第五十九.七五話 九州見聞とクエ料理
「ようやく博多に到着だな」
領地の開発に忙しい光輝であったが、今日は北九州の博多の町にいた。
いつもの如く、商売のネタになりそうなものを探しにきたのだ。
「博多といえば……」
惑星ネオフクオカでは、豚骨ラーメン、明太子、モツ鍋、鉄鍋餃子とかが特産品であった。
豚骨ラーメンに関しては、惑星ネオクマモト出身の知人が『豚骨ラーメンはうちが先!』と激怒していたのを思い出す。
かと思えば、同じネオフクオカでも新久留米地区の方が先だという人もいるし、ネオシガの新長浜地区こそが先だという意見もある。
実は、世界大戦で日本列島が沈没した時にすべての資料が散失して、正しい発祥の地がわからない状態になっていたのだ。
何年かおきに激しい論争が始まって、結局結論が出ないのがいつものパターンであった。
光輝としては、『そうなんだ』としか言えなかった。
地元の住民には拘りや誇りがあっても、他所の人間にはどちらでもいいという事案が結構あったりする。
だが、それを拘っている人の前で言うと怒ってしまうので、それには注意が必要だと光輝は思っていた。
「あれ? でも明太子は、蝦夷や東北で作った方がいいよな? タラコは北方で獲れるわけだし。豚骨ラーメンも、養豚をしている津田領で作られている。モツ鍋もそうだな……」
光輝は、何のために博多に来たのか忘れそうになってしまう。
「それに、博多は大商いに厳しいじゃないか」
博多湾は水深が浅くて大型船が入港できないので、光輝は長崎の方が貿易に向いていると思った。
だが、今の長崎は混乱している。
かの地の領主であった大村氏が、長崎をイエズス会に寄進していたからだ。
『勝手にキリシタンに土地を寄贈すべからず!』
日の本の土地を外国人に、それもキリシタンに譲渡した。
この事実を知り、信長は激怒した。
もしこのままキリシタン大名が増えると、日の本はキリシタンとその背後にいるイエズス会によって支配されてしまうのではないかと信長は考えたのだ。
一向宗の脅威が記憶に新しい信長は、長崎の地をイエズス会から取り上げて織田家の直轄地とした。
すると、それに大村純忠、有馬晴信が信長に抗議したので、彼らも領地を没収されている。
その後、更に信長に警戒感を抱かせたのは、九州におけるキリシタンの多さだ。
今の時点では教会の建設や布教活動を認めていた織田家であったが、二名のキリシタン大名の改易に抗議し、数万人ものキリシタンが集会を開いた。
他にも、大村純忠と豊後を安堵された大友義鎮が領内の寺社を破壊し、仏像や経典の類まで徹底して破壊したと聞き、キリスト教も一向宗と同じなのではないかと信長は警戒を強めている。
今は朝鮮出兵で忙しいが、もう少しすると信長が何か手を打つのではないかと噂されていた。
「これは、もっと情勢が落ち着いてからの方がいいかな? 一益殿も忙しいようだし」
「待ってください! 今、関東と東北、蝦夷との交易網の構築に成功しないと、我々は干上がってしまいます!」
光輝は、九州は自分の領地ではないので後回しにしようとした。
一益も朝鮮出兵の後方支援で忙しいので、彼に時間ができてからでいいと思ったのだ。
だが、それに強硬に反対した者がいた。
島井宗室や神屋宗湛など、博多の大商人達であった。
彼らは、信長のキリシタンへの警戒感で南蛮貿易に限界が見られ、朝鮮貿易は信長の朝鮮出兵で途絶、対明貿易も明が朝鮮の宗主国なので大きく制限された。
現在、明との交易窓口で一番有力なのが、実は沿海王伊達政宗経由での朝貢貿易であった。
政宗は明に朝貢しているので貿易を制限されず、勢力拡大のためには津田家との交易を増やす必要があった。
そのため、伊達家は朝鮮には手を出しておらず、明からすれば信長の家臣である津田家と直接交易しないで済むという利点もあった。
フカヒレ、ナマコ、アワビなどの干物、毛皮製品、その他多くの高級生活用品など、例え戦争中でも明の権力者や大金持ちは高品質な津田領産の品を欲していた。
「干上がるは過剰表現だろう。俺と一益殿は付き合いも長い。通常の交易は続けるよ」
島井宗室と神屋宗湛が気にしているのは、巨利を得やすい海外との貿易の事だ。
一益もできれば続いた方がいいと思っているが、彼は信長に忠実である。
九州で発生しているキリシタン関係のゴタゴタが終わらなければ、南蛮貿易の拡大には手を出さない。
