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第39話

 ここ最近、アルフェミナは多忙を極めていた。


「ああもう、またおかしな歪みが……!」


 どういう訳か最近、どこの世界も時空の歪みの自然発生が多発し、相互にいろんなものが移動しあう状況が続いていたのだ。


 前回の電波化した少女も最近の異常事態に巻き込まれた口で、中にはもっとシャレにならないがゆえにアルフェミナが直接干渉して処理したケースも普通にあった。


 他の事はともかく、この種の仕事はアルフェミナにしかできない。


 必然的に、アルフェミナの負荷が爆発的に増え、エアリスの問い合わせに返事をする余裕もなくなれば、ルーチンワークでこなしている部分に目が行き届かなくなってもくる。


「あっ」


 結果、アルフェミナは非常に細かい上に普段なら何の問題にもならないミスを見逃し、そこから連鎖的に派手なトラブルを巻き起こしてしまった。


 言うならば、原稿のセットの仕方が悪くてコピーをミスプリントしたら、なぜかそのミスプリントが連鎖的に部署全体や会社全体への問題へと発展したような感じである。


「……こうなると、もうどうにもできませんね……」


 もはや何をしても悪化するしかない状況に、達観したような表情でつぶやくアルフェミナ。


 これが致命傷につながりかねないものであれば慌てもするが、今回の件は派手ではあっても大した問題にはならない。ならば、悪化させるぐらいなら傍観したほうがましな結果になろう。


 とはいえ、関係者に連絡はしておかねばならない。まずは巻き込んでしまった世界の、予想される影響範囲を管理している神と、今回の件で危険にさらされる可能性がある種族を保護している神に、正直にミスを告げて謝罪する。さらに、通達できる関係神に片っ端から連絡と謝罪を進めていく。


 結果として、起こってしまった事態の内容的に直接影響を受ける宏達に対しては、完全に事後報告となってしまうのであった。








「これが、宏と春菜ちゃんの畑か」


「せやで。最近色々あって、半分はあえてちょっと保留にしとるけどな」


 恵美が帰省してきた翌日の早朝。宏は姉の要望を受けて、春菜及びエアリスと共に畑を訪れていた。


「それにしても、畑気になるんはまあ分からんでもないけど、わざわざ僕らの収穫作業に付き合わんでもええねんで?」


「あんたらに二度手間強要するんはちょっと、っちゅうんもあったし、それに収穫作業の後採れたてのトマトかじるとか、すごい贅沢やん」


「そのためだけに長旅の翌日に早起きとか、しんどないか?」


「しんどないっちゅうかそもそも、いつもやったらこの時間はコンビニでバイトやから、自然に目ぇ覚めてまうねんわ」


 軍手と収穫用の鋏を装備して妙にやる気を見せる姉に対し、思わず生温い視線を向けてしまう宏。別に問題はないのだが、なんとなくいろいろ突っ込みたくはなる。


「それにしても、今日もなかなかの収穫量になりそうだよね」


「せやなあ。とりあえず、スイカは三つぐらい確保しとけばええか?」


「そうだね。あとはブドウちょっと多めにお願い。ケーキに使うから」


「了解や。エルもスイカとブドウ、持って帰るか?」


「はい」


 そう言いながら、さくっと収穫作業に入る宏達。


 ちなみにブドウは巨峰とデラウェアを栽培しており、例によって本来ならまだかなり早い時期から収穫が始まっている。


 もっとも、今年は夏が暑いので、ブドウは例年より収穫時期が早くなっている。結果として、他と比べて一週間程度のフライングで済んでいるのはここだけの話である。


「もうちょっとしたら、ジャガイモとサツマイモの季節やなあ」


「そうだね。また、学園祭で売る?」


「どっちでもええわ。っちゅうか、そういうんっていつ申請して何時から準備開始なん?」


「気にしてなかったから知らないよ。そもそも、個人で申請できるのかすら分からないかな」


 完全に思い付きでの発言だったらしい春菜に、思わずジト目を向ける宏。宏のその視線に、思わず目を泳がせる春菜。


 そんな仲睦まじい様子にくすくすと笑いながら、お姫様然とした様子からは想像もつかないほど手際よく収穫作業を進めていくエアリス。


「……」


「どうなさいました?」


「いや、何っちゅうかこう、な。いくら苦学生やっとってそんな時間なかったっちゅうても、よもや重度の女性恐怖症で日常生活にも支障が出とった弟の方が、私より先に異性とキャッキャウフフしとるっちゅうんがちょっとなあ……」


 宏と春菜の、これで付き合っていないとか詐欺にもほどがあるぞと言いたくなるような様子を見た恵美が、エアリスに対して非常に複雑な内心を正直に漏らす。


 それを聞いたエアリスが、ああ、という感じでうなずく。


「っちゅうか、エルさまもようあれを容認してますね……」


「もともと、いろんな意味でヒロシ様を独占するのは難しいと分かっていますから」


「それがこう、ピンとけえへんのよ。そら、宏を好きになってくれる娘がおること自体はおかしいとも何とも思わへんし、相性の問題やからその女の子が揃いも揃って凄い美形でおっぱいおっきい娘ばっかりやっちゅうんもまあ、ええんやけど……」


「お互いにハーレム状態になることを容認するのはいまいち納得できない、ですか?」


「そういうこっちゃな。まあ、これは私が日本人で、そういう価値観で教育受けて育ったからっちゅうんもあるやろうけど……」


 恵美の言葉に、小さくうなずくエアリス。日本人、というより地球の先進国の人間が基本的に一夫多妻制に対して否定的な価値観であることは何度も聞かされているし、最初の頃の澪や割と最近までの春菜の態度からも結構それが深く染みついていることも理解している。


