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第5話

「さて、どないしたもんか」


 朝食を食べながら春菜達の報告と鉱山組合側の進捗状況、双方を照らし合わせて思わず唸る宏。どちらもかなり微妙な状況になっていた。


「何か問題があるのか?」


 昨日渡された書類を見ながら唸っている宏を見て、食後のコーヒーを嗜んでいた達也が声をかける。なお、女性陣は昨日のダンジョンアタックで染み付いたガスのにおいが気になるらしく、朝食の準備を済ませてすぐに風呂に入り、まだ出て来ていない。


「鉱山組合の方、何ぞ候補地が絞り切れんそうやねん」


「そりゃまたどうしてだ?」


「地脈沿いの有望な土地が、大体住宅街とかにかかっとるんやと」


「なるほどなあ……」


 たとえ鉱山の町といえど、やはり住宅街の近くに製鉄所があるのは双方にとって嬉しくない。水や騒音の問題が常に付きまとうのだから、当然であろう。


「組合の権力でどうにかできねえのか?」


「出来る訳ないやん」


 鉱山の街である以上、クレストケイブの鉱山組合は発言力は強い。だが、それは無制限に権力を行使できる事を示してはいない。流石に先住者を追い出して土地を買い占めて、などという事は不可能だし、住民の声を無理やりねじふせて住宅街の中に溶鉱炉を作るのも難しい。


「地脈沿いにはまったく製鉄所の類はないのか?」


「無い訳やないんやけど、そっちはそっちで問題があってなあ」


「問題?」


「簡単な話や。組合の金で炉を作るんやから、誰のところの炉を壊して作るんや、っちゅうんでもめるねん」


「あ~……」


 宏の説明に、思いっきり納得した声を上げる達也。誰が考えても、もめない訳がない。


「まあ、組合の方の状況は分かったが、それとお前が頭抱えてる理由とはつながらねえぞ?」


「組合からな、どのあたりがええか、っちゅうんを指定してくれへんか、ってな」


「そいつはまた……。」


「正直、こういう問題に下手にくちばし突っ込みたあないから、どないしたろうかな、と」


 宏の大変よく分かる悩み事に、思わず一緒にうなってしまう達也。恐らく、口を挟まなくてもそのうちどうにかはするだろう。だが、そう考えて放置しておくと、この後どれだけ時間がかかるかが分かったものではない。そこがまた、悩ましいところである。


「で、拒否して兄貴らと一緒に調査に混ざる、っちゅうんも微妙やから、悩んどるんよ」


「あ~、確かになあ」


「正直、実質的にあの仕事って終わってるも同然やん?」


 達也達が受けた、アクアブレスの性能試験。これに関しては実質的に、既に依頼を終えていると考えても特にさしつかえはない。残りの一カ所が突破できるかどうかを確認していないのは事実だが、少なくとも二カ所は途中でもたつきさえしなければ余裕で突破できる事は証明できているのだ。元々の依頼が、アクアブレスが毒ガス対策として有効かどうかを確認する事なのだから、一カ所突破できていれば十分なのである。


 ダンジョンの広さがまだ未確定である現状、この先にどんな地形やトラップが待ち構えているかは分からない。もしかしたらアクアブレス一つでは足りない区画もあるかもしれない。そんな状況で、一カ所ぐらいちゃんと確認が終わっていなくても大差はない。春菜達がわざわざ確認しなくても、誰かが踏破すれば済む話である。


「アクアブレスやとあかん、っちゅうんやったら、直接覗いてよさげなアイテムも考えるんやけど、今んところは特に問題なさそうやしな」


「ああ。恐らく特に問題はないと思う」


「そういう状況やし、断る口実に使うんは厳しいかもなあ、っちゅうんがあってな」


「確かに悩ましいところだな」


 宏の現状に対する悩みを聞いて、深く納得する達也。もっとも、わざわざダンジョンに入る必要がない、というのは達也達にも言える事だ。何しろ、もう一カ所を調べたところで、特に報酬が増える訳でもない。


「そうだなあ。いっそ、俺達全員で地脈の方を見て回るか?」


「手伝ってくれるんはものすごいありがたいんやけど、ええん?」


「正直に言うと、また落盤トラップがあった場合、お前抜きだと戻ってくるのが面倒くさい」


「ああ、なるほど」


 落盤の面倒くささに言及され、思わず納得する宏。確かに、あれの処理はいろんな意味で面倒くさい。


「ほな、飯済ませたらちょっと回ってみよか」


「だったら、もう風呂から出てきたみたいだし、春菜達に声かけてくるわ」


「頼むわ」


 浴室の扉が開く音を聞き、達也がそう言って席を立つ。風呂上りの女などという危険物のところに、女性恐怖症の男を送り込むのは忍びなかったようだ。


「さて、どう言う風に見て回るかな?」


 微妙に内輪もめの原因になりそうな話をするのだ。迂闊に動けば碌な事にならない。達也が部屋から出ていくのを耳で確認しながら、地図を片手にルート決定に頭をひねる宏であった。








