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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第38話

「なあ、宏。海南大からえらいようさん仕事来とんねんけど、これええんか?」

 世間がお盆休みに入ろうかというある日。長期休暇に入るまでに、可能な限り売り上げを稼ごうとフル稼働中の東工作所に、海南大学から大量の発注があった。

「ええんかもなんも、普通に綾瀬研の仕事やからな。それの使い道に僕も絡んでるし、守秘義務的な意味でも関係者のところに発注するんは普通やろ?」

「ああ、そういうことか。せやけどまた、けったいな形のもんばっかりやなあ。この鋳物、わざわざ型作って吹いたんか?」

「さすがに納期の問題で、そこまでは無理や。海南大の設備使うて、発泡で作ってん」

 宏の説明に、いろいろ納得する父孝輔。海南大学に限った話ではないが、工学部が強い大学は、その気になれば機械加工を主体とした製造業を始められる程度には設備が整っている。

 もっとも、機械があればいいというものではない。どれだけ最新鋭で高性能な設備が揃っていても、使うのが大学生や研究者である以上、町工場が昔ながらの古い汎用加工機で簡単にやってのけるようなこともまともにできないのが普通だ。

 天音などはそれをよく分かっているので、ちょっとした部品ぐらいならともかく、一定以上の精度を要求する実験機を作る際は、すべて地元の町工場に丸投げしている。

 今回もその口であり、作るものが宏と春菜の耐候フィールド発生装置の実験機で、実験機に使う部品の傾向が東工作所の得意分野や専門技術にばっちりと合致したため、これ幸いと業者を探す手間を省いたのである。

 安全のためにある程度の重量や安定性が必要であることに加えコストの問題もあり、ベース部分に使う素材はほぼ鉄系素材に固定されていたとはいえ、わざわざ素材に鋳鉄を選んで鋳造で材料を作ったのは、言うまでもなく宏の実家に仕事を発注することを踏まえての選択だ。

 一般的な鉄系素材の錆びやすいという欠点は、この時代の技術なら表面処理や成型時の添加剤でどうとでもできる問題なので、実験機レベルでは気にする必要もない事も、念のために補足しておく。

 なお、さらにもう一つ補足しておくと、宏が言った発泡というのは発泡スチロールで原型を作って、鋳型を作る際に原型を取り出さずに鋳鉄を流し込んで作る鋳造法である。使うのが発泡スチロールなので加工が楽で、原型を取り出す手間がないこともあって、作るのが一個二個という数なら普通に木で型を作るより大幅に安く製品が作れるという利点がある。

 ただし、基本的に型が使い捨てのため、今回のような単発や試作の場合はともかく、量産する場合には逆にコストが増大する欠点もある。

 このあたりは使い分けであろう。

 余談ながら、この時代の3Dプリンターは、結局素材技術の進歩についていけず適用素材が追いつかなかったことに加え、何より重要な特性を持っている素材の中に、レーザー照射で焼結させるという3Dプリンターの原理と極端に相性が悪いものが出てきたため、金属加工に関しては量産を前提としない試作用途以外でのあまり使われていない。

 また、レーザー焼結と言えども熱は発生する。しかも、従来の鋳造などに比べ成形過程で極端な熱分布の違いが出るケースも多々あり、熱応力によるひずみその他の問題を完全には克服できなかった。そのため、結局後加工を必要とせずに高精度製品を完成させるところまではついに至らぬまま、現在である二千三十年を迎えている。

 なお、熱応力によるひずみの問題を克服できなかった理由には材料の急激な発達による多様化の影響も大きく、それらに対する対応のためにリソースが分散された結果、どっちつかずとなってしまったのだ。

 鋳造自体の技術革新もあり、現在ではもっぱら、試作のための発泡スチロールの型や量産用の木型を3Dプリンターで作り、試作はそれを利用した消失鋳造法で試作品を作るやり方が行われている。

「にしても、ようこんな無茶な設計できんなあ……」

「実験機やから、図面漏れても簡単にまねできんようにあえてヘンな形にしとる所も結構あるんよ。実際に量産するっちゅうことになったら、もっといろいろ手ぇ入れて簡単な構造にするで、そら」

「なるほどなあ。まあ、よその図面とちごて、こんなところに公差入れても意味ないで、っちゅう場所には公差入ってへんだけましやな」

「綾瀬教授が監督した図面には、そういうんはないで。他所のやと、全部の寸法にプラスマイナス0.01とか平気で付けた挙句に、百分台の交差ついた30ミリ角の角穴の対角の寸法に整数で42とか指定してH7交差つける、みたいな計算したらわかるやろっちゅうレベルのアホな事やらかしとる図面もあるけどな」

「工学部の学生がそれで大丈夫かいな……」

「一般企業に勤めてる院出てるような設計者でも平気でやらかすんやから、学生レベルに言うても無駄やで」

 孝輔の嘆きが入ったきつい突っ込みに、実例をもとに更にきつい突っ込みを返す宏。

 ちなみにH7交差というのは、対となる軸と穴のはめあいに関する規格で最もよく使われるものの一つであり、Hが大文字だとプラス側の、小文字だとマイナス側の指定となる。穴や軸の寸法で値は変わるが、今回宏が口にした事例では、0から0.025ミリの公差範囲となる。

 実のところ、正確には穴側が大文字、軸側が小文字なのだが、実際の図面だとはめあいでもないのにプラス側マイナス側として使っていたり、焼き嵌めというやり方でやるからと逆に使ったりする設計者もかなりいるので、H7公差の場合実態に即した説明だと先に記したようになる。

 宏が言った正方形の穴の対角(それも角を丸くしているものではなく直角になっているもの)に整数の寸法を入れてH7公差をつける事の何が問題かというと、一辺が整数の正方形の対角の長さは普通は整数にならない、という点にある。特に、正方形の一辺の長さに百分の何ミリかの交差がついているとなると、まず間違いなくそんな綺麗な数字にはならない。