 半面、礼宮家の人々や雪菜のように、当人たちが真剣であればという前提で、割とそのあたりに寛容な考えを持っている人間も結構いるあたり、なかなか奥が深いところではある。


 もっとも、そもそもの話、身分や財力のある人間が側室だの妾だのを持つ事に対し否定的になったのは先進国でも産業革命頃からの話だし、セクハラがうるさく言われるようになったのはそれこそ二十世紀末の事。


 一部の国家や宗教はいまだに一夫多妻制を許容、もしくは推奨していることも考えれば、ちゃんと管理できて他所にトラブルを飛び火させないのであれば、という条件でハーレム状態を許容する人間がいることも不思議ではないのかもしれない。


「とりあえず、私達に関しましては、そういうものだと思っていてください。むしろヒロシ様とハルナ様に関しましては、一夫一妻で固まることの方が問題を招きかねませんので……」


「そこがまた、よう分からへんのよ……」


 エアリスの言い分に、どうにも腑に落ちないと首を横に振る恵美。何が腑に落ちないかと言って、一見して揃いも揃ってそういう事を言いそうもない、おとなしくて貞操観念がしっかりしていそうな女の子ばかりなのに、誰もその言葉に違和感を持っていない事である。


 実際のところ、澪に関しては見た目はともかく中身は結構あれなので、元々自分が納得できればハーレムだってバッチコイだったりするのだが、そこまで接点のない恵美にはそんなことは分からない。


 黙っておとなしくしている時の澪の外面は、初対面の人間が見抜けるほど薄くはないのである。


「あっ」


 そんな恵美の様子をニコニコと見守っていたエアリスが唐突に小さな声を漏らすと、微妙にあらぬ方向に視線を向けて、少々困ったような表情を浮かべる。


 そのエアリスにつられ視線を移し、ちょうどそのタイミングで起こった現象に絶句する恵美。


 二人の視線の先では、派手に空間がゆがんでいた。


「な、なんなんあれ!?」


「とりあえず、空間がゆがんでいます」


「えっ? どういうこと? っちゅうか、なんでそんなに平然としてんのよ!?」


「割とよくあることなので……」


「いやいや、エル。こっちの世界やと、そんなようある現象でもないで」


「あっ。そういえばそうでした」


 一人あたふたしている恵美を尻目に、あちゃあという態度を取りながらもかなりのんきな会話をするエアリスと宏。何が出てくるかはともかく、今ぐらい距離が空いていれば現象そのものは自分たちに影響を及ぼさないと分かっているだけに、実に落ち着いたものである。


「感じから行ってエルちゃんの世界から飛ばされて来てるみたいだけど、何が出てくるんだろうね?」


「ハルナ様でも分かりませんか?」


「うん。まだノイズが多すぎて、せいぜい人型してるって事しかわからないよ。宏君は?」


「似たようなもんやな。……ん?」


「どうしたの?」


「いや、ちょっとな。断定はできんけど、もしかして……」


 宏のその台詞が終わる前に、空間の歪みから何者かが勢いよく落ちてきて、畑のまだ何も植えていない畝に頭から派手に突っ込んで土ぼこりを盛大に巻き上げる。


「……えっ? もしかして、アルチェムさん?」


「一瞬、微妙にリンクがつながったからもしかしてとは思ったんやけど、まさか実際にアルチェムが出てくるとはなあ……」


 土ぼこりの向こうから出てきた人物の背中を見て、戸惑ったように声を上げる春菜。そんな春菜に対し、はっきりきっぱりそう断定する宏。


 正確に言うなら、現段階では長身で長い金髪の女性、という特徴しかわからない。が、宏とリンクが生じている金髪で長身のフェアクロ世界の女性などアルチェムしか存在していないし、何より地面に突っ込んだ際に普通なら有り得ない状態になっている時点で、アルチェム以外に考えられない。


 何をどうすればそうなるのか、現れた女性は畑の土に突っ込んだ結果、上半身の服がすべてすっぽ抜けて腰巻状態になってしまったのだ。


 最近ではエロトラブル担当になりつつある澪ですら、ここまで豪快に物理法則を無視した現象を起こすことはないのだから、出てきたのはアルチェム以外にありえない。そう断言していいだろう。


「えっ? なんなん? っちゅうか、知り合い?」


「まあ、せやなあ。詳しい事は後にして、とりあえず向こう行っとくから、春菜さんとエルはアルチェムの服、なんとかしたって。まかり間違って起き上がってこっち向かれたりした日には、社会的にも生命的にも死んでまうわ……」


「うん。何とかしておくから、宏君は収穫作業続けてて」


「了解や」


 そう言って、一番距離があるゴーヤの収穫に移る宏。それを見送った後、春菜はとりあえずアルチェムを抱き起こした。


「アルチェムさん、アルチェムさん。大丈夫?」


「うう、いたた……」


 春菜に抱き起され、うめきながら目を開けるアルチェム。畑の土が柔らかかったのが幸いしてか、服も体も派手に汚れてはいるものの、怪我自体はかすり傷一つない。


 もっとも、こういう状況でアルチェムが怪我をしたことなど一度もない事を考えると、実は彼女の肌がものすごく頑丈なのかそれともエロトラブル誘発体質はエロトラブルに限り怪我をしないという補正が働いているのか、どちらかである可能性が否定できない所ではある。


