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第21話

「そういえば、もうすぐクリスマスだけど、どうしよっか?」


「春菜さん、正気か?」


 そろそろお歳暮が終わり忠臣蔵、白虎隊などがちらつく十二月上旬。いつものチャットルームで勉強中のこと。唐突に春菜がネタにしたシーズンイベントに対し、宏が秒殺で厳しい一言をもって一蹴する。


「……正気か? はひどいと思うんだ」


「体育祭とか文化祭とかで遊び倒したばっかりやっちゅうのに、受験生がクリスマスの話なんざ持ち出したら、そら正気も疑われるわな」


「いやまあそうなんだけど、みんなと一緒に行動するようになってから、向こうとこっちで都合三回目のクリスマスシーズンじゃない。なのに、今までそういうことをやりそびれてたから、そろそろ今年ぐらいからは何かやりたいな、って思ったんだけど……」


「さすがに、ええ加減遊びすぎやで。多分余裕やっちゅうても、ちゃんと心構えぐらいはしとかんと」


 宏の正論に、思わず反論できずに言葉に詰まる春菜。日本に戻ってからの宏は、どうにも春菜なんぞ比較にならないほど行動も発言も常識的である。


「逆に、ここまで遊んじまってんだから、今更クリスマスぐらい構わねえとは思うがなあ……」


「パーティだけで済むんやったらな」


「……ああ、なるほどな」


 あまりにしょげる春菜が哀れになって口をはさんだ達也が、宏の反論に納得して黙り込む。


 クリスマスとなれば、まず間違いなくパーティだけでは終わらない。特に春菜が本気を出してしまった場合を考えると、今年は控えておいた方が無難だろう。


「っちゅうかな。今年の場合、忘年会新年会とクリスマスはどっちか片方だけやで」


「ああ、そうか。忘年会ってのもあったなあ」


「向こうじゃそういうイベントごと、ほとんどやらなかったものねえ」


「ん。年末年始だと、年越しそば食べたぐらい」


 宏が持ち出した、この時期クリスマスと並んで話題の中心となるイベントに、達也だけでなく真琴や澪も食いつく。


「まあ、忘年会は入試組の決起集会的なものも兼ねるとして、新年会はセンター試験終わってからだろうなあ」


「そうだね~。というか、それぐらいにしておかないと、春菜ちゃんと宏君はともかく、真琴ちゃんはちょっと不安なんじゃないかな~?」


「そうねえ。大丈夫だとは思うんだけど、あたしの場合ブランクを強引に取り戻してる上に、もともと勉強とか得意じゃないじゃない?」


「ん~、じゃない? とか言われても、私はみんなと違って真琴ちゃんの学力が表に出てくるような状況に居合わせてないから、ちょっとそれに関してはコメントできないかな~」


 同意も否定もしづらい真琴の言葉に、困ったように詩織がそう返す。真琴が学力とかそのあたりの事柄にコンプレックスを持っているのも、今回の入試に結構な不安を抱いているのも見ていれば分かるものの、実際の学力的にはどんなものか、なんてことまでは詩織にはわからないのだ。


「真琴のもとの学力とかそのあたりはともかくとして、ヒロの言う通りクリスマスにまでなんかやるってのは、さすがに舐めプが過ぎる。心構えの面でも、受験終わるまではイベントごとは控えておくべきだろうな」


「……そうだね。ちょっと私、浮かれすぎてたよ」


「正直、春菜の気持ちも、分からなくもないのよね。気持ちをフルオープンにしてから初めてのクリスマスシーズンで、今回はやろうと思えばできなくもない環境だから、何かやりたいって思うのも当然っちゃ当然なわけだし」


「しかも、このシーズンはどこを向いてもそういうイベントばかりだものね~。春菜ちゃんじゃなくても、片想いの相手が居たらそういうの意識しちゃうんじゃないかな~」


「だなあ。まっ、何かプレゼント用意するぐらいはかまわねえと思うし、入試に影響しない範囲でやればいいさ」


「うん、そうするよ」


 達也にたしなめられ真琴と詩織にフォローされ、さすがに浮かれすぎたことを反省する春菜。学生街にある商店ですらその種のおピンクな感じのムードに支配されていることもあり、宏の心身双方での事情以外にブレーキをかける理由がない春菜だと、どうしてもそういう空気には影響を受けやすい。


 一応勉強こそしているものの、どんなにひねったところで基本的に高校卒業までに学ぶ範囲で解ける問題しか出ない関係上、今となっては簡単すぎて気合が入りづらいのも、この件に関しては足を引っ張っている。


 が、自分たちに関しては、いろいろ充実しすぎて精神的に余裕を持ちすぎ、無意識の油断で宏以外全滅という致命的な結果になったという過去が存在している。内容は違えど考え方としては同じであり、そこから学ばずに似たようなミスをするなど、間違いなく学習能力を疑われる。


 今回は初回の対三幹部戦とちがい、それでミスったところで一浪するだけだが、浮かれてイベントで遊びまくった挙句に、舐めプしすぎて浪人生になるのは恥ずかしいにもほどがある。


