決めた壮年の男が姿を現すと、回りのボルテージが一つ上がったように感じられた。
「あ、首相だ」
頭の横でパピコがつぶやく。
「ううむ。わざわざ東京から総理大臣がヘリでやってくるとなると、国も俺のことをかなりの緊急事態だと捉えているようだな」
「大仏様? なんでトウキョウからなの?」
「や。総理大臣は日本の首都、東京の首相官邸に普段はいるからじゃないか」
そう言われると、総理大臣が普段どこにいて何をしているのかとか、そんなに詳しくはないのだけれど。
「大仏様、何かがおかしいよ? いや、大仏様が喋ってる時点で色々おかしいんだけど、日本の首都はキョウトでしょ?」
日本の首都は、京都……。
俺は、何となく感じていた違和感の正体に気づき始める。
あのパピコが首相だという男、俺が人間だった頃の日本の総理大臣とは違う。
そんな総理大臣がこちらに接触してくるまで、もう間もなくだろう。その前に。
「パピコ、2011年にこの国であった大きな出来事と言えば、何だ?」
「2011年? ええ? 特に何もなかったと思うけど。スポーツの世界の話とか、そういうのは詳しくないからよく分からないけど」
パピコはスマートフォンを操作して、ウィキペディアの「2011年」の出来事の項目を見せてくれた。
確かに、ありふれた出来事が並んでいる。
「3月11日は? 何があった?」
「何も、なかったけど?」
パピコの年齢を加味しても、本来なら、この国の人間なら絶対に覚えているはずだ。3月11日という日付を聞いただけで、分かるはずだ。
東日本大震災が、なかったことになっている? いや、そもそも起こらなかったのか?
ここは、俺が知っている日本とは少しずつ違う。「何か」によって「書き変えられた世界」なのか? あるいは、いわゆる異世界――「パラレルワールド」というやつなのか?
俺は、戻せるのか? あるいは戻れるのか?
いや、そもそも。
戻す必要があるのか? 戻る必要があるのか?
大きくて悲しい破綻的な出来事がなかったというのなら、それは良いことのはずだ。
考えがまとまらないうちに、総理大臣の男が話かけてきた。
彼がいるビルディングの屋上から、大仏様までは少し距離があるが、拡声器を使用して直接語りかけてくる。
「大仏様、ご本人ということで良いのですかのう?」
「うむ。相違ない。常世の日本のリーダーよ、御足労感謝する」
わざと、大仰な言い方で返した。
大仏様の中身がしがないサラリーマンである俺だということは、今はまだ知られない方が良いと判断する。
「私も日本で生まれ、日本で育ち、今では日本の総理大臣なんてやらせて頂いている者ですが、まさかあの大仏様が動き、こうしてお話までできる日がくるとは、思っておりませんでしたな」
「うむ。まったく、世の中思いがけないことは起こるものであるな」
「聖武天皇の治世の頃に大仏様が建築され、『開眼供養会』――これはまあ、ざっくりとは大仏様に『たましい』を入れ込む式典でありましたが、これが開かれましたな。その時に大仏様に宿った『たましい』があなた、ということでよろしいのですかな?」
「そうだな。とりあえずは、その解釈で問題ない」
そう答えつつ、総理大臣の話から、俺は新たなる知見を得ていた。
なるほど、その『開眼供養会』で宿されたという「本当の」大仏様の「たましい」が今は何らかの理由で不在で、その「代わり」として俺の「たましい」がこうして大仏様の体に入ってるという可能性も、あるか?