 このあたりは、一度三平方の定理や直角二等辺三角形の斜辺の出し方で計算してみればすぐに分かることなので、これ以上の説明はここでは省略する。

「まあ、今回のに関しては、仕上げは宏がやったほうがええやろ。俺でも一応どこがいっちゃん重要かっちゅうんは判断つくけど、設計にも関わっとる人間の方がはるかに正確に分かるやろからな」

「せやな」

 孝輔の言葉にうなずき、形状的に一番面倒なものを手に取る宏。普通なら機械にどう固定するかで悩むようなえげつない形状だが、それに関しては既に大体のあたりは付けている。

 東工作所の一番の特殊技術は、形状的に普通は専用の治具を作る必要があるような品物を、ありあわせの道具でしっかり固定して高精度の加工を行うことにあり、宏も当然のごとくそれを行う腕は持っている。

 無論、物理的にどうやっても不可能なものも当然あるが、そういうケースは大抵が機械のサイズの問題であり、形状の問題で不可能なケースはほとんどない。

 一見、五軸加工機でやれと言われそうな技術だが、実のところ取りつけさえ何とかなるのであれば、汎用の立型フライス盤やマシニングセンターなどで加工したほうがはるかに早く安いものというのはいくらでもある。

 そのため、専用の冶具が不要なら、その分だけどこの業者よりも低コスト・短納期で加工ができるとので、十分に他所を出し抜ける売りとなるのだ。

 なお、二番目の特殊技術は、数百ミリ角程度の大きさの製品まで、加工途中でも品物を機械に取り付けた状態で百分の一ミリ単位の比較的精密な測定が可能な事だが、これに関しては道具の問題なので、可能な町工場は少ないにしても東工作所の専売特許とまでは言えない所だ。

 どちらの技術も、木型さえ作ることができればどんな有り得ない形状のものでも作れてしまう鋳造品をメインに加工し続けてきたからこそ、日本でもトップレベルまで磨くことができた技術である。

「とりあえず、俺はこのあたりの形はともかく数と直角度が面倒なやつやっとくわ」

「頼むわ。後、こっちの僕がやるつもりやった奴、代わりにやっとってくれへん?」

「そっちの方が納期きつそうやから、先片しとこか。これとか春菜ちゃんの練習にちょうどええから、今の終わったらやってもらっといて」

「分かった」

 孝輔とそんな風に作業の打ち合わせを終え、段取りのついでに春菜の作業の進捗を確認するために、材料を持って移動する宏。

 自身が使う機械のそばに材料を置き、隣の機械で作業中の春菜を確認する。

「……うーん……」

 春菜は真剣な表情で品物に手を添え、何度も油圧バイスを緩めては締めたり、柔らかい真鍮の板を噛ませて調整して締めなおしてを繰り返しながら首をかしげていた。

「えらい手こずってるやん」

「うん……。どうしてもうまく倒れが修正できなくてね……」

「見た感じコンマ1も倒れてへんし、そいつのその面はそんなうるさくないところやから、出せるレベルでええで」

「分かってるんだけど、ここで手を抜くと後で苦労するのが分かってるから、なかなか割り切れないんだよね……」

「なんぼなんでも、そんなシビアな仕事は、まだ春菜さんに振ったりせえへんで」

 宏に言われ、思わず小さく苦笑する春菜。言われるまでもなくそんなことは分かっているが、ここで手を抜く癖がつくと後々困ったことになる気がして手を抜けないのだ。

 現在春菜が行っている作業は、二カ所ほど穴が開いていて中に空洞がある凸型の品物を、材料の直角と平行を出しながら外形寸法を仕上げるというものある。

 まだフライス加工を始めて数カ月、しかも学生故に長期休暇以外は良くて週二程度、それも長くて四時間ぐらいしか仕事に来られない春菜が任されている品物だけあって、要求精度はそこまでシビアなものではない。せいぜいが穴の位置関係の調整が面倒なぐらいである。

 むしろ、既にこのレベルのものを図面と指示だけで任されていること自体、普通なら有り得ないぐらいのキャリアだ。

 もっとも、知り合いの実家に手伝いもかねて、という形でなければ、本来こんなシフトでアルバイトをさせてもらうこと自体有り得ないのだが、こういう面では個人経営の零細企業は融通が利いて便利ではある。

「孝輔さんや宏君がやると一回でちゃんと出るのに、私だとこれだけいろいろやってもなかなかなんだよね~……」

「そらしゃあないで。おとんはもうこの道二十年超えとるベテランやねんし、僕かて基本は長期休暇の時だけっちゅうても、中学ぐらいからずっと手伝ってんねんから。年季がちゃうわな」

「そうなんだけどね」

 宏の突っ込みに、再び苦笑を浮かべる春菜。この種の仕事は、どうしたってある程度以上は経験時間がものをいう。

 が、単純なスペックだけで言えば権能を封印してさえ人間など比較対象にもならない能力を持っているにもかかわらず、孝輔が雑談しながらでもやってのけるような基本中の基本というところでどうやっても上手くできないのは、さすがに情けないものがある。

 自分も元人間なのだから人間を下に見るつもりは毛頭ないが、ここまで手間をかけてもちゃんとできないのは、色々情けなく感じてしまうのだ。

 なまじ精密かつ詳細に狂いが分かってしまうが故の葛藤であろう。

 かつて宏と天音が話していた、分かっているという事と実行するという事は別問題だ、という壁に、春菜もものの見事にぶち当たっているのである。

「まあ、とりあえずそれ終わったら次こいつな。これもそこまでの要求精度は言われへんけど、長もんやから反りには注意してやってな」

「うん。分かったよ」

 宏の指示にうなずき、再びつかみ方の微調整に戻る春菜。その表情は、どこまでも真剣だ。

 もはや何のために東工作所でアルバイトをしているのか、その理由を完全に忘れ去っている春菜であった。







「春菜ちゃんは、お盆休みに予定とかなんかある?」

「えっと、今年は特にはなかったはずです」

 昼休み。美紗緒に問われた春菜が、少し考えてからそう答える。

 去年は春菜が、今年は深雪が受験生なので父の曾祖父の実家には顔を出す予定がなく、母方の実家はイギリスなのでそもそもお盆休み自体が関係ない。

 さすがに九十を過ぎている曽祖父の年齢的に、来年は顔を出すべきではあろうが、今年は来なくてもいいと向こうから言われている。

「おじさんたちは、何か予定があるんですか?」

「出ていく方の予定は特にないけど、盆休みに娘が帰ってくるんよ」

「娘って、宏君のお姉さんのことですか?」

「うん。まあ、こっちに引っ越してから一日も住んでへんのに、帰ってくるっちゅうんが表現として正しいかどうかは分からへんけどなあ」

 美紗緒の言葉に、確かにとうなずく春菜。

 現在の東家には、一応宏の姉・恵美の部屋もあるにはある。衣類などは大学の寮に送ったとはいえ、大阪に住んでいたころの家具などはそのまま運び込んでいるので、暮らそうと思えば普通に暮らせはする。

