後日談その3
「そおい!」
宏の気合の声にあわせヘビーモールが豪快な音を立てて振り抜かれ、イノシシ型のモンスターが宙に舞う。弱点の腹部が露わになったところを、一本の矢が正確に心臓まで貫く。
「宏、こっちに一匹頂戴!」
「宏君、こっちにも!」
「了解や!」
真琴と春菜の言葉に従い、イノシシをまずは真琴のところにスマッシュで飛ばし、スキルディレイが終わったところで即座にもう一匹を春菜に弾き飛ばして渡す。
「師匠、上!」
「こっちでも見えた!」
澪の言葉より一拍ほど早く飛んでくる大ガラスを発見し挑発、急降下してきたところをカウンター気味にスマイトで叩き落とす。
「ウインドカッター!」
地面に堕ちる直前に達也が風の初級攻撃魔法で首を切り落とし、止めを刺す。血の匂いに誘われて、奥から現れた肉食の熊に対し、
「こいやあ!!」
アウトフェースで威圧をかけて自身に攻撃を集中させる宏。一瞬ひるみ、そのまま怯えて宏を殴り倒そうと突っ込んで、次の瞬間派手に吹っ飛ばされる熊。
「どうする?」
「討伐証明部位が残ればどうでもええ」
「了解」
吹っ飛ばされた熊が態勢を整える前にそんなやり取りを済ませ、無詠唱の術で一瞬にして熊を氷漬けにする達也。
「お疲れ」
「結構ようけ出てきたなあ」
戦闘態勢を崩さずに周囲の討伐済みモンスターを見渡して、感心するような呆れたような口調でつぶやく宏。彼らが仕留めたモンスターは二十を超える。真琴達がソルマイセンの調達をしに行った時の数に比べれば三割にも届いていないとはいえ、比較的人里に近いこの場所で、そろそろ雪に閉ざされそうだという季節に遭遇する数としては無視できない。
「五分ほどでこの数を釣り上げて殲滅して、その一言で済ます親方たちが信じられないのです」
「何というか、親方も強かったんですねえ」
「親方、格好いい!」
戦闘開始後、安全圏に退避していた工房の職員達が、今の戦闘について口々にそんな感想を言い合う。今回彼らは五人での連携訓練も兼ねて、ウルス郊外にある農園地帯に依頼を受けて来ていた。ノーラ達三人は、折角だから素材集めについてきてもらったのだ。無論、地主の許可は取ってある。
郊外と言っても、東門から歩いて二時間ぐらいはかかる場所で、街道に出て後半日も歩けばレイテ村が見えてくる、と言う微妙な位置関係だ。依頼内容は単純で、例年になく増えたモンスターの駆除である。内容が内容だけに宏達以外にも何組かの冒険者が来て、割り当てられた担当区域で狩りをしている。これだけ狩れば問題なしと言うラインは曖昧ではあるが、流石に一カ所で百も二百も仕留める必要もないだろう。むしろ、狩りすぎてもそれはそれで後々面倒なことになる。
「別にこれぐらい普通っちゅうか、僕おらんでも真琴さんと兄貴のコンビだけで、普通に大差ない時間で終わるやろ?」
「まあね」
「ただ、どっちが楽かって話なら、今回の方が圧倒的に楽だったぞ」
同じく戦闘態勢を維持しながらも宏の言葉に同意しつつ、さらっと本音を言う二人。
同じ数を二人で仕留めるのと五人で仕留めるのでは、一見して五人でやる方が楽なのは当然のように思える。だが、素人どうしの集団戦ならともかく、モンスター相手となるとそんな簡単な話ではない。
最低でも一対一である程度のモンスターを仕留める能力があることが前提で、その上で役割分担ができなければ話にもならない。更に欲を言うならば、役割分担の際に連携を意識して動ければなおよく、更に全員の得意分野がバラけつつ、それぞれの役割をある程度他の人間が肩代わりできれば文句なし、と言う事になる。
そういう意味では、日本人チームはかなり理想に近い構成になっている。彼らの場合、欲を言えばもう一人補助魔法に長けた人間が欲しいのは事実だが、そこまで言うのは贅沢だろう。何しろ、そうでなくても宏と言う安定度合いでは他の追随を許さない強力な壁役がいるのに、それ以外でも達也以外は前衛が可能と言う贅沢にもほどがある仕様なのだ。
宏やドーガほど使い減りしない訳ではないというだけで、真琴も澪も一線級の防御能力は持っているのである。春菜も一対一や一対二ぐらいならどうとでもできるため、少々取りこぼしてもどうとでもフォローができる、と言うのは贅沢にもほどがある。
「しかし、アウトフェース覚えてから、一段と安定するようになったよな」
「無かった頃は、死角にいるのをたまに取りこぼしてた」
「流石に、単なる職人にそこまで求めるんはどうかと思うで」
「むしろ、アウトフェースなしでそのライン、って言うのが異常よ」
達也と澪のコメントに対する宏の苦情、それに真琴があきれ顔で突っ込みを入れる。
「とりあえず、もう出てくる気配もないし、とりあえずばらせるものはばらしちゃおうよ」
