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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第37話

「今日は本気でいい天気ねえ」

「ん。おかげで、超暑い……」

「畑仕事の時間帯は、もうちょい涼しかったんだがなあ……」

 八月一日、八月最初の木曜日。ついに待ちに待った温泉旅行の日。

 八月の太陽にさらされて、朝から潮見はとても暑かった。

 正直、温泉がありがたい気温ではない。

「前にも思ったのですが、日本の夏はとても暑いですね……」

「気温そのものはダールなんかより低いんだが、湿度がなあ……」

「今日の最高気温は三十四度とかいうとったなあ」

「うへえ……」

 畑仕事を終えて汗を流し、ちょっとゆっくりと朝食を食べて再び外へ出た瞬間、物凄い熱気に襲われる。その容赦のない暑さには、さすがにみんな揃って愚痴が増えてしまうようだ。

 特にこちらはフェアクロ世界と違い、温度調整のエンチャントなどという便利なものはない。それだけに、暑さはなかなか深刻なことになっている。

 あの手この手で代休をもぎ取った達也などは、精神的な疲れもあって早くも気分が下降線のようだ。

「てか、お姉ちゃん。温泉行く日の朝まで畑で収穫とかしなくてもよかったんじゃない?」

「あ~、なんとなく、完全にほったらかしにするのが落ち着かなくて……」

「分からなくはないけど、畑がらみはそろそろ自重してもちょっと手を抜こうよ。スーパーの野菜や果物が気に食わなくて、義兄さんに少しでも美味しい農作物を食べさせたげたい、って理由で始めたんだから、もう目的は十分達成してるよね?」

