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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

エルフの森編

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プロローグ

「多分、ここが入り口」

「そんな感じやな」

 ファーレーン南部を覆う大森林。植生が熱帯雨林に変わるぐらいから三月だとまだやや肌寒い地域までを微妙に弧を描きながら斜めに走り、ファーレーンとダールという二つの大国を繋ぐ大街道。総延長四千キロ以上と言われている街道、その大体中央あたりからややファーレーン寄りのあたりにある脇道を見て、そんな事を言い合う宏達。最寄りの街であるレネードから、徒歩だと半日と言ったところだろう。

 時速八十キロで後一時間ほど走れば、ダールとの国境も兼ねるシャルネ川に到着すると言う位置関係だ。もっとも、そのシャルネ川もそれなり以上の水深があるのに川幅が一キロを超える代物で、よく橋をかけることに成功したものだと感心するしかない壮大さを誇る。この大河を超えて更に二日ほど走ってようやく森が途切れ始めるのだ。この河を抜けるまでは緩やかな弧を描きながら北東に進んでいた街道は、川を渡ったあたりから同じように緩やかな弧を描きながら南東に進んで行く。

 因みにこの世界の街道は、途上国の無舗装の道よりはよほどしっかり整備されているが、先進国の都市部に比べれば悪路というしかないような道である。この南部大街道もその例に漏れず、よくもまあこれほどの道幅をこれだけの距離整備できたものだと感心するしかない大きさではあるが、普通のワンボックスカーで走るには向いていない。彼らの乗っている車が見た目と車内設備と操作方法がワンボックスカーであるだけの何かでなければ、車も乗っている人間も碌な事にならなかっただろう。とは言え、規模が規模ゆえに、仮にアスファルト舗装ができるとしても維持できたかどうかは微妙なところだが。

 その広大な、道幅が片側三車線ぐらい取れる街道から見れば、普通なら見落としてもおかしくないほどささやかな、普通に見ると道とは思わないような道を見て、一同は何とも言えない雰囲気になっていた。

「こりゃ、歩いていくしかないな」

「まあ、予想はしてたけどね」

 脇道と言うよりは獣道に近いその通路を見て、うんざりしたような感じで言う達也と真琴。地元の人間が出入りするために切り開いた、と言う感じの道は、馬車や車はおろか、荷車すら引いていけない程度の道幅しかない。そもそも、踏み固められたとすら言えない足元では、下手に台車などを持ち込んだ日には、確実に立ち往生する事請け合いである。

「まあ、ごちゃごちゃ言ってても始まらないし、さっさと準備して行こうよ。感じからいって多分、三日やそこらじゃ目的地には着かないだろうし」

 現実を見た春菜の意見に、微妙にうんざりしながら頷く達也と真琴。

「何がいるかね?」

「まずは虫除けと虫刺され。きっちり塗っておかないと、このあたりは刺す虫が多いし」

「ウルスのあたりと違って、変な病気持っとる奴も多いしなあ」

 春菜の言葉に同意しつつ、特製の虫除けを全員に配る宏。妙な病気と聞いて、嫌な顔をしながらも顔や手にすりこんで行く一同。

「後は蚊帳とテントやけど、その手のはここで取り出す必要もないやろう」

「宏君、コンパスと地図出して」

「了解」

 春菜に言われ、大雑把に街道と森だけ書かれた地図とコンパスを取り出す。

「師匠、鉈か鎌よろしく」

「ほい」

 澪に言われて鎌を渡す。自分は鉈代わりの手斧を持ち、先導するように前に出る。

「澪ちゃん、一応髪まとめといた方がいいと思うよ」

「移動しながらやる」

 もはや慣れた手つきで髪をアップにまとめながらの春菜の言葉に、こちらも割と慣れた手つきで束ねてアップにする澪。服の袖や裾はエンチャントでどうにかなるにしても、髪はどうにもならないのだ。

