チュートリアル
白い光が収まり、視界が開放される。すると同時に違和感を覚える。視界がおかしいのだ
暗い空間にイスを置き、それを囲む様に幾つものモニターを置いたような場所に、自分はいた。モニターは後ろにも、横にも足元にもある。左右に一つずつハンドルが二つ、肘掛け部分についている。足元にもペダルがある。恐らく、手元のハンドルは砲塔の旋回と砲の昇降、足元のペダルは前進や後進、旋回だろう。左右のハンドルの握り部分の頂点には、それぞれスイッチが複数ある。恐らく主砲や機銃、その他諸々を起動させたりする装置だろう。
また、体の感覚もおかしい。体が人の形をしていない感じがする。このイスと合体し、戦車直接操縦している・・・いや、今自分は、戦車なのだ。体が戦車になっているんだ。手元のこれらは飾りでは無いが、飾りの様なもの。雰囲気を楽しむ為だけのものだ。これらを使わずとも、自分はこの戦車を意のままに操縦できるだろう。動かし方さえ判れば、だが。
しかし見づらいな。モニターは恐らく、戦車の内部から外を見る為の部分から見えている景色を映しているのだろう。草原の景色が映っている。
広間にいる。周りに森や木は無い。足首程度の草が生い茂る、何処までも続く草原の景色だ。自分のいる場所だけ地肌がむき出しだが、それ程差異は無いだろう。
そんな開放感満点の景色だが、モニター一つ一つが小さく、尚且つ仕切られている為、とても開放感があるとは言えない。息苦しく感じる程だ。
如何にかできないものか。動かそうにもやり方が判らない。困った。
『もしもーし、聞こえていますかー?』
声、あの妖精の声だ。しかし視界には移らない。死角にいるのだろうか。車体を動かして死角を伺ってみたいが、生憎とまだ動かし方がわからない。これから教えてくれるのだろうか。
『えぇっと、何ていうんだろう・・・ハッチ!ハッチを開けてください!』
いや、開けろと言われても開け方が判らないんだが。
『あっ、いきなりじゃ分かりませんよね。えーっと、動かしたい部分、今回の場合はハッチを開けるイメージをしてください!』
成程、意識すればいいのだな?物は試しだ、取り合えず試行錯誤してみよう。ハッチ・・・恐らくキューポラの事だろう。キューポラの中央にあるハッチを想像する。それを想像の中で押し上げる。
頭上で金属が擦れる音が聞こえると、突如光が溢れ視界が真っ白になる。ぐっ、目がやられた。いきなり強い光はやめてくれ…。視界が回復するまで目を瞑り暫し待つ。よし、焼き付きも薄れてきた。そろそろ開けても大丈夫だろう。
目を開けると、小さく区切られた息苦しい視界ではなく、普段の開放的な視界が広がっていた。視点の位置が移動したようで、キューポラ、分かり易く表現すると車の天板から肩から上を外に出した程度の高さだろうか。手元には変らずハンドルとペダルがあるが、確りと砲塔の天板が見える。視点が車内から車外になった為、モニターを仲介する視界ではなく目で目視する視界に変化したのだ。
『あ、出来ましたね!そんな感じです!人と違う形の体はそのようにイメージする事で動かす事が出来ます。また、人型以外の体は操作がとても難しいので、ハンドルやペダル、モニター等でイメージの補助を活用してくださいね』
(成程、そういう・・・て、声が出ていない?)
『はい、戦車には声帯なんて無いですからね。無線機は車内ですし』
(じゃあ何故君は聞こえているんだ?)
『聞こえていないとお仕事が出来ないからです!』
(成程。聞こえなかったら死活問題だからな)
『そういう事です』
妖精の声を聞きながらも、体を動かそうと試行錯誤する。手元のハンドルに意識を向け、回すイメージをする。すると、ぎこちないが、ゆっくりと砲塔が右へ左へ旋回した。
おぉ、この初めての感覚。今、自分は戦車を操縦、いや、戦車に成っているのだ!