会話を苦笑しながら聞いていた春菜が、もう一度ざっと周囲の索敵を済ませて提案する。春菜が特に口を挟まなかったのは、今までの経験上、自分達の感覚はどう転んでも一般人からずれている自覚があったからである。もはや手遅れだとはいえ、わざわざ口を挟んでこれ以上職員達に変人扱いされるネタを提供する必要もないだろう、などと珍しく保身に走った思考をしていたのはここだけの秘密だ。
「せやな。っちゅうても素材としては微妙なんが多いけど」
「みんなの練習用に使うのは厳しいか?」
「毛皮のなめし以外は、辛うじて春菜さんだけやなあ。せめて七級ポーションに手を出せるレベルで無いと、薬の素材として使うんは難しい奴ばっかりや」
宏の言葉になるほどと頷きつつ、とりあえず討伐証明部位だけ切り取っていく一同。一応金になるからという事で、取れるものはすべて回収したが、加工するかどうかは悩ましいところである。
「で、そっちは薬草類はどの程度集まった?」
「とりあえず、籠一杯はどうにか集めたのです」
「ファムが大活躍でした」
「テレスもかなり頑張ってたじゃん」
どうやら、収穫としては上々だったらしい。テレスとファムに比べノーラの疲労が濃いのは、単純に技量の差であろう。元々森の民であるテレスや、よく雑草から食べられるものを見分けて収穫していたファムに比べ、どちらかと言うと雑用的な仕事で食いつないできたノーラがこの方面で負けているのは仕方が無い事だ。
「なら、とりあえず報告に戻って、ついでに昼にするか」
「せやな。いくら温度制御のエンチャかけてあるっちゅうたかて、寒いもんは寒いし」
「雪が降ってきたら、ちょっと厄介だよね」
達也の言葉に同意する宏達。このあたりはウルスに近いと言っても、結構積もる地域なのだ。今も三日前に降った雪がそこかしこに残っており、街道のあたりに比べると二度か三度気温が低い事を物語っている。
「春菜、お昼は何用意してきたの?」
「ギャノのいいのを仕入れたから、ザプレにしてみたんだ」
「いいわね」
春菜の返事に、実に嬉しそうな顔をする真琴。なお、ギャノとはブリのような見た目で鮭のような味がする白身の大型魚で、ザプレとは食材を大きな木の葉でくるんで焼く包み焼きである。ギャノに限らず様々な肉や魚で作るザプレは、テローナ、ブルフシュと並ぶファーレーンを代表する国民食だ。季節や地域ごとに使われる葉っぱが違い、それぞれに独特の風味が現れるのが特徴で、屋台で売られている物は葉っぱを剥きながらかぶり付くのが普通の食べ方である。なおこの三種の料理は、上品にアレンジされて正式なコースに出てくる事もある。
「いい感じに寒いし、早く帰りましょ」
「了解」
上機嫌な真琴に合わせ、暗に早くご飯にしようと帰還を催促する澪。そんな彼女達に思わず生温い笑みを浮かべながら、特に文句を言う理由もないのでさっさと戻る一行。昼までに狩ったとしては破格の数の討伐証明部位に、同じタイミングで戻ってきた他の冒険者が唖然としたのは別の話である。
「来週から、護衛でカルザスまで行ってくるから」
遊びに来たエレーナとエアリスに対して、その予定を告げる春菜。宏と達也、真琴の三人は所用で外出中、澪は工房の監督中なので、彼女達の相手をするのは春菜一人だ。レラはこういう時、お茶を持ってくる以外ではまず顔を出さないし、ライムは先ほど昼寝を始めたため、起きてくるのはもうしばらく先になる。
アズマ工房は出入りする人間が限られ、下手な要塞よりも防衛設備が整っている事もあり、転送陣もしくは転移魔法を使って直接来るのであれば、場合によっては城よりも余程安全だ。そのため、王子王女が護衛なしでこちらに顔を出す事は割と黙認されている。そもそも、エレーナとエアリスをかくまっていた時期の事を考えると、何を言うのも今更と言う感じが強い。
王族が一つの業者とあまり深いつながりを持つのはどうか、という意見も当然あるのだが、そもそもアズマ工房以外で調達できない物が多すぎる。その中には国策で広めていこうという機運が高まっている物もあり、それらがもっと手軽に手に入るようになるまで、アズマ工房との関係を弱くするのは不可能である。そう言った事情から、工房は権力闘争に関わらない部分で微妙かつデリケートな位置に立たされている。もっとも、所属している人間は、王家と関係を深めてどうしようという野心の類は一切ないのだが。
「……もう、そんな時期なんですね」
「まあ、中央でも場所によっては雪が解け始める頃だものね」
などと言いながら、こたつに入ってぬくぬくする王族二人。そろそろ冬も終わりだと言っても、寒いものは寒いのである。
「うん。工房の皆もそろそろ最低限の仕事はできるようになってきたし、いい機会だから練習しておいた方がいいかな、って」
春菜のいう練習とは、この場合二つの意味を持つ。一つは言うまでもなく工房のメンバーが宏達が不在でもちゃんと仕事をする練習で、もう一つは宏達の長距離移動である。
