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第4話

「それで、今日はどうする?」


 ノートン姉妹を受け入れた翌朝。朝食の席で達也が予定について確認をとる。


「どうしよっか?」


「せやなあ、どうする?」


 色々と予定が狂い、困った表情を浮かべるしかない宏と春菜。


「達兄、真琴姉、何か考えてる事、あったの?」


 どうやら何か予定があったらしい年長者二人に、学生組を代表して澪が質問する。


「大したことじゃないんだけどね」


「ロックワームの事が無きゃ、お前ら全員連れてストーンアントの巣を駆除しに行こうかと思ってたんだが、な」


「あ~、なるほど……」


 ストーンアントの巣の駆除は、ダールの冒険者にとってはとても重要度の高い仕事である。ストーンアントの巣は放置しておくとかなり巨大なコロニーとなり、場合によっては一つの街を飲み込んでしまうのだから、とんでもない話だ。その分難易度も高く、七級程度の冒険者が一組で行くような仕事ではない。


 もちろん、依頼を受けずに勝手に駆除し、事後承諾で女王アリの討伐部位を持って帰っても受け付けられるし、自己責任での行動なので別段厳重注意を受けたりもしない。ただ、無謀な冒険者の烙印を押される可能性は否定できないが。


「流石に、ストーンアントの巣はきついかな?」


「プリムラさんはまだしも、ジュディスさんを連れていくのは無謀」


 中止という決定に対して、春菜も澪も文句を言うことなく受け入れる。司祭としてそれなりの支援系魔法が使えるプリムラはともかく、見習いで生活魔法に毛が生えた程度の魔法しか使えず、近接戦闘がらみもずぶの素人であるジュディスを連れていくのは、いくらなんでも壁役である宏の負担が増えすぎる。


「てな訳で、どうする?」


「個人的には、昨日の続きは避けたいところや」


「まあ、そうだろうなあ」


「僕一人で行くんも選択肢やねんけど、わざわざトラブルに巻き込まれかねへん仕事をやっすい給料でやりに行くんもなあ」


 もともと、ダールの地理を把握するためと多少のコネを作るための仕事だ。険悪な関係で無いとはいえ、それゆえに対処しにくいトラブルが起こる可能性がある仕事をわざわざ受ける必要はない。そんな宏の主張に対して、特に異を唱える者はいない。デントリスの事を知っているジュディスまでが賛成するぐらいだから、彼の判断は妥当だろう。


「となると、本気でどうする?」


「やっぱり、屋台かな?」


「……結局、そこに回帰するのかよ……」


「ほとぼりが冷めるまでは、迂闊に冒険者やるのもだしね」


 どうやら、彼らはどうあっても屋台という選択肢からは逃れられないらしい。微妙にげんなりしつつも、他の案も特にないのでその意見を受け入れる。


「じゃあ、ヒロはここで仕込みか?」


「せやな。ついでやから、ロックワームもバラしとくわ」


「そういや、忘れてたな」


「昨日回収して来えへんかった分は仮に残っとったとしても、流石に食材としてはあかんなってきとるやろうなあ」


「この気温だからなあ……」


 熱帯に属するダールの気候。それは肉類に対しては非常に厳しいものだ。当然、食材に関しては売る側も買う側も絶対に腐敗防止のエンチャントがついた道具を使うことを義務付けられているが、売る側はともかく買う側に関しては、言われなくても生ものを裸で持ち歩いたりはしない。


「で、兄貴はどうする?」


「そうだな。協会行って昨日のロックワームについて確認したら、たまには客引きでもするか?」


「了解や。で、メニューはどうする?」


「ここは無難に、カレーパンでいいんじゃない?」


「人手もあるし、もう一声行っとこうか」


 宏の掛け声に、更に頭をひねる春菜。使える人手を考え、作業内容を吟味し……


「たこ焼きは材料の仕込みがちょっと厳しいから、トロール鳥の焼き鳥かな。あ、そうだ宏君」


「なんや?」


「白餡とカスタードクリーム、仕込める?」


「問題あらへんよ」


「じゃあ、鯛焼きも出せるね」


 春菜の言葉に、微妙にげんなりした様子を見せる真琴。鯛焼きという言葉から、間違いなく自分が調理担当をすることになると判断したからである。


「プリムラさんとジュディスさんって、どの程度お料理できる?」


「最低限は出来ますよ。ね、お姉ちゃん?」


「流石に、調味料を調合しろとか細かく火加減を調整しろとか言われると困りますが……」


「だったら、ちょっと仕込みを手伝ってもらっていいかな? その腕前次第で、場合によっては別に一品か二品考えるし」


「分かりました」


 春菜の申し出に頷き、現場監督の生産馬鹿と料理馬鹿の指示を受けながら仕込みを開始する一同。仕込み段階ではこれと言ってできることが無い達也と真琴は、とりあえず屋台の場所取りと協会での情報収集のために拠点を出て行く。