 反省したことでそのあたりにも思い至り、きっちり気持ちを切り替える春菜。こうなってしまえば、持ち前の鋼の自制心で、そう簡単に流されることはないだろう。


「まあ、クリスマスだの忘年会だのはそれでいいとして、前々から気になってたことがあったんだが……」


「なによ?」


「いやな。真琴は確か、三年で中退だったよな?」


「ええ、そうよ?」


「二年までの単位は使えるはずだから、三年からの編入ができたはずなんだが、なんでわざわざ入試をやり直してるんだ?」


「ああ、その事ね」


 達也の質問に、雑談しながら問題を解いていた手を止めて苦笑を浮かべる。


「まあ、大した話じゃないんだけどね。宏達と同じ学年っていうのもありかなって思ったのもあるけど、正直前の大学でどんな単位とって何勉強したかをさっぱり覚えてないから、その状態で編入するとちょっとまずい事になるんじゃないかって心配になったのが大きいわね」


「なるほどな。だが、俺みたいに何年も経ってればまだしも、そんなに簡単に忘れるもんか?」


「前の大学、底辺じゃないってだけで大した学力を要求しない三流大学だから、単位とるのもすごく簡単だったのよ。基本的に出席日数が足りててレポートちゃんと提出して試験で三十点ぐらい取れればほとんどの単位が取れちゃうから、よっぽど試験の成績が悪いとか単位計算ミスったとか出席日数が足りてないとかでない限り、まず留年しないような大学だったわね」


「……あんまり、就職とかに有利になりそうな学校じゃねえな」


「そうね。ぶっちゃけ、大卒って資格と肩書を与えるためだけに近い感じね。それでも、最低限の学力はないと入学も卒業もできないから、うちの地元だと高卒よりは有利だったみたいだけど」


 達也と真琴の間で交わされた、大学というものの存在意義を疑いたくなるような話に、思わず勉強していた手を止めて微妙な表情を浮かべる宏と春菜。いくらなんでも、そんな学校に四年も通う意味があるとは思えない。


 そんな宏と春菜の疑問に気が付いたか、真琴がさらに話を続ける。


「で、前はともかく今回は勉強するために大学に入るんだから、たとえ単位被っても一からちゃんと勉強したいのよ。だから、前の単位はむしろ邪魔なのよね」


「そっか。そういう事なら、編入なんて選択はねえな」


「そういうこと」


 達也が納得したところで、勉強を再開する真琴。次の問題をあらかた解いたところで、インターバルは十分だとばかりに、入試がらみで自身が気になっていたことを口にする。


「あたしの方はそういう感じだとして、ちょっと宏の入試絡みで気になってることがあるのよね」


「ん? なんや?」


「センター試験にしても二次試験にしても、基本的には自分で会場まで行って試験受けなきゃいけないじゃない?」


「せやな」


「必然的に、ものすごい人混みを突破することになると思うんだけど、そのあたりは大丈夫なの?」


「それに関しては、うちらみたいな事情抱えとる人間には特例があるからな。僕の場合は、潮見高校のVRシステムで、センター試験も二次試験も受ける事になっとんねん」


「へえ、そうなの」


 宏の受験方法を聞き、なるほどと感心したような表情を浮かべる一同。ありそうなシステムのわりにほぼ話題に上がらないため、実際にそういうシステムが使われていることを誰も知らなかったのだ。


「高校のVRシステムって事は、やっぱり不正対策?」


「せやな。こういう事例のために完全に独立したシステムになっとるそうで、普通のネットワークにはつながってへんらしいわ。そういう理由やから入試会場に接続できるんは行政から指定された病院と学校だけで、入試する方はそのシステムが必要な受験生がおった時だけ、システム管理しとる会社に試験問題を委託する仕組みやそうや」


「まあ、普通に考えればそうなるわよね。総数で言えばともかく、一校あたりでそのシステムを使って入試を受ける人数っていうとかなり少数派なんだし」


「そもそも、各学校のレベルやと、毎年必要かどうかすら微妙やからな。維持費も考えたら、そら外部委託もするわな」


 言われてみれば当たり前の話に、納得してうなずく真琴。健常者だと、このあたりの事情にはどうしても疎くなりがちだ。


「ちょっと気になって今調べてみたんだけど、システムの管理運営は独立行政法人が国からお金貰ってやってるみたい。通年での利用件数は、資格試験とかみたいな入試以外のいろんな試験全部含めて五千件ぐらいだって」


「結構使ってると見るべきか、たったそれだけと見るべきか難しい所だな」


「うん。国から出てる費用も人件費を考えたら妥当な金額なんだけど、普通に無駄遣いだって叩かれそうなぐらいにはお金出てるし」


「そこはもう、その手のセーフティネット系の宿命だからなあ」


 春菜の説明を聞き、難しい顔でそう達也が告げる。


 この類の、必要としている人は常に一定数存在するが、民間でやれば間違いなく採算が取れない類の物は、常にそういった議論の対象となるリスクをはらむ。


 今回話題に上がった入試システムに関しては、そもそもの知名度の問題で現在はさほど話題には上がっていない。だが、そういうことを問題視する人間の目に留まれば、間違いなく派手に炎上することになるだろう。


 この入試システムに関しては、宏のような犯罪被害者や真琴のような対人恐怖症に近い引きこもりなどの社会復帰支援という側面が強く、コストや利用率だけで見ていい類の物ではない。特に犯罪被害者への支援はいまだに諸外国から非難が集中するレベルなので、このシステムの運用維持費程度をケチる方が、最終的にいろんな意味で高くつく。