因みにウルスもカルザスも港町だが、言うまでもなくウルス‐カルザス間の物流を全て海運だけでまかなえる訳ではない。途中にいくつか村や町があるし、海路で長時間運搬するには向かない物も当然ある。それに、仮に海岸線上にある漁村だったとしても、必ずしも船が寄港してくれる訳ではなく、転送ゲートなんて便利なものは各国の首都もしくは一番規模の大きな都市の内部交通機関としてしか使われていない。転移陣も主要な都市に小規模なものが設置されている程度で、言うまでもなく使えるのは王族か貴族、もしくは王家の許可をもらった人間のみである。
そう言う訳で、隊商の護衛というメジャーな仕事は、鉄道のように便利で速くモンスターに強い陸運手段が完成しない限りは、そう簡単には無くならないだろう。
「まあ、幸いにして転送石はいくらでも用意できるから、少なくとも宏君はファーレーンを出てもそれなりの頻度で戻る予定ではあるんだけどね」
最低限の仕事はできるようになった、などと言ったところで、単に量って混ぜるだけのものが余り失敗せずにできるようになった、と言う程度にすぎない。カレー粉はほぼ問題なく作れるが、ある程度手順に癖がある等級外ポーションや熟成が絡む醤油などは、少々安定性に欠ける。そのため、最低でも月に一回か二回は、宏か澪が戻って指導をする必要があるのだ。
そもそも、三カ月やそこらで、そんな高度な技が身につくはずが無いのだ。むしろ、三カ月でガラス瓶を作るところから教えて、等級外ポーションの成功率が少々不安定と言うレベルまで到達した事が異常なのである。
なお、余談ながら、転送石を湯水のように使うというのは、ある意味で冒険者の夢だ。転送石と言うのは、一度行って拠点登録を済ませた、もしくはしっかりイメージができるほど馴染んだ場所に一瞬でいけるという夢のアイテムである。一つの石で五、六人移動でき、ノーリスクである事もポイントだ。便利ではあるが使い捨てで、しかも徐々に魔力が抜けていくため調達してからの使用期日がそれほど長くない。徐々に魔力が抜けていくという性質上基本的に受注生産にならざるを得ず、価格も一万クローネと驚きのお値段になる。
転送石が高いなら長距離転移の魔法を使えばいいじゃないか、という意見もあるが、あれはあれで消費が重く、移動できる場所の制限が転送石より厳しい。一度使用した後の再使用時間が最短でも二十四時間と長く、何より集団で転移すると、何千回かに一回は転送事故を起こす事があるという危険な魔法なのだ。更に言えば、バルドのように外法を使うか十人以上で儀式を行うかしない限り、一度に移動できる人数、持ち運べる物量は転送石と変わらない。まあ、起こる事故の大半は、移動しようとしたのとは違う拠点に飛ばされるだけで、レイオットやエアリスが使うアルフェミナ系特殊転移魔法は人数以外の条件全てを無視できるのだが。
なお、いくらでも用意できるとは言えど流石に限度はあるので、流石に毎日転送石で行き来するような使い方は厳しい。第一、こちらの転送石はゲームの時と違って、移動距離が長くなると一個で転移できなくなるため、最初の目的地の南部大森林地帯中央部あたりになると一個で行き来できるのかどうかは微妙なところである。次の目的地であるダールに至っては国境付近でも確実に二個、首都近辺になると三個は必要になる。
「そう言えば、転送石や転移魔法ではない移動手段を作るとか言っていたけど、そっちの方はいいの?」
「今試運転中。人通りが少ないところを軽く走らせて、不具合が無いか調べてくるんだって」
「なるほど。それで、結局どんなものを作ったの?」
「ゴーレム馬車って言えば通じるのかな?」
春菜の言葉に納得する二人。ファーレーンでは比較的珍しいものではあるが、全く見かけない訳でもない。ファーレーンの場合、魔法動力を使った交通手段は船が主流であるため、陸運に使われるゴーレム馬車はあまり発達していない。ゴーレム馬車の本場と言えばやはり、内陸部と言う立地上陸運が発達したローレンであろう。
「それで、その馬車はゴーレムが引っ張ってるタイプ? それとも車体自体がゴーレムのもの?」
「車体がゴーレムのタイプ。宏君が夜なべして、七人ぐらいが椅子に座れる奴を作ってくれたんだ」
「それは、割と大きなものですね」
「問題点の洗い出しと改良が終わったら、エルちゃんとエレ姉さんも一度乗ってもらうつもりだって」
「それは楽しみね」
「楽しみです」
どことなく嬉しそうに言う二人に、多分見れば驚くんだろうなあ、などと無責任な事を考える春菜。
賢明な方ならお気づきだろうが、宏が作ったのはいわゆるワンボックスの乗用車である。言うまでもなく、アクセルをベタ踏みすれば時速百キロなど余裕で超えるだけのスペックを持つ、モンスターを除けば現時点では間違いなくファーレーンはおろかこの世界で最速の乗りものだ。サスペンション周りは宏が持てるすべての技術をつぎ込んでいるため、乗り心地は現存する馬車はおろか地球で走っている車と比較しても上を行くだろう。