「これやったら、フィッシュアンドチップスあたりも増やすか?」


「そうだね」


「問題なさそう」


 仕込みでの姉妹の料理の腕を確認した宏達三人は、あっさり一品増やすことを決めるのであった。








「いらっしゃいいらっしゃい。ファーレーン名物カレーパンだ!」


 昼時の広場。数日前に一度だけ商売をしていた見慣れない構造の屋台が、新たに不思議な食べ物を売りはじめた。達也の客引きに合わせてそんな噂が駆け巡るとともに、周囲の屋台の客を根こそぎ持って行きかねない勢いで人が集まり始める。


「兄ちゃん、カレーパンってなんだ?」


「いくつかのスパイスを混ぜたもので野菜とか肉とか煮込んで、パン生地でくるんで油で揚げたもんだ。美味いぞ?」


「結構いい値段だが……」


「値段だけの価値はあるさ」


 一個四百セネカ。ファーレーンで売っていた時に比べてさらに割高ではあるが、そこは水の貴重さが物を言っている。最初は普通に三百五十セネカとファーレーンとほぼ同じ値段で売るつもりだったのだが、水をそれなりの量使う事から姉妹に突っ込みを入れられ、今の値段に落ち着いたのである。何しろ、三百五十セネカだと、小さなカップ一杯のスパイスシチューとほぼ同等程度の値段にしかならない。この国では煮込み料理は高いのだ。


 水の値段の問題以外にも、宏達一行は元々、とある生産ジャンキーのおかげで他の冒険者に比べて必要経費が極端に少なく、あまりがつがつと利益をむさぼる必要が無い。故に、どうしても利益率がどうとか他の屋台の値段がどうとかいう事をあまり考えない傾向があり、姉妹からの突っ込みが無ければ周囲を駆逐しかねない値段で屋台をやりかねない危険性があるのだ。


 そういう意味では結構な量の水を使う鯛焼きも値上げするべきだったのだが、こちらは子供のおやつだから手ごろなワンコイン百セネカを崩したくなかったため、そのままの値段でやっている。


「トロール鳥の串焼きだと!? こんな値段で売って大丈夫なのか!?」


「あ~、在庫がかなりダブついてるから、これぐらいでも全然黒字」


「ダブついてるって……」


「一応これでも冒険者だし」


 思わず嘘つけといいたくなるような春菜の台詞に、何とも反応に困る客その一。とりあえずその値段で大丈夫だといっているのだからと、目玉らしいカレーパンと折角だからトロール鳥の串焼きをももとねぎまを一本ずつ購入する。他の客もそんな感じで、とりあえずおためしでという反応がほとんどだ。


「おねーちゃん、中身白いのちょうだい!」


「カスタード!」


 鯛焼き屋を目ざとく見つけた子供たちが、器用に大人をすり抜けて真琴に注文を出す。大人が同じ真似をすれば殴り合いのケンカに発展しかねないが、やっているのが子供、それもほとんどの大人にとって競合しない鯛焼きが目当てなので、とりあえず大目に見てくれているのだ。


「はいはい、分かったからちゃんと並びなさい!」


 無作法な真似をする子供達を叱りながら、手早く鯛焼きを葉っぱで包んで渡してやる。達也が上手い具合に列の整理をしてくれたおかげでとりあえず大した混乱も起こらず、子供達を先頭に鯛焼きのための列も完成して問題なく運用できるようになる。


「今日はタコ焼きとやらはやっておらんのか?」


「材料の仕込みが間に合わなくて」


「そうか、残念だ」


 屋台開始から二時間ほど。初日にも顔を出した三十路手前ぐらいの美人さんが、鯛焼きも含めて各種一つずつを買いながら残念そうに言う。カレーパンにフィッシュアンドチップス、焼き鳥が五種とかなりのボリュームだが、前回もお好み焼き串にタコ焼きお代り、鯛焼きも二つ平らげているので多分問題ないのだろう。


 とは言え、たこ焼きが無い事は残念でも、それと焼き鳥やカレーパンとは別問題らしい。さっそくという感じで皮串からかじり始め、つくねやレバーも美味そうに平らげて行く。


「うむ。鳥自体の旨味もさることながら、このタレが実に絶妙!」


「秘伝のタレですから」


 次の客の邪魔にならぬよう脇によけながらも、まるで宣伝するかのようにその場で食事を始める女性。割と豪快に食べている割に所作そのものは妙に上品で、彼女が上流階級、それもかなり上の方の人間である事は疑う余地もない。無いのだが……


「ほう、このパンは中にシチューのようなものが入っているのか」


「この国のシチューと、ちょっと似てるかな?」


「ふむ……。うむ、これはまた、スパイスの塊だというのに複雑で繊細な味よのう。ファーレーンの名物だというが、我が国のスパイスでも可能か?」


「計量をちゃんとするかどうかだけの問題。ただ、私達は自作してるけど、調合済みのカレー粉はウルスでもまだ高級品」


「計量か。それは確かに問題だな」


 そんな人間がカレーパンやフィッシュアンドチップスを立ち食いしながら、屋台の料理人と雑談するのはどうなのだろうか。そんな事を思わなくもない日本人一同。


「そう言えば、数日前に店を出して以来、今日まで全く屋台をやっていなかったのはどういう訳だ?」


「冒険者だから、一応本業の冒険を」


「本業? 副業の間違いではないのか?」


「屋台はあくまであまった素材を使いきる手段」


 達也と真琴が内心で嘘つけ、と突っ込むような事をあっさりと言ってのける春菜。モンスター系食材は確かに余ったものを使っているが、それもどちらかというと屋台でも使えるから、という理由で確保した肉類の方が多いぐらいである。


