怨霊だけど、恋をした。
むかしむかし、でもなく現代の今日この頃。
とあることろに魔の交差点というものがありまして、
つまりは事故の起きやすい場所でして、
事故は幽霊の仕業だとかいう噂もありまして、
私はそんな場所にいる幽霊だったりします。
うん、いいかよく聞いて。私は別になりたくてこうなった訳じゃないのだ。
幽霊になりたいとかこれっぽっちも思ってなかったし、
ていうか自分がその日、事故に遭うって分かってたら
雨の日に白いワンピース着て、ずぶ濡れで自転車漕いだりしてなかったし
明日切りに行こうと思ってた長い黒髪もばっさり切ってただろうし
つまり今現在、幽霊になってる私は
白いワンピースに血がべっとり付いてて髪が長くて水が滴ってるという
それはもうホラー映画みたいなノリの幽霊になってるけど、そんな予定なかったわけで。
本当によく聞け。今日び、かわゆい服着た幽霊とかそこら辺うろうろしてるし
ゆるふわな髪の毛だけど怨霊です! とか宣言してる幽霊もいるし
つまり私みたいな、昔ながらっぽい幽霊は本当に珍しいし
ていうか私とか平成生まれなんですけど何でこんな昔ながらの怨霊になったし。
いつしかこの交差点は誰も通らなくなった。
幽霊が、生きてる人間をあちらの世界に引き寄せようとしてる。そんな噂のせいらしい。
ついでに言うと私の姿は認知しやすいらしく、見えた人間は叫んだり腰を抜かしたりする。
吠えまくる犬ですら黙ってどこかに行ってしまう。
いやあのね、私どんだけ酷い形相してるのか知らないけど
そんな、向こうの世界に誰かを引き寄せる力なんて持ってないし
そもそも私が事故に遭う前から、この交差点は事故が多発してましたし
ていうかあの世に逝けるなら、私自身とっくの昔に成仏してるって。
うん、なんでかな。
交差点のすぐそばにある電柱に、私の足は鎖で結びつけられている。
どれだけ頑張っても鎖はほどけない。だからどこにも行けない。
つまりは地縛霊というやつだ。
いやそりゃあさ、この鎖さえなければ色んなところに行ってるよ私だって。
自分が死んだ場所に居続ける意味分かんないし。
今日も誰も通らない。
犬も怖がって、マーキングにすら来ない。
うん、まあね。
ちょっと寂しい、けど、さ。
そんなある日、この小さな交差点に、一人の若者がやってきました。
すんげえイケメン。すんげえイケメン。大事だから二回言った。
ちょっとたれ目で、あんまり濃い顔じゃなくて、肌は綺麗だし髪さらさらだし。
恋した。一瞬で恋した。
なぜか毎日ここを通る彼、イケメンすぎる。
しかも、私の方チラ見する。
明らか見えてるよね私の事。ばれてるよね私の正体。それでも毎日来る。
やばいどうしようこの人天然なのかもしれない可愛すぎるどうしよう恋した。
好かれたい。世間一般的に見れば怨霊かもしれないけど、あの人に好かれたい。
ちょっとこのバサバサの髪をどうにかしたい。でも櫛とか持ってない。
手でどうにかするしかないけど、からまってるから超痛い。
お化粧し直したい。もうすぐ家だしもういいやって、雨の日にドロドロの顔してた自分を殴りたい。
お洋服も洗いたい。血が取れない。お願いしますから誰か漂白剤持ってきてお供えして。
すね毛一本だけ処理し損ねてるのもやたら気になる。あの人からは見えないかもだけど超気になる。
そういえば、なんで私は裸足だし。ああそうか事故った時にサンダル脱げたんだわ恥ずかしい。
足に鎖が絡まってるせいでデートにも行けないけどそれ以前の問題じゃない。
どうしようどうしよう、嫌われたらどうしよう。二度とここを通らなくなったらどうしよう。
でも今日もチラ見されてるし。嫌われてないのかな、怖がられてないかな。
声をかけたら迷惑かな。嫌われるかな。でもでもちょっとでも近づきたい。
「あの、あの! 私とお友達になってくださいぃぃぎいぃぃい!!」
「うんいいよ」
軽いいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
そんなこんなで、動けない私のために、
彼は毎日電柱のそばまでやって来てくれるようになって、
私が生きてた頃の他愛もない話とかして、何で死んじゃったのかも軽く説明した。
雨の日は傘を持ってきてくれて、一つの傘に二人で入ってみたりして。
「もう真冬だけどさ、ワンピ一枚で寒くない? だいじょぶ?」
白い息を吐く彼。うん、あの。やっぱすごく好き。
「ところで、そのワンピースってすっげー独特の模様だよねー」
なんでこんな天然なの大好き。
けれど彼は日に日にやつれて、
スレンダーだった身体は骨みたいになってるし、顔は青白いし。
大丈夫だよって笑ってるけどきっと嘘だ。
しかもその理由を、私は知ってる。
――知らない、気付いてないふりをした。会えなくなるのが寂しかったから。
彼の事がすごく好き。だからこそ、私は離れるべきだった。
なんだかんだ言っても、私は怨霊だったんだ。
私にそのつもりはなくても、影響を及ぼしてしまうのなら。
「――あの、」
「なに?」
「私がもしも成仏して、生まれ変わったら、そしたら」
付き合って、とか。言えない。から。
「……そしたら、またこうしてお話して下さい」
「うんいいよ約束する」
やっぱ軽いけど、それでよかった。
それくらい軽くしてくれないと、泣いてしまうから。
軽すぎるって言われるかもしれないけど、私はこの人を好きになって、本当に幸せだった。
次の瞬間足の鎖は外れ、私の魂は天に昇り、生まれ変わって、
「ワオーン!! ワンワン!! ワン!!」
なんで犬になったし。
喋れない。せっかくまたお話して下さいって約束したのに喋れない。
神様の馬鹿。意地悪。ドS。
しかも、どうやって彼を探せばいいのか分からない。どうすればいいんだろう。
私ってばまだまだ仔犬だし、室内飼いで動けないし、ついでに言うと兄弟たちがうるさいし。
そうこうしてるうちに、里親になりたいという人が下見にやってきた。
ゲージの中を覗き込んで、
「――あ」
笑う。知ってる、その顔。
「俺この子がいい」
「え? ああ、その犬か。毛色はちょっと変わってるし、なんでかちょっと怖い顔してるけど、性格は温和だと思うよ」
「うん知ってる」
私の身体を片手でひょいっとつまみ上げ、私の大好きな人は言う。
「久しぶり。相変わらず独特の模様してんなー」
鎖の代わりのように首輪から伸びているリードは
電柱ではなくて、彼と繋がっている。
お喋りは出来ないけれど、彼と一緒に歩けるから、
こういうのもありかなって、そう思った。