「とりあえず向こうの小屋の前にホース引っ張っといたから、私らの体で上手い事隠しもって土洗い流そか」


「あ、うん。そうだね。幸いボトムは大した汚れ方してないし、素材的にも割と乾きやすいものだから、この天気ならすぐ乾くと思うし」


「上は、私かハルナ様の着替えを着ていただくしかないでしょうね。さすがに、ちゃんと洗濯しないと厳しいぐらいには汚れていますし」


 とにかくアルチェムに身づくろいさせるのが最優先だ。そう意見が一致した春菜達は、アルチェムが状況を把握する前に話を進めていく。


 そのあたりで、ようやく目を開いたまま茫然としていたアルチェムが正気を取り戻す。


「えっ? あれ? ここどこ? っていうか、ハルナさんにエル様?」


「とりあえず詳しい話はあとにして、まずその格好なんとかしようね、アルチェムさん」


「あっ、はい」


「土を洗い流すから、水かけるよ」


「お願いします」


 見知らぬ土地で上半身素っ裸で土や泥にまみれたままいるのがまずいことぐらいは、裸やあられもない格好を見られ慣れているアルチェムでも分かる。随分前からそのあたりの羞恥心が普通の人間と変わらなくなっていることもあり、見られると恥ずかしいという感覚もある。


 なので、素直に水をかけてもらって大急ぎで体を洗うアルチェム。今日はもうすでに三十度を超える気温だという事もあり、ホースの水は温めで水浴びには適温だ。履いていたボトムも乾きやすい農業向けの素材を使ったものなので、濡れるのを気にしなくてもさほど問題ない。


 ただし、アルチェムが本日着用している服は、諸般の事情で汚れ防止やサイズ自動調整がかかっていないものなので、服の汚れは洗わなければどうにもならないのだが。


 その間も宏はせっせと収穫を続け、どんどん出荷箱を積み上げていく。


 男のチラ見は女のガン見とはよく言うが、状況確認のための視線すら寄こさぬあたり、その必死さには女性陣全員内心で涙を流したくなる。


「こんなものかな?」


「そうですね」


「ほい、バスタオル」


「あ、どうも」


「服はこれ着てね」


 宏にばかり作業させるのも忍びないと、大急ぎで体を洗い、水をぬぐい、春菜から渡されたTシャツを着るアルチェム。ちなみに、今日春菜が持ってきていた予備のTシャツは二枚。一枚は黒地に「燃えろ! ステーキ丼!」とプリントされたネタ全開のTシャツ、もう一枚は濃い青をメインにあまりセンスがいいとは言い難いグラデーションで染められた妙にファッショナブルなTシャツだ。


 お洒落に気合を入れて農作業をするのもむなしく、また宏のポイントを稼ぐにしてもこの場合、力点を置くべきなのはファッションではなく美味しい作物を作る事なのは言うまでもない。そのあたりの理由から、春菜が朝の農作業に着ていく服や派手に汚してしまった時のために持って行く着替えは、汚れようが破れようが気にならないものばかりとなるのである。


 今回春菜がアルチェムに渡したのは、この正直ダサいとしか言いようがない二枚のTシャツの内、ステーキ丼Tシャツの方だ。直感的に、できるだけダサくて色気やエロスを感じさせる要素が少ないものを渡さないと、手が後ろに回りかねない方向でヤバいと判断したのである。


 春菜のその判断は、割と正しかったと言える。というのも


「なんか、乳丸出しの時より卑猥やなあ……」


 と恵美が言わざるを得ないような状態になったからだ。


 理由自体は単純だ。大抵のTシャツは、春菜クラスのバストの持ち主が着ると、サイズがあっていても胸のあたりが割とぱっつんぱっつんになる。


 その上を行くアルチェムが、致し方がないとはいえノーブラでTシャツを着れば、それはもうエロい事になる。


 それでも、ステーキ丼Tシャツは文字以外のところは黒、文字もステーキをイメージした茶色なのでまだましだ。


 グラデーションの方は胸の先端あたりに限って薄い色が来ており(むしろその配色だからこそ余りセンスが良くないともいえる)、濡れたりしていなくてもうっすらと下が透けて見える。


 ノーブラのアルチェムに着せたりした日には、本当にシャレにならないことになっていただろう。


「下着がないのが致命的だよね……」


「せやなあ……」


「しかも恵美さん、すごく悪いお知らせがあるんだけど、聞く?」


「大体想像はつくけど、何?」


「さすがにうちには、アルチェムさんが着れるような大きさのブラって、在庫ないの」


「せやろうなあ……」


「お母さんの事務所になら、可能性はあるけど……」


 服を買いに行くための服がない。春菜が口にした事情というのは、平たく言えばそういう事になる。


「あの、ハルナ様」


「何かいいアイデア、ある?」


「アイデアというか、このまま普通に向こうに帰っていただくというのは無理なのでしょうか?」


「そうしたいんだけど、ちょっと厳しいかな。アルチェムさんだけじゃなくて、エルちゃんも今日は帰れないとおもう」


「そうなのですか?」


「うん。城までならともかく、向こうの世界に行くのは私や宏君でも難しいかな。なんというか、エルちゃんに分かるように例えていうなら、手製の筏で台風来てる海を渡ってファーレーンからファルダニアに行こうとする、って感じかな?」