「車片すぞ」

「了解」

 一応声だけかけ、返事も聞かずにここまで乗ってきたワンボックスカーをカプセルに収納する達也。収納されたカプセルの形状が、七つの球を集めて願いをかなえる漫画のあれによく似たデザインなのは、明らかに宏が遊んだ結果であろう。

「途中、どっかに野営ができる場所があればいいんだが」

「まあ、無かったら最悪、寝袋のスペースだけは確保するわ」

「それしかないか……」

 人が自由に動き回るには、この大森林の自然の力は圧倒的だ。全く手が入っていない森ではないにしても、人にとって未知の領域の方が圧倒的に多いのは間違いない。そもそも、南部大街道に接続するまで回り込むように走ったとは言え、時速八十キロで毎日八時間は走っているのに、森が見え始めて三日以上経ってようやく折り返しという巨大さだ。モンスターの存在も考えれば、今の技術レベルでこの大森林を全て人の手におさめようとするのは不可能だろう。

 この南部大街道の建築・整備も、実に大仕事だったに違いない。何年がかりで森を切り開き開拓したのか、それ自体が想像を絶する規模である。街道沿いにそれなりの数存在する小規模な宿場町、そこに必ず設置されている慰霊碑を見れば、この道を作る工事が相当な年月と多大な犠牲を払ってなされた事を疑う余地はない。この街道を作った総指揮者は、間違いなく土木のエクストラスキル持ちだろう。

 交通量の多い街道ゆえ、三つほどは大きな宿場町もあった。だが、それもせいぜい人口十万に届かない程度の規模であり、それほど森を大きく切り開けている訳でもなかった。どこの宿場町にも慰霊碑がある事を考えるまでもなく、森を切り開くのはそう容易くないのだ。

 もっとも、いくら交通量が多いと言ったところで、日本の大都市のスクランブル交差点などと比べればはるかに人口密度は低く、それゆえ時速八十キロなどと言う速度を出しても、人をはねたり衝突事故を起こしたりはほとんどしなかったのだが。

 ウルスを出てもうじき二週間の三月上旬。そんな圧倒的な力を持つ大森林に、ついに日本人達は足を踏み入れたのであった。







「しかし、森の中で野営するのも、慣れたわねえ……」

「山とか森とかで何かする仕事ばかりだったからなあ……」

 辛うじてテントが張れそうな広場を発見し、野営の準備に入りながらぼやく達也と真琴。ファーレーンに来てからこっち、澪の採取に付き合って山や森に入ってばかりの二人は、もはや獣道を歩くのも慣れたものである。

 宏達にしても、外部で何か活動するとなると圧倒的に森の中が多い。ガラスの材料となる石も、鉄鉱石が取れる崖も、大体は森の中の川や山の中に点在しており、何より一番需要の多い薬類の材料は、森の中に入るのが最も質の良いものをたくさん回収できる。

「この感じからいうて、たまに野営する人間がおるんは間違いなさそうやな」

「このあたりは街道が近いからか、あんまり凶暴なモンスターはいないしね」

 周囲の植生や地面の様子を確認して述べる宏に、コンパス片手に地図をメモりつつ春菜が思うところを述べる。外から見れば圧倒的に緑色の大森林も、一歩中に入ればイメージよりもはるかにカラフルだ。それは、この森が生き物たちに豊かな恵みをもたらしている証拠でもあり、それを目当てに森に入ってくる人間がそれなりに居るのもおかしな話ではないだろう。もっとも、分をわきまえない侵入者に対して、森は決して甘くはないのだが。

「テレスはなんて言ってた?」

「一番太い獣道を抜けていけば川に出るから、そのまま上流目指して川沿いに歩いていけば、目ざとい人間なら集落を見つけられるはずだ、って」

「しゃあないこととはいえ、何度聞いてもアバウトな説明やなあ」

 真琴の確認に対して、正確に内容を繰り返して見せる春菜。そのアバウトな内容にため息しか出ない宏。そもそも、どこの国にもそこまで正確な地図が無いのだから、場所の説明がアバウトになるのは仕方が無い。むしろ、入り口については相当分かりやすく正確に説明してくれた方だろう。

