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第二十一話 清輝の嫁取りと、永禄の変

「唐橋家の次女孝子と申します」


 清輝からの無茶な要求は、新地家の金の力で無事に解決された。

 伊達に、仲介で活躍して生活費を稼いでいる貴族ではないようだ。

 

 正信の目の前に、例の姿絵によく似た少女が立っている……事にしようと思った。

 これ以上探していると、いくら時間があっても足りない。

 あの姿絵とまるで同じ女性など不可能なのは、清輝だってわかっているはず。

 それでも、大分雰囲気的には似ているはずだ。


 これだけの美女が妻になるのだから、もし正信なら大喜びであろう。

 やはり金の力は偉大なのだと、正信は本能で理解した。


「(文句を言われたら、今日子様に言いつけてやろう)」


 我が道を行く清輝であったが、唯一義姉の今日子にだけは弱かった。

 もし嫁が気に入らないと言ったら、今日子に何とかしてもらえばいいのだと正信は思った。

 決して妥協したわけではない。

 他にも色々と忙しいからだと、正信は心の中で言い訳をする。


「新地家の本多正信です。孝子様、その髪型は?」


「私の旦那様になる方が、この髪型が好きだと聞いております」


 孝子の髪型が『ついんてーる』という姿絵によく似たものになっているが、貴族のご令嬢にこんな恰好をさせてしまうなんて、やはり金の力は偉大だと正信は再び感心する。


「失礼とは思いますが、孝子様はおいくつでしょうか?」


「十五ですが、それが何か?」


「いえ、大変に素晴らしいですな」


 正信は新地を出発する前に、清輝から姿絵に描かれた女性の『設定』という名の情報を耳に入れさせられていた。

 何でも、姿絵の少女は十四歳なのだそうだ。

 年齢も一つ違いで近いし、また条件に合致したと正信は思う事にした。


「婚礼の準備が整い次第、伊勢へと参りますが構いませんでしょうか?」


「はい、清輝様とお会いするのが楽しみです」


 まあ、ある意味楽しみでもあり、ああいう人だから飽きはしないかもと正信は思う。

 能力は優れているから尊敬はしているし、容姿も決して悪くない。

 勿論これは、主君の弟に対しての不敬になるから、決して口には出さないが。


「それでは、準備を進めましょうか?」


「はい、お願いします」


 正信は、唐橋家への結納金と援助する仕送りの額を決めたり、船に大量に積んだ永楽通宝をビタ銭に変える仕事をこなしたりする。


「しかし公家って、貧乏だな……」


 唐橋家に対して新地家は年に百貫の仕送りをする事を決め、それを聞いた唐橋家は大喜びしていた。

 新地家では、百貫取りの家臣など中級指揮官、官吏でしかないから、それで喜ぶ貴族を見て正信は素で引いてしまったのだ。


 自分は、その十倍以上もらっていますと。


「またのお越しをお待ちしております」


 用事を終えた正信は津田宗及に見送られ、嫁入り道具と……極めて少なくて泣けてきたが……孝子を船に乗せて新地へと帰還する。

 

 特にトラブルなどもなく船は無事に新地に到着し、清輝と孝子は顔を合せた。


「孝子と申します。清輝様、末永くお願いします」


「孝子ちゃん、萌えぇ~~~」


 孝子と会うなり清輝が妙な事を口走ったが、正信は気にしない事にした。

 気に入ってもらえたようで何よりである。

 

 何しろ、今の自分が恵まれた環境にいるのはその変な清輝のおかげでもあるからだ。

 そう、人はそうやって心に棚を作って生きていくのだと。

 正信はこの仕事を終えて、また一つ大人になったような気がした。


「吉日に、婚礼の儀を行う予定となっております」


「それは、正信に任せるよ」


 清輝と孝子の婚礼の儀を取り仕切ったのも正信であった。

 このところ大活躍だが、みんな忙しいから押し付けられたのだという現実も混じっている。


 婚礼の儀には、織田家、松平家からも名代が送られ、藤吉郎と一益、利家も参加して豪勢なものになった。

 無事に全てが終わり、清輝は再びあまり外に出ない生活に戻る。


「孝子ちゃん、大丈夫かな?」


「清輝は悪い奴じゃないから」


「それは私もわかっているんだけどね……」


 今日子が心配し、大丈夫だと光輝が弟をフォローしていたが、蓋を開けてみれば夫婦仲は良好なようで正信は安心した。

 これならばすぐに後継ぎが産まれるであろうと、他の家臣達も安堵している。


 だが、正信は気がつくべきだった。

 なぜ孝子がすぐに清輝と仲良くなったかをだ。




「清輝様、見てください。文章博士まで務めた唐橋家の技と、清輝様がもたらした絵柄を組み合せた『茂助さん攻め、一豊さん受け』の戦場交合本が完成しました」


「俺はそっちの話には興味がないけど、素晴らしい技術だな。これを印刷して、愛好家の女性に売れば一儲けできるぞ」


「男性向けにも、絵柄とお話を改良中です」


「そうか、今度の新刊は売れるといいな」


「はいっ! あとは、清興さんは誰と組み合わせるべきか迷うところです」


「ああ、清興か。康豊でいいんじゃないのかな?」


「それだと安易すぎませんか?」


「それはあるかもな」


 この二人、趣味が合ったようですぐに今日子から『似た者夫婦』と言われるようになる。

 孝子は、清輝の妻、子供達の母親の他に、新地出版の経営者として多くの顧客を得るようになっていくのであった。


 孝子は、実は腐女子の才能を秘めていた。




 

