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こぼれ話 その3

1.ある日のアルフェミナ神殿


 アルフェミナ神殿の朝は早い。


「おはようございます」


 今日の厨房当番だという事で誰よりも早く起きたプリムラとジュディスが、入ってきた他の厨房当番に朝の挨拶をする。


「おはようございます。今日はエアリス様は?」


「何やら昨日から出掛けておられるようです。しばらくは戻ってこられないそうです」


「そうですか」


 プリムラからもたらされた情報に、思わずホッとした様子を見せる同僚の男性神官。アルフェミナ神殿では、油断するとエアリスが夏場でも日も昇らないような時間から朝食の仕込みを始める事があるため、厨房当番は油断できないのだ。


 一品程度ならまだいい。姫巫女といえども、エアリスも修行中の身だ。多少の特別扱いはするにせよ、修行の一環だといい張られてしまえば、調理をさせることを拒む事は出来ない。


 だが、エアリスの朝食の準備は、そんな生易しいものではない。百人以上いるアルフェミナ神殿の神官、司祭、及び見習いの食事、その全てを作り上げてしまうのだ。


 流石に一人でやる以上、そこまで凝ったものは作れない。椀に取り分けて終わりだとかオーブンに入れておけば勝手に焼き上がるとか、そういう一気に大量に作れるものに偏ってしまう。だが、それでも簡単なりに十分見栄えも味もバランスも良い朝食を仕上げてしまうのだ。


 これでは修行にならない。そのため、大神官をはじめとした幹部達が釘をさし窘めつつ、当番の人間が可能な限り早起きしてエアリスに手出しさせない、させても一品程度におさめさせる努力をしている。ある意味において、ものすごく過酷な修行をさせられているといえばいえなくもない。


「とりあえず、エアリス様が神殿におられないのでしたら、今日は落ち着いて料理が出来そうですね」


「ええ。ですが、それは手を抜いていいという訳ではありませんよ?」


 何とも緩い事を言い出す同僚に、とりあえず釘を刺しておくプリムラ。


「もちろんです。ただ、エアリス様がおられますと、油断すると私達の仕事が無くなってしまいますので、どうしても慌ただしくなってしまいまして……」


「まあ、分かるのですけどね……」


 同僚の言葉に苦笑するプリムラとジュディス。まだ十一歳だというのに、何年も修行しているはずの神官たちより手際がいいというのは勘弁してほしい。もしかしたら、そのプレッシャーに耐えて平常心で手際よく美味しいものを作れ、という修行なのか、と勘繰ってしまうこともある。


 もっとも、その修業は神官や司祭では無く、料理人の修業ではないかと思うのだが。


「お姉ちゃん、落ち着いて料理が出来ると言っても、それほど時間がある訳ではありません。手際よく行きましょう」


「そうですね」


 ジュディスに言われ、さっさと下ごしらえに入るプリムラ。エアリスというプレッシャーはあるものの、ダールから修行に来た姉妹にとっては、どれだけ頑張って早起きしても確実に先に起きて朝食の準備をすませている人間がいない事は、ありがたいことこの上ないのであった。








 アルフェミナ神殿の午前の修業は、農作業の時間だ。陳情などを受け付ける当番とウルスの各所にある分殿に出向く当番以外は、全員揃って農園に作業に向かうのがアルフェミナ神殿の伝統である。


「この区画のそばは収穫ですね」


「お姉ちゃん、まずは枝豆の確保です」


 いい感じに実ったそばの実を眺めながらのプリムラの言葉に、ジュディスが先にやらなければいけない作業を提示する。アルフェミナ神殿の農園では、エアリスが返り咲いてからは彼女の好物だという理由で様々な品種のそばを栽培しており、大体どの季節でもそばの実は収穫できるようになっている。


 また、そばを食べるのに必須だという事で、味噌や醤油を仕込むための大豆の栽培もしている。他の作物も色々と育てているが、目立つのはこの二種類であろう。


 とは言え、所詮はアマチュアの神官たち。農家が育てているほど見事に栽培が出来る訳ではなく、収穫量も品質も大したことはない。神殿の食事を支えるにはまったく足りていない事は言うまでも無く、あくまでも修行の一環である。