明や朝鮮との交易は戦争で手が出ず、だからと言って一益ほどの人物が手をこまねいているはずがない。
津田家が明~沿海州~樺太~蝦夷~東北~関東~伊勢~紀伊~石山~土佐~薩摩~琉球~台湾~ルソンという経路で交易ルートを構築しており、それに手を貸している。
博多へも、土佐~下関~小倉と、鹿児島~長崎~平戸~唐津経由のルートで中・小型の船を定期的に運行していた。
明、朝鮮貿易の落ち込みを、北方ルートも加えた国内流通網の増大で補おうという計画だ。
土佐、下関が加わっているのでわかると思うが、明智家と長宗我部家も計画に協力的であった。
信秀と光秀の娘の婚姻には、こういった利点も存在していた。
毛利家と村上水軍の没落で瀬戸内海の海運に一時穴が開いたが、それも信長と九鬼嘉隆が急ぎ建て直している最中である。
当然利権は、建て直した織田家と九鬼家のものであった。
毛利家は、細々と交易をする立場に転落してしまう。
あとは、日本海側も酒田~直江津~敦賀と続いていたが、こちらは光輝と勝家の仲が悪いせいで、敦賀以西は義務感でやっているという感じで交易量は少なかった。
光輝が各地を移動しているのは、このように交易網の構築のために地元の有力者と打ち合わせをするためでもあった。
決して、美味しい物ばかりを探しているわけではないのだ。
「というわけなので、暫くは我慢だな」
「待ってください!」
「我ら、博多商人を見捨てないでください!」
島井宗室と神屋宗湛がここまで必死なのは、実は彼らは光輝の交易構想から外されているからであった。
光輝は元堺の会合衆との関係が強まりつつあったし、独自に津田家に近い商人の育成にも力を注いでいる。
なので、二人を特別視する必要もないわけだ。
むしろ光輝は、この二人の強欲ぶりに辟易していた。
一益の筑前、筑後支配に反抗する国人衆に資金を提供、この地をわざと混乱させ、これを治めるには自分達の力が必要ですよとマッチポンプ的な事までしていたのだから。
本人達はバレていないと思っているらしいが、元間諜との噂もある情報のプロ一益に知られないはずがなく、それでも彼らが始末されていないのは、急に彼らを消すと筑前と筑後の統治に影響が大きいからだ。
光輝は一益からその話を聞き、彼らへの利益供与はほとんどおこなわない事にしていた。
一益からの要請でもある。
もっと立場や資金力を落としてから、この二人に頭を下げさせる方策のようだ。
それでも駄目そうなら、二人は一族ごと抹殺されるかもしれなかった。
「いやだから、博多港にうちの大型船は入れなんだよ。見捨てるってのも言いがかりだな。中・小型の船は、定期的に入港しているじゃないか。長崎が落ち着いたら大型船を使っての交易も可能だし、大型船を博多湾に入れるには海底の浚渫をするしかないだろうな」
「博多湾を浚渫ですか? そのような大工事ですと、長い時間と多額の資金が……」
「必要だな。提供してくれるかな?」
「いえ、我らにはそこまでの資金力は……」
「すみませぬ、私は少し用事が……」
光輝から博多湾浚渫工事への資金提供を求められると、島井宗室と神屋宗湛は彼の下から逃げ出すように去ってしまった。
「別に今でも大店なのに、欲張りな連中だな」
結局博多湾の浚渫工事が行われたのは大分未来であり、島井宗室と神屋宗湛は以後徐々に商売の規模を縮小する事になる。
「浚渫さえ行えば、博多の交易港としての価値は高い!」
後の世に、大金を投じて博多湾の浚渫工事をおこなったのは、今は海外で活躍して巨万の富を得ている大賀宗九であった。
津田水軍とも商売上の付き合いがある彼は、それで得た巨万の富を惜しみなく博多開発に提供。
更に資産を増やし、後世で博多の父、博多一の大商人と称されるようになる。
「初めまして、鍋島直茂と申します」
一益と交渉をした光輝は、すぐに肥前へと向かった。
長崎はいまだに混乱していたが、平戸では中、小型船を使用しての交易も始まっており、領主である鍋島直茂に挨拶をしようと思ったからだ。
直茂は、竜造寺家の家宰から領主へと成り上がった人物だ。
織田家が九州に上陸した時、衰退著しい大友家から領地を奪った竜造寺家は最盛期を迎えていた。
当主隆信は織田家など何するものぞと交戦を決意、直茂は降伏を主張したが、それに激怒した隆信は直茂を謹慎させてから織田家に決戦を挑んだ。
結果は、隆信、政家親子と、木下昌直を除く竜造寺四天王と呼ばれた重臣、他にも多くの家臣と兵を失って軍勢が壊滅した。