『おぉ、そんな感じです。その調子で攻撃まで行きましょう!』
言うが速いか、自分の前に一体の案山子が出現する。あれを撃てという事か。
先程と同様に、ハンドルを回すイメージをする事により砲塔を旋回させる。目標は目の前、仰角の調整はしない。
二号戦車の主砲である2cm kwk 30機関砲は、砲塔の左側に搭載されている。その為、弾は狙った場所の左側に着弾する。目標との距離が離れていれば気にならないが、今回の目標である案山子とは距離が近い。その為、気持ちやや右側を狙う。
視点は変らないのに、脳裏に照準器、スコープを覗いている様な視界が浮かぶ。これがVRで戦車を一人運用する弊害か。混乱してくるが・・・慣れるしかないな。
引き金を絞るイメージ。自分の中で発砲と言えばやはり拳銃や小銃の引き金だった。本当はペダルとかなのだが、これが明確で判り易い。
引き金が絞られるイメージに合わせて、自分の体が動く感覚を感じた。撃鉄が信管を叩き、短時間で数発の銃弾を吐き出す。
金属で出来た銃弾は、爆発の力で無理矢理音速の世界へ招待され、目標である案山子へ突き進む。撃たれた砲弾は3つ。それぞれ少々ずれた箇所を貫き、反対側の地面へと吸い込まれていった。地面へ突き刺さり、土煙が立ち上る。
案山子と地面には、小さいが、確かに三つの穴と、銃弾が刻まれていた。
『おぉ!凄いです!初めから上手くいきました!初めての方はここで苦労するんですけどねぇ・・・』
・・・。
『こんなに早く人が体外のボディに馴染むのは本当に凄いんです!』
・・・・・・。
『・・・あの、もしもし?』
(あ・・・すまん、放心していた)
『あぁ、あれですね、感動していたんでしょう?初めての感覚ですからねぇ。仕方ないですよ!』
(あぁ・・・)
これが、発砲・・・。
あれが、砲声・・・。
・・・。
・・・・・・。
・・・おぉ・・・。
(おぉおお!!)
これはいい!とても良い!あれが砲撃か!あの砲声、あの反動、あの煌き、あの香りが!
(素晴らしい!とても素晴らしい!)
『ですよね!初めての感覚って良いですよね!』
(次だ!次は動いてみたい!)
エンジンを起動させる。シリンダー内で燃料が爆発し、押し出されたピストンがクランクシャフトを回転させる。回転エネルギーを変速機で減速させ、トルクを生み出し、機動輪へ伝え、履帯を稼動させる。
簡単に言うとエンジンに火を入れて足回りを動かした。ただそれだけ。だが、それだけでも自分は楽しくなった。
自分の中で何かが動くのを感じる。いや、それの正体は判っている。自分の心臓、エンジンの鼓動だ。毎分2600回転の、140馬力の非力な鼓動。でも、自分には、それがとても心強く、暖かく、優しく感じる鼓動であった。
自分の心臓が産み出した力は、軽い自分、二号戦車を力強く前へ押し出す。その速度は速く、地肌むき出しの地面から草が生い茂る草原へ直ぐに移動してしまう。
そのまま直進するのはつまらない。左の履帯を止め、右側だけを回転させる。すると右側だけ力がかかる為、左回転し始める。丁度180度の地点で左の履帯を再度回転させ、直進に移る。草むらから地肌むき出しの場所に戻り、停車する。鼓動の回転速度が落ちたが、依然その存在を感じる。自分には今、機械仕掛けの心臓があるのだ!
『凄いです凄いです!こんな短い間でよく出来ますねぇ!』
(これはいいなぁ!とても楽しい!)