「それで、明日も屋台を出すのか?」


「ちょっとの間はその予定かな? メニューは手持ちの在庫と相談の上で適当に決めるけど」


「こちらが心配するような筋合いはないのだが、あまり周りの商売を圧迫するようなメニューを並べるでないぞ?」


「あ~、それなりに考慮します、はい」


 釘をさすような女性の言葉に、少々恐縮しながらも他に答えようがない春菜。メニュー自体は基本的に他の屋台とは被りようが無いのだが、その分珍しさで客を奪ってしまう可能性まではどうにもならない。


「あ、そうだ。そろそろカレーパンは底が見えてきたけど、他は在庫大丈夫?」


「つくねがもうちょっとで終わりそう」


「フィッシュアンドチップスはまだ大丈夫です」


「白餡はそろそろ終わりね。後三十は厳しいと思うわ」


「……追加の仕込み、頼んだ方がいいかな?」


 各人の報告を聞き、対応を考える春菜。そこに


「売り切れなら、売り切れでいいではないか」


 フィッシュアンドチップスを食べ終わった女性が口を挟む。これで彼女の手元に残っている料理は、デザートの鯛焼きが二つだけである。


「別に、今日来ている全員に売る必要もなかろう? それに、ここらで止めておけば、周りの屋台をそれほど圧迫する事もない」


「それもそっか」


 女性の言葉に納得し、宏に連絡を入れるのはやめにしておく春菜。


「達也さん、カレーパンは一人一個でもいま居る人で終わり!」


 ついでに行列の具合から残りを逆算し、客引き兼行列整理の達也に伝達する。


「ごめんなさい、残り少ないから一人一個でお願いしてるんです」


 二つ以上注文したがる客に必殺の申し訳なさそうな表情でのお願いをぶつけてノックアウトし、どうにか並んでいる人間全員にカレーパンを行きわたらせる。その後、焼き鳥やフィッシュアンドチップスを手伝いながら次々と客を雑談交じりに捌いていき、屋台開始から三時間経たずに用意した商品はすべて品切れとなる。


「ごめんなさい、仕込み全部使い切りました!」


 春菜のその宣言に、噂を聞きつけて覗きに来た客ががっかりした表情を見せる。


「春姉、片づけはボク達がやるから、お客さんにお詫びの一曲、振舞ったら?」


 あまりにもたくさんの客ががっかりした様子を見せるものだから、見かねた澪が提案する。


「ん~、そうだね」


「歌うのか? ならばそうよの。今のお主の心情に合わせた、切ない恋歌などどうだ?」


 何が面白かったのか、近場の屋台で濁り酒の類を買ってちびちびやりながら最後まで屋台の様子を観察していた女性が、春菜が歌うという流れになったあたりでそんなリクエストを提示してくる。


「……そんなに駄々漏れ?」


「屋台の最中には、流石に分からなかったがの。さっきからあちらの方に意識が向いておる事ぐらい、少々観察眼がある人間ならすぐに分かる事よ」


「……御見それしました」


 あちらの方と言って拠点のある方角を指し示す女性に、素直に降参して見せる春菜。どうせそこまで駄々漏れだったら、誤魔化す意味もない。最近は演歌とかコミックソングとかが多かった事だし、リクエストに応えて自分の年代や外見で歌うならまとも、という分類に入る歌を歌う事にする。


 ざっと脳内検索をかけ、かなり古いながらも一応アイドルが歌っていた歌を一曲、とりあえず歌う事にする。願いがかなうならすべてを忘れたい、だが激しく燃える恋心は消す事が出来ない、という歌詞の八十年代ぐらいのバラードである。今の春菜自身の心情とは微妙に違うが、恋をした事により今はその心情が実感として理解できるようになったため、なんとなく歌いたくなったのだ。


「曲が決まったようだの。だったら少し待て」


 春菜が歌おうとし始めたところで歌を軽く制し、いつの間にか広場を埋め尽くしていた客を一瞥すると、酒を買った屋台の店主に声をかける。半分ぐらいは初日に春菜の鼻歌や酒場での一曲を聞いていた客で、残りの半分はそこから流れた噂を聞きつけた連中である。


