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大仏転生  作者: 相羽裕司
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第一話「大仏様、になっていた」

 気がつくと、俺は大仏様になっていた。


 これ、奈良県にある、アレであろうか。


 アレが俺で、俺がアレ、ということ? よく分からない。


 だが、フと思った。大仏様も悪くない、と。


 人間だった頃の俺はアラサーになるまで彼女もおらず、仕事もたいして上手くいかない。そんな人生で、色々と行き詰りも感じていた。あとは、こうして大仏様になって、国民を見守りながら生きていくのも悪くないかもしれない。


 ただ、何故こんな俺が? とは思う。


 今の俺があの大仏様であるとするならば。大仏様は宗教的に深い意味がある存在であり、背後には歴史の重みというものもある。これでも、普通の人生なりにできるだけちゃんと生きようと思って過ごしてきた。宗教心は深い方ではなかったけれど、この国のなりたち、特に心の在り方の源流について。たとえば仏教のこと、神道のこと、神仏習合(しんぶつしゅうごう)的な考え方のこと、それらがちょっとずつ変わったり、でも一方で変わらずに続いている部分があったり、そうして現代まで続いてきた歴史的背景について、調べたことがあった。大仏様は、そんなこの国の心の源にある存在の一つである。敬う気持ちがある。俺が大仏様っていうのは、なんとも不敬(ふけい)ではないか? その点は気かかってしまう。


 「千里眼(せんりがん)」のような能力も備わっているのか、とても遠くまで見渡すことができた。


 最近は仕事が忙しくて、立ち止まって何気ない風景を(いつく)しむといった時間が取れていなかったのだが。


 山がちな国土は緑に覆われていて、自然が豊かだ。山間を流れる川のせせらぎは心地よいし、やがて海まで辿り着けば、独自の生態系が育まれている波打ち際があって、潮がよせては引いている。穏やかなリズムが感じられる。


 美しいじゃないか。


 一方で、心に(とばり)が落ちるような風景も目にとまる。良いことばかりではない。生きていても争いがあり、老いもあり、病気もあり、そして死もある国であった。


 そんな「ままならない」の風景の中の一つに、目がとまった。


 とある都会のビルディングの屋上で、少女が追い詰められている。追っているのは強面(こわおもて)強者(きょうしゃ)たちで、俺には何となく事情を推察することができた。


 人身売買。かつて豊かだったこの国でも、裏の世界で行われるようになってきている出来事だと聞いていた。


 少女は、揺れる紺のスカートからセクシーな太腿(ふともも)(のぞ)かせて。


 ワイシャツを身に着け、胸元には真紅のリボンを付けている。(すみれ)色のセーターを上に着ているが。男だったら目がいってしまうのは、セーターの上からでも分かる、ついぐわっと()みたい! なんて思ってしまうような巨乳(きょにゅう)であった。少女が動くたびに、たゆんたゆんと弾んでいる。


 柔らかそうな薄いピンクの唇を結んで。幼さが残る顔だちに、両の瞳は(りん)としている。


 漆黒(しっこく)の黒髪を後ろでポニーテールにまとめあげていて、うなじはちょっとセクシー。


 適度に乱れた髪が、(つや)やかと言うよりはむしろ可憐(かれん)な、そんな少女だ。


 複数人の男達に囲まれて、徐々に距離を詰められる中、少女はとうとう柵をよじ登って、屋上の隅の隅にまで逃げた。落下、という言葉が意識される。すぐ側には「死」。風が吹いて身体のバランスが崩れると、背中にシンと冷たい恐怖が通るような。


 事態は切迫(せっぱく)していた。少女はもう、悪漢(あっかん)たちに捉えられて性的搾取にさらされる人生を送るか、ここから飛び降りて自ら命を絶つしかないといった状況だ。


 まことに、この世界は苦しい。だが、仕方がないことなのだ。幸せに栄えていく人間がいる一方で、不幸に淘汰(とうた)されていく人間もいる。光があれば、闇がある。全員分の幸せはないのが、「世界」というものだった。


 だが、そうして瞳を閉じようと、「千里眼」をオフにしようとした時に、「何か」が俺の心の奥に引っかかった。


 本当に……「仕方がない」……のか?


 しがないサラリーマンだった頃の俺なら、力もない、金もない、確かにどうしようもないという意味で、仕方がなかったかもしれない。


 だが、今の俺は、あの大仏様だと推定される。


 きゅうに、ムクムクと、強い気持ちが湧き起ってきた。


 つまりは、そう。


 大仏様が理不尽に世界から暴力を受ける者を見捨ててしまったら、誰がこの国の弱者を守るっていうんだ?