謹慎させられていたが故に生き残った直茂は、急ぎこれまでに竜造寺家が得た筑前、筑後、肥後、豊前を放棄して肥前の防衛体制を整えつつ、信長に降伏の使者を送る。
直茂の手際のよさを見た信長は彼を気に入り、彼に肥前一国を任せる事にしたのだ。
このような経緯で肥前の主となった直茂であったが、やはり家臣団の壊滅と、キリシタン対策で苦心しているようであった。
「もう少しお待ちいただければ、長崎の状態も落ち着きますので」
直茂は、光輝に気を使っていた。
長崎が安全になって津田家の交易船が入港するようになれば、肥前の経済状態がよくなるからだ。
領民達の生活が安定すれば、貧しさからキリスト教に過剰な傾倒をする者も少なくなる。
直茂は、あの一向宗を壊滅させた光輝の手腕に期待していた。
「ところで、肥前にはどのような特産品があるのでしょうか?」
「えっ? それを俺に聞くのですか?」
光輝は直茂に対し、『あんたの方が地元の人間じゃないか』と思ってしまう。
「それはそうなのですが、津田殿は、関東、東北、蝦夷で様々な産品の開発に成功して巨利を得ておりますので、参考になればなと……」
光輝は、惑星ネオナガサキには行った経験がなかった。
ちゃんぽん、カステラは微妙だとしても、海産物は豊富なので加工すれば使えるであろう。
ビワ、みかんはこの時代にはまだないようで、津田領内の房州では生産を開始している。
椿も油が採れる。
食用、化粧品、塗料のツヤ出し、工芸品の磨き油としても有用だ。
整髪料代わりに使えて船員の健康維持でも需要があるから、現在は伊豆諸島で生産を開始しているから長崎でも栽培すればいい。
真珠の養殖も可能だが、ほぼ面識がない鍋島家に技術を渡すほど光輝は甘くはなかった。
織田家にも秘匿している技術なのだから当然だ。
「なるほど……」
光輝の大雑把な話でも、直茂は熱心に聞いていた。
彼は思わぬ運命の変遷で肥前の領主になれたが、地元の領民達からすれば主家から領地を奪った簒奪者でしかない。
鍋島家が支持を受けるためにも、早急に領民達の生活を改善するしかないのだ。
「海産物の加工技術は、多少なら融通しますよ」
「ありがたい!」
特にカラスミは、津田領でも生産していない。
これならば高級品なので、ある程度の利益は出るであろう。
アゴ干し、焼きアゴ干しも津田領内でも生産していたが、これも需要に追い付いていない。
このくらいなら、教えても構わないはず。
「ありがとうございます」
大した助言もしていないのに、光輝は直茂に丁寧にお礼を言われてしまった。
領内がこの状況なのに、直茂は朝鮮に兵を出さなければならなくなった。
色々と苦しい局面を迎えているようだ。
「肥後は……勝家の舎弟の領地だから止めておこう」
佐々成政が治める肥後は放置して、光輝は次に薩摩に寄った。
だが、その貧しそうな光景に何とも言えない気持ちになってしまう。
「ようこそ、おいでくださいました」
薩摩に到着した光輝を、島津家の前当主義久こと龍伯が出迎えてくれたが、彼の目には隈が浮いていた。
織田家に大敗して多くの家臣を失い、大隅と日向を没収され、梅北一揆のせいで弟歳久の腹を切らせてしまった。
弟義弘と家久を大将とした朝鮮派遣軍の負担もあり、現在の薩摩は全国一の貧困地帯と化していた。
「もう逆さまに振っても、何も出てきませんな」
「ええと……何と言えばいいのか……」
「津田殿は九州に兵を出しておりませんので、島津家で恨みに思っている者はほとんどおりません。ご安心を」
「はあ……」
なら、もし織田家の重臣が薩摩に姿を見せたら恨みで暗殺されてしまうのかと光輝は思ってしまった。
義久本人に聞くわけにはいかないので、勿論何も言わなかったが。
「津田殿はどう思いますか? この薩摩を」
「そうですね……」
まずは何よりも食料の確保が必要であろう。このまま放置しておくと、第二、第三の梅北一揆が起こりそうな気配だ。
貧しくて未来への展望がないから一揆に走るわけで、薩摩はその条件を満たしすぎていた。
「とにかく食料ですね」
「まずは、食料の確保ですか……」
「もう米に拘るのは止めた方がいいです。極一部の米作に向いている土地以外は、他の作物を栽培しましょう」
サツマイモ、大豆、油菜等の栽培を行い、サツマイモに余裕が出たらそれで豚を飼うしかないと光輝は断言した。
薩摩といえば黒豚であったし、光輝もネオカゴシマの名産は黒豚だと思っている。