出せる速度が速度ゆえ、間違って何かにぶつかった時のダメージは馬車の比ではない。そのため、不具合だけではなく安全対策の不備が無いかも徹底的に洗い直している。わざわざ外に出て、人通りの少ない街道の脇道なんぞを走り回っているのもそれが理由だ。
もっとも、見れば驚くというのは速度やスペックの問題ではない。むしろ速度やデザイン、乗り心地なんぞよりも、使わない時の事を考えた宏が組み込んだ余計なギミックの方が問題である。
「そういえば、みんなで農園地帯で暴れてきたと聞いたけど?」
「確かに、そう言う依頼は受けたよ」
「朝のうちに二十を超えるモンスターを仕留めたというのは、本当ですか?」
「本当だよ。結構いっぱいわらわら出て来て。宏君が全部かき集めてくれたから、そんなに面倒な仕事でも無かったけど」
春菜が最後に付け加えた言葉に、思わず顔を見合わせるエレーナとエアリス。やるべき時にはちゃんと前に出るとはいえ、基本的に臆病者の宏が積極的にモンスターをかき集める。どうにも違和感のある話だ。
「……良く、ヒロシがその役回りをやってくれたわね」
「宏君にも、いろいろ思うところはあったみたい。まあ、抱え込むって言っても長くて五分もあれば終わるからとか、出てくるモンスターの強さ的に、当ってもそんなに痛くなさそうだったとかも理由だとは思うけど」
春菜の指摘に、納得がいくようないかないようなそんな気分になる。実際、人の生活圏が近い場所に出てくるモンスターなど、宏の防御力の前には全くの無力だ。農園地帯で相手にした連中にしても、一般的な七級冒険者では数で勝っていても無傷で終わらせられるかは微妙な相手だが、宏なら裸でも無傷で終わる程度の火力しかない。当れば痛いと言っても、一番痛くて小指をたんすの角にぶつけたほうが何倍も痛いのだから、調子に乗って前に出てもおかしくはないのかもしれない。
だが、それでもどうしても違和感があるのは、二人の中では戦闘要員にカウントされていない、と言う事が大きいだろう。
「……やっぱりしっくりこないわ」
「ヒロシ様は、大きな敵と戦っているような鋭い目をするより、貴重な素材に目を輝かせたり、難しいものや新しいものにチャレンジする時の真剣な姿の方が魅力的だと思います」
「まあ、エルちゃんの言う事には私も賛成なんだけど、ね」
揃いも揃って、宏が冒険物語の主人公には向いていないと言い切る女達。残念なことに、レイオットをはじめとする他の男達はおろか、当人すらもその意見に賛成するあたりが情けないというかへたれているというか。
「とりあえず、どうせこれからも戦闘に巻き込まれる事はたくさんあるだろうし、実戦で連携の練習をしておいた方がいいって宏君も含めた全員の意見が一致したんだ」
「残念ながら、きっとそれが正解なのよね」
「ファーレーンは幸運にも、バルドの手による転覆計画を間一髪のところで阻止する事が出来ましたが、他の国までそう上手くいくとは……」
「結局、そこなんだよね」
エアリスの言葉に、春菜がため息をつく。元の世界に戻る事を考える限り、どうあがいてもこの手の厄介事と縁を切る事は出来ない。進んで首を突っ込むつもりはないにしても、十中八九巻き込まれると考えて間違いないだろう。
「やらなきゃいけない事、やった方がよさそうな事はいくらでもあるけど、どれから手をつけるべきかはちょっと悩ましい感じ」
「そう言う時は、すぐに終わるものか、ずっと続ける必要があるものから手をつければいいわ」
「習慣づけが必要なものは、思い立った時に始めないと、いつまでもズルズルと先延ばしにしてしまいます」
「ん、そうだね」
二人の言葉に同意しつつ、その内容について余計な事に気がつく。
「なんか、習慣づけがどうって言う話は、ダイエットの話題を思い出すよ」
「そう言えば、レナお姉さまやマリアお姉さまは、晩餐会や夜会が続いた時に『体重が!』とか『コルセットが!』とかいいながらこっそり走っていましたわ」
春菜の言葉に、懐かしそうにエアリスが思い出話をする。どうやら、ファーレーンにもダイエットと言う単語とその概念は存在するらしい。
「エアリスもそのうち、そっちの仲間入りする……事もないわね。姫巫女だし」
「姫巫女だと、太らないの?」
「基本は粗食だし、地脈の浄化は物凄くエネルギーを使うみたいなのよね」
それが理由か、歴代の姫巫女は皆、胸部と臀部を除いてスレンダーな体型をしていたらしい。
「とりあえず、この一点に関しては、私達みんなカタリナを評価していたわ。どんなに食べても太らないよう、常日頃から体型と美貌の維持のためにびっくりするほど努力していたもの」