 が、それと恵美の側に帰ってくるという感覚があるかは別の話だ。

 実際、メッセージには就職が決まったから顔を出す、と書かれていたので、恐らく本人に帰ってくるという意識はないだろう。

「それで、春菜ちゃん。特に予定ないんやったら、ちょっとうちに顔出してくれへん? 娘紹介したいんよ」

「あっ、お願いしていいですか?」

「うん。予定では十一日に帰ってくるらしいから、十二日でどう?」

「分かりました」

 嬉しそうに微笑んで、提示された日付にうなずく春菜。そこで、ふと思いつく。

「だったら、澪ちゃんとエルちゃんも呼んだ方がいいかな?」

「どうするかはともかく、声はかけといた方がええやろな」

「真琴さん達はどうしよっか?」

「兄貴と詩織さんは盆休みにお互いの実家に顔出すっちゅうとったから、今回は話だけになるやろうな。真琴さんはその辺どうするんか聞いてへんから、春菜さんの方で確認しとって」

「了解。本当なら、アルチェムさんとか冬華とかも紹介したいんだけど……」

「さすがに、姉ちゃん向こうに連れてく気はないで」

「だよね~……」

 春菜の思い付きに合わせ、他のメンバーにどう声をかけるかなどを決めていく宏と春菜。恐らく集まれたとしても最大で澪とエアリスと真琴が限界ではあろうが、こういうのは声だけはかけておかないと気分が悪い。

「とりあえず、帰りの日には作物の一番いいところ持って帰ってもらわないとね」

「せやな。あと、姉ちゃんの生活費やと、肉類はどんな感じなんやろうな?」

「ん~、あんまり向こうの物価とか分かんないけど、アルバイトの賄とか寮で出るご飯とか以外だと、セール品の鶏肉ぐらいが限界なんじゃないかなあ。多分、魚介類も同じだと思うよ」

「そうか。ほな、安永さんと三浦さんに頼んで、肉と魚のええのん確保せんとな」

「あっ、そうだね」

 誰に声をかけるかから手土産の話になり、恵美の食生活から肉類の調達にまで一気に発想が飛ぶ宏と春菜。それで大丈夫かと両親に視線を向けると、嬉しそうにうなずいている。

 ちなみに、三浦さんとは春菜が確保した野菜の押し付け先である。潮見メロンの試供品も押し付けた結果、お願いすれば本来なら高級料亭などに流れるようなものすごい魚を回してくれるようになった、潮見の漁業関係者の中では重鎮ともいえるベテランの漁師である。

「春菜ちゃん、悪いけどええお肉と魚、調達しといてくれへん? うちで金出すから」

「果物は、春菜ちゃんの畑で採れたやつがええか。多分、この辺であれ以上のんはまず手に入らんやろうし」

「後はお菓子やけど、スーパーで買えるようなんは普通にストックあるから、ケーキとかか?」

「せやなあ。っちゅうて、こっち来てからあんまりスーパー以外で買いもんしてへんから、あたしも全国チェーンの店ぐらいしか知らんで」

 娘を迎え入れるために、何を準備するかウキウキしながら話し合う孝輔と美紗緒。その様子をニコニコしながら見守っていた春菜が、何か思いついたように口を挟む。

「あっ、ケーキでいいなら、焼いていきますよ?」

「ほんまに? お願いして大丈夫?」

「はい。任せてください」

 久しぶりにケーキを作る口実を得て、妙に張り切る春菜。この手のものは、何か理由がないとなかなか作る機会がないのだ。

 春菜が最後にケーキを作ったのは、真琴の誕生日の時だ。宏の誕生日は直後に温泉旅行が控えていたので、宿を予約した際に特別料理とバースデーケーキを追加してもらう形で対処している。

 なので、がっつりしたデコレーションケーキを作るのは、結構久しぶりのことだったりする。

「お肉と卵は十日の晩に届くように頼んでおけば大丈夫ですか?」

「せやな。それでお願いするわ」

「魚介類は十二日に水揚げしたものから、良さげなものをその日のうちに届けてもらう形で手配しておきますね」

「うん、ありがとう。ちゃんと費用は請求してや」

 美紗緒の言葉に、思わず曖昧な笑みを浮かべる春菜。残念ながら、どちらからも今回程度の注文では請求書が届いたことはないので、お金を出してもらおうにもいくら出してもらえばいいか分からないのだ。

「せやけど、料理の腕は完全に宏とか春菜ちゃんに負けてもうてるからなあ。美味しいご飯食べさせたげたいから、調理は宏に全部任せた方がええか?」

「こういうんは腕だけやないから、やっぱりおかんが作るべきやで」

「そうですよ」

「そうかなあ……」

 最近、食事の七割近い部分を宏と春菜に依存している美紗緒が、少々情けなさそうに食事を作ることに対する不安を口にする。

 美紗緒は宏の料理の師匠ではあるが、その腕は一般的な主婦のレベルだ。大体の人間に美味しいと言わせることはできても、金をとれるレベルではない。

「それに、言うたらあれやけど、ステーキは基本肉とステーキソースの味やから、下味の付け方と焼き加減さえ間違えへんかったら、一般家庭で作る分にはあんまり腕の良しあし関係ないしな」