 もっとも、醤油と味噌は話が別で、素材こそ農家から買い入れてはいるが、神殿で消費する分ぐらいは十分に作れている。質はそれほど良くないのは農作物と同じだが、量が足りているだけはるかにましである。伊達に宏から直接指導を受けた訳ではないらしい。


「今日の夕食は、枝豆豆腐と新そばがメインになりそうですね」


「そば粉を作らないとですから、早く収穫作業を終わらせてしまいましょう、お姉ちゃん」


「ええ」


 ジュディスの言葉に頷き、せっせと収穫作業を進めていくプリムラ。他の神官たちも真剣に収穫作業に打ち込んでいる。こうやって額に汗して働くのは、実に気持ちがいい。


「今日の農作業は、これで終わりですね」


 収穫したそばを束ねて運び終え、一息ついてジュディスが確認する。穀物の類は収穫すれば終わり、とはいかない物が多い。宏をはじめとした農家の皆様の場合、この後の天日干しやら何やらの作業時間を大幅に減らす技を色々と持ち合わせているが、あくまでも神官である彼女達にはそういうスキルはない。出来ない以上は自然に任せてじっくりやるのが一番だ。


「次は、貯蔵庫のものを使ってそば粉作りです」


「美味しいおそばが食べられるといいですよね」


 他の神官はこれで解放されるが、厨房当番はまだ終わらない。午後の修業開始までに、昼食と夕食の準備をしなければいけないのだ。因みに、味噌や醤油の担当もこの時間帯は結構忙しい。


「食材に無礼にならないよう、全身全霊を持って調理しましょう」


 本日の厨房当番である大司祭が、厨房当番全員に厳しい顔でそう告げる。かつてはどれほど不味くて粗末な食事であろうと文句を言わずに食え、が修行スタンスだったアルフェミナ神殿だが、今は粗食は粗食なりにちゃんと美味しく食べる努力をするのが、食材に対する礼儀だという考え方に変わっている。


 言うまでもなくエアリスの影響だが、不味くて粗末なものを我慢して食べるよりも、質の悪い食材をちゃんと美味しく食べられるよう工夫する方が大変で、地味にそちらの方が修業になるという発見があったのも大きい。


「ジュディス。春菜さんやエアリス様のようにはいきませんが、食材が怒らないように出来うる限り手間をかけて作りますよ」


「もちろんです、お姉ちゃん!」


 誰だって、食事は不味いよりは美味い方がいい。一つ一つの食材に感謝しながら、少しでも無駄なく美味しく食べるためにかけられるだけの手間をかけて調理する神官たちであった。








 午後。夕食の仕込みまで終え、食材に感謝しつつ昼食を済ませた神官たちは、聖職者として重要な、儀式を主体とした修行に入る。


「ジュディスさん、魔力の波長が乱れています!」


 神官長に注意され、歯を食いしばって波長を合わせ直すジュディス。儀式と言っても色々あるが、大概は多少作法が違うだけで仕える神が違ってもやる事は同じ。なので、他所の神の神殿から修行に来ているノートン姉妹も、やる事は同じである。


「プリムラさん、こちらの補助をお願いします」


「分かりました」


 神官長の指示を受け、場所を移して魔力の波長を再調整するプリムラ。イグレオス神殿でとはいえ、ジュディスと違い正規の神官になっているプリムラ。作法が違う程度であれば特に問題なく対応してのける。


「波長が乱れています!」


「エアリス様がおられないからと言って、気を抜いているのではないでしょうね!?」


 あちらこちらで上位の神官たちの叱責の声が響き渡る。見た目よりはるかに過酷なこの修行、新たな見習いが神殿に来る限り、叱責の声が途切れる事はない。


 もっとも、神官たちの叱責よりもエアリスに心配そうに見られる方が精神的にくるらしく、彼女がいるのといないのとでは怒声の数が倍近く違うのだが。


「ジュディスさん!」


 妹が再び叱られるのを聞きながら、縁の下の力持ち的に乱れた魔力を整えるプリムラであった。








「今日も修行しましたね、お姉ちゃん」


「そうですね」


「最初、あの天国を知ってしまった私達がここの修業になじめるのか心配でしたが、何とかなるものですね」


「食事が美味しいものを作ってもいいのが助かります。粗食に文句を言うつもりはありませんが、やはり美味しい食事があるのとないのとでは環境に耐える力が変わってきますし」