 永禄八年となり、織田家は美濃と尾張の開発が進み、新地家も伊勢志摩や伊賀と紀伊の一部領地の開発が進んでいる。


 織田領と新地領の道を繋げて広げ、共同で治水工事をおこない、新田、鉱山開発、町の建設などで人を融通し合った。


 関所もほとんど廃止し、楽市を行う場所も増やしている。

 楽座の方は既得権益を持つ座の反発があるので、新規業者へ許可を出して競争させ、徐々に既存の座の力を落とす方向で進めていた。


 これにも既存の座の反発があったが、商売の規模自体が拡大しているのでそこまで問題になっていなかった。

 取引額は増えているが、占有率は落ちている罠を信長は仕掛けたわけだ。

 

「これで、新地家独自の技術も獲得できればいいのだが、これは贅沢か……」


 美濃、尾張、伊勢志摩、紀伊新宮、伊賀山田郡において街道の工事が急ピッチで進んでおり、信長は、光輝が織田家に警戒心を抱かれないよう敢えて大軍の行動が素早くできるようにしているのだと気がついた。

 

 できれば新地家が持つ独自の技術も欲しいところであるが、種子島と大筒の改良など徐々に伝わっているので贅沢は言えない。


 現状で、織田家は最良の結果を得ているのだから。


 ようやく訪れた安寧の日々がこのまま続くかと思われたその時、京において政変が起こった。


 五月十九日、前年に亡くなった三好長慶の跡を継いだ三好義継、三好三人衆(三好長逸、三好政康、岩成友通)と松永久通らが京都二条御所を襲撃、将軍義輝が討ち取られる事件が発生した。


 俗にいう永禄の変である。


 いくら足利将軍家の力が衰えていたとはいえ、白昼堂々と将軍が家臣に討たれるという事態に畿内は大混乱に陥った。


 急遽光輝は、信長から岐阜に呼び出される事になる。


「ミツには義輝公に思うところがあるやもしれぬが、これは一大事である」


 いくら乱世でも足利幕府は存在し、その存在には一定の権威が存在したからだ。

 その重しがなくなった結果、現在の畿内は大混乱に陥っている。

 信長は、畿内の混乱に織田家が巻き込まれる可能性を口にした。


「ミツと付き合いのある、松永弾正は首謀者なのか?」


「彼の息子である久通殿は、義輝公暗殺の軍勢に参加しています。知らなかったとしても、責任はあります。裏で策動していたと噂されても仕方がありません」


 大和を押さえる松永家の当主なのだ。

 息子が勝手に軍勢を動かしましたでは済まされないはず。


「何にせよ、打つ手がないのも事実だ」


 義輝が死んでも、今のところは美濃と尾張の統治に何の影響もない点も大きい。

 将来的に、畿内の混乱が美濃や尾張にも波及する可能性もあったが、実際にそうなってみないと手が打てない。

 今は尾張、美濃、伊勢志摩の発展が著しいので、何かがあった際に備えて開発を促進するくらいしかできなかった。


「情勢に変化があるまでは様子見しかないか。力を蓄えておけば、どのような状況にも対応できる」


「そうですね」


 そんな二人のやり取りを、不満気に見ている人物がいる。

 織田家家臣団における序列三位の柴田勝家だ。


 主席林秀貞、次席佐久間信盛に次ぐ三番目で、他にも譜代や一族がいるので、国持ちなのに光輝の序列は低い事になっている。

 だが、それは信長が家臣団の和が乱れる事を恐れただけで、妹のお市まで嫁がせて義弟にしてる光輝は、実質織田家のナンバー2であった。


 それがわかるから、勝家は光輝が嫌いなのだ。

 本当は、自分が好きなお市を嫁にしているからという理由もあるのだが。

 加えて彼女が妊娠したので、それが余計に腹が立つようだ。


「ミツが感じる不安要素は?」


「弱ってきたとはいえ、長島はまだ健在。あとは、伊賀の情勢ですか……」


 三年連続の天罰騒動によって、極限までお布施を搾り取られた長島の住民達には不満が多い。

 中には棄教して新地領に逃げ込む者も増えていたが、その分を長島は他地域の門徒の移住で兵力になる人口を維持、だが来て早々お布施を取られるのであまり評判はよくないようだ。