「お主の店、子供が飲めるようなものはあるか?」


「一応果汁の類はあるが?」


「ならば、それと先ほどの酒を一杯ずつ、ここでたむろしている連中に振舞ってやれ。これで足りるであろう?」


 十万セネカ金貨を三枚ほど投げてよこし、御大尽な事を平気で言ってのける女性。それを見て目をむきながらも、律儀に金貨を一枚返す店主。


「二枚でもお釣りがくる」


「正直だの」


「小心者なんでね」


 そんな事を言いながら、カップに酒を注いでいく。それを確認したところで、今度は聴衆に向かって声をかける。


「私が一杯おごってやる。だからお主らもここらの屋台で、何か一品買うがよい」


 声を張り上げた訳ではないのに広場の隅々まで通る女性の声にわっと歓声を上げると、酒を受け取った後で方々の屋台に散る。十五分ほどで騒ぎが収まると、ほくほく顔の店主たちも含む全員が歌を聞く態勢になる。


「何かすごく大事になった感じはしますが、せっかく来ていただいたので、とりあえず一曲歌わせていただきます」


 物凄い数の群衆に微妙に引きながら、当りさわりのない挨拶を済ませると息を大きく吸い込んで、全身全霊で一曲目を歌い上げる。伴奏なしだというのに、最初の一音でその場の空気を完全に支配する。


 結局大量のおひねりとともに春菜が解放されたのは、二時間後のことであった。








「なんか落ち着くわあ……」


 久しぶりに視界の範囲内に女性がいない時間を過ごしていた宏は、仕込みが終わったカレーパン約千個を前に思わずしみじみと呟いていた。春菜達が出て行ってからまだ二時間も経っていないが、春菜と二人で活動していた頃からずっと仕込み続けてきたカレーパンだ。千個仕込むぐらいでは二時間はかからない。


 最近は同じ部屋に複数の女性がいるという状況にも随分と慣れてきたとはいえ、女性恐怖症が治った訳ではない。慣れたというだけでプレッシャーを感じない訳ではなく、しかも最近は安全パイであったはずの春菜からすら微妙に不穏な気配を感じるようになっている。正直、微妙にでは済まないぐらい居心地が悪い。


「春菜さんに思うところがある訳やないんやけどなあ……」


 他に仕込みをする必要がある物も思い付かず、とりあえず外でロックワームの解体を始めながら愚痴っぽい何かを漏らす。別に春菜の事は嫌いではない。長く運命共同体的な間柄で活動を続けてきたこともあり、それなり以上には信頼も寄せているし情も移っている。だが、あくまでそれは一個人としての春菜に対してである。


 女性としての春菜に関しては、残念ながら本能レベルでの警戒を解くまでには至っていない。今更そんな事はしないだろうとは思っていても、女性であるというだけでどうしても一定ラインの警戒はしてしまうのである。いかに性欲の対象が女性だといったところで、たとえ写真でも現実の女性に対してはそう言う意識を向けられない程度にはトラウマが残っている宏に対して、身近な女性に警戒するなというのは酷であろう。


 そもそも、異性の事などどう頑張ったところで完璧な理解などできはしない。体の構造が違うのだから、互いに経験できない要素もたくさんあるし、本能のレベルで考え方が違う部分も多い。ましてや、恋愛が絡むと男女関係なくまともな人間ですら時折トチ狂うのだ。そのせいで受けなくていい社会的制裁を受けた身の上としては、正直身近な人間の恋愛感情など、自分に向けられたものか否かに関係なく勘弁願いたい。


 宏にとって女性とは、いまだに自身に対して危害を加える思考回路が全く理解できない生き物、という定義のままなのである。


「全く、何が悪かったんやら……」


 せっせとロックワームを解体し、食える部位、素材にできる物、ただのゴミにわけながら、これまでの事を色々と思い返す。正直なところ、吊り橋効果のようなものがあった気がしなくもないエアリスとアルチェムはまだしも、春菜に関しては自分を異性だと意識させるようなきっかけになることなど、これっぽっちも思い付かない。


 強いて言えばダンジョンで別行動になった時に何かあったのでは、と思い付く程度だが、その何かが余程の事でない限り、あの春菜が自分に対して恋していると勘違いするような事にはならないはずだ。そして、そのよほどのことという奴がどうしても思い付かない。あり得ないとは思うが、今までの日常の積み重ねが原因であるなら、春菜の男の趣味は相当悪い。


 普通なら宏の身分でそんな事を考えること自体が自意識過剰だといわれそうだが、残念ながら自分に向けられる感情で他に該当するものが無く、達也だけでなく真琴やオルテム村の住民、果ては工房の職員にドーガやメリザにまで釘を刺されている。その上、一緒にいる時間の大半はこちらに視線を向けて来るわ、やたら頻繁に目があうわ、目があうたびに頬を染めながらそれでもこちらをじっと見てくるわとなると、宏的には勘弁してほしい事だが、最低でも恋愛感情を抱いていると春菜が勘違いしているという結論以外は出しようが無い。


 そんな事を考えているうちに、三体分のロックワームがすべて素材に化ける。地味に表皮と内臓と歯を除く全てが可食部であるロックワームは、サイズがサイズだけになかなか食い出がある分量がある。モンスター食材の常として、普通の料理人が調理すると食えたものじゃなくなるが、ロックワームの調理難易度はトロール鳥と同じぐらい。ちょっと訓練すれば主婦でも最低限の調理は可能になるラインである。