 俺は、立ち上がった。


 そして、ジャンプした。


 俺が「動いた」衝撃で、大仏殿(だいぶつでん)がブっ壊れた。これは、ちょっと悪いことをした。


 だが、動ける。だったら、いける。


 追い詰められた女子高生がいるところまで、距離にして100キロほどだ、マッハで走れば、大仏だったら数秒で到着できる。


 そして、到着した。


 来る途中、ちょっと建物とか壊してきちゃったけれど、人的被害は出ていないので許してほしい。


 彼女は蹂躙(じゅうりん)される人生の続きを選ばずに、屋上から身を投げて、自分で自分を殺すことを選んでいた。


 だが、ギリギリだ。間に合った。


 ビルディングの屋上から飛び降りた少女を、俺は大きな(てのひら)で受け止めた。


「ええっ? 大仏……様?」


 少女は、困惑の表情を見せていた。それは、そうだろう。絶望のふちに追い詰められて身投げしてみたら、いきなり目の前には大仏様……というシチェーションは、とても驚く出来事だとは想像できる。だが、今は詳しく説明している時間がない。


「ちょっと、肩に乗っていなさい」


 少女を救った俺を見て、悪漢たちは拳銃を取り出した。


「ヤバイのがきたぞ!」


 そんな言葉を叫びながら、敵たちは容赦なく発砲してくる。「ヤバいの」とは俺のことらしい。確かに、相手の立場になってみるならば、いきなり大仏が現れたら「ヤバい」感じかもしれない。


 銃弾は、俺には効かなかった。全て弾き返した。どうやら、俺は(はがね)の体をも手に入れてしまったらしい。いや、実際は大仏様のボディは鉄っていうか鋳造(ちゅうぞう)された銅でできているのだが。


「テメエ、何者だ?」


 何者だ、と聞かれると困る。生前の(――まだ死んだと決まったわけではないが)俺の本名を名乗るのも、何か違う気がする。


 そこで、俺はとりあえずこう名乗っておいた。


「俺は、通りすがりの大仏様だ!」


 俺は拳を握って、ビルディングの屋上に振り下ろした。大仏パンチである。屋上は半壊し、大きな穴が空いた。悪漢たちも、狂乱しながら有象無象な様子で退散していく。


 すると、一機のヘリコプターが飛んできた。どう見ても、武装ヘリである。ミサイルが、俺を狙っている。


 え。街のチンピラ集団くらいを想定していたのが、少女を追い詰めていた悪漢たちは、こんな武装ヘリを準備できるくらい、けっこう大きな悪の組織……とかだったりするのだろうか。


 ミサイルが俺に着弾するが、これも効かない。大仏様のボディは、予想以上に頑丈らしい。


 俺は手刀を作って、ヘリコプターに振り下ろした。


 大仏チョップ一閃、武装ヘリは真っ二つになった。しまった。これは、やり過ぎたかもしれない。


 ヘリが爆散する間際、間一髪操縦者たちは脱出していてパラシュートが開いていた。


 俺は、その脱出者たちをもう片方の掌で受け止めて、地面に下してやる。悪いやつらなのだろうが、(ほとけ)の教え的にも、むやみな殺生は良くないであろうからな。


 気がつくと、ビルディングの周囲にパトカーや救急車が集まってきていた。遠くからは、真っ二つにしたのとは別のヘリの音も聴こえてきている。こっちは、自衛隊のヘリだろう。


 大事(おおごと)になってきた。そりゃ、大仏様がいきなり都市部に現れて大暴れしたのだ。明日の新聞の一面くらいは、飾ってしまうかもしれない。


 だが、それはそれとして、色々と周囲が騒がしくなってしまう前に、肩の上の小さき存在――彼女に一言(ひとこと)言っておきたいことがある。


「少女よ」

「な、なによ」

「つらかったか?」


 俺の言葉を聴き届けると、少女は少し戸惑いの表情を浮かべてから。


 キっと唇を強く結んで、うつむき、視線を落とした。


「誰も、私のことなんて見ていない。この世界は強くて優れた人たちのために出来ていて、私のためには出来ていない」

「名前を、何と言う?」

「私? パピコ。大宮司(だいぐうじ)パピコ」

「そうか。では、パピコよ……」


 こんな大仏(すがた)じゃなきゃ、真顔では言えないこともある。



――それでも。



 俺は、イケボな大仏ボイスで少女に伝えた。


「生きろ!」



  /第一話「大仏様、になっていた」・完

  第二話「大仏様、総理大臣に会う」に続く

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