「あ~、結局まともに話した事は無かったけど、確かにそんな感じがする人だった」
「そう言う春菜はどうなの? あなた、いつもものすごく食事にこだわってるわよね?」
「ん~。うちの家系は基本、そう簡単には太らない感じ」
「そうなの?」
「うん。特にみんなでカラオケ、えっと私の国で個人、もしくは小集団でそれ専用の設備で歌を歌う事をカラオケって言うんだけど、そのための施設に歌いに行った場合、家族四人で三時間歌って、お父さん以外は平均二キロぐらい体重が落ちるし」
「……一体どれだけ歌にエネルギーを使ってるのよ……」
それでも春菜はまだ趣味の範囲でおさめているため、家族につられて全力以上を出して歌った時以外はそれほどのエネルギーを消費したりはしないが、母の雪菜や妹の深雪などは常に全力以上の全力で歌うため、一回歌うだけでもジョギング以上のカロリーを燃焼している。
「後、こっちに来てから、体力を目いっぱい使う機会が増えたから、むしろ一時期は体重落ちてたし」
「それでその体型と美貌を維持するとか、羨ましいを通り越して女性の敵ね」
「真琴さんにも言われたけど、体質の事について文句を言われても困るよ」
エレーナにまで言われて、苦笑とともに苦情を言うしかない春菜。反論のためになおも言葉を重ねようとしたところで、澪が上がってきた。
「春姉、そろそろご飯の支度」
「あ、そうだね」
澪に言われて、こたつから出ていく春菜。
「そう言えば、今日の食事は何?」
「最近ファーレーン料理に凝ってたから、今日は久しぶりに国の料理って事でカキフライ。そろそろシーズンも終わりだし」
「料理を覚えたいので、お手伝いしてもよろしいですか?」
「了解。色々教えてあげる」
エアリスの申し出を快諾し、色々と料理を教え込む。匿われていた頃から合間を見ては手伝いをしていたエアリスは、簡単なものなら危なげなく作る事が出来る腕を持っている。その意外な手際の良さを見せられて、
「十一歳になったばかりのお姫様に、どう逆立ちしても太刀打ちできないとか……」
料理が苦手なテレスががっくり落ち込んでいたのはここだけの話である。
「あんた達が、マコトの仲間?」
「そうだが、あんたは?」
「マコトの飲み仲間、ってところかな?」
護衛任務当日。集合場所に顔を出したところで、知らない女冒険者に声をかけられた。冒険者をしている女性としては珍しく、その栗色の髪を長く伸ばしている。
「あたしはイルヴァ。チーム『ブラッディローズ』のリーダーで、ランクは五級。因みに、うちのチームは全員女。今回、あんた達と一緒にカルザスまで隊商を護衛することになったわ」
「俺は香月達也。アズマ工房の交渉担当その一ってところか。ランクは八級に上がったところだな。今回は、見習い以外の全員で来てる」
とりあえずチーム名をアズマ工房と言う事にして、自己紹介をすませることにした達也。イルヴァの自己紹介を聞いたところで、自分達がこれと言ってチーム名を決めていなかった事を思い出したのだ。冒険者協会の方ではアズマ工房専属の冒険者と言う扱いで登録されているため、達也の自己紹介もそれほど大きく間違ってはいない。
「噂のアズマ工房の人間と一緒できるとは、面白い事になりそうだな」
達也とイルヴァのやり取りを聞いていたらしく、なかなかいいガタイをしたハンサムが声をかけてきた。
「噂? と言うかあんたは?」
「おう、すまねえ。俺はハーン。ハーン・サンドロームだ。ランクは六級でチーム『深緑の牙』の一員だ。向こうと同じく、カルザス行きの隊商の護衛に参加する。リーダーは別にいるんだが、あんまりこういうあいさつ回りが得意じゃ無くてな」
「まあ、それはうちの工房主も同じ事だからな。別に気にせんよ」
「そう言ってくれるとありがたい」
達也の返事に、本当にありがたそうに笑うハーン。その笑顔は、彼の気の良さを余すことなく表に出している。
「で、噂って?」
「色々、変わったものを作ってるんだろ?」
「否定はできないな。まあ、作ってるのは俺じゃないがね」
そんな感じで達也が一緒に護衛をする他のチームと親睦を深めていると、
「兄貴、そろそろ出発するらしいで」
飛んで火に入る夏の虫、と言う感じで宏が声をかけてきた。
「もうそんな時間か。あ、そうだ。ついでだから紹介しておく。ヒロ、そっちの軽戦士がチーム『ブラッディローズ』のリーダー・イルヴァで、このハンサムが『深緑の牙』の交渉担当のハーンだ。二人とも、こいつがうちの工房主、東宏だ」
「ハーン・サンドロームだ。よろしく」
「イルヴァ・ミールよ。いつもマコトには世話になってるわ」
「東宏や。あんまり冒険者らしい事はやってへんから、足引っ張らんように頑張るわ」
正直に余計な事を言ってのける宏に、思わず苦笑が漏れる達也。もっとも、単に背負っているだけとはいえ、柄まで金属で作ってあるような洒落にならない重量のヘビーモールを軽々と持ち歩いている人間を、単なる足手まといなどと考えるほど二人ともレベルは低くないのだが。