「そらまあ、そうやけど」

「お姉さんは、もう四年もおばさんのご飯食べてないんですよね? お味噌汁とかちょっとした小鉢とかだけでもいいから、おばさんの料理を食べさせてあげるのが一番だと思います」

「……せやなあ。ただ、宏もなんか作らなあかんで。入院するまでは、あんたが三割ぐらい作っとってんから」

「そら当然やん」

 美紗緒の言葉にうなずく宏。

 こうして、長女の恵美を迎え入れるための打ち合わせはつつがなく終了するのであった。







「という訳だから、明後日に宏君のお姉さんが帰ってくるんだ」

「なるほど。っつうことは、就職決まった訳か」

「うん。どこに決まったかとかそのあたりの説明も、帰ってきた時に聞く予定なんだって。だから、実は私どころかおじさんたちも、就職決まった事しか知らないんだって」

「……何だろうなあ、なんとなく勘に訴えるものがあるんだが……」

 その日の夜。いつものチャットルームで、春菜は宏の姉についての話をしていた。

 最近では半々の確率でフェアクロにログインして駄弁っている彼らだが、今回は個人情報が絡む上に何人かはロールプレイをしている都合上、素の状態で話せるチャットルームの方が面倒が少ないという事で、この日はこちらに集合している。

 なお、宏は明日の買い出しの絡みで両親と打ち合わせ中のため、少し遅れてログインすることになっている。

「で、いつまでこっちにいる予定だって?」

「十四日に帰るんだって」

「っつうことは、俺たちとは入れ違いか」

「ん、残念」

「宏くんのお姉さん、会ってみたかったな~」

 今年のお盆休みは親戚付き合いが確定している達也、澪、詩織の三人が、心底残念そうにため息をつく。去年はいろいろな口実で回避できたのだが、今年は無理だったのだ。

 一応澪に関しては十一日はまだ潮見にいるが、来た日に押しかけるのはさすがに気が引ける。

 なので、顔を会せるのは次回以降となるのが確定である。

「真琴さんはどうかな?」

「あたし? あたしはいけるわね。面倒だからお盆は避けて帰る、って言ってあるし」

「そっか。じゃあ、私と一緒に紹介してもらえるね」

「そうね」

 引きニートだった過去をうまく口実に使って逃げている真琴を、羨ましそうに見つめる達也たち。伝聞でしか知らないだけに、宏の姉にはどこまでも興味が尽きないのだ。

「あとは、明日ちょっと向こうに行って、エルちゃんに声をかけてみようかと思ってるんだ。もしかしたら、一日ぐらいは何とかなるかもしれないし」

「そうね。宏の現状を知ってもらうんだったら、できればエルがこっちに来てる方がよさそうだし」

 春菜の言葉にうなずく真琴。エアリスの存在は、割と重要である。

「それで、お姉さんをどこかに案内するとか、あるの?」

「未定。お姉さんのリクエストにあわせて動こうかな、って」

「なるほどね。まあ、宏がまだ人混み厳しいし、お盆休みでもというかお盆休みだからこそ混むから礼宮庭園も難しいって考えると、意外と案内できるところってないわよねえ」

「そうなんだよね」

 紹介を済ませた後どうするのか、という話で打ち合わせを続ける真琴と春菜。とはいえ、相手がどうしたいかで変わってくることもあり、現時点ではどうにも決めようがない感じだ。

「とりあえず、候補だけでも決めときましょう」

「そうだね。と言っても、そう何カ所も回れないから、三つか四つぐらいかなあ」

「達也たちも、ここならいいんじゃないかってのがあったらよろしく」

「そうだなあ……」

「師匠と別行動もありだったら、ショッピングモールは結構いいけど……」

「さすがにちょっと厳しそうだと思うから、ここは宏君と春菜ちゃんが野菜納品してる道の駅とかが無難じゃないかな?」

「後は、漁港が穴場っぽい気がするな。お姉さんが喜ぶかどうかは分からねえが」

 誰が悪いわけでもない事で、いつまでも拗ねていても仕方がない。そう気分を切り替え、真琴が振った話題に真剣に頭をひねる達也たち。

 その相談は、宏がログインしてきてからもずっと続くのであった。







「すいません。ちょっといいですか?」

「あっ、はい」

 そして、宏の姉が来る当日。

 ケーキ作りに使うあれこれのうち、安永氏のルートでは手に入らないバニラエッセンスなどの消耗品を買いに来ていた春菜は、駅直結の超大型ショッピングモールにつながる連絡通路に向かう途中、潮見駅の改札前を通り過ぎようとしたタイミングで唐突に声をかけられた。

 声をかけてきたのは女性で、しかもイントネーションは関西弁。もしかしてと思いつつ声をかけてきたであろう女性に視線を向けると、そこには実際に会った事はないが顔はよく知っている人物の姿が。

「あの、藤堂春菜さんで、よろしいでしょうか?」

「はい。もしかして、ですが、宏君のお姉さんですか?」

「そうです。宏の姉の恵美です」

 なんという偶然か、春菜が駅に到着した時刻は、ちょうど恵美が改札を抜けて家族に連絡を入れようとしたのと同じであった。

 しかも、ショッピングモールの駐車場が満車でなければ駅の駐車場を使う事もなく、当然改札前を通らないので春菜の姿が恵美の目に留まることもない。

 日頃はなんだかんだ言ってほとんど埋まりながらも満車になることは少なく、春菜も車を使えるようになってからここに買い物に来る場合、駅の駐車場など使ったことは一度もなかった。

 世間一般が休みのお盆とはいえ、今日に限って満車だったあたりは恐らく必然といっていい。

 ここまでくると、間違いなく春菜の体質が仕事をしていると断言していいだろう。

「いきなり声かけてすみません。写真で何べんも見た人が、堂々と目の前歩いとったもんやからつい驚いて……」

「あ、いえ。気にしないでください。むしろ、声をかけていただいて嬉しかったですし」

「そう言ってもらえると、助かります。とりあえず、敬語はなしでいいですよ」

「分かったよ。こっちの方が年下だし、恵美さんも普段通りで」

「ほな、そうさせてもらうわ」

 初対面の挨拶を終わらせて、お互いなんとなくうれしそうに微笑みを交わす。

 恵美から見た春菜は、よくもまあ自分の弟にこんないい娘が惚れてくれたものだと、初対面だというのにいろんな何かに感謝してしまうほど好印象だった。

 春菜は春菜で、苦労人だからか大学生とは思えないほどよくできた人柄がにじみ出ている恵美に対し、この人と家族になれたらいいなと心底思ってしまうぐらいには好きになっている。