「……なるほど」


 春菜の説明を聞き、いろいろ納得するエアリス。


「まあ、とりあえず、さすがに今のアルチェムさんと宏君を同じ車に乗せるのはちょっと怖いから、Tシャツとってくるついでにいつきさん呼んでおいたよ。私は宏君と恵美さんに軽く事情説明するから、エルちゃんはアルチェムさんと一緒にいつきさんの車で戻ってもらっていいかな?」


「分かりました。いつきさんとアルチェムさんには、私の方から事情を説明します」


「お願いね。じゃあ、私は出荷作業に戻るよ。恵美さん、もうちょっとだけ付き合って」


「はいな。どうせ車の中だけやと終わらんやろから、作業中にも説明聞かせてもらうわ」


 アルチェムの格好を取り繕うことをあきらめ、収穫作業に戻る春菜。さすがにこの場では、どうやっても手持ちの服が足りない。


「にしても、ここ二日ほどでおなか一杯になるほど巨乳見た気ぃするわ」


「あはははは……」


 恵美の言葉に、思わず乾いた笑い声を上げる春菜。それが普通になっていたので感覚がマヒしているが、今の宏の周りは、よく考えればまるでグラビアアイドルの撮影会のような状態になっている。


「でも、恵美さん。昨日から結構胸の話結構してるけど、その割にはあんまり大きい娘に対してひがんだりとかしてないよね?」


「そら、宏の周りにあんまりにも女主張する体型の子がうろうろしとるから心配になってるっちゅうだけで、別に自分の乳のサイズに不満があるわけやないからな。何事も極端なんは余計なお金もかかるし、普通が一番やで」


「あ~、そうだよね。本当に、そうだよね……」


「なんや、苦労してそうやなあ、春菜ちゃん」


 春菜の表情から何かを察し、慰めるように肩を叩く恵美。


 いろいろカオスな状況になったこの日の収穫作業は、どうにかこうにか予定通りに終えることができるのであった。








「耳見た瞬間まさかとは思ったけど、ホンマに異世界とはなあ……」


 約一時間後、藤堂家。ついでに朝食、という事でダイニングに通され、春菜とエアリスが作った新鮮野菜メインの朝食を堪能した恵美が、世の中の奥の深さをかみしめるようにそう漏らす。


 どうせ話すなら全員に、という事で、藤堂家に引き上げる途中で回収された宏の両親も、話を聞いて同意するようにうなずいている。


 そんな東家の人たちの反応を、苦笑しながら見守る宏、春菜、真琴のアズマ工房組。エアリスとアルチェムは、どう反応したものかと曖昧な感じの表情を浮かべている。


 余談ながら、ついでという事で真琴を恵美に紹介したところ、同い年という事もあってあっという間に意気投合し、すでにお互いの名前を呼び捨てにする仲になっている。


 ちなみに、恵美は同じ研究室に腐女子がいたこともあり、BLそのものには寛容である。が、当人はこれ以上ないぐらいノーマルなので、腐教されても断固として拒否の姿勢を貫いている。


 なお、深雪はというと、昨日から近くにある有名学習塾のお盆合宿に参加しているため、現在は不在である。別に問題ない成績なので普段から通っているわけではないが、友人に誘われたこともあり客観的な現状を把握するために参加を決めた、とのことだ。


「ちゅうか、お父さん、お母さん。この話知っとったみたいやけど、最初から信じてたん?」


「綾瀬教授から聞かされた話やから、信じとったんは信じとったで」


「まあ私らも、この娘見るまで、あんまり実感はなかったけどなあ」


 恵美の質問に答えながら、アルチェムの耳に視線を向ける孝輔と美紗緒。それにつられてもう一度まじまじとエルフの耳を観察する恵美。


 ちなみに、アルチェムの服装は現在、Tシャツの上に適当なブラウスを着て誤魔化す感じになっている。身長が約五センチ、バストがカップサイズで一つ半ほど大きいとはいえ、春菜の服が全て着られないほどの体格差でもない。


 工夫は必要ではあるが、わざと大きくしてあるようなデザインのものなら、アルチェムでも余裕をもって着用できるのだ。


 なお、ノーブラなのは変わらないので、ブラウスが脱げてしまうといきなり卑猥な感じになってしまう点は改善されていない。


「それにしても、さ。アルチェムこっちに置いといて大丈夫なの? 確か、エルフは概念的な問題でヤバいんじゃなかったっけ?」


「それについては、帰る途中で春菜さんが連絡入れて確認取った。こっちにおる理由が自然現象による事故で、僕と春菜さんの関係者で、時空関係が非常にあれなことになっとって帰るに帰られへんから、条件付きでOKやと」


「条件付き? どんな?」


「僕と春菜さんがいろんな意味でがっつり囲い込んで、特殊個体として種族認識させへんようにすればええそうや。そこまでやっとけば、こっちの世界に出入りするんも黙認するそうやで」


「それって、つまりもしかして……」


「別に夫婦とか嫁とかまで一足飛びに行け、っちゅう話ではないけどな。ようは、眷属とか巫女とか使い魔とか、最低限そのラインで囲い込んで、特殊個体扱いできるように何らかのマーキングせいっちゅう話や」


 なし崩しで婚姻関係まで話が飛びそうだったのを察し、先回りして真琴に釘をさす宏。さすがにそこまで確定されてしまうと、たまったものではない。


「でも、事故で飛ばされてきたっていうのは変わらないのに、単にエルフってだけで滞在するのに条件が付けられるってのもねえ……」


「せやねんけどなあ、このあたりは言うたら外来種の問題に近い話やからなあ」


「あ~……」


 宏の持ちだした例えに、ひどく納得する真琴。


 外来種に関しては、大きな問題を起こすのは大抵人間が持ち込んだものだが、大陸から泳いで渡って来たり鳥によって運ばれてきたり、中には大きな天災に巻き込まれた結果流れ着いたという滅多にない特殊事例など、人間の活動以外のパターンで侵入してきたものが大問題を引き起こした事例も普通に存在する。