「しかし、ハーン・サンドロームかあ」
「何か文句でもあるのか?」
「いんや。ただなんとなく、あだ名とか略称とかが『ハンサム』になりそうやな、って」
余計なネタを振った宏に、同時に噴き出す達也とイルヴァ。イルヴァの反応から、ハンサムと言う単語はこちらでも通じるらしい。前に他の誰かにも言われた事があったハーンは、苦笑するだけにとどめる。その様子が妙に大人の風格を漂わせている。
「まあ、とりあえず行こうや。ちんたらやってたら置いてかれる」
「了解。とは言え、街道沿いに移動するんだから、俺達の出番はそんなにないだろうがね」
「でもないぞ。最近は大分落ち着いてきたが、それでもモンスターの異常発生は落ち着いてない」
「じゃなきゃ、あたしたちみたいにランクの高い冒険者を、たかがカルザスに行くぐらいで雇う訳無いじゃない」
「なるほど、道理だな」
達也ののんきと言うか甘い考えを、一言でバッサリ切り捨てるハーンとイルヴァ。その言葉に納得して見せる達也。
「とりあえず澪もおるし、索敵に関してはそんなに心配いらんやろう」
「だな」
そういいながら、とりあえず割り当てに従い真ん中の馬車に乗り込む。ブラッディローズは先頭、深緑の牙は殿だ。そうやって何事もなく出発した宏達を見守り、どこかにこそこそ連絡を入れる背が高くて胸の無い騎士風の女性と中肉中背で黒ずくめのそれなりに胸のある少女の存在には、結局最後まで気付かない日本人一同であった。
「師匠、不確定名巨大な鷹が三羽、こっちをロックオンしてる」
馬車の幌の無い部分に出て、空を見上げて澪が言う。なお、護衛だからと言っても、馬車の外を歩いたりはしない。足が遅くなれば余計に襲われやすくなるのだから、当然と言えば当然だろう。何しろ、この世界の馬車はスキルの影響で、荷馬車でも平均して時速二十キロ以上の速度が出るのだ。故に荷台に乗らない連中は即応しやすいように、隊商が経費で借りた馬に乗って周囲を警戒している。宏達の場合は真琴と春菜がこの役割である。
ファーレーン国内では、人数分の馬を用意して襲撃をかけてくるような大規模な盗賊団はほぼ駆逐されているため、本来はウルスとカルザスの間を移動するぐらいなら大した護衛は必要ない。街道付近に出てくる、馬車が走行中に襲ってくるような足が速くて獰猛なモンスターは、せいぜいポイズンウルフぐらいしかいないためである。だが、バルドがいろいろやらかした影響がまだまだ残っているため、今回みたいに大型モンスターに襲撃をかけられるリスクが数年前とは比べ物にならないほど高い。
余談ながら、こういう場合馬は冒険者協会で借りるのが一般的で、返却は基本的に行き先の協会で問題ない。基本的に行き先ごとに一回いくらで貸し出されるが、特殊な魔道具で生命反応やら何やらを追跡しているので持ち逃げは出来ない。また、不慮の事故に備えた保険も貸し賃に乗せられるため、餌代も考えるなら買うよりは安いとは言っても、それほど安いものでもない。ただし、保険に相当する料金は馬を返した時に返金されるため、懐に多少でも余裕があるなら、貸し馬はそれほどハードルが高い移動手段でもない。
「撃ち落とせるか?」
「問題ない」
宏の質問に応え、矢継ぎ早に三射、矢を放つ。他の人間が目視できる距離になったところで矢が心臓を射抜き、そのまま墜落してくる鳥三羽。地面に堕ちる前に、達也がアポートを発動させて手元に引き寄せ、邪魔にならないように鞄に収納する。
「トロール鳥か。どうする?」
「候補は唐揚げ、照り焼、ステーキにカツあたりやな」
「持って帰って、スモークするのもいいんじゃない? ってか、あたしはそっちが食べたい」
「ここであえて煮込み」
達也の問いかけに帰ってくる回答が、全て食うことを前提としたものなのが彼ららしいところであろう。特に真琴が主張する燻製は、飯であると同時に酒のあてでもある。最近は彼女のために、芋や麦で焼酎を仕込む羽目になっているのはここだけの話だ。
「誰も、肉を売りに出そうって言わないのが凄いよね。それも、一羽ならともかく三羽も仕留めて」
「普通、トロール鳥の肉となると、まずはどこに売るかを考えるものなんですけどねえ」
苦笑しながらの春菜の言葉に、同じく苦笑しながら同意する御者。
「あんた達と合流してから一番最初に狩ったトロール鳥、料理したいって言ったのは春菜だった事、あたしは忘れてないんだけど?」
「あの頃は、食材もそんなに充実してなかった時期だし。それに、あの大きさの鳥を三羽分って、結構食べきるのに苦労するよ?」
「だったらいっそ、屋台で使えばどうだ?」
「屋台に出すんだったら、後二羽ぐらいほしいかな」
「そんな余計な事を言うと、それ以上の数を仕留める羽目になるぞ」