「こんなところに住んでるところを見ると、やっぱりテンプレ通りに閉鎖的なのかね?」

「どうだろう? テレスに言わせると、都会にコンプレックスがあるから外に出たくないだけで、別に他所者が来るのを嫌がる訳じゃないらしいんだけど……」

「……ファンタジーのエルフのイメージに、真っ向から喧嘩売ってるわね~」

 工房で雇ったエルフ娘の言葉に、ため息と苦笑が混ざった言葉を漏らす真琴。正直なところ、それを言ったテレス自身にも、どうにも都会に馴染んだ田舎者のイメージが微妙にある。ノーラともども、奴隷にされかかった割にはヒューマン種に対して偏見や忌避感が無いのが不思議だが、当人達に言わせると

「会った人全体でみると圧倒的に親切な人の割合の方が多かったので、一回二回で偏見を持つのはフェアじゃないかな、と」

「モーラ族にも、碌でなしは山ほどいるのです。そもそも、ヒューマン種全体が碌でなしなら、里を出た時点ですでに命は無いのです」

 との事。基本、ちゃんと働けば食うに困らないファーレーンの、大国とは思えない牧歌的でどこか平和ボケした民族性に大いに救われている面があるのは間違いない。

「まあ何にしても、多少迷っても帰ることはできるんだ。モンスターにだけ気をつけて、気長に進めばいいさ」

「そうそう。食材にしても食べきれないほど用意してあるし、いざとなったら工房のみんなに、食料と水を調達してもらえばいいんだし」

 共有化のエンチャントの恩恵を最大限に生かした春菜の言葉に、違い無いと笑う一行。戻るにしても転送石も長距離転移の使い手も確保してあるのだから、一週間や二週間の迷子はピンチにはならない。

 人間、食うに困らず大きな悩みも無ければ、多少の不自由には結構おおらかに対処できるものだ。そもそも、彼らの旅は特に期限があるものではない。向こうとこっちとの時間軸がどうなっているか分からない上、既に達也達が飛ばされた頃から見ても半年以上は経っているのだ。今更焦っても仕方が無いのだから、こういうプチ冒険の機会は大いに楽しむべきである。

 今のところ、彼らはそんな感じで意見が一致している。言うまでもない事だが、南部大森林地帯に足を踏み入れ、ほとんどの人間がその所在地を知らないエルフの里を探すという行為は、間違ってもプチ冒険に収まる内容ではない。

 どこまでも一般人とは認識がずれている宏達であった。







「芋虫芋虫~」

「ケバい実ゲットや」

「怪しい色合いの草、抜いてきた」

 森に侵入してから三日目。日本人達は、すっかり森の中で生活する状況に順応していた。いまだにテレスが指定した川と言うやつには行き当っていないのだが、誰一人として気にする様子はない。

 なお、彼らは旅歩きのスキルによる強化に加えて森林地帯に対する慣れもあり、一日の踏破距離は驚異の五十キロに達する。真っ直ぐ北に向かって歩き続ければ、十日もあれば大霊峰の南端が見えるところまで移動しかねないスピードである。

「お前ら、よくこれを食おうと思ったよな」

「結局食うてる兄貴は、人の事言えんで」

「慣れたって言うか、諦めたんだよ」

 見た目に怪しい食材に、何とも言えない顔で返事を返す達也。見た目のあれさ加減とは裏腹に、彼らが調達してくる食材は安全で美味い。配色が怪しい食材の大半は、怪しい色になる事で外敵に食われないようにするという何とも言い難い進化をしたものらしい。

 中には、人間には無害だがここら一体の草食動物や昆虫類にとっては強力な毒となる物質が色素になっている物もあり、異世界は異世界なりの生存競争をしていることがうかがえる。