 アルチェムの場合、その滅多にない特殊事例のパターンではあるが、この世界にとって外来種であること自体は変わらない。


 それらの生物を駆除するかどうかに関し、外来種自身が悪いかどうかとか、自分の意思で渡って来たかどうかなどの要素は一切関係ないのだ。


「まあ、行き来を考えへんねんやったら、アルチェムには城で待っとってもろたらええんやけど、なあ」


「私だけが自由に行き来してアルチェムさんは駄目というのは、少々不公平ではないかと思います」


「せやねんなあ」


 エアリスの言い分に、宏がうなずく。


 ハーレムどころか普通の男女交際にすら及び腰な宏ではあるが、対三幹部戦や対邪神戦で同じぐらい命がけで頑張ってくれたのに、エアリスは温泉旅行まで堪能してアルチェムは完全シャットアウトというのは、ちょっとどころではなく不公平だという意識は持っているのだ。


「なあ、宏。ちょっとええ?」


「なんよ、姉ちゃん?」


「畑の時にも出とったけど、城って何の話?」


「ああ、うちらの拠点でな。向こうとこっち行き来するときの中継地にもなってんねんわ」


「ふうん? っちゅうか、いちいち中継地を通らんとあかんの?」


「僕と春菜さんは大丈夫やねんけどな、真琴さんとかエルとかになるとどこに飛ぶか分かったもんやないから、安全性の問題で城経由するシステムはそのままにしてんねんわ。姉ちゃんかて、長距離でかつ電車で乗り換えてっちゅうやり方でしか行ったことない所に、ナビもなしで車で行くっちゅうと迷わん自信ないやろ?」


「せやなあ」


 宏の説明を聞き、とりあえず納得する恵美。拠点が城とはどういう事かとかいろいろ疑問はあるが、異世界に行って帰ってきたという事情からすれば、気にするだけ無駄な感じではある。


「それにしてもエル、アルフェミナ様から連絡なかったん?」


「はい。どうやら相当お忙しいらしく、声は届くのですが返事が……」


「なるほどなあ。多分やけど、今根回しと事後処理の話し合いで忙殺されとるんちゃうか?」


「多分、そうだと思います」


 恐らく無関係ではないであろうアルフェミナの動向について、現状と推測を確認しあう宏とエアリス。


 現段階では、アルフェミナが原因かどうかとかそのあたりの細かい話は分からないが、少なくともアルチェムがこちらに飛ばされてきていることぐらいは間違いなく把握していると断言できる。


 己の世界において、エアリスやアルチェムのような神様的にも目立つ存在の出入りぐらい、把握できない神はいないのだから。


「とはいえ、帰られへんっちゅうことは向こうに連絡せんとあかんから、後でいっぺん城に移動したほうがええな」


「そうですね。神の城からなら、世界樹ネットワークでアズマ工房のどなたかに連絡が取れますし、場合によってはオクトガルが来ているかもしれませんし」


 アルフェミナの現状やアルチェムをどう扱うかに関係なく、エアリスの外泊が延長になるのは変わらない。そのことを関係者に告げるためにも、フェアクロ世界に対していくつか連絡手段がある神の城へ、今日中に一度は移動しなければならないだろう。


「そういや、さっきも気になったんやけど、エルさまとかアルチェムちゃんとかのおった世界にすぐ移動できひんっちゅうんは分かるねんけど、その城とやらに行くんは大丈夫なん?」


「そらまあ、神の城は僕の一部みたいなもんやからな。どんなに時空間とか次元境界線とかがおかしなっても、行き来できひんなるっちゅうことはあり得へんで」


「一部ってまた、どういう事やねん……」


「一部は一部や。他に言いようがあらへん」


 聞けば聞くほど腑に落ちないことが増えていく宏の台詞に、思わずジト目を向ける恵美。


 その様子を見ていた真琴が、苦笑しながら口を挟む。


「ねえ、宏。丁度いい機会だし、いっその事、ご両親と恵美を神の城に連れてっちゃったら? 別に問題ないんでしょ?」


「そらまあ、ここから移動する分には、特に問題はないけどな」


「だったら、いいじゃない。実物見ても多分納得はできないでしょうけど、口で説明しても永久に理解してもらえないわよ?」


「せやなあ。もう、ついでやからアルチェムの服も城であつらえるか」


「別にそれでいいとは思うけど、大丈夫なの? 今回必要なのって、アルチェムの下着類よ? それとも春菜が作る?」


「いんや。真琴さんは知らんやろうけどな、ウォルディスとやりあっとった時に、負傷者の着替えとか包帯、タオルなんか足らんなってな。どうにかするためにお針子型のドールサーバント量産してんねんわ」


「そんなもの作ってたの」


 今教えられた真実に、驚いた表情を浮かべる真琴。あの忙しい中、そんなものを作っている余裕があったとは思ってもみなかった。


 実際のところは、むしろ余裕がないからこそ大急ぎででっち上げたのだが、そんなことは真琴に分かるはずもない。


 なお、この時は本当に余裕がなかったため、最初の一体だけ宏が作った後、城のコアの機能を使って複製している。


「ただまあ、作れるんはエンチャントもなんもかかってへんごく普通の服やし、使える素材もスパイダーシルクが限界やし、そもそもあいつら、どんだけ作っても技量上がらんからなあ」