一つ一つの動作がとても楽しいのだ!心臓の音が。己の足が出す鉄の軋む音が。細分化したらもっとある。
空気と燃料が混ざった混合気の心地よい香り。シリンダー内の爆発の振動と熱。排気ガスの温度。クランクシャフトの回転。歯車が噛み合う感触と、潤滑油の滑り気。鉄の板が擦れ合う事で発生する甲高い音。サスペンションの撓む感触。履帯越しに踏み締める大地の踏み心地。鉄の軋む音と臭い。そして、砲身から立ち上る硝煙の匂い。
これらを楽しめるのだ。楽しくない筈がない。しかも、ゲームを進めていけばこの体は更に成長し、より強い戦車へと姿形を変えるのだ。既に楽しいのにこれ以上楽しんで良いのだろうか、と思えてしまう程、自分は現状を楽しんでいる!
気づけばハンドルやペダル、モニター、イスは無くなっていた。あった時よりも体に違和感がない。つまり、あれらの補助が必要ない程、自分は戦車に馴染んでしまっていた。自分の体は、完全に戦車になったのだ。
『さて、大体のアクションは出来る様になりましたね。そんな感じで、その戦車な体を意識してくださいね!』
(あぁ、了解した)
『大体のスキルもその様に強く意識する事で使用できます。貴方の例ですと目星とかですね』
(ほう・・・)
おぉ、視界に大量のウィンドウが。何々?草、石、土・・・そのまんまだな。まぁ、その通りか。
望遠は・・・おぉ、遠くが見える。これは索敵に便利だな。視界が双眼鏡の様に拡大された。レベルが上がれば倍率も上がるようだし、最終的には2km先も見える様になるだろうな。あの砲を上手く使うには、2km先が見えていないといけないからな。そのまま熱源探知を・・・ほぉ、こうなるのか・・・。視界が低温を示す緑と黄色で草原が染まり、高温の赤が少々、空と遠方は真っ黒になった。これが熱源探知か。これは便利だ。
(魔法はどうやればいい?)
『魔法は、他のスキルの様にまず意識します。するとウィンドウが現れる筈です』
あぁ、確かに現れた。どうすれば良い?
『自分が求めている魔法をイメージしてください。明確なほど、上手く発動します。一度発動したら、そのウィンドウにその魔法が登録されます』
実際に試してみよう。手始めに熱を操作してみよう。エンジンを思い浮かべる。そのエンジンから、赤いもやもやしたものが出て行くイメージだ・・・、ん?何やら失敗した時に出そうな音が出たぞ。
『あ、失敗ですね。イメージ不足ではなく、単純にレベルが足りないようです』
じゃあ、一応イメージは正解なのか。レベルの問題はどうしようもない。次は・・・空気抵抗だ。砲身から飛び出た弾丸の正面空気を無くしていくイメージ・・・、ありゃ、これも失敗か。
何故だ?・・・空気を無くすというのが難しいのかもしれない。
ならば・・・そうだ!滑腔砲にしよう!砲身内のライフリングの影響を受けない様にする事で、エネルギーの消耗を抑える。魔法で砲身内を滑らせるのだ。これで弾速が向上し、貫徹能力の向上に繋がる筈だ。だが、砲弾は回転する事で安定している。遠心力を利用しているのだ。それが無くなったら不安定になり、弾道がぶれ、望んだ場所に飛ばなくなってしまう。そこで、砲身から出ると同時に魔法で新たに力を加えて砲弾を回転させる。これならエネルギーの消耗を抑えつつ、砲弾に回転を加えられる。
試してみよう。イメージは砲身の中で回転せずに飛び出す弾丸が、砲身の次に気体で構築した砲身に入るイメージ。その気体の砲身の中で回転を加える。・・・お、今回は成功した様だ。
『成功おめでとう御座います!どの様な魔法ですか?』
(砲弾を回転させない事でエネルギーの消耗を抑えつつ、魔法で砲弾に回転を加える魔法だ。これで貫徹力が上がる筈だ)
『お、おぉ・・・中々えげつない魔法ですね・・・ただ、魔法にはMPを使用します。この魔法は・・・そう連発は出来なさそうですね』
(そうなのか?)