 恵美の見た目はそれなりに美人といった所で、ちょうど真琴と大人になったファムの中間よりやや美人ぐらいの感じだが、直接会って話をすると写真で見る何倍も魅力的に見える。

 人間見た目、とはよく言うが、中身が伴っていれば案外造形は問題にならない事がよく分かる。

「とりあえず、立ち話もなんだし、どこかでお茶、よりお昼かな?」

「ああ、せやね。ちょうどそれぐらいの時間やわ」

「でも、私あんまりこっちの方でご飯とか食べないから、飲食店はほとんど知らないんだよね……」

「聞いてる感じやと、基本自分らで作ったもんばっかり食べてるみたいやもんなあ」

 正直に話した春菜に思わず小さく笑いながらそう突っ込む恵美。

「てか、この時間帯だったらここの飲食店は全部いっぱいだと思うから、よそに食べに出た方がいいかも」

「せやなあ。でも、春菜ちゃん、なんか用事あってここに来たんちゃうん?」

「うん。ケーキ作ろうと思って、ちょっと切らしてるものを買いに来たんだ。それだけ付き合ってもらってもいい?」

「ええよ、そんぐらい」

「だったら、私車で来てるから、恵美さんの荷物積んじゃおう」

「そうさせてもらってええ?」

「うん」

 春菜の提案に、ありがたそうに頭を下げる恵美。正直、昼食にしても荷物にしても、どうするか迷っていたところなのだ。

「せっかくだから、恵美さんはどんなケーキが好きか聞いていい?」

「好みだけで言うたらチーズケーキなんやけど、最近生クリームたっぷりフルーツどっさりのデコレーションケーキに飢えてる感じやわ」

「そういうケーキって、買うのも作るのも高くつくよね」

「せやねんなあ。私でも手ぇ出る値段の奴っちゅうたらスーパーとかのんになるけど、人工甘味料とかでコストダウンしとるからクリームが不味いねんわ……」

「二百円足せばまともなの買えるけど、そうなるとちょっと迷う値段になるよね、実際」

「ほんまやで。私らみたいな苦学生には、ケーキ一個で税込みでワンコイン五百円は相当覚悟いる値段や」

 恵美の言葉に、しみじみ頷く春菜。基本金に困らない身の上とはいえ、高校時代は一般的な小遣いしかもらっていなかったので、ちゃんとしたケーキ一個税込み約五百円がなかなかに厳しい値段である実感ぐらいは持っているのだ。

 そもそも、潮見高校も海南大学も、学食が五百円で結構がっつりしたメニューを食せる値段構成になっているので、なおの事高く感じてしまう。

 学食が特別安いことぐらいはちゃんと理解しているので、ケーキが不当に高いなどという気はないのだが、それでも百円二百円足せば単品でならまともなものを食べられる店も珍しくないと来れば、とても安いとは言えない。

 使うべき時には躊躇わずにお金を使うのでそうは見えないが、なんだかんだ言って春菜にもある程度は一般的な金銭感覚が備わっているのである。

「とりあえず、明日作って持って行くから楽しみにしててね」

「うん、楽しみにしとくわ。果物は自家製のん?」

「自分たちで作ってるものはそのつもり。イチゴは畑のは品切れだけど、部屋で育ててる観葉植物のマグカップで育てるタイプのイチゴが、ケーキにちょうどいい感じの甘みと酸味で今日取り頃のも十分あるから、そっちを使うつもり」

「そうなんや」

「桃は買うことになったけどね」

「桃もとか、なんかすごい贅沢やなあ……」

「まあ、買うって言ってもほぼ野菜と物々交換なんだけど」

 春菜の台詞に、どんだけやねんと内心で突っ込む恵美。物々交換で桃のような高価な果物が入手できるとか、普通に家庭菜園の範囲を超えている。

 辛うじて観葉植物のイチゴをケーキに使うというのは理解できる範囲だが、春菜の部屋のイチゴが恵美の想像通りであるならば、普通は観葉植物だけあってそこまで美味しくもない。

 実際、春菜の部屋のイチゴは恵美が想像したそのもので、普通はスーパーの外れよりはまし、ぐらいの味の実しか採れない、育てやすく枯れにくく、割と長く実をつけることが売りの品種である。育てているのが春菜だから、ケーキに使えるような良質のイチゴが採れるのだ。

 これでも、宏がノータッチで春菜も観葉植物という感覚だから、結果としてはマシなところに落ち着いているのだ。春菜が向けているのが観葉植物に対する愛情でなければ、主に収穫量の面でとんでもないことになっていただろう。

 実のところ、安永氏に言えばケーキに使う分ぐらいのイチゴは、普通に春菜の畑の分が出てくるのだが、春菜自身はそのあたりの話は全然知らなかったりする。

 宏達の日本の場合、安永氏クラスの農家や大きめの農業連合、一部の業者、まともに頑張っている農協などは、味を一切落とさず保存・急速解凍できる超大型冷凍倉庫を持っており、これはと見込んだ作物を冷凍保存しては旬が過ぎても出荷するというやり方で豊作貧乏を回避しつつ収入の安定化を図っている。

 なので安永氏は、ひそかにブランド価値が付きつつある春菜の畑の作物、それも特に果物に関しては、可能な限り確保して売りつなぐようにしていたのだ。

 とはいえ、その事情を知らない上に、出荷するのは基本畑に設置された小屋が満タンになるだけの分量が上限、と決めて作業していた宏と春菜は、まだ出荷枠があると知らずにせっせとイチゴを身内にばらまいていたのである。