 鍛冶屋街は、いつになく不穏な空気が漂っていた。


「なんかこう、殺気立ってる感じがするんだけど……」


「せやなあ。なんかおかしい」


 やけに殺気立った空気を敏感に察した春菜の言葉に、顔をしかめながら同意する宏。達也や真琴、澪なども何処となく警戒し、さりげなくいつでも武器を構えられる態勢を取っている。普段の行動からいまいちそういうイメージはないが、こういう空気を敏感に察して対応するあたり、やはり彼らも一応は冒険者なのだろう。


「原因はあれやな……」


「そうだね……」


 怒鳴り合いの声が聞こえてくる方に足を進める事数分。鍛冶屋街のやや外れ、クレストケイブの中心街からも鉱山からも、そして街道からもやや離れたあたりで、宏達は騒動の中心となっているであろう人だかりを発見した。


 見たところその人だかりは大きく分けて二つの集団で構成されており、各々が一触即発の状態で怒鳴り合っているようだ。一方は間違いなくこの区画で仕事をしている職人たち。九割近くがドワーフで構成された、下手な軍隊より屈強な集団である。もう一方は性質の悪いチンピラの集団といった風情で、戦闘能力自体は兵士や冒険者と比べれば大したことはなさそうな感じだが、戦闘用の装備で完全武装していることに加えて素人特有の危なっかしさもあり、危険度としては決して軽視できない。


 チンピラを率いているのもドワーフのようだが、こちらは趣味の悪い派手な服装をしているところや、ドワーフとは思えないだらしない身体つきから、どうやら職人や戦闘関係の仕事をしている人間ではなさそうだ。はっきり言って、びっくりするほど分かりやすい種類の小悪党にしか見えない。


「さて、見た感じ、物凄いお約束くさい状況みたいやねんけど、どう思う?」


「聞いてみない事にははっきり言えねえが、少なくともあの小悪党っぽい奴が何らかの因縁をつけて来たんだろうな、ってのは分かる」


「見た目で判断するのはよろしくないけど、完全武装したチンピラ連れてきてる時点で正当性は疑わしいわよねえ」


 どうやら、外野としての印象は全員似たようなものらしい。むしろ、詳しい事情も聞かずに見た目だけで判断すれば、百人いれば九十人ぐらいは同じ判断をするだろう。それぐらい分かりやすく、何処から見ても悪役という感じの集団なのだ。


「師匠、何があったか聞いてみたら?」


「せやな。ここでまごまごしとってもしゃあ無いし」


 澪に促され、状況を確認するために顔見知りのドワーフを探す宏。殺気立ってる状況で知らない相手に声をかけると、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったものではないからだ。


「おっちゃん、おっちゃん。どないしたん?」


「ん? おう、お前さんか」


 宏に声をかけられ、今にも相手に飛びかかりそうだったドワーフの一人が、やや怒気を抑えて対応してくれる。鉱山組合でよく顔を合わせる、このあたりの顔役の一人だ。


「なんかえらい物騒な状況やけど、本気でどないしたん?」


「ああ。チンピラのガルゾが、カカシに言いがかりをつけて来てな。強制的に立ち退かせようとしやがったから、こうやって皆で抵抗してるんだよ」


 どうやら、見たままだったらしい。だが、こちらから見ればいいがかりでも、向こうからすれば正当な言い分なのかもしれない。まだまだ判断するには情報が足りない。


「言いがかりって、どんなん?」


「カカシが不良品つかませたって言いだしてな。法外な損害賠償請求をしてきやがったんだ」


「うわあ……」


「しかもどんなあくどい手口を使ったか、証文自体は公式の奴らしくてな」


「そらまた……」


 あまりに典型的なやり口に、思わず絶句する宏。やり口の頭の悪さもそうだが、それが通ってしまっている状況も頭が痛い。


「誰があの証文作ったかは知らんけど、明らかに鉱山組合に真っ向から喧嘩売っとるよなあ、それ……」


「おう。だから、この状況な訳だ」


 外野としても頭の痛い状況に、ため息を止められない宏。このドワーフの話以外にも聞こえてくる情報を総合すると、証文自体は公式のものでも、当事者であるカカシ氏が直接関わらない状況で話が進められている疑いが濃厚である。それが事実であるなら、異議を申し立てれば確実に効力を失い、再調査となる。ちょっと前のファーレーンほどガチガチに法で固められている訳ではないが、フォーレもそれなりにちゃんと法整備はされているのである。


 もっとも、だからこそ既成事実を作って一気に話を進めようと、こんな頭の悪い暴力的な手段に訴えたのだろうが。


「まあ、大体話は分かったわ。で、そのカカシ氏の腕って、どんなもんなん?」


「見た目こそドワーフのくせにひょろ長くて頼りないが、腕が悪いって事はねえよ。見た目通り体力も魔力もドワーフの職人としては驚くほど貧弱で、そのせいで魔鉄の精錬とかは出来ねえんだが、その分、あいつが作る鉄器は目を見張るほどの品でな。技量的にも作れる数的にも、百個単位の不良品なんて絶対つかませたりしねえんだよ」