「しかし、こういう食材見てると、やっぱり異世界だよなあ」

「何をいまさら。ワイバーン食うといてそれは無いで」

「いやまあそうなんだが、な。あれはまだ、単にでかいトカゲってイメージが強いんだが、この辺のは明らかに毒々しいだろう?」

「言わんとする事は分かるけどなあ……」

 魔法で水を出し、怪しい色合いの草からアクを抜きながら苦笑を返す宏。ゲームと同じ食品があるのなら、この先はもっとあれで何な感じの物も出てくる。

 とりわけ印象に残っている食品系の上位素材と言えば、どう見てもヘドロかコールタールです、ありがとうございますという感じの、普通ならまず間違いなく飲み込めば一発で体がやられる類の外見で、そのくせ味は現実にこれほどの美味があるのだろうかと思うほどうまい謎物質が筆頭である。単独で口にしても病気系のステータス異常を根こそぎ解消する良く分からない物質だが、神酒ソーマという洒落にならない回復アイテムの材料になるため、そのまま食べる機会はほぼ無かった。

「蛇、捕まえたわよ」

 余計な事を駄弁りながら夕食の準備をしていると、真琴が自身の身長と大差ない長さの蛇を引きずって帰ってきた。胴周りの太さはそれほどでもないが、五人分の晩と朝の食事には十分な量の肉が取れそうだ。

「おー、ご馳走やな」

「蒲焼き蒲焼き」

「タレ作らなきゃ」

 寄生虫がいる種類の蛇なので、しっかり火を通してやらなければいけない。そのためにも、丁寧に下処理をしていく春菜。

「火、起こしといたで」

「ありがとう」

 蒲焼きは、鉄板で焼くより網で直火の方がいい。そんな妙なこだわりで七輪に火を起こした宏は、色々突っ込まれても仕方が無い。もっとも、もはや誰も突っ込みなど入れないのだが。

「芋虫は、こっちの鉄板で焼いとくわ」

「草はおひたし?」

「そうだね。もしくは、木の実と一緒に煮物にするか」

 などと言いながら、着々と調理を進めていく三人。この時間ばかりは、料理をしない組である年長者二人の出番は一切ない。

「この匂い、そそるなあ……」

「蒲焼きって、どんぶりにして食べたい物の筆頭よね……」

 真琴の言葉に、料理をしていた連中の動きが一瞬止まる。

「どうする? ご飯炊く?」

「温泉の後は護衛任務の帰りにエルと一回食うただけやから、今回ぐらいは大丈夫やで」

「どんぶり……、食べたいかも……」

 一度意識してしまってはもう駄目だ。焼き上がった蒲焼きを早々に食糧庫に突っ込み、迷うことなく米を炊き始める春菜。春菜に代わって蒲焼きを焼いて、片っ端から食糧庫に突っ込んで行く宏。草と木の実の煮物と並行して、虎の子の麩とワカメを取り出して赤だしを作る澪。

 一番時間がかかる炊飯作業が終わる頃には全ての料理が食糧庫に突っ込まれ、飢えた獣たちが今か今かと待ち構えるという何とも言えない光景が出来上がっていた。

「そろそろいいかな」

 電子ジャーなどと言う便利なものはないので、炊けたかどうかは自分で判断しなければいけない。とは言え、そこは料理スキルカンストの春菜に抜かりはない。土鍋の蓋を取った瞬間、日本人の大多数が食欲をそそられると答えるであろう香りとともに、白い粒がピンとたった感じで炊きあがったご飯が姿を現す。

「もう、辛抱たまらん!」

「春菜、早く!」

「はいはい、ちょっと待って」

 人数分のどんぶりに手早くご飯を盛りつけ、いつの間にか準備されていたお膳に乗せていく。流れ作業で宏が蛇の蒲焼きを米の上に乗せ、澪がタレをたっぷりかけていく。全てのお膳に全ての料理が盛りつけられるまで、一分とかからなかった。