「なるほどねえ。ちなみにそのドールサーバント、今は何やってるの?」


「タオルとかシーツとかの消耗品とか湯浴み着とか作らせとる。アンジェリカさんとかが、たまに隠れ里の人らに利用券配って温泉つかっとるらしくてな、それなりに消費しとるらしいんよ」


「へえ」


「まあ、話それたけど、今回のアルチェムのんはどうせ間にあわせやねんし、変な特性とかつかんからドールサーバントの方が都合ええやろ」


「そうね」


 宏の言い分に、一応納得して見せる真琴。


 内心ではひそかに、そんな手段があったなら澪の体力テストの時に使えばよかったのに、などとちらっと考えていたりする。


 もっとも、恐らく忘れていたのかこちらで十分なものが手に入るケースなので配慮したのかどちらかだろう、とすぐにあたりをつけたため、口に出して突っ込むことはしなかったが。


「とりあえず、どんなもんか見せるだけやから、短期滞在のゲストとして招待した方が無難やろな」


「そうだね」


「ゲストパス発行、っと。ほな、今から案内するから、この券ちゃんと持っとってな」


 そう言って何もない所からどこかの施設の入場券のようなチケットを取り出し、孝輔と美紗緒、恵美に配る宏。


「なあ、宏。姉ちゃん、ちょっと急展開すぎてついていけてへんねんけど……」


「そんなん、俺らもや……」


「お父さんもお母さんもわけわからん状態やねんから、諦めて恵美も腹くくっとき」


「とてもそうは見えんで……」


「俺とお母さんは、宏が変なメロン作ったあたりでええ加減慣れたからな。どうせ考えてもついていけんから、深く考えるだけ無駄やで」


 何やら完全に達観している様子の両親に恵美が目を白黒させているうちに、着々と状況は動いていく。


「じゃあ、いつきさん。悪いけど後片付けお願いね」


「はい、行ってらっしゃい」


 転移の光に包まれる宏達を笑顔で見送って、そのまま後片付けに入るいつき。


 この程度はよくあることだからか、結局藤堂家の雰囲気や家人のルーチンワークは、何一つ変わらないのであった。








「おかえりなさいませ、マスター」


「おう、ただいま。ご苦労さん、ローリエ。いつもほったらかしで、すまんなあ」


「いえ。それが私の仕事ですから」


 城の中庭に転移してきた宏達を、待ち構えていたローリエが出迎える。


 出迎えた、どう見ても小学校高学年ぐらいにしか見えない少女に、思わず怪訝な表情を宏に向ける東家の皆様。


 その視線に気がついた宏が、どう説明したものかと考え込む。


 ちなみに、ローリエの外見は、生まれた時からほとんど成長していない。生まれた時の外見年齢がエアリスの初対面の頃の実年齢と同年代だったので、幼女扱いされないだけで子供は子供といった感じである。


「この娘に関しては、いろいろややこしくてなあ」


「こんな子供ほったらかしで働かせといて、いろいろややこしくてなあ、ですむわけないやん」


 常識人担当、というしかない恵美の突っ込みに、関係者一同本気で困ったような表情を浮かべる。


 ローリエに関しては現状が最善なのは間違いないが、経緯やら何やらを知らなければ子供をこき使った挙句にほったらかしにしているようにしか見えないのも事実だ。


「あとな。実はローリエよりややこしい娘もおってなあ……」


「そうなんだよね。それこそ、どう説明すればいいのか分かんない娘が一人……」


 宏の言葉に同調し、困った表情でしみじみ頷く春菜。


 まだちゃんとそのつもりがあって生み出したローリエと違い、もっとややこしい娘こと冬華に関しては、偶然がいくつも重なり合って生まれた想定外の存在だ。


 それだけに、父親になっている宏も母親になっている春菜、エアリス、アルチェムの三人も、どうやって生まれたのかすら正確には理解していない。


 それを、今までこの手のファンタジーだの異世界だの神様だのと言った話と無縁で生きてきた純粋に日本の一般人相手に、ちゃんと納得できるように説明しろというのはなかなかの無茶ぶりである。


 もっとも、真琴の提案を受けたとはいえ、そのあたりを深く考えずに家族を連れてきた宏の自滅なので、無茶ぶりだろうが何だろうが自分で何とかするしかないのだが。


「まあ、とりあえず、どっかで落ち着いて話したほうがええなあ。どこがええやろ?」


「迎賓館か日帰り温泉施設でいいんじゃない?」


「せやな」


「マスター。日帰り温泉は現在、ヘンドリック様とアンジェリカ様が団体様を連れてご利用になっておられます。向かわれるにしても、詳細を説明して納得していただいてからの方がよろしいかと」


「了解。ほな、迎賓館やな」


 ローリエの情報に合わせ、迎賓館のテラス席で説明することに決める宏。そこで、重要な要件を一つ思い出す。


「あ、せやせや。アルチェムが事故で、うちらの世界に飛ばされてもうてな。その時に服がやられてしもたから、悪いんやけどドールサーバント動員して下着から普段着まで一式、大急ぎで用意したってくれへん?」