「まあ、そうなんだけどさ……」

 深雪にそう突っ込まれ、視線を宙に彷徨わせながら言葉を濁す春菜。だが、深雪がそんなことで誤魔化されるはずもなく、厳しい追及は続く。

「前々から言おう言おうと思ってたんだけど、お姉ちゃん、完全に当初の目的忘れちゃってるよね?」

「……ナンノコトカナ?」

「片言風味で誤魔化さない」

「あ~、うん。美味しい野菜が採れるのが楽しくなっちゃって、つい……」

「まあ、これから出発って時にあまりしつこくは追及しないけどさ。本当にそろそろ自重したうえで、少し方針とか方向性とか考え直さないとだめだよ?」

「はい、肝に銘じます……」

 自分でも薄々分かっていた問題点を妹につつかれ、がくりとしながらそう返事する春菜。その様子に、他人事じゃないという風情で目配せを交わす澪とエアリス。

 宏は実に気まずそうに視線をそらしている。

「まあ、深雪の台詞はよく言ったって感じなんだが、とりあえずヒロの前でする話ではないわな」

「そうだね。という訳でお姉ちゃん、帰ってきたらしっかり話し合いするからね」

「はあい……」

 達也にたしなめられ、とりあえず矛を収める深雪。

 とはいえ、当事者以外にとってはある意味暑苦しい話だったこともあり、先ほどより体感気温が上がったような気がしなくもない。

「にしても、本気で暑いわねえ……」

「ん。インドア派のボクには、ものすごくつらい……」

「移動のほとんどが車だってのが、せめてもの救いかもなあ……」

「でも、車でも角度によっては直射日光と輻射熱が……」

「まあ、今日の目的地は高原で夏でも結構涼しいから、潮見にいるよりはマシだと思うよ」

 早くも夏の暑さに嫌気がさしている風情のメンバーに、少しばかり救いとなりそうな情報を告げる春菜。

 本日の目的地は、北関東の高原にある隠れ家的な温泉地。昔ながらの伝統的なジビエ料理が名物の、知る人ぞ知るといった感じの避暑地である。

 来る客はほぼ常連のみ、地域に三軒ほどある宿は、平日だろうが休みだろうがいつ予約をとっても二部屋から三部屋の空きがあるという、稼働率に波が少ない温泉地なのだ。

「春菜ちゃん。温泉まで、どれぐらいかかるの?」

「えっと、ルートマップ通りだと、高速で一時間ちょっと、そこから一般道を三十分ぐらい走れば到着、の予定」

「なるほど、意外と近いんだね~」

「どこから高速に入るかと道の混み具合にもよるけど、東京都内からだったら一時間かからないみたい」

「へえ~」

 意外な近さに、感心と驚きの声を上げる詩織。

 首都圏に近い場所に、そんな秘湯じみた温泉地があるとは思ってもいなかったのだ。

 実のところ、東京や大阪、名古屋といった大都市から高速を通って一時間前後、という条件の秘湯は結構な数あったりする。

 単に伊豆箱根、有馬、下呂といった有名な温泉地ばかり取り上げられるため、ほとんど知られていないだけなのだ。

「まあ、途中ちょっとぐらい寄り道するとして、昼過ぎに向こうって思っておけばいいかな?」

「そんな早くで、チェックインできるのか?」

「荷物は預かってくれるみたいだし、地元の施設とか見て回る分には少々早くても大丈夫だと思うよ。それに、なんだったら途中での寄り道を増やしてもいいし」

「なるほど、それもそうだな」

 春菜の意見にうなずく達也。人が少なめの寄り道先など、その気になればいくらでもある。

 もっと言うなら、女性の比率が少ない場所なら、少々人が多くても問題ない。最悪すぐ出ればいいので、その際に詩織やエアリスが楽しめるかどうかは度外視でいいだろう。

 そもそもの話、今いるメンバーは基本的に観光地や遊戯施設などに疎いので、入ってみるまで楽しめるものかどうかは分からない。

「じゃあ、ちょっと早いけど出発する?」

「せやな。最初は真琴さんが運転手か?」

「それでもいいけど、あたしも目的地をよく知らないから、まずは春菜の方がいいんじゃないかしら」

「うん、そのつもり。と言っても、途中降りる場所いくつかめぼし付けてるぐらいで、私も基本的にはナビに頼るんだけどね」

 宏に問われ、最初の運転手として春菜が申し出る。

 忘れられがちだが、春菜はまだ免許を取ってから四カ月ほどだ。なので、今回使う七人乗りのワンボックスカーには、ちゃんと若葉マークが張ってある。

 なのに、誰もその事を気にしないあたり、信用されているのが春菜の運転能力なのか体質なのかは難しい問題だろう。

「で、ヒロはどこに座る? この面子だったらどこでも問題はないだろうが、やっぱり俺の横に来るか? それか、通学の時みたいに春菜の助手席に行くか?」

「せやなあ……。景色みたいやろうから、助手席はエルに譲って、僕は真琴さんか澪の横におっとくか?」

「だったら、あたし達と一緒に、一番後ろに座っとく? あたしが一緒なら、澪が余計な事いってもすぐに突っ込めるし」

「せやな。それでもええで」

 真琴の提案にうなずく宏。達也と詩織を引き離すのも忍びないので、事実上選択肢はそれぐらいしかない。

「じゃあ、さっさと乗って出発だな」

「エルちゃん、ちゃんとシートベルトしてね」

「分かっていますわ、ハルナ様」

「……」

「真琴姉、どうしたの?」

「分かってた事実だけど、薄着でシートベルトして谷間にベルト通らないの、あたしだけなのよね……」

「言わんといてや、真琴さん。ようやく春菜さんのに慣れて意識せんで済むようになったっちゅうんに……」

「あ~、ごめん……」

 思わず自身のコンプレックスを刺激しまくる光景にぼやいて、宏から思いっきり苦情をぶつけられる真琴。かつてと違い、今や胸に谷間が存在しないのは真琴だけなので、意識してしまうと真琴だけでなく宏にとってもダメージは大きい。

 もっとも、ベルト自体もそこそこの太さがあるのだから、谷間に通って強調されると言ってもそこまで露骨な事にはならないのだが。

「詩織姉、シートベルト締めて、お腹大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ~」

「この車は先月発売の最新型だし、最近のシートベルトはよくできてて、いざ事故が起こっても妊婦さんのお腹にダメージ与えないようになってるのよね」

「真琴姉、詳しい」

「あたし、こっちに引っ越してすぐに新車買ってるもの。その時にカタログ一杯見たし、詩織さんとか妊娠する可能性も考えてその辺もちゃんと調べたのよ」

 微妙な空気になったところで、珍しく澪が機転を利かせて話題を変える。その話題に乗っかり、最近のシートベルト事情について説明する真琴。

「ちなみに、今年の新車からは、炎天下に放置しとっても車内がえらいことになったりはせんみたいやで」

「ほほう、そうなのか?」

「せやねん。核融合炉に使われとる熱電変換素子が安く量産できるようになったから、室内にたまった熱気を電力に変換してバッテリー充電するらしいわ」

「それ、中にいる人間の体温も持ってかれてえらいことにならないか?」

「素子の性質上、室温が三十度を超えんと機能せえへんからな。温度下がりすぎるっちゅうことはあらへんやろう。それに、乗った人間が間違って触らんように配置されとるらしいし、そもそも吸熱するんは窓からの輻射熱がメインっちゅう話や」

 宏の説明に、納得がいくような行かないような、という顔をする達也。

 実際のところ、達也が懸念した要素や絶縁の仕方などを解決するのに手こずったのが、商品化が遅れた最大の理由である。

 もっとも、あまり知られていない事ではあるが、この電熱変換素子そのものは国内向けの車両に限り、もう十年ぐらい前から様々なところに仕込まれている。

 熱が発生するところに仕込んでおけば冷却の手間が省け、更に電力も得られるのだから、コストさえ合うなら使わない理由がない。

 その利便性から、熱そのものが必要な場所を除き、使用される範囲が年々拡大していっているのも当然だろう。たとえそれが、室温程度では車内の電装品すら賄いきれない出力でしかなくても、ただ熱を捨てるよりは何倍もいい。

 ちなみに核融合炉に関しては、用途に対して素子の吸熱量と変換効率が良すぎるため、必要以上の発電をさせないように余剰電力を使って炉心を冷やすという、何をやっているのか分からない制御が行われているのはここだけの話である。