どこまでものんきな会話をつづける日本人達。その時。
「不確定名、巨大な鷹が五羽。仕留めていい?」
「撃ち漏らすなよ~」
マーフィーの法則に従ったか、再びトロール鳥が出現する。またしても目視できるようになると同時に撃ち落とされて、達也に引き寄せ魔法で回収される。
「トロール鳥って、あんなに簡単に処理できたか?」
「弓手の腕がよければ不可能ではないだろうが……」
その様子を、何とも言えない顔で観察する深緑の牙の一行。先頭にいるブラッディローズのメンバーに至っては、なにが起こっているのか把握も出来ていないだろう。多分、彼女達の眼には、いきなり矢に心臓を貫かれたトロール鳥が落ちてきて、唐突にその死体が消えたようにしか見えないはずだ。
「もうすぐ野営の時間だし、その時にざっと処理して食うか?」
「せやな。トロール鳥は基本、肉以外価値ないし。で、どうやって食べる?」
「使える調理器具は?」
「鉄板と鍋やな。大概のモンは出来んで」
「だったら、揚げ物でいいんじゃないかな? おすそわけもしやすいし」
前後のチームの困惑など知った事ではない日本人一同は、そんな風に平常運転でメニューを決める。
「……うまい飯にありつけるのはありがたいんだが……」
「この釈然としない気持ちは何かしら……」
渡された唐揚げをかじりながら、次々に取り出される調理器具で野営地とは思えないほど充実した料理を用意する宏と春菜を、本当に釈然としない顔で見つめる二つのチームの代表者であった。
「そろそろ交代だぞ」
「了解。すまんね」
「それが役目だからな」
三日目の早朝。見張りのローテーションで起こされた達也達が、眠気を振り払って見張りにつく。ゲームの時は徒歩で複数日かかる場所への移動は、わざわざ野営などせずにログイン時間を目いっぱい使って移動していたため、こういう警戒は今一歩慣れない。
カルザスとウルスの間の移動、それも複数の村や町を経由する迂回ルートにおいて、最もリスクが高いのがこの二日目と三日目の晩の野営である。この区間には宿場町も農村も無いため、どんなに頑張っても野営を避ける事が出来ない。盗賊などに襲われるのも、大体このタイミングである。まあ、襲われやすいと分かっている場所を国が放置している訳もなく、それなり以上の頻度で山狩りなどをしているため、そんなに襲撃をかけられる訳ではないのだが。
因みにこれまた言うまでもない事だが、徒歩で五日程度という最短ルートは、余程急ぎの、それも海運が使えない種類の荷物が大量にある場合でもない限りは、普通の隊商はまず使わない。寄り道する街が一ヶ所しかない上、その街にはウルスとカルザス双方から定期的に荷馬車が出ているため、ほとんど旨みが無いからである。
『野営、っちゅうんも結構大変やなあ』
パーティチャットで駄弁りながら、それぞれの警戒場所に散っていく宏達。流石に護衛対象の規模がそれなりに大きいため、一ヶ所で固まっている訳にはいかない。
『見張りがいるからな。それとも、見張りを置かなくても安全に休める道具があるか?』
『材料が微妙や。流石にウルスにおって手に入るもんで、全部まかなえる訳やあらへん』
当然と言えば当然の宏の言葉に、微妙に納得する達也。実際のところ、弱いモンスターを追い払う程度の道具は普通に売られてはいるが、残念ながら消耗品なので、今回程度の規模の隊商ではどうにも使い勝手が悪い。その上、追い払えるレベルがせいぜいトロール鳥の弱い個体ぐらいまで、それも群れの規模によっては気が大きくなっていて無視して突っ込んでくる事がある、と言う微妙なラインなので、結局見張りなしと言う訳にはいかない。無論、盗賊達にも効果が薄い。
もっと強力なモンスターを追い払えたり、使用回数に制限が無かったりとさらに便利な物もあるにはあるが、ほとんどがアーティファクト扱いで一般人には入手不可能だ。辛うじて中級モンスターを追い払える使い捨ての結界アイテムが流通しているが、使うのは三級ぐらいの冒険者が遠方のダンジョンに行く時に余計な消耗を避けるため、ぐらいしかない。
結局、余程名の通った商人でも、陸路を行く時はがっつり護衛を雇うのが普通となっている。
『微妙でも、少しはマシになるんだよね?』
『まあ、普通に売っとるやつよりは強い効能はあるで』
『だったら、間に合わせ程度で作るだけ作っておくのは?』
『考えとくわ』
そんな感じで駄弁りながら、警戒しつつも手待ちの時間を潰すために薬草や薪の類を集めていく一同。そろそろ日が昇ろうかと言うあたりで
「オキサイドサークル!」
冬眠し損ねて迷い込んできたらしいロックボアを、達也が酸欠にして仕留める。
「ヒロ、澪、他に居るか?」
集まってきた宏達に、端的に質問を飛ばす達也。
「居らん」
「範囲内にアクティブなのはいない」
「じゃあ、起こす必要もないわね」