 アルフェミナ神殿に来た当初を思い出しながら、しみじみと語り合うプリムラとジュディス。ベッドが硬くなったり使う石鹸の質がものすごく悪くなったりはしているが、元々はそれが当たり前だったのだと言い聞かせれば、精神的にはどうにかこうにか耐えられなくもなかった。というより、修業中の身の上で王侯貴族かというような住環境を与えられる事に比べれば、ちゃんと修行している実感が得られる分、精神的にははるかに楽だった。


 ダールの各神殿と違い、ウルスの神殿は大浴場完備なのも助かっている。毎日入浴する事の意味とその心地よさを知ってしまった姉妹にとっては、住環境のほとんどについては笑って耐えられる事ではあっても、風呂に入れなくなる事は食事と並んで耐えられない事だったのだ。


 もっとも、精神的にはともかく、肉体的にはまったく耐えられていない自覚はある。一カ月もあれば普通に慣れて寝付けるようになったと言っても、朝起きれば体がきしんでいるのは誤魔化しようのない事実。落差が大きすぎるため、この環境に身体が完全に馴染むまではまだまだ時間がかかるだろう。


「お姉ちゃん、明日も一杯修行しましょう」


「ええ」


 そんな妙なところで姉妹が充足感を得ていることなど誰も知らないまま、アルフェミナ神殿の一日は終わりを告げるのであった。








2.ある日のファーレーン王室


「あら、お兄様?」


「ちゃんと部屋にいてくれたか」


「ええ。今日は出かける予定はありませんでしたし」


 ある日の夜。わざわざレイオットが部屋を訪れた事に対し、エアリスが不思議そうな顔を……。


「また、食事を食べそびれたのですか?」


「ああ。出先でのあれこれが、思いのほか長引いてな」


 していなかった。


 実のところ、レイオットがエアリスの部屋を訪れるのは、それほど珍しい事ではない。かつて自分達の構い方が足りなくてエアリスの立場が悪くなった事を反省した、というのもあるが、目的は他にもある。それは何かというと……


「どれを召し上がります?」


「そうだな。どんぶりを使っていいのなら、今日は元祖鳥ガラにしておこうか」


 エアリスがこっそり貯蔵しているインスタントラーメン、それを分けてもらいに来るのである。この城で、インスタントラーメンを直接調達して貯蔵できる立場にある王族は、実のところエアリスだけだ。エレーナは城下町に出る許可がなかなか下りず、国王やレイオットはその立場上、自室に持ち込んで貯蔵できる食料品というのはほとんどない。


 辛うじて国王がとっておきの酒を隠し持つ事を黙認されている程度で、レイオットに至ってはいざという時の携行食をいくつか、危機管理の名目で確保することが許されている程度である。これから婿入りするアヴィンや恐らく次代の宰相になるであろうマークも立場は似たようなもので、持ち物にそれほど自由がきく立場ではない。


 エアリスが例外なのは、王族でありながら所属が神殿で半ば独立している事、アルフェミナのおかげで飲食物の危険が事前に分かる事、更にはレイオットとは違う方面での本人のカリスマ性により、この程度のわがままは許してもらえるからである。


 因みに、レイオットはエアリスの動向を完全に把握している訳ではない。巫女として、もしくは王女としての仕事で国を空けている時以外は、外泊すると言ってもアズマ工房か神殿、地底の娯楽施設のいずれかしかなく、何処に行くにしてもちゃんと関係者の許可を得てから行動しているのだが、多忙なレイオットは報告を受けていても全てを覚えている訳ではない。結局、公的な仕事以外での外泊は、あまりきっちり把握できていないのである。