 もっとも、保存するのは春菜の畑の作物だけではないので、宏達に好き放題出荷させてしまった日には、あっという間に倉庫がパンクしかねないのだが。

「それで、何か食べたいものってあるかな?」

「お任せするわ。正直、店とかよう分からへんし、ホンマに食べたいもんは親に甘えるつもりやし」

「本当に食べたいものって?」

「そらもう、肉がっつりとええ魚がっつりやん。今連れて行ってもらっても、そんなん手ぇ出せるような財布の中身ちゃうし」

「あはは」

 恵美の正直な、というより身も蓋もない言葉に思わず笑ってしまう春菜。

 その後、余計なウィンドウショッピングなど一切せず、目的のものだけさっさと購入して潮見駅を離れる春菜と恵美であった。







「個室なんか使わせてもらえるんやなあ……」

「今日は使う人いないから、だって」

 海南大学のすぐそばにあるいつものそば屋。ショッピングモールとは逆に比較的空いていたその店の個室で、注文した品が届くのを待ちながら、二人はのんびり駄弁っていた。

「それにしても、私立だけあって物凄い立派やなあ……」

「私立大学が全部立派かどうかはともかく、海南大学は寄付金とか無しでも財務状況はものすごくいいから、全部自前で設備投資できてるらしいよ」

「それ、綾瀬教授の手柄っちゅう感じやけど、どないなん?」

「多分、それが一番大きいとは思うよ。おばさんが実験で作ったものを、そのまま設備として使ってるケースも多いみたいだし」

 宏と春菜が通う海南大学を窓から見ながら、そんな話をする恵美と春菜。

 もっとも、恵美が通う大学も地方とはいえ県名を冠した国立大学なので、設備こそ古びてはいるものの、立派さや充実度合いではそんなに違いはない。

 言っては何だが、恵美が春菜の環境をうらやむのは、もっとグレードが落ちる大学に通う学生からすれば、贅沢を言うなとちゃぶ台を返されてもおかしくないのだ。

「それにしても、宏が共学の高校無事に卒業できて、女の子の友達作れて、共学の大学通えるようになるって、ホンマ夢のような話やわ……」

「まあ、私も仲良くなれたの、ほとんど奇跡みたいな偶然だったし、我ながらよく地雷を踏み抜かずにやってこれたなあ、ってたまにしみじみ思う事はあるよ、実際」

「せやろうなあ。送られてきた写真見た時、ホンマにびっくりしたで。宏が女の子に自分から触ってる! っちゅうてなあ」

「だよね~……」

 恵美の驚きのポイントに、かなりしみじみとした感じで同意する春菜。普通に手を取るぐらいの事でおびえられずに済むようになるまで、随分と苦労したものだ。

 まだ恋人つなぎなどあり得ない段階とはいえ、ここまで頑張ったことは素直に自画自賛してもいいのではないか。春菜をして時折こんなことを思ってしまうぐらい、宏との距離感には苦労してきたのである。

「せやけど、うちの弟のこと好きになってくれたんはすごい嬉しいんやけど、あの子ちゃんと恋愛とかできる保証あらへんよ?」

「覚悟はしてるよ」

「私としても、春菜ちゃんが宏を口説き落としてくれたらものすごい嬉しいんやけど、仮にあの事件無くて真っ当な人生歩んどっても、ちゃんと恋人作れるような気ぃ全然せえへんのが難儀やでな」

 恵美の言葉に、思わず真剣な顔でうなずく春菜。恵美に言われるまでもなく、そのあたりは分かっている。

「正直、春菜ちゃんが駆け引きとかするようなタイプでなくてよかったで」

「それやった瞬間に、私は二度と宏君の恋愛対象に戻れないって分かってるから、むしろ誤解させないように必死だよ」

 恵美の言葉に、何やら達観した様子で現状を告げる春菜。

 宏にとって自分が失えないほど近い存在になっている自信はある程度あるものの、それを利用して誰かになびく素振りで宏に恋愛感情を抱かせようなどとした日には、宏は下手をすれば二度と恋愛的な意味で女性を信じなくなるかもしれない。

 そうでなかったとしても、もともと宏は春菜に自分は釣り合わないなどと思っている節があるので、別の男と恋愛的な意味で仲良くした、もしくはそう見える行動をとった時点で、笑ってサクッと身を引いてしまうだろう。

 距離を置く的な事をするにしても、事故か何かの不可抗力で引き離され、宏の努力次第では再会までの時間が短くなる、というパターンでもなければ、小細工をすればするほどマイナスに働くのは間違いない。

 恋愛感情で脳がゆだっていても、そのぐらいの判断ができる程度には春菜の理性は仕事しているのだ。

「やろうなあ。ほんま、うちの弟が難儀なことなってしもとって、申し訳ない限りやで」

「恵美さんのせいじゃないよね、それ」

「いや、あの時一緒に生活しとって、弟が追い詰められとんのに何の助けにもなれんかったんやから、私にも宏がああなった責任はあるで。っちゅうか、血のつながった家族やねんから、むしろ助けようとして何もできんかったって後悔しとるクラスメイトの子らより何倍も責任重いで」

 弟に関する未だに拭いきれぬトラウマを、血を吐くような表情で漏らす恵美。

 治療により徐々に回復していく様子を見守ってきた両親と違い、恵美は大学進学で側を離れたため、ここ三年ほどの様子や経過を知らない。

 そのため、後悔を拭い去るための行動を起こす機会も、心の傷を癒す機会も得られずに今日まで来てしまっているのだ。

 暴行や傷害による大事件というのは、つくづく被害者とその関係者に深い傷を刻み込んでしまうらしい。

「あのね、恵美さん」

「ん?」

「直接何かするだけじゃなくて、心配して真剣に無事を祈るっていうのも、十分すぎるほど宏君の助けになってるんだよ?」

「……そうなん?」

「うん。ちょっとオカルティックな印象の話になるんだけど、格好つけて直接支援したりするよりも、何もできない人の真剣な祈りの方が事態にプラスに働いた事例っていうのが、現実に結構あるんだ」

