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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第22話

「ここでは下界の法など関係ない! お主らも呑め呑め!」

「今日は新たな年を祝う日じゃ! 無礼講ぞ!」

 元旦。初詣に礼宮神社へ足を運んだ宏と春菜は、有無を言わずに霊界へ引きずり込まれ、挨拶もそこそこに神々の新年会に巻き込まれていた。

「……この宴会、神話的には完璧に対立しとるはずの神とか、下界の宗教的に絶対仲ようできん組み合わせとか見えとるんですけど、あれ大丈夫なんですか?」

「心配せんでも、この宴ではそういう無粋な争いはおきんよ。そもそもの話、事実が少なくない割合で混ざっておる神話での対立はまだしも、下界の宗教事情に我らが合わせてやる必要もあるまいて」

 まだ場の空気になじめていない宏と春菜を案内してくれた仙人っぽい老人が、さりげなくからみ酒から保護しつつ、宏の疑問に飄々とした態度でそんなことを言い切る。

 その内容に、それもそうかと肩の力を抜く宏と春菜。老仙人の言葉ではないが、これだけ神に分類できる存在が集まっているのだ。唯一神だなんだという話も、他の宗教を否定する地上の教義も、この場では等しく意味を持たない。

 なお、宏達の指導教官はというと、この老仙人をはじめとした何柱かの神を紹介した後、天音を連れて何やらあいさつ回りと根回しに動き回っている。一緒に行動するとかえって絡まれやすい、という理由で、宏達とは別行動だ。

「とはいえ、面倒なことになるから、この場で見たものはうかつに口にせん事じゃ。主らが神になった世界と違い、地球は少々宗教が力を持ちすぎておるからな。倫理だの道徳だのといった人を人足らしめる要素がすべて吹っ飛びかねんだけに、この事が知れてしまえば、荒れに荒れて収拾がつかなくなるじゃろう」

「そうですね」

「まあ、お主らの祖国に関しては、良くも悪くもあまり変わらん気がせんでもないがな」

「……否定できないのが、微妙につらい所です」

 老仙人に釘を刺されつつ言われた日本への評価に、困った顔でそう応じるしかない春菜。

 日本人の場合、宗教心や信仰心がないわけではないが、倫理道徳の類をあまりそれらに依存していない。神道の成り立ちや立ち位置、葬式における宗教様式のちゃんぽん具合、他国の宗教色の強いイベントを単なる娯楽主体の祭りに変えて取り込んでしまういい加減さなどがそのあたりを象徴している。

 ビジュアルはともかく中身は生まれも育ちも完膚なきまでに日本人である春菜としては、そのアバウトさを誇るべきか否か、非常に悩ましい問題だろう。

「まあ、今は宴の時間じゃし、そういうまじめな話をだらだらと語るのも無粋であろう。お主らも多少は飲み食いしておいた方が目立たんぞい」

「……食べて大丈夫なんでしょうか?」

黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)を気にしておるのであれば、問題ない。肉体の有無に限らず、神となってしまえば神の世界のものを食っても悪い影響など受けぬ。人間のように、ここのものを食わねば死ぬ、などという事にはならんよ」

「飯の方はええとして、酒も飲まんとあきません?」

「うむ。神酒の類は力の源でもあるからの。あそこの連中のように正体を失うほど飲んでは得られるものも得られんが、ほろ酔い程度までなら悪い影響はない」

 そう言われては、手を付けないわけにもいかない。念のために、習慣となった探知を目の前に供された料理や酒にかけ、自身に害になりそうなものが一切含まれていないことを確認して、どこの国のものかよく分からない料理を、味見程度にほんの少し口に入れる。