「いい卵を確保していますので、それを落としましょうか?」


「ありがたい」


「では準備しますので、中でお待ちください」


 エアリスに先導され、彼女の部屋の奥にあるフローリングに絨毯を敷いてちゃぶ台を置いた一角に足を運ぶレイオット。


「レイオット、お前も食べそびれたのか?」


「父上もか……」


 肉うどんのラベルを剥がし、今から食べ始めようとしている国王の姿があった。靴を脱いでフローリングの上に上がり、ちゃぶ台の前に座りながら国王と話を始めるレイオット。


「あの一件以来、くだらぬ陳情は減ったのだがなあ……」


「今度は放置できない話でとられる時間が激増したからな……」


 カタリナの乱以降、腐敗した貴族の数は激減した。だが、その結果としての人手不足もあり、上層部の混乱はまだまだ続いている。それでも庶民の暮らしには一切影響が出ていないのだから、粛清を免れた人材はそれなり以上には優秀なのだろう。


 もっとも、今までは法の縛りがきつくてできなかった事が可能になったものも多く、羹に懲りてなますを吹きすぎた先代の制定した法が何処まで足を引っ張っていたかも、同時にかなりの度合いで表に出て来ているのだが。


「お兄様、お待たせしました」


「ああ、ありがとう」


 元祖鳥ガラに卵を落とし、軽く火を通したもやしを若干入れて蓋をした元祖インスタントラーメンがレイオットのもとに運ばれる。それに礼を言い、麺が柔らかくなるのを待つレイオット。人それぞれかたさの好みが分かれる元祖鳥ガラだが、レイオットは普通に一分ほどお湯に浸したぐらいが好みである。


「さて、そろそろか」


 国王が二口目を飲みこんだあたりで、レイオットが自身のラーメンに手をつける。いい感じにほぐれた麺をかき回し、卵を潰して適度に絡め、一口すする。しゃきしゃきとした歯ごたえのもやしと好みのかたさの麺がいい具合にマッチして、チープながらもほっとする味わいが口に広がる。


「……うまい」


「それは良かったです」


 レイオットの感想に微笑むエアリス。彼女は、インスタントラーメンを食べるときには若干の工夫をする事が多い。そのまま食べるのもいいが、工夫するのも美味しいからである。


 なので、国王が食べているカップうどんもそのまま湯を入れて出すのではなく、とろろ昆布を少し入れている。そっちの方が父親の好みでもあると知っているからだ。


「しかし、こんな時間に国王が娘の部屋で飯を食ってるなどと料理長に知られてしまうと、相当嘆かれそうではあるな」


「仕方ありませんわ、お父様。料理長の作るご飯はとても美味しくはありますが、今から彼に作っていただいたら日が変わってしまいますもの」


「彼らには、簡単なものでいいから早く用意してくれ、という要求は難しいからなあ……」


「それが料理長の立場ですから」


 王宮で料理をするというプライドからか、料理長は手間を省いた料理を作る事を嫌う。そもそも、彼の料理を食べる人間は、基本的に王族か貴族だ。そこらの庶民が口にするような、すぐに食べられる事を最上とするような雑な料理を出す訳にはいかない。そんな事をすれば、下手をすれば自分の首が飛ぶ。


 たとえ、まともな王族や貴族の大半が、一般の兵士や冒険者が野営の際に食べるような粗末というのもおこがましいもので食事を済ませた経験があり、それに関して文句を言うことなどないと知っていても、それとこれとは別問題だ。


「いっそ、兵舎の食堂で済ませても良かったのだが……」


「レイオット、兵舎には我々に夕食を出すような余力はなかろう。第一、この時間では料理人はとっくに帰っている」


 無茶を言い出すレイオットを、国王が窘める。実際問題、この時間に居る料理人は、料理長をはじめとした住み込みの人間が幾人かだけ。兵舎や騎士団寮の食堂は、通いの人間が料理をしている。それに、もし居た所で、人数が多くて戦争状態の、しかも良く食う人間が揃っていて毎日食材がカツカツになっている食堂において、急な割り込みで余分な人間に食事を出す余力はまずない。