 問題は、こういう費用を無駄だと言いたがる人間や政府を攻撃したい人間には、そんな理屈は通じないという事だ。そういう人たちにかみつかれて世論を炎上させられ、渋々廃止した結果様々な問題が解決不能な形で噴出する羽目になったことなど、枚挙にいとまがない。


 とりあえず宏が使うのは大丈夫そうだが、身近に恩恵を受ける人間の実例を見てしまった時点で、春菜達としてはシステムの運営が無事に続く、もしくはもっと効果的で効率的な形に発展することを祈らずにはいられない。


「まあ、そういうんは現時点でうちらが考える事ちゃうし、勉強しよか」


「そうだね」


「とりあえず、クリスマス諦める代わりに、忘年会と初詣はちゃんとしようや。初詣は当然、合格祈願な」


「私達がそれするのってどうかと思うけど、まあお約束みたいなものだしね」


「あとは、みんな合格決めたら、春菜さんのちょっと早い誕生日祝いもかねて、どっか花見なんかええんちゃう?」


「あ~、それ楽しそう。人が多すぎるといろいろ興ざめだし、コネ使い倒して私達だけで独占できる場所手配しておくよ」


「頼むわ」


 難しい方向にものを考え始めた春菜達の意識を、直近の受験その他のスケジュールに引き戻す宏。目先のクリスマスを潰す代わりに、受験終了後に楽しみを設定してどうにかモチベーションを上げる。


「しかし、お前さんたちが大ぴらに酒飲めるようになるまで、あと二年か」


「そうだね。澪ちゃんだとあと七年待たないとだけど」


「先すぎる澪はともかく、ヒロと春菜が飲めるようになるのは楽しみにしとく」


「ん。私もちょっと楽しみ」


 花見ということで飲酒年齢の事を思い出し、そんな話をする達也と春菜。


 向こうにいたころからずっと、達也はひそかに宏や春菜と一杯やれる日を楽しみにしていたりする。


 なお余談ながら、宏達の日本では、飲酒年齢だけでなく選挙権もまだ二十歳からである。


 これに関しては、そもそもまずは有権者教育を十分にしてからでないと大変な割に効果が薄い、という意見が強かったことに加え、それより先に地方の過疎化による一票の格差や死票の多さ、立候補者の情報周知が足りなくて政党以外で選びようがない点などの問題を解決する方を優先しているからである。


 それらのうち過疎化と情報周知の問題は随分改善が進み、有権者教育も澪が小学校に上がる年に小学校一年生からのカリキュラムが完成・導入されたため、澪たちの年代に合わせて十八歳まで引き下げる予定になっている。


 なので、宏と春菜が選挙に行くのは、最短で二年後となる。


「あんまり意識してなかったけど、お酒も選挙もたった二年だから、高校卒業も目の前になるといきなり大人の世界が近くなるよね」


「そこをちゃんと考えずに、単にお酒解禁されたとか大人扱いされてるとかで浮かれると、あたしみたいなことになるから気をつけなさいね」


「まあ、ヒロや春菜は大丈夫だろうけどな」


「っちゅうか、怖あて大人やっちゅうて浮かれる気にもならんで」


「そうだね~。制度の面では年齢で一律に線引きされちゃうけど、十八とか二十歳で大人かって言われると、少なくとも私はその頃自分が大人扱いされるの、すごく違和感あったしね~」


 いつの間にやらすぐ近くまで来ていた大人の世界に、思わずしみじみと話してしまう澪以外の一同。


 そんな他のメンバーの反応に、取り残されたような気分になってわずかに表情が曇る澪。


「まあ、三年やの五年やの案外すぐやし、澪も今から覚悟しといた方がええで」


 澪の表情が曇っていることに気が付いた宏が、にっと笑いながらその頭を軽くポンポンと叩いてそんなことを言う。


「……そうかな?」


「せやで。僕なんか、気ぃ付いたらようわからんうちに中学生活終わっとったし」


「……師匠のそれは、ちょっとブラックすぎてコメントできない……」


「それもそうやな」


 暗黒の中学時代をネタにする宏に、澪が困った顔でそう突っ込む。軽口でそのあたりの事を話せるようになった、というのはある意味喜ばしい事ではあるが、知っている人間からすればどう反応していいかわからないので控えてほしい所である。


「僕の中学時代の話は置いとくとして、年取るだけやったら思ったより早いっちゅうんはもうすでに実感しとんで。なにせ、来年にはファムが拾った時のエルと同い年になるんやし、ライムはもう拾った時のファムに追い付いとるし」


「……言われてみれば」


「そもそも、巻き戻りのおかげで澪がエルと同い年になってもうた、っちゅう一点取ってみても、時間たつんは早いっちゅうん実感できんで」


「……ん」


「せやから焦らんでも、そないせんうちに、みんなでチェーン店系の居酒屋あたりで、飲み放題の酒ガバガバやることになるんちゃうか?」


「実はそれ、ひそかなあこがれ」


 居酒屋チェーンという単語に、表情を緩めながら澪がうなずく。


 今でこそ過去の話だが、そもそも二十歳まで生きられるかどうかわからず、二十歳になれたとしても飲酒など夢のまた夢だった澪。そんな澪にとって、全国どこにでもある居酒屋チェーンに入って、不味くはないがチープな料理を囲んでとりあえず生と注文したり、水のように薄いウーロンハイに文句を言ったりするのは、昔からのあこがれだったりする。