「とりあえず、春菜さんの勘違いをどうするかは置いとこう」


 あくまでも春菜の今の感情は勘違いだと譲るつもりはない宏。本人が聞けば本気で泣きそうだ。


「ロックワーム、どうやって食うかな?」


 いろんな意味で色気より食い気。はっきり言って恐怖しか覚えない恋愛関係のあれこれよりは、こっちの悩みの方がはるかにましだ。


 とりあえず、ミミズという単語でいろいろ考えてみる。よくあるのはそのまま火を通してうどんのように食べる食べ方だが、大きさが大きさの上、すでに解体しているため却下。そのまま焼くかゆでるか煮込むかというのが王道だが、なんとなくひねりが足りない気がする。


 そのまま、ミミズ、ミミズと呟きながらあれこれ考えているうちに、余計な事を閃く宏。


「せや。ミミズっちゅうたらハンバーガー屋の都市伝説や」


 世界的なハンバーガーチェーン各社に対して、定期的に発生する都市伝説。いわゆるハンバーガーのパテに牛や豚以外の、それも普通食べないような生き物を使っているというあれである。その中でもミミズというのはネズミと並んでメジャーな素材だろう。普通に考えれば、チェーン展開するほどの規模の店が、ネズミやミミズの肉をそれだけの数集めるなど、コスト的に不可能なのはすぐ分かる事なのだが、どういう訳かこういう噂が無くなる事はない。


 何にしても、今回はハンバーガーに正真正銘ミミズの肉を使えるのだ。少なくとも日本人メンバーの受けは取れるだろう。そんな余計な事を考えつつ、ハンバーガーのパンを仕込む。発酵時間を短縮するため、わざわざ熟成加速器を使うあたりが末期的だ。流石はネタに命をかける大阪出身といったところか。


「パテの種はこんなもんか。後はチーズとレタス、トマトにソース、玉ねぎもみじんにしてちょっと火通しとこか」


 パンを発酵させている間にざっと仕込みを済ませ、試しに味見用に一枚焼いてみる。端の方を多少千切って口に入れ、その出来栄えに満足げに頷く。


「普通にそんじょそこらのバーガー屋の肉より美味いし」


 宏は知らない事だが、ロックワームはこの地方の肉類としては最高級品に分類される。使っているのは間違いなく牛だと言っても、どんな品質の牛のどの部位をどういう風に加工しているかがいまいち不明なファーストフードのパテより美味いのは、ある意味当然である。肉の味など調理方法が同じなら、基本的に値段がダイレクトに反映されるものだ。


 もっとも、ファーストフードの王様であるハンバーガーは、そう言う怪しげな牛の肉を使ったチープな味わいがいいという意見も否定できないものではあるが。


「さて、ミミズバーガーは完成やけど、春菜さんらは流石にまだ帰って来んかな?」


 ミミズバーガーを完成させ、試食でかなり遅めの昼食を済ませて満足したところで、意外と時間が経っている事に気がつく宏。屋台というのは意外と終了時間が読めない物だが、今回は割と突発的に屋台に走った事もあり、仕込みの量はそれほどでもない。余程売れ行きで苦戦していなければそろそろ終わりかと思う半面、珍しいだけでそんなに馬鹿すか売れるとも思えないという考えも無くもない。


 実のところはすでに屋台のメニューは全て売り切れており、現在リサイタルでおひねりを巻き上げている最中だとは、流石に宏も予想できなかったようだ。まだ帰ってこないのであればもう少し遊んでおこう、という方向に自然と意識が向く。ターゲットはストーンゴーレムの破片。


「……って、場合によったら溶鉱炉とかいるやん」


 処理工程を思い浮かべ、その問題に行きつく。流石にレンタルの工房に勝手に転送陣を設置する訳にもいかないし、かといってわざわざウルスに一回一回戻るのも面倒だ。ならば、やる事は一つ。


「レンガ、レンガっと」


 溶鉱炉と言う以上、普通の金属やガラスが溶けるより高い温度に耐えられなければいけない。必然的に、その要件を満たす材料もしくは処理を行う必要があるため、作るにはそれなりの機材が必要となる。故に、この場合宏がとった手段と言うのは


「こんなところか?」


 溶鉱炉の材料となるレンガを作る、そのためのかまどを作る事であった。幸いにして、この工房の庭にある土もダール特有のものだ。錬金術と魔道具製作、エンチャントの合わせ技を使えば、即席のレンガ焼きかまどを数秒で完成させるぐらい訳はない。


 なお、今回の場合、溶鉱炉の材料自体は別段レンガでなくても問題ない。普通に熱に強い石を集めて組み合わせるだけでも十分に役目は果たす。が、このダールは超耐熱レンガの材料に向く土や砂が、簡単にかつ大量に手に入る。ならば、それを使わない手はない。


「ほな、焼くでえ!」


 即席炉の状態が安定したところで、レンガの製造に入る。材料にマッドマンの泥を使い、あれこれ多重に処理を重ねて焼き上がった後の耐熱性と耐久性を上げていく。それをそれなりの高温で一気に焼きあげ、何処に出しても恥ずかしくない耐熱レンガを作り上げる。