 また、素子そのものの処分方法は実用化と同時に確立されているので、不法投棄でもされない限りは環境問題も発生しないようになっている。

「お姉ちゃん。そろそろ行かないと、収録始まりそうだって」

「うん、分かった。ちゃんとお土産買ってくるから、後よろしくね」

「任せて」

 深雪に声をかけられ、全員がシートベルトを締めて落ち着いたのを確認し、ナビを手早く設定して出発する。

 八月一日午前九時、一行は日本に戻ってきて初めての温泉旅行に出発するのであった。







「良かった、まだそんなに混んでない」

 一時間半後。順調すぎる旅程を踏まえて、寄り道をすることにした春菜が、到着した目的地の混雑状況を見て安堵のため息をつく。

 春菜が選んだ寄り道先は、最寄りのインターから温泉まで遠回りとなるルートにあるダム湖と、そこに併設された道の駅である。

 美しいダム湖が見られるそこそこ人気のスポットだが、夏休み期間中とはいえお盆休み前でかつ平日の十一時前とあって、まだそれほどの混雑は見られない。

「春姉、ソフトクリーム食べたい」

「あっ、いいね。みんなはどうする?」

「そりゃ、もちろん食べるわよ」

「そうだな、全員分買えばいいんじゃないか? 潮見よりは涼しいが、ソフト食えないほど涼しい訳じゃねえし」

 達也の鶴の一声で、とりあえず全員ソフトクリームを食することが決まる。

「……なるほど。ここのご当地ソフトは桃とブドウなんだ」

「ゴーヤとか佃煮とか醤油とか、何を思って作ったか分からんようなんはないみたいやな」

「テローナうどん味とかベヒのかば焼き味とかでアイス作ったお前が言うなよ……」

 並んで待ちながらラインナップを確認し、そんな話をする宏達。他には定番のバニラとチョコがあるようだが、バニラはともかくチョコは現状、他の客も含め誰一人見向きもしていないようだ。

「それで、私はとりあえず桃にしておこうかと思うんだけど、みんなはどれにする?」

「僕も桃にしとくか」

「では、私も同じものでお願いします」

「……ん。ちょっと悩んだけど、桃とバニラのミックス」

「じゃあ、あたしはひねくれてブドウにしとくわ」

「私もブドウにするよ。タッちゃんが桃にしてくれたら、食べ比べできるね」

「じゃあ、そうするか」

 注文を確認した結果、桃派の勢力が強い事が判明する。

「四対三ぐらいに分かれるかと思ったけど、桃の方が人数多くなったわねえ」

「まあ、明日もここに寄り道すれば、両方食べられるからいいんじゃないかな? それに、そもそもこのあたりの道の駅とかフードコート系の施設だと、大体どこでもこのソフトクリーム買えるみたいだし」

「なるほど。このメーカー、かなり地元密着って訳ね」

「そうみたい。所在地もここから近いし、牧場なんかもやってるみたい」

 待ち時間にメーカーのサイトを覗いていた春菜が、そんな情報を口にする。

 牧場と聞いた澪の目が、キュピーンという感じで輝く。

「ねえ、春姉。そこって観光牧場だったりレストランあったりとかしない?」

「基本的にはごく普通の酪農やってるみたいだけど、ごく一部を観光牧場として開放してはいるみたい。後、市内に何軒か、直営のレストランとかお肉屋さんもあるって」

 澪の問いかけに、ざっとページをチェックした春菜がそう告げる。それを聞いた澪の目が、更に輝きを増す。

「春姉、お昼はそこで食べたい」

「ああ、うん。確かに、そういうところのお肉料理って、美味しそうだよね。性能のいい保冷バッグも持ってきてるから、ソーセージとかなら買っていけそうだし」

「肉料理はともかく、その牧場のソーセージとかはここの売店でも買えますよ」

 澪のリクエストに春菜がうなずいていると、いつの間にか順番が回ってきていたらしく、ソフトクリーム売り場の売り子のお姉さんがそんな情報をくれる。

「へえ、そうなんですね。あっ、ソフトクリームは桃が四つ、桃とバニラのミックス一つ、ブドウ二つ。全部コーンでお願いします」

「はい、ありがとうございます。二千八百円です」

 あまり雑談すると悪いとばかりに、先にソフトクリームの注文と支払いを済ませる春菜。

「買うとしたら、おすすめはどれですか?」

「そうですね。ベーコンとスペアリブが美味しいですよ。後、ロースハムのハムステーキもなかなかです」

「あ~、すごく美味しそう」

「一番美味しいのは和牛ランプのステーキ肉なんですが、生肉だけに、これから他にも遊びに行かれる方にはちょっとお勧めしかねるのが残念です」

「それは、明日の帰りに買っていきます」

 出てきたソフトクリームを受け取りながら、そのあたりの情報をしっかり確認する春菜。スペアリブと聞いて、飲兵衛どもの目が澪以上にぎらぎらと輝いている事には気がつかないふりである。

「今日は天気もいいので、あちらの展望台でダム湖を見ながら食べるのがお勧めです」

「はい。いろいろありがとうございました」

 最後まで愛想よくいろいろ教えてくれた売り子のお姉さんに笑顔で頭を下げ、情報通りに展望台へ向かう春菜。春菜について歩きながら、早速ソフトクリームを味見する他のメンバーたち。

「……すごい、桃やな」

「……ん。予想以上に果汁多い感じ。バニラもものすごいミルク感」

「ブドウも、これでもかってぐらいブドウね」

「これ、すごいよね。よくある言い訳程度の果汁と香料でそれっぽい味にしてるソフトクリームと違って、ちゃんと結構な割合で果汁を混ぜた上で、ソフトクリームとして美味しくなるようにものすごく丁寧に調整してあるよ」

「……少なくとも、ファーレーンでは、まだまだこれほどの氷菓を作り出す事はできません」

「なあ、エル。何か勘違いしてるようだが、このレベルのソフトクリームは、日本でもそんなにはないからな」

「こういうので大当たりを引くと、その旅行はずっと幸せな感じするよね~」

 博打感漂うご当地ソフトとは思えぬ予想以上にハイレベルなソフトクリームに、思わず一同大絶賛してしまう。

 そんなことを言い合ううちに展望台に到着し、目の前に雄大で美しいダム湖が飛び込んでくる。

「……すごいね……」

「……ん……」

「……これを、人の力だけで作り上げたのですか……」

「ここのはそれほど難工事じゃなかったらしいが、それでも何年かはかかってんだから、そう簡単なもんじゃないだろうな」

 ダム湖の美しさと、人の力でそれを作り上げたという事実。その二つに春菜と澪、エアリスが息を飲む。

「でもダムって、大体は無駄な公共工事として槍玉に挙げられるわよね。ここなんかも、あたし達だと想像もできないようなお金かかってるでしょうし」

「……ここの場合は、本気で必要な工事やったみたいやけどな」

「そうなの?」

「らしいわ。っちゅうんも、大型台風と重なって被害が紛れたから目立たへんかったけど、このあたり一帯、戦後に一回大水害があったらしくて、集落が一個壊滅しとるんやって。で、そこまでやないけど水害と渇水がセットの年が何年か続いて、逃げた集落の生き残りを中心に、ダム建設を訴えて国を動かして作ったらしいわ」