「ほな、澪の成人式にはみんなで居酒屋で宴会やな」


「ん、楽しみ」


 来年の事、どころか七年も先の事を約束する宏に、実に嬉しそうに何度もうなずく澪。


 なお、この時点から七年後の居酒屋チェーンは、法令の縛りと世間の目により、澪が期待するようないかにもブラックな香りがする、料理がチープだったり出てくる酒がせこかったりする店はほぼ淘汰されてしまうのはここだけの話である。


「あ、そうそう。宏君の中学時代の関連で、一つ伝えておかなきゃいけないのに伝えそびれてた事があるんだ」


「なんや?」


「文化祭の準備してたぐらいの頃に宏君の中学時代のクラスメイトが潮見駅まで来て、おばさんたちが手配してた監視役経由で警察に捕まったらしいの」


「……そらまた難儀な話やな……」


 春菜の連絡事項に、非常に渋い顔をしながら辛うじてそれだけを絞り出す宏。過去というやつは、乗り越えたつもりでもなかなか解放してくれないらしい。


「春姉。捕まったって事は、師匠の事攻撃してた女?」


「うん。主犯グループのうち、比較的関与の度合いが低いからって補導歴が付いただけで終わった娘らしいけど、反省が見られないからって接近禁止命令が出てたんだって。で、潮見って少なくとも、関西から中卒の十七、八の女子が知り合いもいないのに遊びに来るような土地じゃないから、怪しいって事で警察に身柄確保してもらったんだって」


「とはいっても、単にこっちに来ただけなら事情聴取だけで終わるだろうから、明確に警察が身柄を確保する必要が認められるような何かがあった、って事か」


「詳細は聞いてないけど、単に遊びに来るだけだったら絶対に持ち歩かないような、というより、持ち歩いてることが分かったら普通に不審人物として捕まるようなものがいっぱいカバンの中に入ってたんだって。具体的には、銃刀法に引っかかる調理とか加工の類には使えない種類の刃物とか」


 情報を持ち込んだ春菜からの補足説明に、宏だけでなく他のメンバーも渋い顔になってしまう。


「……それ、割と重大な話だと思うんだが、なんで今まで黙ってたんだ?」


「来たタイミングが悪かった、っていうか、みんなで楽しく文化祭の準備で盛り上がってるときに、水を差すようなことはなかなか言いづらくて……」


「……分かんなくはないわね。その手のパターン、あたしもいろいろ覚えがあるわ」


「おばさんからも、他の要注意人物も含めて全員ちゃんとマークしてるし、この件の事後処理のおかげで短絡的な事をしそうな子たちの牽制には成功したから、今回は無理に宏君に言わなくても大丈夫だって聞いてたから、とりあえず文化祭終わってからにしようって思って……」


「今度は連絡するタイミングがつかめなくなっちゃった、か~」


 少々険しい顔で突っ込んできた達也に対する、春菜の事情説明。それを聞いて、いろいろ覚えがある真琴と詩織が苦笑を浮かべる。そんな年長組の態度に恐縮している春菜をしり目に、宏がメッセージツールを立ち上げ、何やら作業を始める。


「春菜さん。来とった奴の名前は分かるか?」


「うん。樋口真奈美、って娘だけど……」


「ああ、樋口か。普通にそういう事やりそうやな」


「やっぱり、そうなの?」


「せやな。あの事件までは、成績だけはようて先生の受けもよかったんやけど、所詮は大してレベル高いわけでもないうちの中学では成績がええ、っちゅう程度やからなあ。全国統一模試で一回だけ五千何百番か取ったことがあったんやけど、ホンマにまぐれの一回だけでなあ……」


「なるほど、なんとなくどんな人かわかったよ……」


 宏の説明に、さもありなんという感じでうなずく一同。その間にも、宏はメッセージの作成を続ける。


「師匠、誰にメッセージ送ってるの?」


「例の事件で、最初から最後まで僕を助けてくれた友達数人や」


 メッセージを送る手を止めず、澪の質問に答える宏。緊急マークを付けて送ったからか、相手方からすぐに反応が返ってくる。


「……よし。この件に関してはこんなもんやろ」


「こんなもん、って宏君、何をどうしたの?」


「大した話やあらへん。まだ本人らにまでは話行ってへんみたいやったから、今聞いた内容連絡して、ついでに保護者会とか通じて監視きつうしてもらう感じの事決めた程度やで」


「なんかそれ、十分に大事になるような気がするんだけど……」


「刑事事件が絡んでくるから、ある程度はしゃあないで」


 ため息交じりの春菜の言葉をスルーし、あっさり受験勉強に戻る宏。なんとなく妙なフラグが立っているようなそんな不穏さを感じながら、どっちにしても大してできることもないと勉強に戻る春菜と真琴であった。