 調子に乗ってマッドマンの泥を使いきるまでレンガを焼きつづけ、溶鉱炉を作るのに十分な数を作り上げたところで、ついでだからダールにいる間に、ランクの高いガラス瓶も量産しておこうかなどと余計な事を考える。そうなるとガラスの材料が欲しくなる。ガラスの材料と言えば石英、つまり砂や石に多量に含まれ、ダールにはおあつらえ向きに砂漠がある。結論は一つしかない。


「状況がもうちょい落ち着いたら、砂漠に砂掘りにいかなあかんな」


 誰にも相談せずに、勝手に予定を決める宏。突っ込み不在とは恐ろしいものだ。


「そういや、魔鉄とかあのへんの鉱石、地味に在庫結構残っとったなあ」


 溶鉱炉を組み上げながら、砂漠と言う単語から連想したあれこれに関連した機材作りのための材料を思い浮かべる。砂漠に砂を集めに行くぐらいまでなら、突っ込みは入っても誰も反対はしなかっただろう。だが、突っ込み不在のままオクトガルもかくやというレベルで連想ゲームを続けた結果、どんどん明後日の方向にそれた思考により、現時点で主にやるべき事やら何やらを放置して突っ走る方向で予定を固めてしまう宏。残念ながら当分は屋台をするため、宏自身にはその準備のための時間は余裕で捻出出来てしまう。


「何やってんだ?」


「あ、お帰り。だいぶ遅かったやん」


「おう、ただいま。屋台自体はすぐ終わったんだがな。で、何やってんだ?」


「時間あったから、溶鉱炉作ってんねん。ストーンゴーレムの破片処理すんのにあった方がええし、それにどうせ砂漠の方にも行くからそこで砂取ってランク高いポーション瓶も作っときたいし。かまへんやろ?」


「まあ、別に反対する理由はないが、な」


 暇だったから溶鉱炉を作る、という発想に微妙に呆れつつも、宏がこういう空き時間に機材や道具、各種消耗品などを作っているのはいつもの事だ。そう考えて、特に突っ込みを入れることなくスルーした達也。この時、地味に鉱石類も用意されていた事に突っ込んでおけば、この後の訳のわからない寄り道は回避できたであろう。だが、残念ながら達也はその手の素材類は詳しくない。結果として、突っ込み不在のままひそかに暴走状態だった宏の行動を修正する機会は失われてしまった。


「しかし、腹減った……」


「もうちょい作業したら晩飯の準備はするけど、持ちそうにないんやったらハンバーガー作ってんで」


「おっ、そりゃいいな。今日は妙に忙しくて、昼を食う暇が無かったんだよ」


「さよか。ほな、ちょっと用意してくるから他の連中も集めといて」


「おう!」


 余程空腹だったらしい。やけに嬉しそうに軽やかな足取りでメンバーを食堂に集め、宏が用意したハンバーガーを目を輝かせて貪り食う。ファーストフードの類をあまり食べないイメージの春菜ですら妙に喜んで食べているのは、おそらく空腹だけが原因ではあるまい。


「うめえな、このバーガー!」


「ハンバーガーの割に、意外と上品な味?」


「ってか、このパテ、牛じゃないでしょう」


「真琴さんの意見に一票。宏君、これ何の肉?」


「ロックワームや。いわゆるミミズバーガーっちゅう奴やな」


 にやりと笑って答えた宏に、食べる手がピタッと止まる一同。


「……さすが師匠。ネタのためならボク達が思い付かない事を平気でやる……」


「……そこに痺れも憧れもしねえがな……」


「と言うか、流石に私、こっちに来てその都市伝説を聞くとは思わなかったよ」


 などと言いながらも、すぐに再びハンバーガーをかじり始める。言っては何だが、今更ミミズごときで引いていたら、食うものが無くなってしまう。


「……お姉ちゃん、私ロックワームを食べる機会があるとは思いませんでした」


「……もしかしてとは思いましたが、やはりご自分で調理なさいましたか……」


「何かまずい事でもあるん?」


「まずいというか、ロックワームはダールの食肉としては最高級品です。なので、売ってお金に変えたのかと思ったのですが……」


「うちら、食材の類はあんまりそのままでは売らへんねん。トロール鳥かて、まだ在庫が十羽分ぐらい残っとるしな」


 それは流石に食肉業者に卸したらどうか、などと思わなくもない姉妹。トロール鳥など、一羽あれば五人分で十数食は余裕で作れる大きさの鳥だ。十羽となるとそう簡単に食べきれるものではない。


「せやなあ。トロール鳥の話が出てきたし、今日の晩飯はトロール鳥の旨煮あたりにするか?」


「そいつはいいな。で、それはそれとして、だ」


「ん?」


「流石に、他に妙なものを食わせようとしてたりはしないよな?」


 やけに真剣な顔で詰め寄ってくる達也に、微妙に引く宏。見ると、真琴や澪、春菜までこの件では敵に回っている風情がある。流石に、不意打ちでのミミズバーガーは衝撃が大きかったらしい。言うまでも無く、春菜や澪的に今回問題になっているのは不意打ちでミミズを食わせた事ではなく、半年以上食べる機会が無かったハンバーガーに、余計な都市伝説ネタを仕込んだ事である。