 その味の感想は、というと

「自分で作ったほうが、美味しい気がする」

「せやなあ」

 であった。

「今年は、いつもの料理担当がへそを曲げてしまったからのう。味が落ちるのは仕方あるまいて」

「へそを曲げちゃったんですか。それはまたどうして?」

「この宴席を見れば、こ奴らのために頑張って飯を作ろうという気が失せても仕方あるまい?」

「ああ……」

 老仙人の言葉に、思わず納得する春菜。実際、宴会参加者は食事を味わうどころか、まともに食べてすらいない。

 折角地上の様々な国・地域の料理を用意しているのにこれでは、作る側もへそを曲げて当然であろう。

 正直に言うと、聞こえてくる会話の内容や神々が見せる醜態は、それだけで宏と春菜の精神力をがりがりと削ってくれる。はっきり言って、あれに巻き込まれて切れずに済ませる自信がない。

「挨拶すべき相手に挨拶が終わっておるのであれば、その膳に出されたものを平らげて、適当に間を見て下界に戻ればよい」

「それでええんですか?」

「うむ。そろそろ出来上がっておる神も多いからの。誰が抜けたところで気にせんどころか、恐らく気が付きもすまい。気がついていたとしても、十中八九は次に会った時には忘れておる」

「あの、私達みたいな新米だと、覚えている方が居たら非常に不味い事になるような……」

「その点に関しては、全員一度はそういう真似をしておるからの。つつけば自分に帰ってくる。それに元より出入り自由じゃし、招待されておるにもかかわらず参加しておらん新神もおる。参加してあいさつした分だけマシじゃから、後でこの件をネタにからまれることはなかろうよ」

「はあ……」

 老仙人の説明を聞き、いろんな意味でゆるすぎる宴席のルールに戸惑うしかない宏と春菜。その間にも時々いろんなところから神々がやってきてはちょっかいを出そうとして、老仙人にやんわりと追い返されている。

「まあ、ただ飯を食うだけではつまらなかろう。いい機会じゃし、気になっておることがあれば何でも聞けばよい。お主らの指導教官殿だと、立場上説明しづらい事もあるじゃろうしな」

「だったら、ちょうどいい機会なので質問したいのですけど、なんでヴァンパイアはOKでエルフは連れてくるのにものすごく厳しい条件がある上に、それをクリアしてもまず許可が下りないのでしょうか」

 質問していいと言われたので、いまいち理由が理解できていなかったことを質問する春菜。宏の方もざっとした条件を聞かされているだけで、その背景にある理由までは聞かされていない。

「お主らが飛ばされた世界のエルフとヴァンパイアか。それについては実に簡単じゃ。人間の間では一般的には一切認知されておらんが、こちらにもエルフという種族は実在しておっての。ただし、あれは樹木の精霊に近い存在故、あちらのエルフとは近縁種ですらない。精霊に近い種族は外乱に弱く、近縁種ですらないエルフを連れてこられると容易に存在が怪しくなって滅びかねんのじゃ」

「ああ、なるほど。逆にヴァンパイアは種としてほぼ同じだから問題ない、と」

「うむ。とはいえ、お主らが巻き込まれたような種類の事故でこちらに来た、程度であれば、あちらのエルフやその近縁種が数名こちらに来た程度、大した問題はないんじゃがな。お主らのように神、それもそちらの坊主のような創造神が連れてくるとなると影響が拡大されてしまっての。せめて近縁種、もしくはあちらのエルフの血が混ざっているだけの普通の人間、などであれば問題はないがの」

「……つまるところ、そのあたりをクリアできるようになるまでは無理ですか……」

「うむ。獣人なんぞも避けた方がよかろう。耳と尻尾だけ獣、などという種族は、こちらに近縁種が存在せんものが大半。ヘタに創造神が連れてきてしまうと、どう転ぶか分からんからの」

 なかなかに面倒くさい話に、しばらくは断念するしかないと諦め顔の宏と春菜。エアリスだけが行き来できる現状には心苦しいものがあるが、どうにもならないものはどうにもならない。