「正しくどんぶり系の定食だな……」

「食べてる場所とか使われてる材料とか、多分突っ込みどころはいくらでもあるんでしょうけど、細かい事はどうでもいいわ……」

 箸を手に取りながら、感極まった顔で目の前のお膳を見つめる達也と真琴。漬物の代わりに焼いた芋虫が乗っていたり、菜っ葉の煮物が極彩色だったりと、いろいろ微妙な点はある。そもそも、どんぶり定食だと小鉢の煮物じゃなくてミニうどんかミニそばだろうが、という意見もあるだろう。

 だが、それでも異世界でどんぶりに赤だしの味噌汁と言う組み合わせの定食にありつける、と言うのは、日本人にとっては些細な事が気にならなくなるぐらいの事柄なのだ。

「うめえ……」

「タレの味が最高……」

「私的には蒲焼き、結構いい出来だと思うけど、どうかな?」

「蒲焼きも旨いぞ。鰻とか穴子とはいろいろと違うが、これはこれで旨い」

 爬虫類の常に逆らわず、今回捌いた蛇もどちらかと言えば鶏肉に近い味わいをしている。なので、鰻では無く鶏の蒲焼きというイメージの方が強いのだが、蒲焼きは蒲焼きだ。ご飯にのせて食べるのが美味しいのは変わらない。

「芋虫が、案外箸休めにええ感じやな」

「この種類は、ちょっとコリっとしてる」

 沢庵のようにコリコリと芋虫をかじりながら、全体のバランスについてそんなコメントを漏らす宏と澪。瞬く間にどんぶりも煮物も味噌汁も無くなる。

「ご馳走様でした」

 全員がほぼ同時に食べ終わり、ほぼ同時にその挨拶を終える。

「なんつうか、不思議な気分だよな」

「普通、こういうとこにキャンプに来たら、どんぶりは食わへんからなあ」

 状況的に一番の突っ込みどころであろうポイントを、情け容赦なく突っ込んでくる宏。

「で、衝動的に米食っちまったが、補給のあてはあるのか?」

「時期が時期やからなあ。とりあえず、あと半年は待たなあかんで」

 宏の突っ込みに、納得するしかない達也。実際、まだ田植えも始まっていないような時期だ。日本で言うなら、ようやく桜の開花予想が始まった頃だろう。余程特殊なずるをしない限り、流石にこの時期に新米を手に入れるのは不可能だ。

「まだ半分も食べてないから、もうしばらくはそんなに心配しなくてもいいよ」

「とは言うがなあ。どうにも炊くたびに結構な量を食ってる気がするし、手に入れる機会が少ないものだから、どうしても気にはなるぞ」

「達兄は、エリクサーとか最後まで使わないでクリアするタイプ」

「悪かったな」

 澪の突っ込みに、思わずぶすっとした顔で返事を返す達也。とは言え、後で補充できなかったり、補充できても物凄い値段で数揃えられないものを最後まで温存して腐らせてしまうのは、ある意味日本人のお家芸のような部分はある。

「まあ、このペースで食う分には、次の新米までどうにか引き延ばせるとは思うで」

「ならいいんだが……」

 どこまでも不安そうにする達也。最初から全くないのであれば割り切れもするのだが、手に入るが量が少ないとなるとどうにも守りに入ってしまう。

「どっちにしても、後生大事に抱えこんどっても意味あらへんし、どうしても食いたなった時はバクバクいけばええねん」

「……分かっちゃいるんだけどなあ」

「流石に、そこまで思い切るにはちょっとねえ」

 執着度合いの問題で、どうにも宏ほどには割り切れない年長者達。彼らは知らなかった。仮に工房で新人達に米を振舞っていれば、すぐにでも悩みが解消できる情報を得られた事を。