「へえ。そういう公共事業もあるのね」

「そら、全部が全部、無駄っちゅうことはないわな。あと、ダムでよう問題になる立ち退きの話やけど、ここの湖底に沈んだ集落はその壊滅した集落やから、そんなにもめんとどころか、生き残った人が進んで土地差し出したっちゅう話やで。地形的にも水害にあいやすくてダムも作りやすかったから、ちょうどよかったらしいしな」

 真琴の色々台無しな感想に対し、何故か宏がダム建設までの経緯を説明する。そのやたら詳しい説明に達也と澪、詩織の三人が目を丸くして驚いている。

「宏君、詳しいね~……」

「詩織姉も、そこ気になった?」

「うん。なんでそんなに詳しいの?」

「土地の記憶を直接見たんよ。なかなかのスペクタクルで、すごい切実やったんがよう伝わってきたで」

「「なるほど……」」

 流石創造神、としか言いようのない事をしれっと言ってのける宏に、納得するしかない詩織と澪。

「自然破壊やっちゅう意見もあるやろうし、どんなに役に立っとってもダムは無駄やっちゅう意見もあるやろうけどな。その理屈言い出したら、人間が安全に住める場所なんざほとんどあらへん。抗える範囲で災害に抗おうとするんまでその手の理屈で非難するんは、さすがに傲慢やと思うでな」

「特に日本は災害が多いから、それ言い出すとなあ……」

「まあ、バブルの頃みたいに無駄な公共工事が多い時期があったっちゅうんも事実やし、それで禿山にしかかった場所とかようさんあったんも事実やから、ある程度はそういう意見が出んのんもしゃあないけどな」

 人が己の力で作り上げた雄大な景色を前に、そんな政治的な話をする宏達。

 途中でエアリスも加わったその話は、全員がソフトクリームを食べ終わるまで続くのであった。







「お肉美味しかった」

「美味しかったよね」

「人間の努力だけであんなにおいしいお肉を作れるなんて、日本は本当にすごい国です」

 昼過ぎ。澪の要望に応えて牧場のレストランで肉料理を堪能した春菜達は、いよいよ目的地の温泉街へと向かっていた。

 なお、現在の運転手は詩織、助手席には達也が陣取っている。宏は先ほど同様最後尾の席に陣取り、春菜とエアリスを両隣に侍らせている。

 達也と真琴は昼食の時に地ビールを飲みまくっており、明日の帰りもそうなるだろうと踏んだ詩織が、宏と春菜ばかりに運転させる事を申し訳なく思って買って出たのだ。

「やっぱり、最初はあたしが運転するべきだったかもしれないわねえ」

「自分で言うのもなんだが、俺らがこういう旅行で地酒とか地ビール見て、我慢できるわけがないからなあ……」

「運転手がほかにいないんだったら自重もしたんだけど、宏も春菜も問題なく運転できると思うと、ついねえ……」

 距離的に三十分強なので大した問題ではないとはいえ、妊婦に運転させる状況になり、実に申し訳なさそうにそう口にする真琴と達也。

 二人とも、飲んで問題ない状況で酒が絡むと、一瞬でダメな大人になる。

「ああいう状況で飲んでこそ、達兄と真琴姉だと思う」

「せやなあ」

 澪の割と厳しい一言に、宏が苦笑しながら同意する。その厳しい上に否定の余地がないコメントに、グサッと来てうなだれる達也と真琴。

 そんな二人の様子に、くすくすと思わず小さく笑い声を漏らす詩織。素直に反省しつつ、それでも同じ状況になると我慢できずに飲んでしまうであろう夫とその親友の、非常に人間らしいダメさ加減が妙に愛おしかったりする。

 これがアルコール依存症レベルになれば、詩織とてこんな風に笑って済ませたりはしない。が、二人とも必要な時には自制が効き、身を持ち崩すほど酒におぼれているわけでもない。

 少々行き過ぎたところで正体をなくすわけでもなく、少々テンションが上がる程度で他人に迷惑をかけるような酒癖があるでもないので、詩織にとってはフォローしながら笑って済ませられる範囲である。

「……あら?」

「どないしたん、エル?」

「いえ。今、ハルナ様の歌声が聞こえてきたような気がしまして」

 エアリスの言葉に、車内での会話が途切れる。エンジン音と走行中の振動音だけになった車内を、カーラジオから流れてきた歌が覆い尽くす。

「……ああ、これね」

「この歌、春菜さんがバックコーラスやっとんの?」

「うん。お母さんに頼まれて、よその事務所のアイドルグループの新曲にコーラス入れたんだ」

「そう言えば、雪菜さんの事務所に所属しとったんやっけ?」

「うん。一応は仕事しなきゃって事で、こういう簡単なのをね」

 春菜の説明に納得する一同。折角なので、気になったことを聞くことにする。

「春姉、春姉。このグループ、割と音痴で有名だったと思うんだけど、今までとは別人のように上手に聞こえるのは春姉の仕業?」

「そうなるのかな? あんまり表に出たくなかったから、出来るだけ私が目立たないようにメインコーラスを引き立てる歌い方を心掛けたんだけど」

「ねえ春菜。それって、ある種のドーピングみたいなもんじゃないかしら?」

「あ~、そうかも」

 春菜の答えに、他人の力を借りてのズルはするもんじゃない、などと心の底から思ってしまう真琴と澪。ライブなどでアレンジ版を歌うと、ものすごい勢いでぼろが出るのが目に見えている。