「実のところ、外乱を受けた結果こちらのエルフが滅んでも別にかまわんと言えば構わんのじゃが、この件に関しては大地母神が神話も宗教も勢力の対立も超えて結託しておる。お主の指導教官も制御能力で誤魔化してはおるが近縁種のおらぬ外来種であり、その上本人はやっておらぬが血縁の者が人間に血を混ぜるという形で思いっきり影響を与えておるからのう。どうにもあまり強くは言えんのじゃ」

「……なるほど、よう分かりましたわ」

 春菜の顔を見ながら、その話に納得する宏。直系の先祖は指導教官本人ではなくその妹らしいのだが、その血が流れている春菜の体質が起こしたあれこれや天音が自衛も兼ねてやっちまった数々の行為を考えれば、大地母神がいろいろ警戒するのも無理はない。

 もっとも、同じ血筋でも指導教官の妹と神武天皇由来の日本神話の神しか混ざっていない天音と違い、春菜は雪菜の父に当たる人物の血筋にも変なものが色々混ざっている、いわゆる外来種の混沌神と土着のなにがしかの神とのハイブリッドだとのこと。その結果資質が純混沌系ではなく時空神側に大きく振れてしまい、制御が甘いとある意味誰よりもやばい存在になってしまったのが難儀なところだろう。

「まあ、抜け道はあるんじゃがな」

「それ、どないな方法ですか?」

「何。お主らどちらかが配偶者的な意味で囲ってしまえばええだけじゃ。古来より、神が人間を嫁にして囲うなど珍しい話でもないし、そうやって外来種の人類を連れてきた神もおらぬわけではない。ついでに言えば、別段同性婚だからと言って、特に問題はない。同性相手に子供を作れんようで、神を名乗るなど片腹痛いからの」

 無茶苦茶な事を言い切る老仙人に、思わず絶句する宏と春菜。抜け道について聞いた宏は、特にダメージが大きいようだ。

「そもそも、地上におる人間に種をまいたり人間の種で孕んだ子供を地上に送り出しておる時点で、お主らが何をやってもあそこにおる連中から文句を言われる筋合いはない」

「……言い切りますなあ……」

「うむ。という訳で、儂とひと冬のアバンチュールなどどうじゃ? 二人同時でも大歓迎じゃぞ?」

「……遠慮しておきます……」

「……僕も、さすがに男相手はちょっと……」

「それは残念じゃの。まあ、とっとと食って逃げんと、儂と違って冗談で済ませてはくれん奴に絡まれかねんからの」

 その言葉を聞き、大急ぎで料理を平らげる宏と春菜。十分かからず全てを食べ終えたのを見て、老仙人がひっそりと二人を逃がす。

 結局、老仙人のおかげで、宏と春菜は無事に神々の宴会から逃げ延びることができたのであった。







「おう、おかえり。大丈夫だったか?」

 どことなくぐったりした感じで戻ってきた宏と春菜を、達也が立ち上がって出迎える。

 神社の社務所内にある応接間では、達也、真琴、澪、詩織の四人が、宏達を待ちながらこの後の予定について話し合っていた。

「教官が手配してくれとった案内役のおかげで、無事に逃げ延びたわ」

「そうか、そいつはよかった」

「ただ、教授は教官に連れまわされとって、すぐには戻ってこれん感じやけどな」

「つっても、俺らからすればヒロと春菜も出て行ってから十分も経たずに戻ってきた感じだったから、そんなに待たせないように時間軸調整して戻ってくるんじゃねえか?」

 達也の言葉を肯定するように、次の瞬間天音だけが戻ってくる。

「おかえり、教授」

「ただいま」

 宏達同様疲れた顔をして戻ってきた天音に、澪が声をかける。

 澪に対してあいさつを返した天音は、応接間のこたつに入るとそのまま突っ伏す。

「ちょっ、ちょっと教授、本当に大丈夫なの?」

「毎年のこととはいえ、あれはすごく疲れるよ……」

 今までに見たことがないほど疲労困憊している天音に対し、思わず本気で心配そうに声をかけてしまう真琴。そんな真琴に対し、取り繕う余裕もなくぐったりしたままそう答える事しかできない天音。