「そろそろ髪切った方がいいわね~」

「私も、毛先揃えようかな」

 野外の風呂を堪能しながら、そんな事を言い合う真琴と春菜。宏の特徴とその対策のため、男達には絶対に覗かれる心配が無いため、実に開放的に振舞っている。

 なお、この携帯用の大風呂は、女性陣が凄まじいまでの情熱を持って宏に製作を強要したもので、テントを張れる程度のスペースがあれば脱衣所付きで展開出来る優れものである。この風呂の存在が、この大森林におけるサバイバルに日本人一同が順応出来ている最大の理由だ。

「そう言えば、澪ちょっと大きくなったんじゃない?」

「真琴姉、それは具体的に、どの部分がどういう風に?」

「背もちょっと伸びたとは思うけど、体つきが合流した時に比べると、随分と女らしくなった気がするわよ」

「だったら、ちょっと嬉しい」

 真琴の評価に、本当にうれしそうにする澪。実際、発育速度で言えばエアリスの半周遅れと言う感じは否めないものの、今の澪を見て幼児体型と言う人間はいないだろう。半身不随で寝たきりと言う条件から解放されて久しいため、当初の病的な細さも解決しており、彼女は彼女で整った容姿をしている事が誰の目にも明らかになっている。

 ゆっくりとではあるが発育が進んだ結果、普段で比べるとグラマラスで男好きする体型の春菜よりも、幼児体型や病的な細さからは脱したもののまだまだ豊満とは言えない澪の方がどことなく色気があるところが、世の中の奥の深さをうかがわせる話だ。もっとも、ではトータルの容姿ではどっちが上か、と聞かれれば、まず間違いなく春菜に軍配が上がるのだが。

「でも、春姉みたいに浮くほどじゃないのが……」

「エルだってまだその域には行ってないし、モーラだって大きい方だけど浮くほどじゃなかったし、焦る事はないんじゃない? あたしに至ってはこれなんだしさ」

「真琴さんは真琴さんで、そんなに悪くはないと思うんだけどなあ……」

「いいのよ、慰めてくれなくても。どうせあたしは、貧乳で有名なエルフにすら惨敗する女なのよ……」

 春菜の割と本音に近い言葉を切り捨て、自虐スパイラルに沈んで行く真琴。なお、当のエルフは種族的な価値観か、自身の美醜や体型にほとんど興味が無かったりする。ついでに言えば実のところ、エルフが本当に貧乳しかいないとは証明されていない。ただ単純に、ウルスやカルザスで会う機会があった数少ないエルフ女性が、ほぼ全員貧乳のカテゴリーに入る体型だっただけである。都会に出てきているエルフ全員と顔を合わせている訳ではないので、一定ラインより上のバストを持つエルフがいないとは言い切れない。

「あ~、そういえば忘れてた」

「ん?」

「宏君がいるところではあまり話せないんだけど、そろそろなんだよね」

「……あ~。あんた、重い方だっけ?」

「そうでもないかな」

 男のいる場所では出来ない種類の生々しい話を、今のうちに済ませてしまおうと声をひそめて話し始める三人。

「真琴さんは、どうなの?」

「あたしは、森に入る前に終わったわよ?」

「全然気がつかなかった」

「あたしの場合、ものすごく軽いもの。ほとんど出て終わり、みたいな感じ」

 宏の事もあって、互いのプライベートにはあまり踏み込まないようにしていた一同。そのため、一緒に暮らしている割に、こういう情報がほとんど共有されていなかったりする。工房で生活する分には、特に困る事が無かったのも要因であろう。

「澪はどうなの?」

「ボクは、周期がかなり不安定。重さもまちまち」

「って事は?」

「いつ来るか不明」

「来る事は来るのね?」

 割と重要な事なので、真面目な顔で確認を重ねる春菜と真琴。真琴の最後の問いかけに、無言で頷く澪。女性特有のこの生理現象は、期間中さまざまなところに影響を及ぼす。それに、将来子供を産めるかどうかという重要な問題にもつながってくるため、男の前で堂々と話せないにしても、恥ずかしがって疎かにする訳にもいかない。