「あ~、なるほどなあ」


 実に分かりやすい背景に、本気で頭を抱えたくなる宏。恐らくカカシ氏の工房であろう建物を見る限り、規模としてはかなり小さい。この規模だと基本現金引き換えで商品を納入するから、まず取引記録など残っていないであろう。この世界の税制は、商人にはともかく職人にはかなり甘いというかアバウトで、個人でやっているような規模の工房だと売り上げや収入に関係なく、毎年登録料金いくら、というのが税金代わりになっている事が多い。なので、取引記録などつけていない工房が多く、つけていても公的な証拠として扱ってもらえるかというと微妙なところである。


「ガルゾの野郎はいろいろ前科があるから、とにかく警備隊や鉱山組合が介入すりゃ確実に勝てるんだが、その前科でいろいろ余計な事ばかり覚えたみたいでなあ……」


「何ともまあ、面倒な事や」


 ドワーフの言葉に、もう一度深々とため息をつきながら相槌を打つ宏。はっきり言ってしまうと、宏達が介入するような事柄ではない。宏達はあくまで他所者だし、鉱山組合に所属している訳でもない。それに、こう言っては何だが、この程度の騒ぎはある程度の規模の街ならどこでも起こっている事である。それらすべてに関わっていたら、体がいくつあっても足りない。


 だが、このままだと仕事が進まない。しかも厄介なことに、宏は気が付いてしまったのだ。カカシ氏の工房は、丁度二つの地脈が交わったポイントの真上に立っているという事実に。どうせこの一件でケチがついてしまったのだし、カカシ氏もこの後仕事を続けるのは辛かろう。ならば、ここに試作炉を作り、場合によってはアズマ工房のクレストケイブ出張所にするのもありだ。


「春菜さん、澪、ちょっと頼みたい事があるんやけど」


「何?」


「簡単なお使いや。役人と鉱山組合の組合長、ここまで連れて来てくれへん?」


「了解。澪ちゃん、行こ」


「ん」


 宏の指示を聞き、即座に転移魔法を発動させる春菜。なお、わざわざ澪を連れていく理由は簡単で、春菜は鉱山組合の組合長とは面識がないからだ。面識がないという条件は同じなので、同じように転移魔法が使える達也が行っても良かったのだが、色々あって春菜のほうが役人には顔がきく。それに、状況がこじれて暴発した際、春菜だと眠りの魔法のような広域状態異常で対応する事になるが、達也だったら普通に防御結界を張って両者を隔離すればいいので、暴力行為という認定を受けにくいというメリットもある。


 そうやって、適材適所という感じで役割を割り振ってから、第三者的立場で状況の推移を見守る宏達三人。宏に状況を説明したドワーフは春菜と澪が組合長や役人を呼びに行った事を知り、暴発を防ぐために双方を牽制する方向で行動を開始する。


 そしてほどなく


「双方とも、静まらんか!!」


 鉱山組合の長と警備隊の総隊長、そして役所の商業部門の長が春菜と澪に連れられて現場に到着した。


「市民から通報があった。ガルゾ・モーネ。威力業務妨害の容疑で、協力者ともども詰所のほうまで来てもらおうか」


「儂は正当な権利を行使しておるだけだ!!」


「それも含めて、詰所の方で調べる」


 そう言って、ガルゾの手を取ろうとする総隊長。当然のごとく抵抗するガルゾ。その一撃が顔面を捕らえた、正確には総隊長がわざと殴らせた所で、援軍として声をかけてあった警備隊の隊員が到着する。


「暴行が成立だな。総員、ひっ捕らえよ!!」


 警備隊長の掛け声に応じ、ガルゾ一味を次々に拘束して行く警備隊員。チンピラ達も当然抵抗し、その刃が何人かの隊員を捕らえはしたのだが……。


「ご協力、感謝する」


「こういう時のために準備してたからな」


 達也が張った結界魔法に全て弾かれ、負傷者は出ていない。


「儂は無実だ! これは陰謀だ! そこのカカシに嵌められただけだ!!」


「形はどうあれ、先に暴力をふるったのは貴様らだ。バッソ氏に対する損害賠償請求と本件はまた別件になる。話は全て、詰所で聞こう」


 いまだに見苦しくわめきながら抵抗を続けるガルゾを引きずり、粛々と一番近くの詰所まで引き上げていく総隊長。その明らかに後ろ暗いところがありそうな様子に、残された者が全員で呆れた視線を向ける。