 宏や春菜と違い、天音は宴会本番に参加していた。それもかなりの長時間で、しかも周りは純粋な能力ではともかくそれ以外については格上ばかりだったため、その疲労はものすごい事になっている。

「この後、東君の中学時代の事について打ち合わせだけど、今のままやるの嫌だなあ……」

「教授、そんなに疲れてるの……?」

「疲れてるというか、荒んでるというか……」

 今まで宏達の前では一度も見せたことがない、疲れ切ってグダグダになっている姿の天音に、澪まではっきり分かるほど心配そうな声色で問いかける。

 その澪の問いに対し、何やら物騒なことを口走る天音。その言葉と微妙に漏れ出ているいるどす黒いオーラに、達也たち宴会の現場を知らぬ人間組がドン引きする。

 何がやばいと言って、ギルティモードに入った春菜と共通する見るだけで背筋が凍りそうな雰囲気と、いろいろ感情が抜け落ちたようなアルカイックスマイルがやばい。

「今そういう話し合いすると、正直自分でもドン引きしそうな意見を平気で言いそうで嫌なんだよね……」

「例えばどんな?」

 絶句している達也たちに代わり、どうにか立ち直った詩織が天音の考えを聞こうと質問する。何を考えているかを聞いておかなければ、このままこの後の話し合いに移って大丈夫かどうかの判断が付かない。

「そもそもの話、今回の件って、言ってしまえば加害者に対するケアだよね? それって、被害者側の人間がそんなに丁寧にやらなきゃいけないのかな、って……」

「……正論だと思うんですけど~……」

 それのどこがドン引きするような意見なのか、いまいちわからず首をかしげてしまう詩織。そんな詩織に対し、色々と大事なものが抜け落ちた声で、思っていることを続ける天音。

「もっと言うと、根本的にあの事件って言論界と教育界の無責任な体質が起こした事件で、しかもちゃんとフォローしなきゃいけない公的機関が全部放り投げたのが今回の問題だよね。だから、そのあたりをつついて内輪もめでもさせて東君に目が向かないようにして、ついでに結局責任らしい責任とってない当時の校長とか教員とかも引っ張り出して、みたいなことを考えちゃうの」

「うわあ~……」

「そもそも、当時の教員で東君の治療を始めた時に私達に頭を下げに来たの、生活指導の先生一人だけだったんだよ? 校長も教頭も当事者だった女性教師二人も、自分たちに責任があるとか全然思ってないどころか、自分たちこそ被害者だって態度だったし。何人もの生徒やその家族の人生を棒に振らせかけてるんだから、自分の人生を棒に振るぐらいの内容で責任とってもらわないと割りが合わないし他に示しが、なんて恨み買うだけで何の解決にもならない事を言いそうで……」

 日頃思いやりあふれる天音の口からあふれだす怖い意見に、詩織が再び言葉を失う。言っていることは正論の部分もあるが、今の天音の表情と雰囲気だと、それを実現するために何をやるかが想像もつかないところが怖い。

 そんな天音の言葉が終わる前に、天音の双子の妹で現在礼宮商事の社長をしている小川美優が応接間に入ってくる。

「天音ちゃんがそれを望むんだったら、ボクたちが全力をもってそういう方向で決着つけるけど?」

「今言ったけど、それだと私たちの溜飲が下がるだけで何の解決にもならないし、無責任に自殺とかしてさらにこっちを悪役に仕立てようとしかねないから、駄目」

「ボクたちがそんなへまをすると思う?」

「百パーセント自殺を阻止する手段なんて無いんだよ、美優ちゃん」

 ブラックな会話をする天音と美優に、ドン引きする宏達。比較的感性が近い春菜ですら、天音と美優の言っている事のブラックさに引き気味なのが興味深い所である。

 ちなみに、美優は普段は一人称が私だが、身内相手には時折一人称がボクになる癖がある。

「どっちにしても、被害者が悪役にされかねない手段はだめだよ。私達はまだしも、東君はこれ以上この件で悪意にさらされるのはあまりにもあんまりだし、春菜ちゃんにまで被害が行きかねない」