「何っちゅうか、胡散臭い話やなあ……」

「言ってる私も、口で説明しちゃうと胡散臭いなあ、って思ってるけどね」

 自分で言いながらあまりにも胡散臭い言葉に、思わず苦笑してしまう春菜。

 とはいえ実際の話、無私の真摯な祈りが奇跡を起こした、としか思えない事例は、古今東西枚挙にいとまがないぐらいにはあふれている。

 無論、当事者の必死の努力は大前提だし、真剣に祈れば全てが良くなるわけではないが、人事を尽くした際の最後のひと押しとなっている可能性が否定できない程度には、そういった事例があふれている。

 恐らく、古今東西ありとあらゆる宗教において祈りという行為が行われているのも、神を信じないものですらいざというところまで追い詰められた時に祈ってしまう事があるのも、無意識にそういうパワーがあることを感じ取っているからであろう。

 少なくとも、精神的なものが深く絡む宏のようなケースに関しては、関係者の真剣な祈りというのが重要なファクターであるのは間違いない。

「そろそろおそばが来るから、この話はおしまいにしようよ」

「せやな」

「心配しなくても、今の宏君を見たら恋愛がらみ以外は大丈夫だって納得できるはずだから」

「それ、自分にとって大問題ちゃうん?」

「そこはもう、誰を好きになっても同じだと思うから、地道に頑張るよ」

「宏の話聞いてる感じ、頑張りどころずれてるっちゅうか、頑張っとる感じ自体せえへんけどなあ」

 恵美の致命的な指摘に、思わずガクッとする春菜。

「あとなあ、さっきから達観したようなこと言うてるけど、春菜ちゃんなんか焦ってへん?」

「あ~、うん。まあ、ちょっとそういうところはあるかなあ、って自分でも思わなくも……」

「頑張りどころずれとんのも、やってるうちになんか道踏み外すっちゅうだけやなくて、なんか頑張らなあかん思って焦って事を起こすからっちゅう節があるんやけど、どない?」

「……おっしゃる通りです」

 恵美の鋭い指摘に、もう一度がくりとする春菜。そこに大将が料理を持ってくる。

「あれ? これ頼んでないんだけど……」

「ヒロ坊のお姉さんなんだろう? せっかく来てくれたんだからサービスしといた。苦学生やってるって話だし、刺身とかなかなか手が出ないだろうって思ってな」

「ええんですか?」

「おう! うちは頑張る学生さんの味方だ!」

「なんか申し訳ないなあ……」

「大将はこういう人だし、ここはもう、就職決まったお祝いって事で有難く受け取っておこうよ」

 就職が決まった、という春菜の言葉に、サービスで持ってきた船盛をテーブルに置きながらきらりと目を輝かせる大将。

「へえ? そいつはめでたい。どこに決まったんだい?」

「礼宮農研の地方の研究所です」

「そいつはすげえな。って事は、こっちに来る機会もそこそこあるって事だな」

「多分そうなるかなあ、と。ただ、宏が礼宮の人らと仲ようさせてもらってるから、そのコネが知らんところできいてもうたんちゃうか、っちゅう不安が……」

「別にいいじゃねえか。礼宮はコネだけで採用したりしねえから、少なくともコネがきくところまでは採用試験を突破したって事だしな」

 ひそかに、なんだかんだで礼宮関係の上層部とそれなりに仲が良かったりする大将が、そんな風に太鼓判を押す。

 実際、恵美が宏の実の姉である、なんてことは、最終面接が終わった後本採用を決定する段階まで調べもしていない。残りの誰を採用しても大した差がない、という状況でもない限り、家族構成やそれまでどんなことをしてきたかが採用に影響することはまずないのだ。

 実際のところ、世に蔓延しているマイナスイメージそのままのようなコネ採用は、一般企業においては思われているほど多くないのである。

「まあ、せっかくこっちに来たんだしコネもあるんだから、自分の就職先の親会社とか出入りする可能性がある施設とかも見学させてもらったらどうだ? 具体的には、目と鼻の先にある大学のいくつかの研究室とか」

「せっかくやから、そうさせてもらいます」

 大将の言葉に笑顔でそう答え、伸びる前にとレディースセットの関西風タヌキそばに箸をつける恵美。それを見届けた後厨房に引っ込む大将。

 食べ終わるころを見計らってクリームあんみつを持って行き、更に恵美を恐縮させるのはここだけの話である。

「なんか、えらいご馳走になってもうたわ……」

「その分、普段からお母さんとかおばさんとかがお金落としてるから、大丈夫なんじゃないかな?」

「それはそれで申し訳ないんやけど……」

「お金は、持ってる人が多く使わないと、っていうのがうちの親たちの言い分。まあ、その後に何にどう使うかはちゃんと考えなきゃだめだけど、って続くんだけどね」

 春菜が語るいかにも成功した金持ちが言いそうな言葉に、そういうものなのかと首をかしげる恵美。

「とりあえず、宏君たちには連絡しておいたから、晩御飯の時間まで案内できるところは案内しておくよ」

「お願いするわ」

「本当は、明日以降、恵美さんの体力とか気分に合わせて、って考えてたんだけどね。これも何かの縁だから」

「明日は春菜ちゃんのケーキでお茶しながら、のんびり近況とか聞かせてもらいたいわ」

「了解。昼過ぎぐらいにお邪魔するよ」

 などと話しながら、とりあえず海南大学の見学をしていく春菜と恵美。途中で達也から、問題なければ盆休み中は今日しか潮見にいない澪を紹介したらどうだという連絡が入る。

 なお、当の達也は詩織ともども既に親戚宅の近くまで来ており、今更潮見に行くのは不可能な状態である。

 故に、当初の予定通り今回はパスとなる。

「ねえ、恵美さん。澪ちゃんを紹介しておきたいから、ちょっと早いけど一度宏君の家に帰っていい?」

「澪ちゃんって、あのちょっと雰囲気ある子やんな?」

「うん。明日から親戚の家に行かなきゃいけないらしくて、今日しか時間がないんだ。最初はついたばかりのところに押しかけるのはどうかな、って思って今回は見送りの予定だったんだけど、偶然とはいえこうなっちゃったから」