「そういや、バッソって誰や?」


「カカシの本名だよ。ゼオ・バッソってのがカカシの本名だ。まあ、公の場以外じゃ、誰も本名で呼ばねえんだがな。因みにあいつがカカシだ」


 そう言ってドワーフが示した人物は、確かにドワーフ族の基準から言えばカカシと呼んだ方が正しいであろう外見をしていた。百八十センチほどの本当にドワーフかと疑わしくなるほどの身長と、筋肉も脂肪もほとんど存在していなさそうな細い身体。ヒューマン種の基準では宏より美形に見える顔立ち。髭が似合わない事も含めて、確かにカカシというあだ名はそれほど外れてはいない感じである。


「さて、ようやく落ち着いて話を進められる訳じゃが」


「おいらのせいで、お騒がせしました……」


「いやいや。あやつに関しては他にもいろいろあるからの。今回の件は渡りに船じゃてな。まあ、まだ話は終わっておらんから、ちょっとばかりお主も詰所まで付き合って欲しいんじゃが」


「は、はいっ! 分かりました!!」


 あまりに大きくなってしまった騒ぎに、ひたすら恐縮しまくるカカシ。そんな彼をなだめながらも、まだ話が終わっていない事を告げる組合長。その様子に、更にため息を漏らす宏。


「こら、今日は話進められへんな」


「そうじゃのう。お主には重ね重ね迷惑をかけるが……」


「いやいや。今回はしゃあないですって。ただ、あの手合いは無駄に執念深いし、余計なことさせへんためにもここを組合の新型溶鉱炉試験所にしてまいたいんやけど、どないです?」


「ここでいいのか?」


「ここ、丁度二つの地脈が交差しとるんですわ。せやから、一番条件がいい場合、っちゅうんを実験できる思うんです」


 宏の申し出に、なるほど、とばかりに頷く組合長。実のところ、まだそれほどちゃんと地脈の調査は出来ていなかったのだ。


「それに、バッソさん、やっけ?」


「カカシでいいっす」


「ほな、カカシさんで。カカシさん、話聞いてる感じやと腕はええけど魔力が足らんタイプみたいやし、そういう意味でも丁度ええ、思うんですわ」


 魔力が足りないと丁度いい、という話に、思わず首をかしげるカカシ。ドワーフの平均に大きく届かぬ自身の魔力は、彼にとっては大きなコンプレックスだった。それがちょうどいいというのはどう言う事なのか。


「何。新型の溶鉱炉はな、地脈から魔力を汲み上げるシステムを組みこむそうでな。魔力が足らんでも魔鉄の精製が出来るらしいんじゃ」


「それを実験するんに、魔鉄の精製が出来そうなぐらいの腕があって、魔力が足りてへん人間っちゅうんが欲しかったんですわ」


「それがおいら、って事ですか?」


「そうそう。そういう訳やから、カカシさんの工房を組合で買い上げて、新型溶鉱炉の設置をやりたいんですけど構わんですか?」


 宏にそう聞かれ、反射的に頷いてしまうカカシ。頷いてから、自分に持ちかけられた話がとんでもない事に気が付く。


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


「ん? 何ぞ問題ですか?」


「おいらの工房にそんな大それた改造するって、正気っすか!?」


「どうせ誰かの工房を買い上げんとあかんので、誰の工房でも問題あらしません」


「いや、そうじゃなくて、おいらのみすぼらしい工房じゃなくて、ちゃんとしたところの親方に話を持ちかけた方がいいんじゃないかって話っす!」


 カカシの指摘を受け、周囲のドワーフ達に視線を向ける宏。宏に視線を向けられて、親指を立てて頷く親方衆。どうやら、全く問題はないようだ。


「親方衆は納得しとるみたいですけど?」


 親方衆の反応を見て、頭を抱えるカカシ。


「工房を提供するのは構わないっすが、その場合おいらはどう言う立場になるっすか?」


「工房主という立場から雇われ職人に代わるだけで、これといって今までと何かが変わる訳ではないぞ?」


「まあ、身の安全の事とか考えたら、うちで雇われてファーレーンに来てもらう、っちゅう選択肢もありますけど」


「ファーレーン? ってか、お兄さんってどう言う立場なんっすか?」


「ファーレーンでアズマ工房、っちゅう工房やっとるんですよ。最近新型の炉を作ったんやけど、今おる職員はまだ鍛冶とか精錬とかに手はつけてへんから、新旧どっちの炉も完全に遊んどって」


 アズマ工房、という名前を聞いた瞬間、ドワーフ達の動きが止まる。


「おや? その反応、うちの工房って地味に有名?」


「色々と噂は聞こえてきてるっす。やたら高品質で効力の強い薬を卸してるとか、今まで見たことも無い調味料を量産してるとか」


「俺は質のいい小物や家具を作ってるって聞いたが?」


「ん? 大工や土木工事を請け負ってたんじゃないのか?」


 ドワーフ達が口々に言う断片的な情報に、思わず苦笑する宏。地味に、全部心当たりがある。


「しかし、鍛冶製品の話をまったく聞かなかったから、さすがに溶鉱炉まで持ってるとは思わなかったな」


「そら、自分の装備は自分で作らんとあかんから、溶鉱炉ぐらいは用意しますがな。因みにこれとかこれが自作の製品」


 そう言って宏達が見せた魔鉄製のポールアックスや刀、レイピアなどに思わず唸る職人一同。自分達の中で最も腕のいい武器職人でも、宏の作った武器ほどのものは作れないのだから当然だろう。