「なあ、春菜さん」

「何?」

「これって、聞く人が聞いたらバックコーラスの手柄やっちゅうん、一発で分かるやんな?」

「あ~、分かるかも」

「騒ぎにならんの?」

「お母さんの伝手だから、で終わるっぽい。お母さんね、今までも顔出しはしたくないけど才能と芸能界への興味はあるっていう人を発掘しては、こういう仕事振ってたりするし」

「なるほどなあ」

 さすがは、今の芸能界の歌唱部門を、裏で牛耳っているとまで言われている雪菜。歌が絡む話には、いくらでも手札を持っている感じである。

「春姉、こういう形でボクたちに目の前で歌聞かれるの、恥ずかしがるかと思った」

「自分の歌だったらちょっと恥ずかしいかもだけど、人の歌だしね。こう、劇とかでその他大勢やってる時の感覚?」

「……ああ」

 澪の疑問に対する春菜の率直な感想に、なんとなく全員が納得する。もっとも

「あの、ハルナ様。ハルナ様がその他大勢なんて、そんな経験があるのですか?」

 エアリスの言うような疑問も、当然のごとく発生するわけだが。

「一応、小学校の時にクラスの出し物で演劇やった時、人間関係で揉めそうだったから、その他大勢の役やらせてもらったことはあったよ。それっきりだったけど、すごく気が楽だったよ」

「それ、絶対その他大勢のうちの一人が一番目立ってたわね」

 真琴の突っ込みに、全員が同意するようにうなずく。

 実際、その劇の時に一番目立ったのは、台詞が脇役全員で言う「そうだそうだ」しかなく、出番もわずか三分で演技らしい演技もしていなかった金髪の村人Dだった。

 そもそもの話、春菜の髪の色で平均的な日本人に混ざると、色彩の時点でどうしても目立つ。その上で日頃から人目を引く存在感を発しているのだから、演劇の場合は裏方以外どこに置いても一緒であろう。

 母親のように存在感を消して一般大衆に紛れ込む技を持っていればともかく、今ですらそこまでの技は持っていない春菜の場合、どうせ目立つのだから目立ってなんぼの主役に置いておくのが一番当たり障りがないのは間違いない。

 なお、似たようなパターンで目立ちそうな合唱に関しては、春菜は常に人数が足りない場所に配置された上で、ソロパートがある曲はソロパートも任されるという変に難易度の高い事をやらされて来た。

 春菜が在籍していた小中学校が得たそのあたりのノウハウは、現在深雪の処遇において十分すぎるほど活かされているのはここだけの話である。

「でもまあ、論文があるから人前で発表する機会はなくならないだろうけど、大学だと部活やる予定も時間もないし、演劇とかそういうのをやることはもうないかな」

「そうだろうなあ」

「本気であんたたち、ものすごく忙しいものねえ。部活に時間割くぐらいだったら、普通にウルスに顔出したいわよねえ」

 春菜の言葉に同意する達也と真琴。そのタイミングで、春菜の携帯電話が鳴る。

「……深雪からだ。収録関係だろうね」

 誰からかかってきたかを全員に告げ、全員に聞こえるモードにして電話に出る春菜。その会話を、固唾をのんで見守る一同。

「もしもし」

『あ、お姉ちゃん。今、大丈夫?』

「今は運転してないから大丈夫だよ。どうしたの?」

『今ね、捨てちゃう食材で料理する企画の収録が来てるんだけど、何かない?』

 行く前にちゃんと打ち合わせをした内容を、わざわざ確認してくる深雪。その態度にピンとくるものがあった春菜が、即座にアドリブで応じる。

「……生産者に直撃するはずの番組が、なんでうちに食材集めに来てるのかちょっと腑に落ちないけど、一応いろいろあるよ」

『何があるの?』

「原木の横に、今朝出発前に間引いたシイタケが入った袋があるから、それ持って行っていいよ。毒キノコとか食べちゃ駄目なやつとかは混ざってないから。あと、野菜室に今朝収穫した野菜がいろいろ入ってるけど、旅行前でバタバタしてて仕分けしてないから、駄目なやつが混ざってると思うんだ。適当に見て、持って行ってもらって」

『うん、分かったよ。他に何かある? 先方はチーズとかあるとうれしいって言ってるけど」

「チーズは余分なのはないなあ。というか、乳製品は消費しきれる量しか仕込んでないよ。その代わり、計算狂って食べきれなくなっちゃった金山寺味噌は、冷蔵庫に入ってるよ」

 恐らく聞かれている、というよりテレビでこの会話が流されるだろう、という前提で、いきなり聞かれたという態度を崩さずに深雪の問いかけに答えていく春菜。冷蔵庫の中の野菜はアドリブだが、実際にいろいろ微妙なところは混ざっていたので問題ないだろう。