 そして、時は流れて終業式。


「これで、年明けたら自由登校か」


「三学期の始業式が終わったら、卒業式までクラス全員が揃うことはなさそうだな」


「せやなあ。全員二次試験で志望校に一発合格、とかでもない限りは、卒業式まで揃うことはないやろうなあ」


「このクラスで、もう一個ぐらいなんかやりたかったんだがなあ……」


 実質的に普通の高校生活の最後となる一日に、山口と宏がなんとなく残念なような、消化不良のような気持ちを抱えながらそんな話をする。


 山口と宏の気持ちを皆が共有していることもあり、宏達のクラスはホームルームが終わってからも少しばかり全員で話し込んでいた。


 なお、日付としては十二月二十四日ではあるが、受験生だけあってクリスマスの話題は何一つ出ていない。


「そういや、二次試験が一番遅いのって、誰で何時だっけ?」


「多分、あたしかな? 二月二十五日が試験で三月二日が合格発表」


「そっか。となると、日程的には結局、卒業式の日に打ち上げ、って形でしか無理か」


「だと思うわ。ついでに言うと、仮に全員受かったとしても、もっと上目指して浪人とか選びそうな子も何人かいるから、試験終わってても俺たちの戦いはこれからだ、って状態が続いてる可能性はあるのよねえ」


「ああ、確かにそうだよな」


 田村の疑問に女子生徒の一人がそう答えつつ、何人かの生徒に視線を向ける。その視線を受けて気まずそうに明後日の方向を向くその数名と、納得した風情で生温い視線を向ける他のクラスメイト一同。


 そこそこ以上のレベルにある進学校の場合、浪人というと割と高確率でこういうケースだったりする。


「てか、東と藤堂さんだったら、推薦でも行けたんじゃないか?」


「ん~……。知り合いがいるって時点で、推薦だと正規の手続きを踏んでの合格でもなんか裏口っぽい印象があるから、ちょっと避けたんだよ」


「せやなあ。あと、こういうのはちゃんと苦労してなんぼやっちゅう気もしとるから、せっかくやし頑張ってみよかってなあ」


「なるほどなあ」


 春菜と宏が推薦入試ではなく馬鹿正直に一般入試を受ける理由を聞き、納得の声を上げる田村。宏の言い分はともかく、春菜の言わんとしていることは、自分が部外者の立場なら確かにそんな風に思ってしまいそうだ。


「とりあえず、東の考え方も悪くないし嫌いじゃないけど、楽できるところは楽しても別にいいと思うぞ?」


「心配せんでも、他のところで楽はしとんで」


 田村の苦笑交じりの言葉に、軽くそう返す宏。


「で、クラスでなんかやりたいって話に戻すとして、だ。今からできそうなことっていうと、合格祈願の初詣ぐらいなんだが……」


「あ~、ごめん。私と宏君は先約ありなんだ」


 山口の提案に、申し訳なさそうにごめんなさいする春菜。それを聞いて、そうだろうなあ、という表情で頭をかく山口。


「まあ、そもそもの話、初詣客の人出が東でも大丈夫そうな神社って、このあたりにはないからなあ」


「うん。だから、礼宮家の親戚筋が宮司として管理してる神社に参ることにしてるの。そこならほとんど隠れ里みたいな感じになってる上に非公開に近いから、初詣に来るのも本当に限られた人しかいないし」


「なるほどな。となると、クラス全員で押しかけて、っていう図々しい真似も無理そうだな」


「ごめんね。入れてもらうのは交渉次第で何とかなるかもなんだけど、現地に行くのがものすごく大変だから……」


「電車とバスで、って訳にはいかないわけか」


「うん。最寄駅から車で二時間とかそういう感じだし、そもそも需要がないからバスとか走ってないし」


 予想以上の秘境ぶりをうかがわせる春菜の説明に、そりゃ無理だ、と納得するクラスメイト一同。そんな場所に宏を連れてどうやって移動するのかに関しては、礼宮の名前が出てきている時点で気にするだけ無駄だとスルーしている。


「結局、卒業式に打ち上げをやるぐらいしかなさそうだな」


「そうだなあ。藤堂さん、予約とか頼んでいい?」


「うん、任せて」


 山口と田村が出した結論に、春菜がにっこり微笑んでうなずく。そんな中、宏の端末からメッセージの着信音が。


「……なんやろなあ?」


 メッセージをよこしてきた相手の名前を確認し、思わず首をかしげる宏。このタイミングで連絡を取ろうとする理由が分からない相手だけに、どうにもあまりよろしくない予感がする。


「……春菜さん、厄介事や」


「……うん、なんとなくそんな気がしてたよ。で、誰から?」


「中学時代、僕を助けてくれたダチからや。例の件で、ちょっとどころやないぐらいややこしい事になっとるみたいでなあ……」


「……あ~……」


 中学時代の友人からの厄介事、という宏の言葉に、春菜だけでなくクラスメイト全員の顔つきが変わる。


 このクラスの人間は皆、宏の中学時代にあった事件の事を、部外者とは思えないレベルで把握している。宏と春菜から話を聞いた時点で全員が独自に事件の事を調べており、宏のクラスメイトがアップした一部始終の動画、それも無修正版のものを見ているのだから、直接事件にかかわる話が出れば反応してしまうのもおかしなことではない。