「分かってるって。ってか、天音ちゃん、こうやって吐き出さないと、鬱憤ため込んで無意識にヤバい事やっちゃいそうでしょ?」

「……否定できない」

「それに、度合いはともかく、無責任なことをやりまくってる当時の教育関係者と、尻馬に乗って被害者である東君を攻撃してた評論家とかは、いい加減自分の行動に責任とらせる形で排除する必要はある」

 そう言いながら、全員の前に投影式モニターを出して資料を展開する美優。そこには、当時被害者攻撃の急先鋒だった教育研究家数人および宏達の中学の教師、更に当時の市の教育委員会役員などの、事件前から現在に至るまでの経歴その他について書かれていた。

「……なんだこりゃ……」

「……すごいよね~、この人たちの主張」

「……こういう手合いは、二千年代後半頃からのあれこれで駆逐されてるとばかり思ってたわね……」

「……これじゃあ、ヒロみたいな事例が減らないわけだ」

 そこに記された様々な情報に、呆れたように年長組が言葉を漏らす。どう頑張ってプラスに要約しても「被害者になるのが悪い」にしかならない、それでいて言葉だけは非常に上手で洗脳される人間が出るのも納得できてしまう主張に、それ以上の感想が持てないようだ。

「そう思うでしょ? しかも、東君の件をきっかけにいろいろ出てきて立場を失ったもんだから、逆恨みしてこそこそ何かやってるくさいんだよ。今回マスコミが受験生にとって一番迷惑なこの時期に動き出したのも、この人たちが裏で余計なことしたからみたいだし」

「うわあ……」

「流石に潮見に直接殴りこみかけに来た馬鹿と違って、自分たちが直接何かやったら人生が詰むって分かってるみたいだけど、その分やってる事の性質は何倍も悪くてさ。ある意味でお互いほとぼりも冷めてきてる事だし、そろそろきっちりとどめ刺して決着つけておかないと、後々まで祟るのは間違いないんだよね」

 面倒くさそうに言い切る美優。天音と違い、美優の側は加害者に対して何の温情もかける気はないようだ。

「ねえ、美優おばさん。一応確認しておきたいんだけど……」

「ん? ああ。東君の治療に天音ちゃんが関わってなかったらここまで動いたかって話なら、YESでもNOでもあるよ。東君は直接関係ない理由でいい加減迷惑極まりない感じになってたから、この連中に関しては東君の件とは関係なく近いうちに排除に動いてたと思うよ」

「っていうと?」

「こいつらに洗脳された教師に育てられた人間って、正直使い物にならないんだ。外面は良くても人の指示や頼み事はまともに聞かないし、後輩とか入ってきたらパワハラモラハラのオンパレードだし」

「うわあ……」

「しかも、こういう手合いに限って、学力は高くていい大学出てるし、専門知識だけはしっかりしてるもんだから、面接や経歴で排除するにも限界があってね。学力の高い学校ほどこいつらに洗脳された教員が多いってのもあって、どうにかして排除したかったんだ」

 正直、地元以外から下手に人材を採用できなくて困ってた、と漏らす美優に、教育界のどこまでも救われない事情を察してため息を漏らすしかない春菜。

 その手の連中から教育を受けた人員の問題点については、後輩や部下を指導する立場でもある達也と詩織もいろいろ苦い経験があるらしく、口には出さないが美優の言い分に全面的に賛同している。

「といっても、いくら礼宮の力が強くても、思想や言論の自由っていう建前には勝てないから、なかなか排除できなかったんだよね。人材の問題に関しても、明確な因果関係を科学的に立証するとなると難しい所だし」