 使用人の食堂にしても、あそこはある種の聖域だ。命令をすれば立ち入る事は出来るが、高貴なものがホイホイと入れてもらえる場所ではない。ましてや、そこで食事を作れというのは無理だろう。身分制度というのはそういうものである。


「あら?」


 レイオットと国王が益体も無い事を話しながら残りを平らげた所で、エアリスの部屋をノックする音が聞こえる。


「どなたでしょうか?」


 王族のはしたない食事を見ないふりをしてくれていた侍女が、取次に出る。


「エレーナよ。エアリスはまだ起きているかしら?」


「ええ。少々お待ちください」


 エレーナまでやってきた事で、なんとなく微妙な顔をしてしまう王家の皆様。この時間にエアリスの部屋に訪れる理由など、それほど多くはない。王妃たちやエレーナは、最近は甘やかしそこなったエアリスをかまいたがる傾向があるので、この時間に来る事も無くはない。無くはないのだが……。


「お姉様に、アヴィンお兄様、マークお兄様も?」


「お兄様とマークは、そこで一緒になったの」


 王子王女が勢ぞろいしてしまった事に、更に何とも言えない表情を浮かべるエアリス。エレーナはともかく、兄二人の目的は間違いなく夜食だろうと察してしまったからだ。


「今日はマーク達と夕食をとっていたんだけど、ね……」


「今日はどう言う訳か、やけにたくさんのオクトガルが押し掛けてきたんだ」


「それで、夕食をあげすぎてしまった、と……」


 アヴィンとマークの言葉で事情を察し、思わず苦笑するエアリス。わざわざここに押し掛けて夜食を食べるなど、余程の量を取られたに違いない。


「それで、何になさいます?」


「そうだな……。普通にカップめんで」


「僕の方は……、今日はそばにしておくか」


「分かりました。中でお待ちくださいな。お姉さまはどうなさいます?」


「そうね。今日は夕方はちょっと調子が悪くてあまり食べられなかったら、軽く何か食べておいた方がいいかもしれないわね」


 エレーナの言葉に頷くと、それぞれの要求に合わせたものを用意しに行く。


「なんだか、妙な状況で団欒になってしまっているわね……」


「これで母上達まで集まれば、赤子を除く王室がそろうことになるな」


「王室が揃って姫巫女の部屋でインスタントラーメンを食べてるとか、普通に考えたら凄い光景ね。しかも、冬場だったら、十中八九どてらを着てこたつに入っているでしょうし」


 エレーナの言葉にその絵面を思い浮かべて、かなり微妙な顔になる国王。王族だとふんぞり返るつもりはないが、流石にその絵面はどうかと思わざるを得ない。


 エアリスがわざわざ自分の部屋の一角をフローリングに改装し、絨毯を敷いてちゃぶ台を置いているのも、こたつを置くためである。本当は畳が良かったのだが、色々なところから待ったがかかったため、とりあえず靴を脱いでくつろげるスペースだけ作ったのだ。


「お待たせしました」


「すまないね」


「助かる」


 エアリスに用意してもらったカップめんとカップそばを受け取り、ありがたそうにすするアヴィンとマーク。そばの方にはワカメが追加で入っているが、カップめんにはこれと言って何かを追加してはいない。具の種類も量も意外と多いので、あまり手出しする要素が無かったらしい。


「お姉様もどうぞ」


「ありがとう」


 差し出されたハーフサイズの元祖鳥ガラを受け取り、礼を言うエレーナ。マグカップに入っているところがミソらしい。


「この部屋に厨房があれば、簡単な料理ぐらいはお出しできるのですが……」


「流石にそれは、姫巫女の仕事でも王女の仕事でもないだろう?」


「神殿では、普通にお料理していますよ?」


 エアリスの言葉に、小さく苦笑を浮かべる王家の皆様。何かあった時、恐らく最近まで末っ子だったエアリスが一番たくましく生きていくだろう。


「そう言えば、エアリスは何も食べないの?」


「私は、今日はちゃんと食事をしましたから」


 といいながら、お茶代わりに作ったみそ汁をすする。だし汁に味噌を適量溶いただけの具も何もない、まさに汁である。間違いなく、食べるでは無く飲むと表現すべきものだ。時間的に、これ以上食べるのはどうかと思ったようである。塩分については、元々神殿での食事が塩気が少なめな上に修業は割と肉体労働なので、具のないみそ汁を一杯程度余分に飲むぐらいなら特に問題ない。