『ウィンドウを見てください。そこのバーがありますよね?白と黒の。白が残りで、黒が消費分です』
ウィンドウを見てみる。成程、確かにこれは連続使用は出来ないな。
風魔法・??? □□□□□□□□■■
全体の・・・大体2割位か、いざという時に使うのがいいだろうな。ただ、この???はなんだろうか。
(この???は一体?)
『それは名前が未決定の時に出る表示です。ちゃんと変更出来ますのでご安心を』
(おぉ、それは良かった。どうせならカッコいい名前にしたいからな)
そうだな・・・マズルブースターにしよう。元ネタはMG42という機関銃の銃口部に取り付けられた物で、銃身の後退を補助する為の物だが、この魔法は正にマズル部分で回転を加える為、ぴったりの名前だろう。
ウィンドウの???がマズルブースターに変化したのを確認し、妖精に話しかける。
(他にやる事はあるか?)
『いえ、これチュートリアルを終了します。ですので、そろそろ本番と行きます』
(あい分かった。あっち側へ行くのだな?)
『そういう事です。ただ注意してください。貴方には声帯がありません。他人と会話するにはチャットを使用する必要があります』
(はぁ。チャットね)
『その為にはメニューを開く必要がありますが、貴方の場合は意識する事によって出します。手足がありませんからね』
それは仕方ないな。さて、試してみよう。
(”メニュー”)
おぉ、出てきた出てきた。
・ステータス
・インベントリ
・フレンド
・設定
・ヘルプ
・ログアウト
・掲示板
・GMコール
成程、如何にもなメニューだな。
(フレンドからやるのか?)
『そうなりますね。他の方法としては掲示板の利用とかもあります。お勧めはしませんが』
(そうだな、掲示板は最終手段としよう)
無駄なスレッドは建てたくないからね。
『最後にやってもらう事があります』
(なんだ?)
『名前です。な・ま・え・。後回しにしましたからね』
(あぁ。忘れていた)
再度出現するウィンドウ。それには点滅する縦線があった。検索欄の奴だな。ここに打ち込む訳だ。
名前か。既に決まっている。
(パンツァーにしてくれ)
パンツァー。ドイツ語のPanzerkampfwagenの前部分である。本来の意味は”装甲”だが、最近は”戦車”の意味で使われている。
自分は戦車である。それもドイツ製の。そんな自分にはぴったりな名前だろう。
『”パンツァー”ですね、はい、登録完了しました!では、Test World Onlineの世界へ飛ばします!準備は良いですか?』
あ、そうだ。
(ちょっと待ってくれ)
『何でしょうか?』
(一人プレイモードとか無いか?)
他プレイヤーに見られず、干渉されないモードとかあると嬉しいのだが。
『え、あるにはありますが・・・。それはまたどうしてでしょうか?』
(戦車が突然現れてみろ、絶対に何か起きる。他の理由としては、ある程度強くなってから観衆の前に出たい)
戦車だと絶対目立つ。そしてどうせ目立つならもっとカッコいい戦車に成長してから目立ちたい。何かしらのイベントで活躍したりしたりしてね。うん、ただ単純に目立ちたいから一人でやりたいだけである。
『成程、納得です。メニューの設定から選択できますよ』
(暫くは一人プレイだな・・・)
言われたとおりメニューから設定へ、”一人プレイ”にチェックを入れ、選択する。
”一人プレイ”状態でレベル上げ・・・それは楽しくないな。森の奥とか、補給やらで帰還しないといけないプレイヤーでは、探索し難い場所で解除して、レベルアップしよう。で、偶に遭遇するプレイヤーに情報を少しずつ持って帰ってもらう。全ては後に目立つ為に。フハハ。
他のプレイヤーは難しいだろうが、補給が要らない自分だったら何時間もレベルアップに時間を対や出来る。まったく、補給の要らない体というのは良いものだな。
『では、今度こそ、Test World Onlineへ行きます!楽しんできてください!』
(あぁ!)
さぁ、無限軌道の後を刻む世界は、どの様なものだろう。楽しみで仕方ない。