 既にバックコーラスや間奏のラップなどを何曲かやっている以上、声に関しては今更なのであきらめもつく。むしろ、それを餌に顔出しをどうにか潰さなければいけない。

「それで、わざわざうちに来たって事は、お父さんがゲストか何かで参加してるんだよね、多分?」

『うん、そう言ってた』

「だったら、作り置きのクッキーとか冷凍庫の常備菜とか適当に差し入れしておいて。ああいう収録って、お昼とかちゃんとしたもの食べてるかどうか結構怪しいし」

『分かった。適当に見繕っておくよ。あと、電話変わってほしいんだって。いいかな?』

「うん」

 そら来た、と、内心で身構えつつも、表面上は問題なさそうに取り繕ってOKをだす。

『もしもし、春菜ちゃん? 山岡です』

「ご無沙汰してます」

『本当に、久しぶりだね~』

 それなりに知った相手で、今回の番組全体のメインでもある某アイドルグループの一人に、当たり障りのない感じで挨拶を返す春菜。その後、五分ほど雑談交じりに交渉を行い、どうにか顔出しNGを勝ち取る。

 表面上はにこやかなまま背中にびっしり汗をかきつつ、最後まで和やかに話を終えて電話を切り、春菜は大きくため息をついた。

「疲れた……」

「お疲れさん。相手が割とあっさり引いてくれてよかったやんなあ」

「向こうもストーカー騒動とかの事、知ってるからね。最初から無理だって分かってて形だけ食い下がる、みたいな感じでやってくれたからすごく助かったよ、本気で……」

 そう言いながら、ポシェットからハンカチを取り出して汗を拭く春菜。汗で背中に服が張り付いて気持ち悪いが、今はどうしようもないのであきらめることに。

 もしもの時を考えて透けるような色合いと素材の服を避けたのは、実に大正解だったと言えよう。

 そうでなければ今頃、少なくとも下着の線はくっきり浮き出ていたはずだ。

「空調効いてる車の中で、こんなに汗かくとは思わなかったよ」

「肉体構造的に大丈夫やとは思うけど、風邪ひかんように気ぃ付けや」

「うん」

 宏の言葉に、嬉しそうにうなずく春菜。宏も春菜も普通の風邪などひかないが、心配してもらってうれしくないわけがない。

 そもそも、ああいう状況で冷や汗をかく程度には、人間時代を引きずっているのだ。高位生命体しかかからない病気も結構ある以上、注意は必要であろう。

「もうすぐ目的地みたいだから、春菜ちゃんはそこまでちょっと我慢してね」

「うん」

「ハルナ様、寒かったら遠慮なく教えてください。薄いタオルケットなら、すぐ出せるように持ち込んでいますので」

「ありがとう、エルちゃん。本当に寒かったら、遠慮なく借りるよ」

 そんな話をしながら、窓の外に視線を向けて状況を確認する春菜。いつの間にやら、もはやどこを走っているのか分からないほど山深いところを走っている。妙に立派に整備された道のおかげで快適なドライブを実現しているが、すでに結構な時間、前にも後ろにも車が走っていない。

 牧場を出てこの道に入ってから、対向車線ですれ違った車も三台ほど。びっくりするほど交通量が少ない。

「……あれ?」

「……なんだありゃ?」

 さらに五分ほど走り、目的の温泉地らしき集落の入り口についたところで、詩織と達也は現代日本とは思えない存在を見つけてしまった。

 道路わきの獣道から出てきた彼らは、おおよそ日本人とは思えないほど日に焼けて黒く、日本人離れしたどことなくアフリカンな感じの精悍な顔だちをしていた。

 アジの開きなどの絵がプリントされたパチモノくさいTシャツに、安物っぽいGパンとスニーカーを身に着けた彼らは、右手に石槍を持ち、左腕で獲物を括り付けた丸太を担いでいる。

 そんな彼らの腕には、見事なまでに時計の跡が。

 二人掛で担いでいる獲物は、これまた大よそ今の日本に生息していたとは信じられないほど巨大なイノシシや熊、雉など。すべてに石槍でぶち抜かれた跡が穿たれ、きっちり止めを刺したことを示すように首があらぬ方向を向いている。

 服装が妙にファッショナブルな事だけが現代文明との接点、と言わんばかりの、見事な原住民ぶりだ。

 もはや○○探検隊と銘打たれた、往年の見事なまでにやらせ感丸出しの突っ込みどころしかない娯楽番組のノリである。

「……ここ、日本だよな?」

「……ナビの表示だと、ちゃんと北関東だよ~、多分」

 信号待ちで停車した達也たちの前を、悠々と渡っていく原住民の一団。全員が渡り終えたところで、別のところからこれまたやたらと立派で巨大な鹿が。

 それを見た先頭に立っていた若者が、おもむろに石槍を投げつけて喉をぶち抜く。獲物を担いでいるのに一撃で仕留めるあたり、見事な投擲の腕前だ。

「まだいるのかよ……」

「予想以上に秘境だね~、ここ……」

 仕留めた鹿の首をねじってきっちり止めを刺し、比較的荷物が軽い仲間に担がせる先頭の若者。北関東の訛りが混ざっているとはいえ、話し言葉はちゃんと日本語で意味も分かるのに、どうにも知らない現地の言葉のように錯覚してしまう。