「……残念ながら、ゴーレム食うには機材が足らん」


「って、ゴーレムを食うのかよ!?」


「宏君、本当に食べれるの?」


「食えるで。鉄やろうが泥やろうがミスリルやろうが、いっぺんゴーレムにしてばらして、ちょっと特殊な調理器具で調理したったら食えんねん。ただ、逆にいっぺんゴーレムにせんと、金属関係はどんな調理しても食えんけど」


「てか、食った奴がいるのかよ……」


「うちの職人仲間で一人、やる事が思い付かんで煮詰まったアホが冗談半分でやりおってん。流石にほんまに食えるとは、本人含めてだれも思わんかったけどな」


 あまりにもあれで何な宏の発言に、コメントが思い付かずに沈黙する一同。いくらなんでも、鉄だのミスリルだのを調理して食った人間がいるというのは、流石に想定外にもほどがあったのだ。


「まあ、これに関して裏話っちゅうかネタばらしするとな。ようするに魔法生物やから調理できるらしいねん」


「流石に物には限度があると思うな、私」


「色々今更やっちゅうことにしとこうや。で、晩飯いつぐらいにする?」


 このまま続けていてもグダグダになるだけの話題を打ち切って、夕飯の支度について確認する。とりあえず納得できるかどうかはともかく理解できる理屈も聞けたところで、話題転換に乗っかる事にする達也。


「そうだな。今食ったから、二時間後ぐらいでいいんじゃねえか?」


「了解や。ほな、溶鉱炉の続きやってくるわ」


「じゃあ、私は明日の仕込み、って、ずいぶんたくさんカレーパン作ったんだね」


「そらもう、かなり手が空いとったからな」


「じゃあ、私は白餡とたこ焼き関係の仕込みかな。流石に明日はトロール鳥はいいか」


 二時間と言う微妙な空き時間に関して、各人が勝手に予定を組んで行く。トイレを含む建物の掃除に関しては居候状態の姉妹の仕事なので、今回は誰も手を上げない。


「折角やから、ミミズバーガーも出したらどないや?」


「あ、面白そう。値段は高めのご当地バーガーぐらいでいいかな?」


「高級食材やっちゅうんやったら、そんなもんやろう」


 そんな感じで明日出す物も決まり、工房の方へ消える宏を見送って一つため息をついてから仕込み作業に入る。翌日は割と朝の早い時間から開店したにもかかわらず昼まで持たずに在庫が切れ、仕事が休みの暇人達に請われてリサイタルの時間がもっと長くなるのはここだけの話である。








「こんな時間まで、何処をほっつき歩いていたんですか……」


「屋台を冷やかしておったのだが、何か問題でも?」


「大ありですよ……」


「今日すべき仕事は、朝のうちに終えてあったと思うが?」


「女王ともあろうものが、こんなに頻繁にかつ長時間、無断で特に重要でも無い私用を理由に職場をあけるなと申し上げているのです」


 耳の痛い小言をぶつけてくるセルジオに、明後日の方向を見る事で聞き入れるつもりはない事を主張する女王。これで決裁だのなんだのが滞るのであれば問題だが、残念ながら女王の即断が必要な案件が入った時には、外遊中でもない限りはどういう訳か大抵王宮に居るため、どうにも小言の効果が薄い。


「特に重要ではない私用と言うがの、今回の屋台巡りは例のファーレーンからの客人の様子を見に行く、という重要な仕事があったのだぞ?」


「陛下自らが行うような仕事だとは思えませんが?」


「他者から聞いた人となりなど、信用できるものか」


 ズバッと言い切った女王の言葉に、反論が思い付かずに沈黙するセルジオ。この手の情報は、往々にして余計なフィルターが間に挟まるものだ。それで要らぬ苦労を強いられたこともある女王としては、誰の邪魔も入らない状態でかつ、相手がこちらの正体を推測できない時に重要人物の人となりを確認するのは、実に重要な仕事なのである。


「まあ、おかげで、ファーレーン王家からの伝達については、ほぼすべて裏が取れたといっていいがのう。残念ながら、肝心の二人のうち、男の方が居らんかったが」


「結論は?」


「おおよそ、レグナス王の言葉は真実であろうな。それゆえに、余計な事をして敵に回すのも怖いのう」


「余計な事、ですか」


「さしあたっては、デントリスがくだらぬ事をしでかさんよう、どうにかして釘をさしたいところじゃ。正直、妾はワームの餌は勘弁してほしいところでな」


 この国では、真剣に恋している者に横恋慕する愚か者は、ワームの餌にされても文句を言えないという格言がある。言うなれば、馬に蹴られるのダール版である。


「デントリス卿の悪癖が出ておりますか……」


「うむ。まあ、対象となったハルナ嬢は、あの手の軽い男は嫌いなようだがな」


 割と派手な容姿でかなり男好きする体型の春菜だが、女王の見た所実際の性格は相当地味で、しかもかなり身持ちが堅そうである。更にその上、対象が誰かは予想しかできないがかなり本気の恋をしている風情があるとくれば、難攻不落どころの騒ぎではない。ああいうタイプは一目ぼれや吊り橋効果での恋と言うのが難しい半面、相手の良いところも悪いところもひっくるめて時間をかけて惚れ抜くから、余程はっきりと袖にしたのでもない限りそう簡単にあきらめるとも思えない。