だが、この時代にはまだ存在しないようだ。
「ですが、もし失敗したら……」
「成功するまで、うちで食料の面倒は見ます」
薩摩の状態は、肥前などとは比べ物にならないほど酷い。
このまま放置すると、九州に動乱が発生して朝鮮派遣軍が補給切れで壊滅する危険性があった。
「我らには売る物がありませぬ」
「ありますよ」
まずは、薩摩の大半に広がっているシラス台地を構成するシラス。
これは火山灰や軽石が原料となっている。
研磨剤、コンクリートの骨材、園芸用の土や肥料の原料にもなる。
これを掘り出して、津田領に輸出すればいい。
他にも、薩摩には鉱山が多かった。
金鉱や銀鉱も多く、鉱物を輸出して食料を買い、その間にサツマイモの生産量を増やせばいいと光輝は義久に説明する。
「あとは、枕崎でカツオブシの生産ですかね? 技術が必要なら売りますよ」
「ありがたい」
義久は光輝の提案を受け入れた。
あまり甘くなく未来では飼料用であったが、手間がかからず収量が多いサツマイモを薩摩中に畑を作って植え、大豆と油菜の生産も増やした。
作物転換の間の食料は、薩摩での鉱山開発の強化と、シラスの採取と輸出によって支える。
島津家の減封により武士の数が異常に増えたので、義久は彼らを容赦なく鉱山夫や農夫、カツオを獲る漁師としても使った。
朝鮮への出兵で男手が少なく、老人、女性、子供もできる仕事を割り振られた。
『可哀想とは思いますが、働いた分だけ食料を与えるとかして、みんな忙しくしてしまうのです。そうすれば、一揆も防げますから』
『それしかありませんか……』
義久は、光輝の合理的な考えに感心してしまった。
「何とかひと息つけたか……」
一年後、広大なサツマイモ畑の前で、義久は最悪の事態を脱した安堵感から再び溜息をつくのであった。
「というわけで、あまりお土産ないけど、これを帰りの船で釣ってきたぜ」
九州視察を終えた光輝は、石山で今日子と再会した。
二人が思うような九州土産は少なかったが、光輝は帰りに船で釣りを行い、ある食材を手に入れていた。
「じゃじゃーーーん! この巨大なクエを見よ! あっ、九州ではアラって呼ぶね。魚を下ろしたあとの余り部分の事じゃないよ」
九州ではアラと呼ばれる魚だが、高級魚として有名であった。
刺身、鍋などで食される事が多い。
「これをみっちゃんが?」
光輝の釣りの腕前については百も承知な今日子は、彼に疑惑の目を向けた。
「俺の船だから、俺が釣ったようなものだし……」
実際には、光輝の命令で一緒に竿を持たされた若い船員が運よく釣り上げたというのが真相であった。
「細かい事は気にしない。彼には褒美も出したし、このクエは下処理も完璧で冷蔵庫に入れてきたんだ。早く食べよう」
実際に光輝は、その若い船員に金一封と使っていた釣り道具を贈呈している。
上に立つ人間として、功績をあげた部下に報いるのは当然であったからだ。
「それもそうだね」
今日子と津田家専属の料理人が腕を振るい、クエは、刺身、鍋、ヒレ酒、寿司、雑炊、胃袋のバター焼き、皮の湯引き、天ぷら、肝炒めなどの豪華なコース料理に生まれ変わった。
「本当は紀伊が特産なんだけど。九州の海で釣れたから、アラ料理だな」
「まあ、どちらでも構うまい。フグと同じくらい美味そうだな」
そして、いつの間にか信長が席に座っていた。
光輝は信長を呼んでなどおらず、明日にでも挨拶へ行こうかと思っていたのだから。
いまだ津田屋敷が完成しておらず、石山城の客間を借りていたから発生した事件かもしれない。
「大殿?」
「美味しい物は、みんなで食べた方がいいからな」
信長がもっともな事を言いながら、自分は一人で来て……傍には森蘭丸が控えていたが……まるで宴の主催者のように偉そうにしている。
久方ぶりに、信長の唯我独尊ぶりを再確認する光輝と今日子であった。
「ミツ、余ったクエの身はどうなったのだ?」
「日持ちするように、蒲鉾に加工させていますが」
「あとで届けてくれ」
「はあ……」
信長はクエ料理と、今日子が焼いたハチミツタップリのしっとりカステラ……これは光輝のリクエストであった……を存分に楽しみ、自分の部屋へと戻っていくのであった。
「このクエの蒲鉾は、他の蒲鉾に比べると上品で美味いな。ワサビ醤油との相性が抜群ではないか。かすてーらも、南蛮の連中が献上したものよりも美味い」
信長は、今日子が焼いた進化形のカステラと、クエ料理の美味しさに大満足するのであった。