「何にしても、澪ちゃんがああいうの作れて助かったよ」

「こればっかりは、宏に頼る訳にもいかないものね」

「師匠に押し付けたら、それこそ命が危ない」

「下着であれだったからね、宏君」

 合流してからこっち、生理用品の製造は澪の担当だ。本当に気が回っていない宏と違い、嫁さんもいる達也はなんとなくいろいろ察しているようだが、こういう事には口を挟まないのがマナーだと心得ているため、ほじくり返したりはしない。

 とは言え、ほじくり返したりしないだけで、その期間らしいと察した時はさりげなくいろんなところに気配りをしてくれるあたり、達也はやはりいい男である。美人の嫁がいるのもうなずける話だ。

「まあ、そう言う事だから、多分大丈夫だとは思うけど、少し戦力としては微妙になるかもしれない」

「了解。まあ、フォローはするから安心なさいな。このあたりはまだ、大したのは出てこないから」

「お願い」

「で、真琴姉。真琴姉の中だと、師匠と達兄、掛け算ではどっちが前?」

「掛け算?」

「澪、その趣味が無い人間が、興味本位でそう言う事を聞かないの。大体、あんたまだ中学生でしょうが!」

 男がいる場所では出来ない話を済ませ、そのままガールズトークに移る。澪が真琴をいじるために持ち出した話題は、春菜にはついていけないようだ。そのまま目まぐるしくいろいろな話題に変わっていく。女の風呂は、やはり長くなるのであった。







「で、ヒロ。最近はどんな感じだ?」

「どんな感じって、なにが?」

 女性陣の入浴中。手持無沙汰と居心地の悪さを誤魔化すために、道具の手入れやら薬の下処理やらをしながら駄弁る宏と達也。

「ちっとは、女体に慣れたのか? って話だが?」

「微妙なところやな。とりあえず、一つ屋根の下でも、工房ぐらいの広さがあればそんなに気にはならへん。今のメンバーやったら、馬車とかワンボックスカーの助手席と後部座席やったら問題ないし」

 その告白は、裏を返せば他の人間が入ってくると厳しい、と言う事である。前回の護衛任務の場合、真琴と春菜は外で馬に乗っていたし、澪は別の馬車で待機していた。何より、仮にも護衛任務と言う緊張感があったので、多分同じ馬車の中でもそれほど問題にはならなかっただろう。

 だが、今回はどちらかと言えば気楽なドライブだ。そこまで気を張って移動する訳ではない。免許を持っているのが達也と真琴だけ、と言う関係から、二時間ぐらいごとに交代はしていたが、達也が運転していないときは大体一番後ろの座席に座る事で距離を維持していた。もはや気心が知れたと言ってしまっていい間柄、それなりにローテーションを組んで座る位置を変える事で、上手い具合に誰か一人にストレスが集中しないようにやっていた一同であった。

「どの程度なら、女に触っても平気になった?」

「せやなあ。握手とかお金とかもののやり取りぐらいの時間やったら、身構えんでも問題ないで」

「大分良くなったんじゃないか?」

「まあ、それぐらいは問題無かったんはこっちに飛ばされた頃からやけど、身構えんと出来るようになったんは、進歩なんやろうなあ。まだ人混みは怖いけど、ウルスの普通の日ぐらいやったら大丈夫やし」

 いまいち自覚の薄い宏の言葉に、凄い進歩だと思うぞ、と、本心から口にする達也。実際、実の親兄弟はおろか赤子ですら女と見ればパニックを起こし、特例措置でVRシステムの時間加速システムを脳に負荷がかかる限界一歩手前まで加速して、使える時間をひたすらカウンセリングを続けるしかなかった頃から比べれば、日常の些細なやり取りに身構える必要がなくなったというのは物凄い回復である。

 まだまだ日常生活に全く支障が無くなる、と言う領域には達していない。日々の暮らしにおいては、この程度の変化はあってないようなものだ。だが、それでも、二年以上足踏みが続いていた病状に進歩が現れたというのは、画期的な出来事だと断言できる。