 恐らく惚れられたであろう男とデントリス、双方に対してご愁傷さまとしか言いようのない話である。もっとも、ご愁傷様の内容は正反対ではあるが。


「何にしても、いつぞやのような国際問題は勘弁願いたいところです」


「うむ。しかも今回に関しては、いろんな意味で洒落にならん事になりかねん。まだ裏情報の段階だが、我が国にとっては歓迎すべき、だがいろいろと火種になりそうな話も随分と入ってきておる。他に当てがえる女がいるのであれば、あ奴の下半身をそちらに引きつけておきたい」


「そうですね。検討しておきましょう」


「場合によっては、ファーレーンから送り込まれておる子猫に、色々と働いてもらう事になるだろう」


 女王がさらっと口走った聞き捨てならない情報に、眉をピクリと動かすセルジオ。それを見て苦笑する女王。


「密偵、と言うほどのものではない。そもそも密偵であれば、レイオット王太子がわざわざこちらに存在を明かしたりはせんよ」


「では?」


「まあ、要は子飼いのシーフと言ったところであろう。集めておる情報も、ファーレーンにとって有利になるものと言うより、おかしな動きをしておる勢力についてがメインじゃ。アルヴァンの事以外は、知られてこちらの不利になるような情報も集めておらぬ」


「つまり、そのシーフを利用してファーレーンに情報を流し、愚か者どもの駆除に協力させる、と」


「うむ。どうやらファーレーンも相当かき回されたようじゃからな。利害が一致しておる以上、手を組むのは当然じゃ」


 物騒な笑みを浮かべ、妙な色気を感じさせる声色でなかなかに黒い事を言う女王。


「しかし、内通とは愚かな真似をしています」


「向こうに出没しておったバルドの集団長距離転移であれば、南部大森林やフェアランド海域の問題を回避できると考えたのだろうが、そもそもあのような程度の低い反乱が成功すると思うておったのであれば、連中の質も落ちたものよ」


「そもそも、成功したところでアルフェミナ神殿が無くなってしまえば、かの国の富はいいところ数年で全て失われるというのに、そんな事も分からないとは……」


 ファーレーンの中途半端な反乱劇。そこにダールもフォーレも付け込まなかった理由は女王とセルジオの一言に尽きる。誘われていると分かりもしない連中がおこした反乱など成功する訳もなく、成功したところで先が無い。そもそもどちらに介入するにした所で、フォーレからは大霊峰と北部大森林が、ダールからは南部大森林と大霊峰、そしてフェアランド海域と言う難所が邪魔をする。あれだけ展開の早い反乱劇に介入するような余地は、最初からなかったのだ。


 その上、現王家に協力したところで過去の借りがやや少なくなる程度、反乱軍に協力しても得るものなど全くないとなると、手出しをするだけ馬鹿馬鹿しい。現王家は穏健派だから問題ないが、元々国としての力関係はファーレーンの方が圧倒的に上だ。気に食わない事があったからと食糧の輸出を止められてしまうと、困窮するのはダールの方である。


 このあたりの事情はファーレーンを取り巻く全ての国が一致しており、反乱があったからと言ってそれに乗じてファーレーンの国土を切り取ろうという野心を見せる国はどこにもないのである。何しろ、切り取った国土で増えるであろう収穫量と、取引が止まる事で得られなくなる食料では比較にならない。それぐらい、国境付近のモンスターは性質が悪い。


 他にも、先々代の王が乱心した時に食糧の輸入が混乱した結果、餓死者が大量に出たという歴史も、まともな王家が続いているところに波風を立てたくない理由となっている。隣国が強大になる事を望む国はないとはいえ、元々互いに侵略とかが可能な環境では無い。トップがちゃんと仲良くできる相手であるなら、仲よく支え合うに越した事は無いのである。


「さて、とりあえずさしあたって問題となるのは……」


「どうやって女王として接触を持つか、ですか?」


「うむ。例の変死事件がらみで神殿がごたついておる所に、先のデントリスの別邸の件で神殿の事情に巻き込まれてしまったようでな。もっとも、幸いと言っていいのかどうか、押しつけられた相手はノートンのところの娘二人のようじゃ」


「ならば、そちらの伝手で調整しましょう」


「頼むぞ」


 そうやって当面の方針を決めた女王だが、ありとあらゆる予定が宏の暴走によって微妙に狂う事になるとは、この時予想だにしていなかったのであった。

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