「なるほど。名声は伊達じゃない訳か」


「流石にフォーレにまで名前が知られとるとは思いませんでしたわ」


「まあ、ダールにまで出張所みてえなの作ってんだから、いい加減西部諸国にゃ名前ぐらい知られてるだろうよ」


 感心して見せるドワーフに苦笑しながら答えると、聞き役に徹していた達也がそんな風に突っ込みを入れる。


「で、私思うんだけど、そういう話は後にして、早く詰所に行った方がいいんじゃないかな?」


 話が思いっきり明後日の方向に行きそうになったところで、春菜が軌道修正に入る。春菜に指摘され、はっとした顔になる組合長とカカシ、役人の三人。


「そうじゃな、とっととあの愚か者を締め上げねばな」


「こんなやり方を許していては、この町ではまともな商売が出来なくなりますからな」


「というか、こんな異議を申し立てられて少し突っ込まれればすぐにぼろが出る方法が、本当にうまく行くと思っておったのか?」


「恐らく、異議を申し立てさせなければいいと思っていたのでしょうね。浅はかな話です」


 などと言い合いながら、カカシを伴って詰所の方に行こうとする組合長と役人。そこに、念のために声をかける宏。


「とりあえず、カカシさんの工房勝手に改造しとってかまへんですか?」


「もう、好きにしてくださいっす」


「了解。勝手にやっときますわ」


 カカシの投げやりな返事に実にいい笑顔を浮かべ、工房のチェックを始める宏。


「あのアホが好き放題やらかしたせいで、建物も結構破損しとるなあ。これは、改築も一緒にやってもうた方がええやろう」


「いいのかよ、そこまでやって……」


「好きにやってええって許可も出とるしな。っちゅう訳で、まずは中身運び出して解体や。兄貴、真琴さん、肉体労働手伝って」


「へいへい」


「分かったわよ……」


 ある程度この展開を予想していた達也と真琴が、呆れた表情を浮かべながら壊された入り口から中に入り、片付けも兼ねて中の工具や材料の類を運び出し始める。


「春菜さんと澪は溶鉱炉の解体補佐やな」


「はーい」


「了解」


 宏の指示を受け、工房の心臓とも言える溶鉱炉を解体しはじめる春菜と澪。日暮れ前に裁判の手続きまで済ませて戻ってきたカカシが目にしたものは、すっかり解体された溶鉱炉の残骸と、既に骨組が終わって屋根の工事に入っていた工房であった。








 三日後の朝。


「何で工房が完成してるんすか……」


「この程度の規模やと、ちょっとあれこれ凝っても三日あれば余裕やし」


 宏達に呼ばれ、組合本部にある下宿から工房まで出てきたカカシは、思わず唖然とした表情で硬直してしまった。


「いやいやいや。この程度の規模って、普通この大きさの建物を一から建て直すってなると、資材揃ってても最低二週間は……」


「あー、こいつにとっちゃ、いつもの事だ。諦めろ」


「諦めるって、諦めるって……」


 何処となく達観した感じの達也にそう窘められ、うわごとのようにそう繰り返すしかないカカシ。なお、カカシの言葉は間違ってはいない。普通なら解体とその片づけで一日、測量や基礎の確認などこまごまとした事で一日、骨組を組み上げるのに一日二日、という具合に、一つ一つの作業が大抵一日仕事なのだ。今回は基礎のやり直しはやっていないが、そこまでやっていたら更に数日後ろにずれるはずである。


 建て直しである以上、解体した時に柱を残していれば、工期はかなり短縮できる。だが、今回はあの騒動で破損した柱もあったため、基礎以外はすべて撤去して作業していた。高度な職人技を使いこなせば一週間ぐらいで出来るのかもしれないが、流石に三日かからないというのはあり得ない。


「あのさ、カカシさん」


「何っすか?」


「建物だけで驚いてちゃ、話が進まない訳よ。たかが工房一個完成したぐらい、さっさと納得してくれないかしら?」


「たかが工房一個って、そりゃ無茶っすよ……」


 真琴の御無体な意見に反射的に突っ込みを返し、建物だけ、という単語に再び硬直する。


「建物だけでって、もしかして……?」


「溶鉱炉もばっちり完成してるわよ」


「うええ……」


 色々とひどすぎて、何処となく感情が飽和したようなうめき声をあげてしまうカカシ。そんなカカシの気持ちなどさっくり無視した宏が、さっさと鍵を開けてカカシを中に誘う。それを確認した達也と真琴は、周囲の工房や他の親方衆に声をかけるためにその場を立ち去る。春菜と澪は、というと、この後の宴会のために大量の料理を仕込み中である。