「それにしても、この森も大概だが、南部大街道も凄いよな。あれ、普通だったら何日ぐらいかかるんだろうな?」

「分からへんけど、馬車とか使うても一カ月は見とかなあかんのとちゃう?」

「ゴーレム馬車なら、もう少し早く着くかもな」

 雑談の内容が、三日前まで車を飛ばしていた南部大街道にシフトする。普通なら好みの女あたりの話題につながりそうな会話だが、嫁以外の女は眼中にない達也と、二次元でまともな性格で男を攻撃しない女と断言する宏とでは、どう頑張ったところで異性関係の話など盛り上がりようが無い。性欲とかどうよ、みたいな生々しい話もしないではないが、適当に処理してるの一言で終わってしまうので、やはり盛り上がらない。

「ゴーレム馬車も、結構なスピードでとったなあ」

「時速六十キロぐらいか?」

「そんな感じや」

 この世界の交通機関は、一般的なファンタジーのイメージよりはスピードが出る。人が乗る馬車はそうでもないのに、荷馬車にはサスペンションなどがふんだんに使われているケースも珍しくないため、隊商も結構なスピードで走っている。徒歩でゆっくり移動するのは、馬を維持できず、乗合馬車の費用も捻出できない貧乏な冒険者ぐらいだ。

 流石に街中ではそこまでのスピードは出さないが、街道を走っている時は皆、結構容赦なく飛ばしている。そのスピードがあれば、南部大街道の存在価値はかなりのものになるだろう。

「流石に時速八十以上となると、今のところ人間が作った乗りもんでは無理みたいやで」

「まあ、そりゃそうだろう。ゴーレム馬車があこがれの的なんだからな」

「あんなワンボックスでも、物凄い羨ましがられとったしなあ」

「ゴーレム馬車は、維持費がほとんどかからないんだろ?」

「物によるんちゃう? うちのは動力結晶に自動魔力補充型のええ奴使うてるし、自動修復に衝突回避、慣性制御型バリアあたりの防御システムも充実してるからええけど、安モンやと車軸とか頻繁に修理せんとあかんやろうし」

 とは言え、ゴーレム馬車は馬の世話が必要ないというその一点だけでも、維持費以外の面でポイントは高くなる。その上、ちゃんとした職人が作ったものなら何十年使っても壊れないとなると、いつかはゴーレム馬車が欲しい、と言う考えも分からなくはない。

 陸路の移動に関しては、ゴーレム馬車は成功者の象徴ともいえるのだ。

「それで、人間がって言うと、モンスターか?」

「そうそう。まあ、滅多におらんみたいやけど、人乗せて時速二百近いスピード出すモンスターとか、この街道を一日で飛び越える飛竜とかコントロールしてる人も存在はしとるらしいわ」

「なるほどなあ……」

 確かにワイバーンぐらいのスピードなら、八時間から十時間飛べば十分たどり着けそうではある。とは言えど、残念ながらテイミング系スキルはメンバーの誰一人持っていない。飛行機かヘリコプターでも作ればともかく、そうでなければ彼らが空を移動する事はないだろう。飛行魔法はリスクが大きい。

「空から見りゃ、エルフの集落も見えるのかね?」

「特に隠してへんらしいから、大きさ次第では普通に見えるやろう」

「こっちのエルフの里って、どんな感じなんだろうな」

「テレスを見た感じやと、あんまり僕らが持っとるようなイメージは通用せえへんと言うか、なんかファンタジーっちゅう観点ではものすごいがっかりする事なりそうな気がするわ」

 木々の陰から見える星を見上げながら、女性陣の風呂が終わるのを待つ。がっかりしそうだと言いながらも、なんだかんだでまだ見ぬエルフの里に対する期待は地味に大きくなっている一行であった。
エルフの森編なのに、まだエルフが出てこない件について
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