「……まあ、宿に行こうか」

「……うん」

 運転席と助手席だったために、日本の風景としては非常識にもほどがあるその光景をばっちり目撃してしまった達也と詩織が、とりあえず現実逃避的にそう結論を出す。

 そのまま走ること、さらに五分。到着した宿は、どこにでもあるようなごく普通の温泉旅館であった。

「なあ、春菜さん……」

「言いたいことは、よく分かるよ……」

「というか、さすが春姉の探してきた温泉地。予想通り濃い体験ができそう」

「てかね、一応ジビエっていろいろ規制うるさかったはずなんだけど、あんな仕留め方した獲物とか大丈夫なの?」

「ちゃんとした施設でちゃんとした設備使って解体と食肉化処理してるんだったら、多分大丈夫なはず。というか、認可降りてるから、大丈夫じゃないと困るよ……」

 色々突っ込みどころが多い状況に困った表情でため息を漏らしつつ、諦めて覚悟を決めて宿に入っていく春菜。

 その春菜の意思表示に従って、どこか不安そうにしながら宿に踏み込んでいく宏達であった。







「特別室だから部屋が豪勢だってのを除けば、宿がどこまでも普通なのがすっごい違和感ね……」

「ん。売店で普通に鹿肉のジャーキー買ってる浴衣姿のおじさんとか居た。達兄や真琴姉ほどじゃないけど、すでにお酒がそこそこ入ってる感じ」

「ほどほどににぎわってる感じだけど、他の宿泊客の人たちって、あれを知ってたのかな?」

「常連なら、多分知ったうえで気にしてないと思う。もしくは、ボク達みたいなちょっとずれた人たちじゃないと、あれを疑問に思わないのかも」

「ああ、そうかもしれないね。なんとなくこのあたり、磁場とか霊脈とかが微妙にずれてる感じがするし」

 宿の部屋。内装や売店、案内してくれた仲居さんにさっきまで入っていた温泉などを総合的に踏まえて、そんな感想を口にする真琴たち。

 今回は宏の誕生日祝いを今日にずらすという名目に加え、エアリスがいる上に部屋割りがややこしい事になりそうだったのもあり、複数の部屋が存在する特別室に全員で泊まっている。その分お値段もなかなかのものではあるが、それを痛いと思う人間はいない。

 エアリスの分は全員で割り勘のつもりだったのだが、達也と詩織を除くメンバーの親がお金を出してくれたため、宿泊費に関してはきれいに問題が消えている。ついでに言えば、宏の誕生日に合わせて特注したケーキや特別料理への変更費用も、親たちが普通にお金を出している。

 ちなみに、大体空いている部屋の一つが、この特別室なのはここだけの話である。

 なお、達也と詩織は現在、宏達にそそのかされて売店で先にいろいろ物色中である。食べ物系の土産物はまだしも、根付などの小物類に関しては、ラブラブな夫婦がいちゃつきながら物色しているのを見せられるのはいろいろ辛いものがある。

 特に、恋愛方面ではなかなか進展がない春菜と澪、エアリスにとっては、いかに微笑ましいやり取りであってもどうしても僻みの念が入り混じりそうなので、今回ばかりは一緒に行動するのは遠慮したい気分だったのだ。

 その宏は少し前に、自販機まで飲み物を買いに出ている。最近はこの手の旅館でも、冷蔵庫の中に飲み物が入っていない事は珍しくないのだ。

「あの、よく分からないのですが、日本ではああいう狩りは普通ではないのでしょうか?」

「普通じゃないというか、そもそも狩猟そのものが許可制で、しかも普通は白兵戦武器で挑んだりはしないんだよ。向こうみたいに、鍛えれば獣に身体能力で勝てるようになる、なんてことはないし」

「そうなのですか?」

「うん。一応全く使わないわけじゃないけど、基本的に使うのは確実に止めを刺す時だけかな。仕留めるのは猟銃でやるから」

「猟銃、ですか?」

 春菜の言葉に、いまいち腑に落ちないという様子を見せるエアリス。

 というのも実は、フェアクロ世界にも火薬は存在しており、過去に銃器の類もライフルぐらいのレベルまで発明されて、結局使い物にならないことが証明されているからだ。

 温泉につけておくだけでいくらでも増える便利な爆薬があったため、宏達は作る機会も使う機会もなかったが、火薬を用いた爆弾も普通に作られており、そちらは主に土木工事などで使われている。

 そういった背景により、エアリス的には銃器で獣を狩るということ自体がピンと来ないのである。

 肉が欲しければ、レベルを上げて物理か魔力で殴るのが一番手っ取り早い世界なので、こればかりは仕方がないだろう。

「春姉、春姉。多分、実物見せてもエルは納得できないと思う」

「そうよね。言っちゃあなんだけど、猟銃ぐらいの威力だったら、エルが普段着にしてる服でも止められちゃうものね」

 澪と真琴の言葉に、そうだろうなあ、という表情を浮かべる春菜。

 そもそもの話、物理防御だけで言うなら、旅行に来ているメンバーの中に猟銃ごときを生身で止められない人間はいない。一番防御力が低い達也ですら、拳銃や猟銃ぐらいなら軽い打撲程度で済んでしまう。

 運動能力は一般人並みのエアリスも、神の城での頑張りの結果、頑丈さだけは澪や真琴に近い水準、つまり亜神のレベルに片足を突っ込んだ領域に入っている。

 銃器の強さをいくら力説したところで、ピンとくるわけがないのだ。

 もっとも、それだけの肉体強度を持っていながら、大潮神社に行った時に慣れない靴で石段を上ったからという理由であっさり足を痛めたのは、エアリスの七不思議のひとつかもしれない。

 そんな話をしているうちに、ようやく宏と達也、詩織が帰ってくる。

「あ、お帰り」

「ただいま。そろそろご飯やって」

「真琴、いい酒買ってきてやったぞ」

「気が利くわね」

「俺も呑むからな」

 などと言いながら、テーブルに飲み物とコップを並べていく宏達。達也と真琴の前には一升瓶が鎮座し、未成年、もしくは現在アルコールが飲めない人間にはコーラや乳酸菌飲料などが配られる。