「分かりました。事故で、という事は、向こうにも連絡しておいたほうがよろしいですよね?」


「せやねん。ついでに言うたら、エルもちょっと今帰られへんから、滞在伸びるっちゅう連絡いるねんわ」


「状況は理解しました。こちらの方で連絡しておきますので、マスターはご家族としっかり話し合っておいてください」


「すまんな、頼むわ」


 そう言って頭を下げる宏に小さく笑みを浮かべると、ローリエはアルチェムに視線を向けて突如目から怪光線を照射する。


「ええ? えええええええ!?」


「最新の採寸データ入手。これより型紙を起こして、マスターの祖国で浮かない服を製作します」


 ローリエの突然の行動に動揺する恵美を放置し、意図を説明するように淡々というローリエ。それを見た真琴が、微妙に渋い顔でローリエに突っ込みを入れる。


「ちょっとローリエ。あんたそんなことしなくても、体型データぐらいリアルタイムでいくらでも手に入るわよね?」


「やはり、こうしたほうが誤差が少なく正確なデータが得られますし、それに、マスターのご家族に私が見た目通りの存在ではないことを理解していただくには、こういう能力を使って見せた方が確実かと考えましたが、いけませんでしたか?」


「まあ、それは否定できないわねえ……」


 多分そうだろうな、という内容を告げてきたローリエに、しょうがないかという感じでため息を漏らしながら一応納得して見せる真琴。


 そのやり取りの間に多少は我に返ったらしい恵美が、真琴に向って何かを言おうとする。


「言いたいことはいろいろあるでしょうけど、ここでは日本の常識は捨てなさい」


「……せやな。よう考えたら、子供騙して無理やり働かせてほったらかしにしとる、っちゅうんやったら、あんなにええ顔はしてへんか……」


「そういう事。あと、割と見た目の年齢とか当てにならないケースが多いから、注意しなさい。多分後で顔を会せるだろうけど、日帰り温泉に来てるアンジェリカなんて、下手すればローリエより幼く見えるけどね、実際はこの場の誰より年長だったりするしね。しかも、エルフらしい年齢のアルチェムと比較して何十倍って単位で」


「……言われてみれば、エルフおるのに、なんで私地球の常識で話しとったんやろうなあ……」


 真琴の指摘で、思わず恥ずかしそうにうつむく恵美。それを見ていたエアリスが、深々とため息をつきながら口を挟む。


「これがあるから、知られざる大陸からの客人に対しては、いわゆる不敬罪的な内容での処罰を軽々しく行えないのです……」


「あの子のケースは、論外だったとは思うけどねえ……」


「それでも、殺人を起こしたわけでもなく意図的な破壊工作をしたわけでもなく、本来ならまともな貴族が同調することすらありえない言動を垂れ流しただけ、となると、うかつに処罰を行うのは少々ためらいがありまして……」


 いろいろ疲れやら後悔やらをにじませるエアリスの言葉に、なんとなく背筋に寒いものが走るのを自覚する恵美。ファンタジーで王制となると、不敬罪で斬首とか普通にあり得る話だと思い至ったようだ。


「そもそもの話、普通はエミ様のように、時間をかけてちゃんと説明し、常識の違いをすり合わせすれば問題なく適応してくださる方が絶対的に多いのです。どんなに頑固な方でも、お互い相手の事を何一つ知らない事を自覚した上で、ちゃんと礼を尽くしてお話ししてお世話させていただければ、三カ月もあれば大体は理解していただけるのですが……」


「まあ、わざとやってるわけでもないのにあそこまで話通じない人間なんて、割合から言えばかなり少ないしねえ」


「とりあえず、その話はそろそろ終わりにして、移動しようよ。おじさんたちがついていけてないし、恵美さんがどんどんダメージ受けてるし」


「あ~、そうね。とっとと移動して話済ませましょ」


「せやな。アルチェムはローリエについていって、作ってもらった服に着替えてから合流してな」


「は~い」


 これ以上終わったことを話題にした不毛な会話を続けてもと、春菜の意見に従いアルチェムを残して、とっとと迎賓館のテラス席へ転移する一同。


 ちなみに、神の城の事を何一つ分かっていない東家の皆様に関しては、宏が代わりに移動させている。


「で、ローリエとかの説明の前に、なんか飲むか?」


 移動してすぐに宏に問われ、疲れ切った顔で考え込む孝輔、美紗緒、恵美の三人。少し考えてから、美紗緒が真っ先に口を開く。


「……こんな洋風のお城で頼むんもあれやけど、ほうじ茶とかある? お母さんちょっと落ち着きたいから、慣れた飲みもんが欲しいんよ……」


「お茶類は各種揃えとるで。ただ、現状、産地は自動的にこの城に固定されてまうけど」


「緑茶系に関しては元々、国産かどうか以外は気にもしてへんかったし、細かい事はどうでもええわ」


「分かった。おとんと姉ちゃんは?」


「俺もほうじ茶でええわ。熱いやつで」


「私、なんかものすごい喉乾いたから、麦茶の冷たいやつ欲しい……」


「了解や」


 家族の注文を受け、とりあえず接客用のドールサーバントに用意させる宏。他のメンバーも、思い思いに飲み物を注文している。


「で、ローリエについてやけど、元々はエルとかアルチェムと同じ、向こうの世界の巫女さんやった人でな。神様に頼まれて、魂のダメージ癒すために、ここの管理者やってもらってるんよ。今の肉体に関しては、僕が用意した管理者用のボディにあの娘の魂埋め込んで作ったもんでな、外見はその魂に一番馴染む姿になってんねん」