念のために頭を落とし、吊り下げて血を抜きながら真琴が結論を出す。血の臭いで余計なものを誘い出さないように消臭結界を張り、抜いた血を容器で受けて宏に預ける。こういう時の処理は専門家に任せるのがいい。因みに、消臭結界は真琴が使える数少ない魔法の一つで、ゲーム時代に血の臭いで余計なモンスターを集めないために良く使っていたのだ。
「また肉やな」
「ベーコンにするには、ちょっと時間が足りないかな?」
「何やったら、熟成加速器使えばええで」
「分かった。ちょっと借りるね。折角だから、朝ごはんに使おう」
そう言って、ロックボアの肉のいいところをいぶし、ベーコンに加工し始める春菜。
「折角だから、鳥肉も」
「はいはい。何なら、チーズとかもスモークする?」
「いいわね」
などと言いながら、周囲を起こさないように注意しつつ和気藹々と燻製を作っていく春菜達。野営の見張りの最中に、それも朝一番の時間帯に燻製など作る冒険者はそうはいないだろう。
「……で、探知魔法にモンスターが引っ掛からなかったから、ロックボアを解体してベーコン作ってた、と」
鉄板でいい音を立てながら焼かれるベーコンを見ながら、呆れたように達也の報告を聞くハーン。毎食毎食手の込んだ料理を作る宏と春菜に、思わず白い目を向けたくなるのも仕方が無いことだろう。
「わざわざ騒ぐ必要もないかと思ってな」
「分からんでもないが、はぐれとはいえモンスターが出たんだ。ちゃんと起こしてもらえるとありがたいんだが?」
「あ~、すまん。一瞬で終わった上に、俺達はそう言う部分の感覚がどうにもずれてるんだよなあ」
頭をかきながら、申し訳なさそうに言う達也。
「と言うか、一体今までどういう生活してれば、その実力でここまでずれた思考になるのよ?」
「もともと冒険者じゃなかったから、そこは言われても困る。冒険者登録したのも最近だし、護衛任務やってるのも、必要に迫られた部分が強いんだよ」
「必要に迫られた?」
「ああ。世界中を旅する必要が出てきてな。長距離移動の訓練として、先輩方にどういったことを注意するべきか、教わろうと思ってたんだ」
世界中を旅する必要、と言うところに興味を惹かれそうになるが、問題はそこではないので自重する二人。
「まあ、お前達は護衛任務は初めてらしいし、今回はこれ以上は言わん。次からは注意してくれ」
「了解。飯が出来たみたいだし、さっさと食おうぜ」
達也に言われて、苦笑しながらお相伴に与る二チーム。何だかんだ言って、彼らも日本人達の行動の恩恵を受けている。
「ロックボアにトロール鳥が八羽もとは、大収穫ですね」
「よろしければ、毛皮と肉を買い取っていただけませんか?」
「もちろんです。これだけの質なら、協会の買取査定より五割上乗せしても十分儲けがあります」
「普通の査定でいいですよ。あまりちゃんとした処理は出来てないとのことですし」
朝食の席で、そんな会話が繰り広げられる。これだけ丁寧にきっちり処理しておいて、ちゃんとした処理は出来ていないとかどういうことかと突っ込みそうになり、あのアズマ工房の主が来ているのだからおかしなことではないのかもしれない、と考え直す。
結局、到着するまでにもう一度モンスターと遭遇し、夕食に熊肉のカレー焼きが振舞われることになるのであった。
「やっとついたね~」
「やっぱ、ウルスよりカルザスのほうが港町っぽいんやなあ」
「ファーレーン中央部の南側入り口ですからね。そもそも、山側にあった城が港町と一体化するほど大きくなったウルスが特殊なのであって、世界中のほとんどの港町は、建物の様式はともかく規模や景色としてはこんな感じですよ」
「ウルスは普通の大都市四つ分ぐらいの規模があるものね。港があるのに海が見えない町って、こっちじゃ少ないってのはあたしでも分かるわ」
ウルスを出発して二週間後。現実の光景としては初めて見ることになったカルザスを前に、好き放題言い合う一行。ギルドで成功報酬を貰って、せっかくだからと観光スポット的な扱いになっているアルフェミナ神殿のカルザス分殿を覗くと……。
「お待ちしていました」
神殿の裏手に通され、満面の笑みを浮かべるエアリスに出迎えられる。
「え、エルちゃん!?」
「またなんでカルザスに?」
「各地の分殿めぐり、最初の一箇所の時期を繰り上げて、場所をカルザスにしていただいたんです」
「何、その権力の私的利用……」
あまりにあまりなエアリスの言葉に、思わず力なく突っ込みを入れる真琴。その言葉を予想していたのかにっこり微笑むと言葉を返すエアリス。
「神殿の皆様もお父様達も、姫巫女として初めてウルスから出て行く私のことを大変心配してくださりまして。皆様がここに来るという話をしたら、二つ返事で許可をくださいました」
満面の笑みを崩さずにその言葉を告げられ、返す言葉を見つけられずに全面敗北を受け入れる一行であった。