そこまで思索を巡らせた時、側近のような男が総理に駆け寄って耳打ちした。
「大仏騒動の混乱に乗じて、『革命国』のヘリが一機、我が国の機密情報を保持したまま大陸へと脱出しようとしています」
「追えるのか?」
「難しいのが現状です。ご存じの通り、あのような立ち回りの『国』でもあるゆえ」
ひそひそ声でそんな会話をしていたが、俺には話している内容を全て把握することができた。
便宜上「千里『眼』」って呼んでるこの能力であるが、これ、音も聴いたりできるからね。
言われてみると、遠方に向かってヘリが飛び去ってゆく。『革命国』か。これも、耳慣れない言葉である。どういった集団なのだろう。日本の歴史上、戦後に限定しても反体制的な集団が大きい事件を起こした出来事というのは何度か存在するが、気になるのは総理も周囲に集まってきた人々も、どこかでこういった危機を「あり得ることだ」と受け入れている雰囲気があることである。はたして、日本とは国家と敵対する武装勢力がこんな都市部まで入り込み事件を起こすような国だっただろうか。
この「日本」の現状をまだ把握し切れていないので、飛び去る「革命国」のヘリに関してはお国にお任せするつもりだったが、聴こえてきた新たな情報は、そうも言っていられないものだった。
「なお、『革命国』は同時に日本人四名を拉致した模様」
側近の男は総理にそう語ったのだ。
今から救出作戦を実行するのは、難しいとも。
なるほど、ここでもこの世は「ままならず」、今日も悲しい出来事が絶えず起こっている。それが世界ではあるけれど。
たぶん、ここが俺がいた日本とは違う場所なのだとしても。さらわれた人達にも家族が、恋人が、友人が、それぞれいて。たとえばそう、自分の大事な人のことを想う気持ちは同じであろう。
大仏様が、人と人との繋がりを守らずに、誰が守るというのだ!
そこで、俺はフと気がついた。
大仏様の左腕、取れそうじゃないか? と。
少し回してみたら、案の上取れた。うむ。
俺は、取れた左腕を右手に握り、野球で言う遠投のフォームを取った。なんか、行ける気がする。
「大仏、ロケットパンチ!」
俺は大仏様の左手をヘリに向かって投擲すると、すぐさま走り出す。
大仏ロケットパンチは加速しながら飛翔し、そのまま狙い通り「革命国」のヘリのプロペラ部分を貫いて、ヘリは落下を開始した。
ダッシュしていた俺は、落下地点に先回りして、落ちるヘリを大きな掌で受け止める。良かった、今度も操縦者や「革命国」の一味、さらわれた日本人四名、みんな無事で済んだようだ。何とかなるものだ。
「大仏様、死ぬかと思ったわ」
「あ、パピコ」
気がつけば、パピコが大仏様の耳たぶに必死にしがみついていた。
そうとう揺れたのであろう、彼女の大きな胸も、たゆんたゆんと揺れている。
これは、反省しなくてはならない。肩にパピコが乗っていたのを忘れて、うっかり派手な大仏アクションを決めてしまった。
「大仏様、ご活躍、ありがたいところですが、私も立場上お願いしなきゃならないことがあります」
ダッシュで移動した俺を政府専用ヘリで追ってきた総理が、ヘリの搭乗口から半身を乗り出し、拡声器で声をかけてくる。
「あなたが、我が国の守りとなるのか、脅威となるのか。正直、我々も混乱中でしてね。色々と、あなたのことを調べさせて頂けませんかね? どうして動けるのか? 何故、話すことができるのか? そして、あなたが何者なのか?」
「うむ。応じよう。だが、応じる代わりに、こちらも現在の我が国のリーダーであるお主に、一つお願いがある」
「なんでしょう?」
「ぶっちゃけ、東京オリンピックの準備費用、無駄に使ってるな~って思ってる部分、あるな?」
「まあ、ぶっちゃけありますな」
「では。その分を……そうだな。大仏様からのお告げがあったので……とか、なんでもいいから理由はでっちあげて……」
俺は、肩に乗ってるパピコをそっと包むように掌をかざしながら、日本の総理大臣にこう申し出たのだ。
「そのお金で。俺がさっき壊しちゃった大仏殿の横に、楼閣のような建物を作ってはくれまいか。このパピコのような、社会から零れ落ちてしまったような人々に、この国のそんな老若男女に、しばらく休憩できる、そんな居場所を作ってやってくれい」
/第二話「大仏様、総理大臣に会う」・完
第三話「大仏様、国土防衛に貢献する」に続く