 春菜というお手本を頼りに、知った事実を過剰に気にしないように対応しているクラスメイト達だが、それだけにこういう話があれば野次馬根性ではない理由でちゃんと把握したいのだ。


「なあ、東、藤堂。例の件って何だ?」


「おばさんたちから教えてもらっただけで、私が直接見たわけじゃないんだけど、宏君のあの事件について逆恨みしてる娘がここまで押しかけてきて、駅で警察に補導されたんだって」


「僕も春菜さんから聞いただけで詳しいことまでは知らんねんけど、銃刀法的にあかんもんとかいろいろ持っとったっちゅう話でなあ……」


「……お、おう、なるほど……」


「……なんだよ、それ……」


 予想以上にヤバい、というより正気を疑う話に、ドン引きしながらそう返すことしかできない山口と田村。まだ言葉を発することができた山口や田村はまだましな方で、あまりにあまりな事情に他のクラスメイトは完全に絶句している。


「で、厄介事って、何?」


「えっとな。内容的には二つあって、一つは必要以上に反省しとる女の中に過剰に反応した奴がおって、それと逆方向でガチ切れしたアホ女と全面抗争みたいなことになりそうやっちゅう話。もう一つが、そのあたりをマスコミに嗅ぎつけられたみたいで、こっちにも飛び火しかねん、っちゅうところや」


「ああ……」


「ぶっちゃけた話、一つ目は過剰に反応しとる反省しすぎ女を何とかすればある程度収まるとは思うんやけど、二つ目は僕にしろ向こうにおるダチにしろ、簡単には手の出しようがない話になっとってなあ……」


「だよね」


 宏の困り顔に、実に渋い顔をしながらうなずく春菜。いかに神になっていようと、公的な立場や日本での生活に関する経験値は高校生のそれでしかない宏では、マスコミ対策なんて出来るわけがない。


 さらに言うなれば、いくら一時ほどの力はなくなっているといっても、事件や事故といった事柄に関しては、まだまだそれなりにマスコミの影響力は大きい。時の政権を恣意的につぶすような派手な誘導はできないが、過去の事件のその後を美談に仕立て上げて、誰か一人を悪者にするぐらいの事は出来なくもない。


 いかに信頼が失墜して久しかろうと、組織立っての取材や調査ができることや全国に一次情報という形で情報を発信できること、そして比較的初期の段階で疑ってかかっている相手にすら情報内容をある程度印象付けることができることのアドバンテージは、やはり一個人で対抗するには厳しい。


 主に週刊誌が得意とするそのあたりのやり口に関しては、当事者であればあるほど対応が難しく、また加害者より被害者の方が対応しにくい事もあり、誰がどう見ても高校生の手に余る類の厄介事である。


「で、マスコミ周りはうちのお母さんとかおばさんたちから手を回して何とかするとして、私個人に何か頼みたいことがあるんだよね?」


「まずは向こうの話聞いてから、教授とか兄貴、真琴さんなんかと相談して決めようかと思ってんねんけどな、春菜さんに過剰に反応しとる反省しすぎ女と会うてもらいたいんよ」


「……それは問題ないけど、どういう理由で?」


「話聞いとる感じ、僕が直接会っても大丈夫か、ちょっとばかし判断つかんねんわ。せやから、代理として春菜さんに会うてもらって、見極めてきてもらいたいんよ」


「なるほどね、了解」


 宏の頼みを聞き、にっこり微笑んで頼みを聞き入れる春菜。その顔は、どう見ても宏に頼まれた以上のことまで見極める気満々である。


「それにしてもまあ、過去っちゅう奴はなかなか解放してくれんもんやなあ……」


「本来だったら一生ものの傷だし、まだ年明けで丸四年ぐらいだからしょうがないよ。宏君だけじゃなくて、他にもかかわってる人がいるし……」


「せやなあ……」


 被害者が乗り越えようとし、ようやく過去の話になりつつあった事件。それをよりにもよって二学期の終業式、しかもクリスマスイブに蒸し返され、深々とため息をつくしかない宏と春菜。


「とりあえず、来年のクリスマスにはちゃんとお祝いできるように、この件は早いうちに決着つけたいよね」


「っちゅうても、最低でもセンター試験終わるまでは手ぇ出されへんで」


「こんなことになるんだったら、推薦を受ければよかった」


「今更やで、それ……」


 本当に今更の事を嘆く春菜に、内心で同意しつつ宏がそう突っ込みを入れる。


「とにかく、今日はそのあたりの相談でつぶれそうやな」


「そうだね。マスコミ対策だけは、どんなに忙しくてもすぐに動いておかないと」


「既に後れを取ってもうとる感じやし、サクサク動かんとな。せや、この後すぐに教授に相談受けてもらえそうやったら、ついでやから診察予定も今日にずらしてもらおうか」


「それもちょっと確認するよ。……大丈夫だって。すぐに迎えを寄こしてくれるそうだから、それまで図書館で勉強かな?」


「せやな。時間は無駄にできん」


 降って湧いた災難に釈然としないものを感じつつ、現実的に対処する宏と春菜。


 この後、同じく終業式が終わった澪や下宿先を探しに潮見へ来ていた真琴、新規プロジェクトの打ち合わせをしに礼宮商事本社を訪れていた達也なども呼び出され、例のそば屋の二階座敷で食事しながら相談する事になったのであった。