「思ったんだけど、もう晩御飯だったら、ジュース類は冷蔵庫に入れて普通に注文したほうがいいんじゃないかな?」

「特産品の果物絞ったとかみたいな地元限定のやつ以外は、割高だしこれそのまま飲めばいいと思う」

「それでいいんだったら、このまま開けちゃうけど」

 そう言って、目の前に置かれた国民的なブドウソーダの缶に手を伸ばす春菜。夏場だからか五百ミリ入りが百円だったとのことで、コーラやサイダーなども基本的にはそのサイズのものである。

 旅館の自販機なのにワンコイン百円という値段設定で、しかも普通はあまりこういうところの自販機のラインナップに入らない五百ミリ缶のジュースという二点は突っ込みどころではあるが、ここに来るまでにもっと大きな突っ込みどころに遭遇している上、別に誰も困らないのでスルーしている。

 ちょうど春菜が缶を開けたところで、仲居さんが食器やら何やらに調理台のようなもの、鍋などを持ち込んで配膳を始めた。

 その中の一人、若干年を召した仲居さんが調理台に包丁をはじめとしたあれこれを並べてスタンバイし、食前酒と箸が行き渡ったのを確認したところで、一つ頭をさげる。

「本日はようこそお越しくださいました。これよりお食事の方を始めさせていただきます。前菜をはじめいくつかのお料理は、この場で調理させていただきます。調理を担当させていただくのは私、中村と申します」

「はい、お願いします」

「それではまずは、特産品のかぶらとトマト、チーズを使った前菜をご用意させていただきます」

 中村さんの言葉に合わせ、部屋の外でスタンバイしていた仲居さんが大きな蕪を持ち込む。

 その蕪には、まるでゴ○ゴのような模様とよく見れば手足に見えなくもないこぶがついていた。

「その蕪ちょっと待ったあ!」

 あまりにもどこぞの爆発する温泉野菜に酷似したそのフォルムに、突っ込み待ちだと判断して真琴が声を上げる。

 その真琴の様子に首をかしげながら、中村さんが割と無造作にまな板の上に蕪を乗せる。

「どうかなさいましたか?」

「その蕪、どう見ても顔がついてるわよね!?」

 蕪の大きさを考えれば乱暴というほどではなく、だが例の野菜ならば余裕で爆発する程度の衝撃を与えるその置き方に反射的に首をすくめつつ、とりあえず突っ込みを続ける真琴。

 真琴の突っ込みに、ああその件か、という感じで中村さんが小さく微笑む。

 なお、いくら何かに似ているとはいえ、ここは日本でこれは普通に畑で栽培されている蕪だ。当然のことながら、乱暴に扱った程度で爆発などしない。

「我が村の特産品であるこの誉二号という品種は、この顔のような模様と手足に見えなくもないこぶが特徴の蕪でして、この顔が濃ければ濃いほどおいしいんですよ」

「何よ、その漫画にでも出て来そうな妙な特徴は……」

「まあでも、デコポンなんかも、出っ張っとるへそが大きくてしわが多い、見た目に不細工なやつの方が美味しいから、あり得へん特徴っちゅう訳でもないわなあ……」

 説明を聞いた真琴と宏の会話に、ニコニコ笑いながら調理に戻る中村さん。どうやら一見さんからはよくある質問だったようで、真琴の突っ込みも含めて問題ないという態度である。

「でも、名前まであれに似てるとか、できすぎでしょう……」

「そのうち爆発するようになったりしないよな……」

「さすがにそれは大丈夫だとは思うけど、このあたり温泉地なのがちょっと……」

 彼の温泉野菜であれば容赦なく爆発するであろう切り落とし方で葉っぱを落とし、蕪を割ってスライスしていく中村さん。その動きにいちいち身構えてしまうのは、向こうで散々あれを料理してきた宏達としては仕方がない所であろう。

 切り方やら置き方にそこまで過敏に反応していないのは、あれの調理風景や爆発シーンをそれほど見ていない詩織だけである。

「とりあえず、宏君春菜ちゃんの場合、畑のこと考えたらこの蕪に突っ込みいれるのは厳しいと思うな~」

「あかん、否定できんわ……」

「ごめんなさい……」

 そんな、ただ一人冷静な詩織からの突っ込みに、ガックリした感じで頭を下げる宏と春菜。

 結局この宿の料理で突っ込みどころ満載だったのは蕪だけで、他に出てきたのは牡丹鍋や鹿肉の味噌漬けの朴葉焼きなどごく普通のものだったため、美味しくはあってもどうにも肩透かしを食らった気分になる一同。

 宏の誕生日という事で追加した特別料理やケーキも、豪勢で非常に美味ではあったが特筆するほど変わったところもなく、蕪以外は特に突っ込みどころもないまま無事に夕食が終わる。

 結局、翌朝にこの村の本当の名物がイノシシの丸焼きであり、シーズンと狩猟の成果によっては温泉街の広場で振舞われることもあると聞かされるまで、心穏やかに温泉宿を楽しむことができる春菜達であった。
念のために申し上げておきますと、作中の温泉地は桃とブドウとジビエが名物になっている北関東のどこかであって、G県とは一言も言っておりません。Y県かもしれませんし、S県の可能性もあります。当然T県やI県だって候補です。

ちなみに、この温泉地の近くには、なぜか尻尾から落ちる蛇や塩ビ感たっぷりの動かない蜘蛛や蟻、トカゲなんかが天井からぽとぽと落ちてくる洞窟とか、胸元から沈まない底なし沼などの観光地があります。

あと、前話に出てきたリタイア組、無人島を開拓してるアイドルグループとは無関係です。というか、大学編は2030年なので、年齢が合いません(笑)
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