「せやなあ。折角やから私も実物見てみたいし、明日も明後日も時間はあるから、今日は切り上げよか」

「うん。じゃあ、最後に私達の野菜が並んでるらしい道の駅だけ寄り道して帰るね」

 いろいろな準備の時間稼ぎをするために、あえて一か所余計な寄り道を提案する春菜。時間稼ぎの意図を察し、とりあえず了承する恵美。

 その後、十五分ほど道の駅を何も買わずに見て回り、以前に来た時より駐車場が拡張されたり加工品や総菜の売り場が新設の建物に移動していたりすることに驚きつつ帰宅する。

 東家の玄関では、いつきが待機していた。

「ご苦労様。悪いけど、車お願いね」

「はい。自転車は置いていきますので、帰りに使ってください」

「うん、ありがとう」

 そう、東家周辺に駐車スペースがない事を知っていた春菜は、周辺住民の邪魔にならぬよう、いつきに車の回収を頼んでおいたのだ。

「ここが私の実家なんや」

「うん」

「初めて見るもんやから、全然実感わかへんわ」

「だろうね」

 恵美のどこかずれたコメントに苦笑しつつ、呼び鈴を鳴らす春菜。中で人が動く気配がし、すぐに扉が開く。

「姉ちゃん、おかえり」

「ただいま、宏。久しぶりやな」

「ほんまやなあ。とりあえず、話は中でしようや」

「うん」

「春菜さんもすまんな」

「私も楽しかったから、気にしないで」

 そんなやり取りをしながら、二人を中に迎え入れ、リビングへと案内する宏。

 リビングにいた二人の少女を見て、恵美が硬直する。

「あれ? エルちゃんもいたの?」

「なんぞ虫の知らせがあったとかでなあ」

「ああ、なるほど。真琴さんは?」

「エルが来たん見て、うちのリビングやと定員オーバーやろうっちゅうて帰ってったわ」

「あ~、それ多分、気を利かせたのと誤解を避けたんじゃないかなあ……」

「やろうなあ……」

 恵美が硬直している間に、手早く事情を説明する宏。そんな宏の言葉と、早く紹介してほしそうにうずうずしながらも大人しく待っているすさまじく美しい少女たちの表情、何より宏に向けられる熱のこもった視線に、硬直していた恵美が再起動する。

「……なあ、宏」

「なんや?」

「あんたがこんなにたくさん女の子と仲ようできるようになった、っちゅうんは姉として物凄い嬉しいんやけどな。まだまともに恋愛とかできそうもない状態、どころか恐怖症なくても女の子と男女交際なんかようせえへん癖に、こんな何人も節操なく引っ掛けてどないするんよ?」

「言うてる事はごもっともなんやけど、別にその気があった訳でも狙ってこうなった訳でもあらへんで……」

「そんぐらい分かっとるわ。問題なんは、あんたまだ完治してへんのに、こんなおっぱい大きい娘ばっかり引っ掛けて大丈夫なんか、っちゅうんと、こっちの凄い上品なお嬢さん、一見春菜ちゃんと同じぐらいに見えん事もないけど、実際は中学生ぐらいなんやろ?」

「姉ちゃん、よう分かるなあ……」

「塾講師っちゅう仕事、舐めたらあかんで。っちゅうか、話それたけどな、こっちの二人、どっちに手ぇ出しても、っちゅうかそういう風に思われても確実に逮捕案件やのに、大丈夫なん?」

 恵美のなかなかに厳しく世知辛い突っ込みに、思わず目をそらす宏。紹介もまだ受けていない客の前だというのに、さらに突っ込みを続けようとする恵美。

 普段ならそんな無礼な真似は間違ってもしないのだが、流石に今回の状況は衝撃的に過ぎたらしい。

 とはいえ、文字に起こすときつい言い方に見えるが、恵美の口調は心底心配そうなものだ。誰が聞いても本気で弟の事を案じていることが分かる事もあり、周囲の人間は取りあえずある程度気が済むまで姉弟のじゃれ合いを続けさせる方針のようだ。

 そんな恵美と宏の会話を聞いていた澪とエアリスが、思わず小声でささやき合う。

「ボクたちでおっぱい大きいとか言ってたら、アルチェム連れて来たらどうなるんだろう……」

「ですが、よくよく考えると、まだ頑張っている女性は、全体的に平均以上のサイズはあるような気がしますね……」

「ん。ボクも平均突破できたのはちょっとうれしいけど、おかげでいろんな意味で犯罪くさい感じが……」

「年齢に関しては、どうにもなりませんから……」

「ボク、年とっても自分がアウトなエロリ枠から脱却できる気がしない……」

 そんなひそひそ話を聞いていた春菜が、そろそろいいかというタイミングを見計らって苦笑しつつ東姉弟をたしなめ、どうにかお互いを紹介するところまで持ち込む。

「とりあえず、エルさまに関してはどうにもどういう経緯で知り合ったんかが想像もつかんから、明日にでもその辺ちゃんと教えてや」

「分かっとる。ただ、信用できる話とは限らんで」

「そんなもん、そもそもこの状況自体が信用できへんねんから今更や」

 姉の身も蓋もない意見に苦笑しながらうなずく宏。

 なんだかんだで事情説明は先延ばしにされ、とりあえずなんだかんだで仲だけは良くなる恵美と澪達であった。
一辺が整数の正方形の角穴の対角に整数で寸法入れた挙句にH7公差をつけてくる、というのは実は結構珍しくなかったりします。
他にも穴の公差が0から+0.05なのに、穴の一か所に切り欠きを入れる指定して、穴の中心からその切り欠きのてっぺんまでの公差が0から+0.01とか物理的に不可能だろうがと言いたくなる図面もごろごろ転がってます。
日本はISO9001とかに血道をあげる前に、こういう普通に考えれば物理的に不可能だろう、って指定するような設計者を撲滅する方が先だと思うわけです。

あと、宏姉がおっぱいおっぱい言ってますが、関西人でツッコミキャラで宏の姉という立場上、あの三人が揃ってラブラブ光線を弟に向けている状況でそれを突っ込まないのは不可能だという事で一つお願いします。
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