「前の工房のレイアウトから、多分これが使いやすい配置やろうっちゅうん適当に当りつけて作り直したんやけど、これでええかな?」


「そもそも工房が新しくなってる事自体大それた話なんで、中のレイアウトまで文句を言う気はないっすよ……」


 などと宏の質問に呆然と言いかえしながらも、解体前と寸分違わず配置されたあれこれに、内心で何度目かの驚きを味わう。


「……あれ?」


「なんかまずい事あった?」


「いや、見覚えがないハンマーがあって、驚いただけっす。これなんっすか?」


「ああ。今後魔鉄加工するから、魔鉄製の専用の工具がないときついんちゃうか、思って、昨日の溶鉱炉の試運転の時についでに作ったんよ」


「ついで、っすか……」


 もはや驚く気も失せた感じで、肩を落としながらつぶやくカカシ。実際に必要になるものだし、タダで作って貰っているのだから、文句を言う理由もない。釈然としないものがない訳ではないが、誰も損をしていないのだから余計なコメントはしないのが賢明だろう。


「出来るだけ今まで使うとったハンマーに感覚とか近づけたつもりやけど、そもそも素材がちゃうからどうしても違和感あると思うんよ。悪いんやけど、そこは慣れて」


「新しい工具なんだから、それはしょうがないっす」


 言わずもがなな宏の注意に苦笑しつつそう応じ、試しにハンマーを手に取ってみる。流石に今まで使っていたものに近付けたというだけあって、手に持った感触はこれまでのものとほとんど変わらない。ハンマーヘッドの材質が変わった分、ほんのかすかにバランスが変わってはいるが、それで精密な作業が出来なくなるほどの変化ではない。当分は今までより若干作業が荒くなりそうではあるが、それも五十も打てば馴染んでこれまで通りになるだろう。


「……いいハンマーっすね」


「気に入ってもらえて何よりや」


 何処となく上の空で宏の言葉を聞き流し、手元のハンマーをじっと観察しながら何度も軽く振ってみるカカシ。新しい道具を手に入れた今、考える事はただ一つ。そう、何か作りたい、だ。


「さて、道具も気に入って貰えた事やし、そろそろ本題いこか」


「……本題?」


「そらもう、新しい溶鉱炉の使い方を覚えてもらわんとあかんっちゅう話やん」


「……ああ!!」


 新しい道具に魅入られて、すっかり溶鉱炉の事を忘れていたカカシ。彼も一つの事に意識が行くとそれに関連する事で思考が埋まってしまうという、ある種の職人のサガを持っているらしい。


「で、その溶鉱炉で精錬した魔鉄で、練習がてらなんか鍛えたらええんちゃうかな、って」


「そうっすね。でも、そんなに使い方変わるんっすか?」


「まあ、他所から魔力引っ張ってくるから、普通の溶鉱炉よりは特殊な操作が増えるわなあ」


 特殊な操作が増える。その言葉に、表情を引き締めるカカシ。そうでなくとも新品になって微妙に勝手が変わるのに、更に特殊な操作が増えるとくれば、気を引き締めて覚えないと事故の元である。


「具体的にはどんな操作が増えるんすか?」


「まず、火ぃ入れた時に周囲から魔力を取り込むための操作したらんと、ただの溶鉱炉と変わらへん。で、材料入れた後に温度調整以外に魔力の流入量を調整したらんとあかん。この魔力量の調整に失敗すると、魔鉄が簡単には手に負えん状態になりおるねん」


「それって、ものすごくやばくないっすか?」


「簡単には手に負えんっちゅうても、呪いの鉄になるとかそういうんは滅多にないから、そこは安心してええで。とりあえず慣れるまでは失敗続くやろうけど、大概はそもそも魔鉄にならへんかった、っちゅう類になるはずや。そうなった魔鉄は、鉄としての再生とか物凄い難しなってな。そうなると、普通の職人の手には負えんから、処分すんのに難儀なことになる訳や。まあ、今はものすごい勢いで魔鉄鉱石の在庫増えとるし、少々大量に失敗しても必要経費やっちゅう感じでいくらでも提供してくれると思うで」


「はあ……」


 やけにアバウトな事を言い出す宏に、いまいち不安を隠せないカカシ。そんなカカシの様子を知ってか知らずか、さっさと溶鉱炉の起動準備の説明に入る宏。とはいっても、火の起こし方その他は普通の溶鉱炉と変わらない。違いがあるとすればせいぜい、最初に火を入れるときに魔力回路に魔力を通してやる必要があるだけである。これをしなければごく普通の溶鉱炉と同じだ。