「達也さんが迎えに来た時は、何事かと思ったよ……」


「俺だって驚いたさ。なんせ、海南大学側の担当者もそろっていざ打ち合わせ、ってタイミングで礼宮前会長と小川社長の二大女傑が顔を出して、緊急事態だからヒロたちを回収して海南大へ行け、って命令してきたんだぜ?」


「おばさん達、すごい勢いで公私混同してるよね……」


「その代わりにちゃんと業務をしてる扱いにしてくれた上で穴埋めもしてくれるそうだが、どんな形で穴を埋めてくれるか不安でしょうがねえよ……」


「あははははは……。……ごめんなさい」


「いや、春菜が悪いわけじゃねえし」


 例のそば屋にある二階の個室座敷。お通しと前菜、飲み物が出そろったところで、達也がため息交じりにぼやく。


「そのあたりは女傑な方々を信じるしかないわよ」


「まあ、そうだな……」


「本当に、身内がご迷惑をおかけしまして……」


「いやいや、教授には責任ありませんよ。至急相談と対応が必要な案件なのも事実ですし、仕事に影響が出ない形でこっちに来れるようにしてくださったことには感謝していますし。ただ、こういう個人的なことのために、世界に名だたる経営者が二人も割り込んできたことにビビったのと、そのお二人だと穴を埋めた上でこっちの経験や能力、権限だと手に余るところまで上に盛ってくれそうなのが不安なだけで……」


 本当に恐縮して頭を下げてくる天音に対し、同じぐらい恐縮しながら正確な心情を告げる達也。達也の不安は天音と春菜の不安でもあるらしく、礼宮寄りの立場である二人はどうにも申し訳なさと居心地の悪さを感じずにはいられないようだ。


「とりあえず、達也の話はキリがないから、悪いけど一旦ここで切り上げさせてもらうとして。続きは食べながらにしましょ」


「そうだね、いただきます」


 乾杯するような理由で集まった訳ではないこともあり、真琴に促されて仕切り直しの意味でいただきますをする春菜。それにつられ、きちっといただきますを唱和してから各々料理や飲み物に手を出す。


「で、結局どういう状況なのよ?」


「詳しい経過は送ったメッセージ見てもらう方が早いから、そっち確認して。簡単に言うと、宏君の中学時代の事件に関して、一部の雑誌の記者とかが向こうの当事者に接触を図ってるみたいなの。それで、特に問題になりそうな何人かに関して、どうすればいいか相談したいんだ」


「なるほどね。その特に問題になりそうな何人かって、宏を直接病院送りにした連中?」


「そっちもいるけど、一番問題になるのは傍観してた、いわゆる消極的な共犯者の中で過剰に反省しちゃってる子」


「……どういう事よ?」


 春菜の言わんとすることの意味が分からず、思わず聞き返してしまう真琴。たとえ過剰だとしても、反省しないよりは反省している方がはるかにいいのではないか、と思わずにはいられない。


「ちょっと説明が難しいんだけど、反省が行きすぎちゃってて、見てる方がハラハラするほど危なっかしい事をしてるみたいなんだ。前に夏休み前に撮った写真を送ったおかげで大分マシにはなったみたいなんだけど、それでもマスコミとかが絡むと過敏な反応するぐらいには引きずっちゃってるみたいで……」


「せやなあ。真琴さんの身近であった今までの事例で言うたら、一緒に行動しとった頃のリーナさんをもっとひどくした感じ、っちゅうたら分かるか?」


「……なるほど。それはいろんな意味でヤバいわねえ」


「ヤバいねん。特にマスコミがかんどるんがやばいねん」


 春菜と宏の説明に、ようやく現在がどれほどヤバい状況かを実感する真琴。達也と澪も、思いのほか深刻な状況に顔つきが変わる。


「とりあえず、話を聞く限りは東君の通っていた中学のアフターケアがちゃんとできてなかった、っていう感じだよね。本来なら、ちゃんと全校生徒にカウンセリングとかする必要があるんだけど……」


「教授、教授。それちゃんとやる学校だったら、そもそも師匠がこんなことにはなってない」


「そうだよね。私にしても他のスタッフにしても、普通のカウンセリングで十分な子にまでは手が回らなかったから、学校や教育委員会に念押しだけして任せてたけど、ちゃんと介入すべきだったみたい」


「それはそれで、筋が違う気がする」


 ため息交じりの天音の反省に、澪が鋭く突っ込みを入れる。言っては何だが、本来この件に関しては天音は善意の第三者であり、直接かかわった宏の治療以外に関しては責任を取る権限も義務もない。宏の治療ですら全体的にはあまりいい顔をされなかったのだから、それ以上の事ができるわけがないのだ。


 学校に限らず、この手の問題を大量に抱えた組織が自浄作用を発揮しないのも、そういう組織ほど外部からの介入を全力で拒絶してかたくなに変化を嫌がるのも、結果として本人達を含めて誰の得にもならない形で周囲に迷惑をかけまくって自滅するのも、時代や組織の種類に関係ない話である。