「……正直、分かるけど分からんっちゅう感じやねんけど……」


「せやろうなあ」


 父孝輔の感想に、さもありなんとうなずく宏。言葉の意味自体は理解できるだろうが、なぜそうなったとかつまりどういう事なのかとか、そういったものは恐らく理解できないのが普通だろう。


「とりあえず、ローリエに関してはそういうもんやと思っといて。ほんでまあ、この城の中はある意味無菌状態みたいなもんでな、もうちょい良くなるまではここから出すっちゅうんも輪廻の輪に戻すっちゅうんもできひんし」


「最終的に、外には出せるんや?」


「出されへんのに、人間と同じ構造の肉体とか与える意味ないやん。まあ、同じ構造っちゅうても、肉体構成しとる成分が全然ちゃうから、最終的なスペックは比べもんにならんやろうけどな」


「目からビーム出してスキャンしとる時点で、とうに人間のスペックとか逸脱してるやん……」


 母の突っ込みを受けて、思わず苦笑する宏。


「で、まあ、さっきも言うたけどな。もう一人、由来っちゅうか経歴っちゅうかそういうんは近いんやけど、もっとややこしい娘がおってなあ」


「ややこしいって、どういう風に?」


「ローリエちゃんの時に念のために作った予備のボディに、私とエルちゃん、アルチェムさんの特質が混ざり込んで人間として自我を確立しちゃった子がいるの」


「それで、その誕生の経緯から、私とハルナ様、アルチェムさんをママと、ヒロシ様をパパと呼んでいます」


「どうしてそうなったのか、その理由は今でもはっきりとはしてないんだけど、原因の一つに私の髪の毛が一本、予備ボディに引っ付いちゃったっていうのがあるらしくて」


 宏にばかり説明させるのも、と、冬華の説明を代わりに引き継ぐ春菜とエアリス。


「とりあえず、多分そのうちローリエが連れてくるか自分で転移してくるかすると思うけどな、僕らの事パパママ言うたからっちゅうて、別に春菜さんらと子供できるような真似したっちゅう訳やないからな」


「それぐらいは見とったら分かるけど、前情報なしでいきなり出てこられたら誤解する自信はあるなあ……」


「お父さんの言う通りやなあ。まあ、アルチェムさんはよう分からんからともかくとして、実は春菜ちゃんとかエル様とか孕ませてましたっちゅう話が飛び出したとしても、今更あたしもお父さんもどうこう言う気はあらへんけどな」


「お母さん、春菜ちゃんはまだしも、エル様はさすがにあかんで。せめてあと五年は待たんと……」


「あ~、せやなあ。澪ちゃんより背ぇ高くて見た目も中身もあっちこっち立派なもんやから、エル様まだ中学生やっちゅうん忘れそうになるわ」


「っちゅうか、私昨日から何べんも言うてるけど、なんで宏はおっぱい立派な娘ばっかり引っ掛けとんのよ……」


 恵美の最後の言葉に、思わず気まずそうに目を背ける春菜とエアリス。そんな二人をなんとなく怨念がこもったじっとりとした視線で見つめる真琴。


「とりあえず恵美の言葉を一つだけ訂正すると、宏が引っ掛けてるのはおっぱいが立派な娘じゃなくて、巫女的な素養がある娘だからね。そのうち、今でもしぶとく生き残ってる娘がどういう訳か立派なものを持ってるだけだからね」


「そうなんや……」


「正直、一割ずつでもいいからあたしに寄こせ、って思うわ」


 割り切ったようで根深いコンプレックスを、自虐的に語る真琴。そんな真琴にどう言葉をかけるか迷い、とりあえず笑ってごまかす春菜達。


 さすがにこの件に関しては、普通分類の中では大きい方に入ってしまう恵美も、真琴に対して言える事は何もない。


 そんなどうしようもない空気になりかかったタイミングで、誰かが転移してくる。


「パパ! ママ!」


「あっ、冬華」


「噂をすれば、っちゅうには、ちょっとタイミングずれた感じやな」


「そうですね」


 話題転換のきっかけという意味ではいいタイミングだが、諺的には微妙にずれた感じの娘の登場に、ちょっとずれた言葉を交わす親チーム。


「まあ、ちょうどええわ。おとん、おかん、姉ちゃん。この子がさっきっから話題に上がっとった僕らの娘、冬華や。冬華、こっちのちょっと歳いった人らが僕のお父さんとお母さんや。冬華やとおじいちゃんとおばあちゃんになるんかな? で、こっちが僕の姉ちゃん、冬華にとっては伯母さんやな」


「初めまして、おじいちゃん、おばあちゃん、おばさん! 私は東冬華エアルーシアなの!」


 宏に紹介され、元気いっぱいに挨拶する冬華。初孫のその様子に、一瞬で顔がでれっとする孝輔と美紗緒。


「すごい可愛いけど、本気で春菜ちゃんそっくりやわ……」


「ベースは私だからね」


「でも、よう見たらエル様とかアルチェムちゃんとか混ざってんねんなあ……」


「でしょ?」


「こら、お父さんもお母さんも絶対勝てんで……」


「そういうあんたも、ほとんど陥落しかけじゃないの」


「そら、こんな可愛い姪やったら大歓迎や。可愛いは正義やからな」


 初対面で東家一行の心をがっちりつかんだ冬華に、思わずあきれたようにため息を漏らす真琴。


 結局この日は、初孫に浮かれたジジババが無駄に張り切るという、日本全国どこでも見られるような光景が日帰り温泉施設で繰り広げられ、その時一緒に紹介されたヘンドリックとアンジェリカを大いにあきれさせたのであった。

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