「ここまでの手順はええ?」


「はい、問題ないっす。こういう手順っすよね?」


 宏に手順確認をされ、実際に火を入れるところまでやって見せるカカシ。魔力回路に魔力を通す時に若干魔力を持って行かれるが、ほんの一瞬で終わる上にポットあたりの魔道具よりも消費が軽いぐらいなので、魔力が低いカカシでもまったく問題はない。


「じゃあ、ここからが厄介やから、よう見とってや」


 そう言って、カカシが起こした火を使って実際に魔鉄(正確には魔鉄とミスリルの合金)を精錬して見せる宏。昨日のうちにこの工房の材料庫が埋まるほどの量の魔鉄鉱石とミスリル鉱石を運び込んであるので、実験や練習はいくらでもできる。


「温度の調整がこんな感じで、魔力の調整がこんな感じや。で、これを続けていくと……」


 大体鉄一つが出来るぐらいの時間、溶鉱炉を操作していた宏が、中からどろどろに溶け、不要な不純物がすべて排除された魔鉄合金をインゴットの型に流し込む。炉から出て来て型に入ったと同時に急速に冷え固まり、ついに魔鉄として精製されたインゴットが完成する。


 実のところ、宏の技量なら、この炉を使うのであれば魔鉄の精製にかかる時間を半分以下にするぐらいは容易い事だ。だが、それをやってしまうとカカシの研修にはならない。それに、この溶鉱炉はカカシをはじめとする一般的な、魔鉄を精錬するには魔力が足りない職人が、普通に魔鉄を作れるということに意味がある。宏のような馬鹿魔力が、その魔力と職人技を使って時間を短縮してしまっては、新型炉の価値は一切なくなってしまう。


「こんな風に、魔鉄が出来る訳や」


「なるほど……」


 炉内の温度と魔力量を見えるようにしたパネルを食い入るように見つめていたカカシが、きりっと引き締まった真剣な表情で頷いて見せる。宏と場所を代わって貰うと、色々とメモった手順を元に、慎重に魔鉄鉱石とミスリル鉱石を量って炉の中に入れ、一気に温度を上げて大量の魔力を注ぎ込む。


 そのまま、一瞬たりとも変化を見逃すまいとパネルを睨みつけ、全神経を研ぎ澄まして音や魔力、温度の変化に意識を集中する。極度の集中力を発揮し、何時間にも感じるほどの時間をかけて慎重に炉を操作し続け、不要な不純物を取り除きながら魔鉄とミスリルを混ぜ合わせていく。そして


「これで、どうっすか!?」


 インゴットの型に合金を流し込み、祈るように固まるのを待つ。


「……品質的にはまだまだやけど、ちゃんと魔鉄になっとるわ」


「そう、っすか……」


「いきなりのぶっつけ本番で魔鉄完成させるとか、自分ええ腕しとるわ」


「まだまだっすよ」


 宏の褒め言葉に、謙遜でも何でもなく険しい顔でそっけなく言い放つカカシ。普通の鉄に比べるとはるかに高性能とはいえ、宏が作った魔鉄合金と比べると高品位鋼とクズ鉄ぐらいの差がある。同じ炉を使い、ほぼ同じ品質の鉱石を精錬したのだから、言い訳はきかない。現状のカカシの腕では、大した魔鉄は作れないと証明されてしまったのだから。


「それに、インゴットは作れても、加工できなきゃ意味ないっす」


「さよか。ほな、何か作ってみたらええで。ただ、この後も詰まっとるし、出来るだけ簡単な奴でな」


 そう言って、熱間鍛造に使う熱源、それに魔力を通すための操作を教える。魔鉄の鍛造は、精錬と同じぐらい魔力を食うのだ。


「とりあえず、小さめのナイフでも作ってみるっす」


 後が詰まっている、という言葉を聞いて、作業しながら一時間もかからずに作れるものを提示する。いつの間にかギャラリーが増えていることにも気が付かず、そのまま流れるような動作で鍛冶作業に没頭するカカシ。ひょろりとした頼りない見た目とは裏腹に、彼は筋金入りの職人であるらしい。それも、入っている筋金は神鋼級の強度を持っている風情である。


「とまあ、こんな感じですねんけど、鉱山組合及び親方衆としては、どない思います?」


「カカシの魔力で作れるんだったら、俺らのところでもいけそうだな」


「そうじゃな。順次増設してもらうとして、費用と工期を教えてもらえんかね?」


「費用についてはまあ、後で見積もりだしときますわ。最初の二つほどは僕が監督するから、その二つは工期はまあ二週間はかからんと思います。ただ、その間にこの炉を作れる人材を育てんとあかんのと、ダールで先行で調達してきた材料がそれぐらいが限度なんで、そっから先は工期も費用も大きい変わる、思いまっせ」


「そうか」


 カカシの鍛冶作業を見守りながら、今後の打ち合わせをサクサクと進めていく。カカシが自分の作業を親方衆に観察されていたと気が付いたのは、作業用の小さなナイフが完成した直後であった。