「何にしても、僕とは違う意味でえらいトラウマ抱えとる女が一人おるから、少なくともそいつだけは何とかせんとこっちが悪者わるもんにされかねん。ダチの話やと、そいつに関しては僕がちゃんと立ち直って、友達付き合いでもええから女の子と付き合えるようになっとる、っちゅうところを見せたるだけである程度なんとかなるやろう、っちゅう話なんやけど……」


「主治医の立場としては、一足飛びにその娘と会うのは許可できない。春菜ちゃんや東君のクラスメイトの女の子達と、直接何かをしなかっただけでずっと主犯グループを消極的に支持してきた娘とでは、条件が全然違う。それに、東君が心配してるのはこっちの方だと思うんだけど、そこまで過剰に反省してる、というより、自分が報われちゃいけないと思い込んでる節がある相手だと、素直に東君と会ってくれるのかとか東君と会うことでかえって悪化するんじゃないかとかの不安があるし」


「せやから、教授に相談した上で、まずは春菜さんと保護者代理として兄貴か真琴さんに会うてもらって判断したいんですわ」


「……ん~。だったら、どうにか時間を作るから、私もその場に同席するよ。時期とか私達が大阪に行くのかそれともこっちに来てもらうのかとか、そのあたりの調整は東君にお願いしていい?」


「僕以外接点ないやろうから、もとよりそのつもりです」


「うん、お願いね。こっちはこっちで、今後継続して対応するために、向こうにいる後輩や教え子に連絡とって、その時に顔つなぎするように手配しておくよ」


 思った以上に大仕事になりそうだから、と呟いた天音に、思わず恐縮してしまう宏と春菜。達也と真琴も、一応成人済みの年長者でありながら、ほとんどできることがない事に申し訳なさを感じてしまう。


 この場で天音に丸投げになることを気にしていないのは、子供過ぎるがゆえに終わった後の宏のケア以外にできることが一切ないと最初から分かり切っている澪だけである。


「まあ、私も色々忙しいから、今度こそちゃんと現地の本来責任持つべき人たちがきっちり仕事するように段取り組んでくるから、そこまで気にしなくてもいいよ。そもそも根本的な話、東君は被害者で春菜ちゃんたちは巻き込まれただけの未成年、香月さんや溝口さんだって善意の協力者でしかないんだから、やっぱり気にする筋の話じゃないし」


「いやまあ、そりゃそうですが」


「それに、こっちも今日これからちょっと無理を頼まなきゃいけないから、そんなに恐縮されると申し訳ないというか……」


 何やら言いづらそうに口にする天音に、いやな予感がする達也。やはり、ただで何でもかんでも頼みごとを聞いてもらおうという事自体、虫が良すぎるのだろう。


 ちょうどそのタイミングでそば懐石の鍋物と焼き物が出てきたため、しばし話題が途切れその場を沈黙が包む。


「……無理とは、どんな?」


 心を落ち着けるために、鶏肉と野菜をそばダシで炊いた鍋物のダシを口にして味わった後、慎重に確認をとる達也。その達也の態度にわずかに視線を泳がせながら、天音は努めて何でもないような口調で頼みごとを口にする。


「えっとね。すでにマスコミ対策で動いてくださってる方々と顔つなぎするために、今日の夜に礼宮本邸で行われるクリスマスパーティに出席してもらいたいんだ。本当は強制したくはないんだけど、さすがにどんな人間かわからない相手のために動いてもらうのは失礼だっていう理由だから、本当に申し訳ないんだけど、事実上拒否権はない感じなの」


 そこまで一息に言い切ったのち、何かをごまかすように鍋の野菜を口に入れる天音。そのいろんな意味で拒否できない「頼みごと」に、顔が引きつる宏たち。


「えっと、あたしとか澪は不参加、って訳には……」


「今後を考えると、それは避けたほうがいいかも」


「ですよね……」


「その代わり、今日を乗り越えてくれればかなりいろんなことに融通が利くようになるし、当分の間はこの手の無理難題はない……、はず、多分、きっと」


「教授、さすがにそこは断言してほしい……」


 どうにも頼りない天音の返事に、ジト目でツッコミを入れる澪。


 いかに受験生という建前を持っても拒否しきれず、結局この日は後から呼び寄せられた詩織も含む全員が未来の手でドレスアップされ、一生関わり合いになる予定もなければなりたいとも思っていなかったいろんなジャンルの超大物に紹介されて、やたら気に入られてしまってあたふたする羽目になるのであった。

あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

「普通に能天気な話を書こうと思ってたら、中学時代の事と決着付ける方向にエピソードが転がりやがった」


な… 何を言っているのか わからねーと思うが おれも 何をされたのか わからなかった……


頭がどうにかなりそうだった…… 神の声だとか電波を受信しただとか


そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ


もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ……


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― 新着の感想 ―
>この時点から七年後の居酒屋チェーンは、(中略)ほぼ淘汰されてしまう ……この時点でコロナが予言されていたとはwww
[一言] まぁ立ち直る云々にこういう胸糞案件の話も必須だろうけど、このなんというか動ける無能はいらんことやらかすよなぁ。 善意であれ悪意であれ。
[一言] >なんとなく妙なフラグが立っているようなそんな不穏さを感じながら、 まず、合格者発表会上に、逆恨み女が侵入。 仲間たちと合格バンザイしてる宏の背後から、 必殺の果物ナイフATK(そしてナイフ…
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