 移住者がすぐに棄教、改宗して、新地領に逃げ込むケースが増えていた。


 だが、それでも一向宗は油断ならない力を持つ。

 光輝は、警戒と弱体化工作を怠っていなかった。


「伊賀であるか?」


「はい……」


 六角氏との講和で山田郡を得ていたが、新地家は彼の地の統治に金を注ぎ込んでいる。

 伊勢との街道を整備し、可能な限り開発を進めていたが、元を取れるのはいつになるのかという状態だ。


「なぜか他の郡にいる地侍達が、道を通せ、開墾をしてくれとかうるさいのです」


 伊賀が完全に新地家の直轄地なら、自由に工事なり開発も可能である。

 この時代で開発が難しいのは、例えばある川を治水するとして、ある地域はその大名の直轄地だから工事がスムーズに進む。

 だが、ある地域は領主が外部の人夫達を受け入れるのを嫌がる、立ち退きを要求しないといけないのだが、その土地に利権がある地侍などが抵抗する。


 自分の生活に直結するので、場合によっては武力をもって対抗する。

 このような事例が珍しくないので、効率的な開発が困難であった。


 伊勢志摩に関しては、新地家が強引に地侍を銭侍にして領地を奪っている。

 彼らは例外なく、元の領地と新地に屋敷を得て、あとはある程度の農地を家で雇った家人などに任せているだけだ。


 だから、計画的に開発が進んで地元の領民達に支持され、それが新地家の支配力を強化するという構図になっていた。


「彼らは、六角氏の紐付きなのですがね」


 山田郡以外の伊賀開発が進まないのは、郷士達の身勝手な要求を聞きたくないからだし、六角氏との裁定で新地家が手を出せないからだ。


 ところが光輝の予想外だったのは、彼らが銭侍になっても構わないと言い始めた事にある。

 先に銭侍になった旧山田郡の地侍達が主に諜報任務などで重用されるようになり、銭で禄をもらっていい生活をするようになった。

 元の屋敷がある山田郡と、新しく屋敷をもらった新地とを往復する生活になったのだが、見てすぐにわかるほど着る物や持っている物が良くなっていて、他の郡にいる地侍達が羨ましくなったらしい。


「交易はしているのですが……」


 山田郡は伊勢との街道が整備され、現地の産業も米は伊勢から購入すればいいと、凶作に備えて蕎麦や稗の栽培を行い、あとは林業と商品作物の栽培に傾倒するようになった。

 他にも、新地家警備隊の駐屯地ができ、山岳での訓練で滞在する兵士達が買い物などで金を落とすようになって金回りがよくなっている。


「結果、山田郡だけが伊賀で一番富裕になったかもしれません」


 この結果に、伊賀の他三郡の郷士達は色めき立った。

 中には、早速新地家への恭順を表明する者が現れたというわけだ。


「ただ裁定の件があって、受け入れるわけにもいかないのですよ。六角家を刺激しますから」


 長年影響力を及ぼしてきた伊賀が、自分の手から零れ落ちるのだ。

 気分がいいはずがない。

 それに、影響力が皆無とはいえ守護の仁木氏が健在なのだ。

 彼らを救援するためだという名目で、六角家が軍を出す可能性があった。


「将軍弑逆の影響に、二年前の観音寺騒動の後遺症もあって、六角家が兵を出しても限定的とは思いますが……」


「南近江か……」


 六角氏の本拠だが、ここは比叡山の寺領も多く、色々と面倒な場所であった。

 ここも、安易に手を出してはいけない土地である。


「殿、伊賀三郡をいかがですか?」


「いらん、ミツにやる」


 伊賀切り取りの許可と思えば豪勢な話であったが、信長が経営が難しい伊賀を光輝に押し付けたとも言える。


「あくまでも切り取りの許可で、出兵はしないし……」


 と思った光輝であったが、世の中そんなに甘くない。


「新地様、我ら新地様の旗を仰ぐ覚悟を決めました」


 永禄八年の収穫後、伊賀の郷士達の大半が衰退する六角氏を見捨て、新地家へと降った。

 光輝も色々と思わないでもないが、受け入れざるを得ない。

 最悪な事に、彼らは新地家の銭侍になる条件を呑んだ。

 断ったら『条件が合わないので残念でした』と言って拒否してやろうと思ったのに、現実は光輝の希望を簡単に打ち砕いた。


「みなの忠誠に期待する……」


 山中に住まう彼らには、諜報や破壊工作などの特殊技能がある。

 それを銭で雇えれば得だし、彼らも地元伊賀の開発を新地家が行ってくれるという利点を理解している。

 自分達と同じ技能を持つ南近江甲賀郡の郷士達への対処もあり、新地家は自分達の技能を高く買ってくれると判断したわけだ。


「伊賀は、そう簡単にプラスにはならないだろうな……」


 それでも、金はある新地家によって伊賀の開発は進み、伊勢との交通の便がよくなって以前よりは圧倒的に利便性が増すのであった。

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