「それじゃあ、クレストケイブの魔鉄問題解決のめどがついた事を祝って、乾杯!」


 一時間後。鍛冶屋街の集会所には大量の料理と酒樽、そして大勢のドワーフが集まって宴会の開始が宣言されていた。


「宏君、お疲れ様」


「春菜さんもお疲れ様や」


「パーティ料理って、作るの楽しいよね」


「せやな。そう言えば再来週には月変わるから、真琴さんの誕生日パーティ、そろそろ最後の準備しとかんとな」


 既に樽が十個は空いている会場を眺めながら、次のパーティについて軽く打ち合わせを始める宏と春菜。故郷の常識に縛られていまだに酒は飲めないが、こういう社交の絡まない知り合いだけのにぎやかなパーティは大好物だ。普段の食事と違い、料理するときにも気合が入る。


「プレゼント、真琴さんはお酒でいいって言ってたけど、どんな感じ?」


「とりあえず何人かに試飲してもらった感じ、そこそこええ感じには仕上がっとると思う」


「そっか。でも、やっぱりお酒だけってのはどうかと思うんだけど……」


「まあ、一応別口で用意はしてんで」


「ん、ありがとう」


 宏のさりげない心遣いに、思わず礼を言ってしまう春菜。


「春菜さんがお礼言うんも、なんかおかしな話や思うんやけど」


「まあ、そうなんだけど、なんとなく」


 思わず笑いながらそう突っ込む宏に、穏やかに微笑みながら答えを返す春菜。二人の間の距離が九十センチほど離れていなければ、非常にいい雰囲気に見える光景である。


「それにしても、カカシさんはほんまにええ腕しとったわ」


「そうなの?」


「初めて使う炉で、やった事のない魔鉄の精錬一発で成功させるとか、普通に天才とかそういう領域やで」


「うわあ、それ本気で凄い……」


 いまだに鉄の品質が安定しない春菜が、半ば絶句しながらカカシの腕を称賛する。宏という規格外を通り越した化け物や澪という達人が比較基準になっている彼女ではあるが、それでも自分でも作業をする以上は、その凄さが分からないはずがない。


「やっぱり、専門の人は凄いわ」


「うん。私みたいな半端者がかなわないのは当然だけど、それでも羨ましいと思うかな」


「僕らみたいなある種のずるをせんであの腕やったら、本気で尊敬できるで」


「そうだよね」


 宏の見立てでは、カカシの精錬は最低でも中級を折り返している。予想では恐らく、あともう少し鍛えれば上級に手がかかるであろうラインで、ずっと普通の鉄や鋼、せいぜい銅や銀程度で修練を積んでその腕というのは、相当のものである。年齢を考えるに、毎回毎回全力投球でなければここまでの腕には絶対にならない。


 メイキングマスタリーなしで中級を折り返す、どころか上級に手がかかるところまで行った、というのも、宏をして凄いと思わせる要素である。メイキングマスタリーなしで中級を折り返すまで生産スキルを鍛えるなど、実際には想像を絶する苦行だ。


「カカシさんやったら、他の事軽く仕込んだらあっちゅう間に腕上げそうや」


「うんうん。私も見習って頑張らないと」


「春菜さんはそこまでがっつかんでもええやん……」


「まあ、鍛冶と精錬はそうなんだけど、それでも乙女としてはいろいろと切実なあれこれがあるんだよ」


「さよか……」


 鍛冶で作れる製品は、基本的にサイズ自動調整が付与できるので、春菜にとってはメイキングマスタリーを身につけるための踏み台でしかない。が、それでも、ブレストプレートとかは自分で作った方がいいのではないか、という意識がないでもない。


「春姉、春姉」


「どうしたの、澪ちゃん?」


「そろそろ一曲」


「あ、そうだね」


 いい雰囲気の割にあまり色気のない会話をしていた春菜に、澪から歌のリクエストが入る。折角だから、という事で作って貰っていた三味線を取り出し、炭坑節などの民謡や職人気質の人間には受けがいい種類の演歌をいくつか歌い上げる。ポップスが一曲も出てこないところが実に春菜らしい。


「相変わらず、春姉のレパートリーって謎」


「聞いた事ある歌は、大概なんでも歌えるっちゅうとったからなあ」


「凄いんだけど、なんか凄くない」


「気にしたら負けやで」


 相変わらず、妙なところで残念な春菜を肴にしみじみと語りあい、料理をつつく師弟。豚の角煮や枝豆は、フォーレの人間にも評判がいいようだ。また、フォーレ風の野菜と肉の挟み焼きやジャガイモたっぷりのスープ、それにこの国では折衷料理となるソーセージにカレー粉をまぶして焼いたものも、なかなかの評価を得ている模様である。


「そうや、澪」


「何?」


「明日からしばらく、魔力付与式溶鉱炉の建築ラッシュになるから、春菜さんともどもがっつり働いてもらうで」


「了解」


 宏の言葉に力強く頷くと、目についたミートローフを美味しそうに食べる澪であった。

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