 もっとも、それ以前に宏がエアリスに売っている味噌は減塩味噌なので、思われているほど塩分が高くない、というのもあるが。


「そう言えばエレーナ、最近は体調はどうだ?」


「良くも無し、悪くも無し、といったところかしら。少しは筋肉も体重も戻ってはいるけど、まだまだ油断すると食事をするのが厳しくなる時があるわね」


 器用に箸を使って麺を食べながら、近頃の体調や出来事など家族の会話に移るアヴィンとエレーナ。時折国王やレイオット、マークなども口を挟む。全員が下手な日本人より上手に箸を使うあたり、非常に微妙な光景ではある。


「……あら?」


 食事が終わった後もなんとなくまったり駄弁っていた王族一家。その部屋に、更に来客が訪れる。


「陛下、流石に自分だけ子供達を独占するのはずるいと思いますわ!」


「そうですよ。そうでなくても、エリザベス様は双子のお世話で家族と接する時間が少ないのですから!」


「わたくし達にも機会の平等を!」


 押しかけてきたのは、予想通りレグナス王の三人の妃であった。聞けば、双子と遊んでいたオクトガルからの告げ口があったとか。油断も隙もない謎生物である。


「エアリス、わたくしにもお味噌汁、いただけるかしら」


「分かりました、お母様」


「エアリスさん、良ければわたくしにもお願いします」


「わたくしにも」


「もちろんですわ」


 王妃たちの要求に応え、具のない味噌汁をお茶の代わりに用意する。


「この香り、この味、ほっとするわ……」


「やはり、この国の民はいつでも味噌汁を飲めるようにするべきですわ、陛下」


「味噌の生産量の問題とはいえ、これを一部の人間が独占するのはいけません」


 すっかり味噌汁に魅了されている王妃たちの言葉に、苦笑しながら頷くしかない国王。言われるまでも無く、味噌と醤油、及びその原料である大豆に関しては増産を奨励しているし、アズマ工房に協力してもらって、ノウハウの伝授も進めてはいる。だが、元々熟成加速などをしなければ作るのに半年はかかるもので、いくつかの店が商売に使っているものにしたところで、早い段階から宏に教わって作り始めていたものかフォレストジャイアントから安値で仕入れているものを使っているにすぎない。


 急ピッチで味噌蔵も醤油蔵も増えているとはいえ、失敗して腐ったものも少なくない事を考えると、庶民が普通の調味料として使えるようになるまであと数年、下手をすれば十年単位で時間がかかりそうだ。


 米にしても同じ事で、需要が供給を大幅に引き離している。それ以外にも、地味にオルテム村に依存している物品も少なくない。おかげで今年の作付量を大幅に増やさねばと少し前まで村は大忙しであったし、一部のエルフやゴブリンは作付指導などで、まだまだ多忙である。


「エリザベス、レドリックとエリーゼの様子はどうだ?」


「今のところ、健康にすくすくと育っていますよ。オクトガル達も良く遊んでくれていますし」


「母上。あいつらに子守を任せるのは、微妙に不安があるのだが……」


「子育てなんて、借りれる手は何でも借りるのが鉄則よ。レイオット、あなたも人の親になれば分かるわ」


 などと力強く断言するエリザベス妃。側室の二人も頷いている。


「エレーナ。あなたもいずれ子を産むときがくるでしょう。その時はわたくし達であろうがオクトガルであろうが、頼れる相手にはどんどん頼りなさい」


 母の言葉に、神妙に頷くエレーナ。こんな感じの王家の団欒は、アヴィンが婿入りし、エレーナが嫁いで出て行ってからも、レイオットが即位するまでそれなりの頻度で行われるのであった。

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