「でも、こういう話をするって事は、今回はうまくいきそうなんだよね?」

「うん。件の問題になってる週刊誌のデスクとか、いい感じに抱き込めたからね。間違いを犯したことを反省して更生しようとしてる子を支援するどころか、妨害して被害者に対してもう一度罪を重ねさせようとしてるっていう明確な証拠も押さえたことだし、あとはこっちが圧倒的に有利な情報戦だよ。この分野ではまともな神経してる有力者の皆さんも、ものすごく乗り気だしね」

 春菜に問われ、胸を張って答える美優。この分野に関していえば宏も春菜も基本的に無力なだけに、着々と相手を追い込んでいく美優は頼もしくて仕方がない。

 覚悟を決めて割り切るのであれば、神々の宴会にでも参加して根回しする必要があるが、天罰という形で物理的に報復と排除を行う事は可能ではある。可能ではあるが、天音ですらダークなあれこれが漏れ出すような宴会に参加してまでとなると、どう考えても割りが合わない。

「まあ、そういう訳だから、マスコミ使ってのカウンターやまともに反省する気もない連中の相手に関してはこっちに任せて、天音ちゃんはちゃんと更生しようとしてる子や巻き込まれた形の第三者をきっちりケアして立ち直らせてあげて。それが今回の最大の武器になるから」

「うん、分かってるよ。そこは手を抜かないから安心して」

「今回の件、ボク達は裏方に回るけど、場合によってはどうしても東君と春菜ちゃんに表に出てもらうことになるかもしれないから、申し訳ないけど、そこだけは覚悟してて」

「予想はしとりましたけど、やっぱり大人だけで解決、っちゅうんは難しそうですか……」

「被害者は周囲の力を借りて随分と立ち直った、でも完璧というわけではなくまだまだ傷跡は残ってる、っていうのを加害者側にきっちり思い知らせるのが大事だからね。そこは、更生しようとしてる子でも例外じゃない」

「また、えらい厳しいですやん」

「本当の意味で更生しようとするなら、自分の犯した罪を正確に理解して向き合わないとだめだし、それができない子は結局どこかでまた甘えたことを考えて逆恨みみたいなことをするからね」

 これが最後の機会だと言わんばかりに、かなり厳しい方針を示す美優。

「まあ、そういう訳だから、天音ちゃんは予算も人員も機材も好きなだけ使っていいから、ケアの方を徹底的にお願い。現在親が賠償金払ってるレベルの子を一人更生させられたら、こっちの勝ちだからさ」

「うん。でも、美優ちゃん。いい機会だから聞いておきたいんだけど、まだ小学生時代の事、気にしてるでしょ?」

「もちろん。でも、今回東君に肩入れする理由は、別に春菜ちゃんの思い人だからって事だけでも、小学生時代の事だけでもないよ。その二つが理由の八割以上ではあるけど、昔からやりたかった事に踏み出せるいい機会だっていうのもあるんだ」

「昔からやりたかったこと? どんな?」

「犯罪被害者及びその関係者の心身および経済面両面での社会復帰支援事業と、犯罪者の更生事業。どっちも、日本じゃ官民ともに実質ほぼ何もやってないも同然だし、礼宮グループの社会貢献事業として十分なテーマだと思うしね」

 美優のやりたかった事を聞き、礼宮が全力で動くメリットや美優の個人的な動機にも納得がいく宏達。それだけなら感心して終われたのだが

「後、個人的に、死刑廃止とか死刑絶対反対とか言うくせにこういう事には一切手を出さない弁護士連中とかに対して、全力で皮肉りたいってのもあるんだ。どうせうちが全力でやっても再犯率ゼロになんて絶対無理なんだし、ここまでやっても絶対更生できない人間がいるのに、その対策も示さずに死刑廃止で刑罰は有期刑のみっていうのは無責任じゃないか、って突っ込んでやりたいの」

「それが一番の本音っちゅう訳ですか?」

「一番ではないよ。それ以外の動機の中じゃ、かなり上の方だけどね」

 巨大財閥企業の社長は伊達ではない、というえげつなさを見せて色々台無しにする美優。その微妙な空気に気が付かないふりをして、美優が宏に声をかける。

「まあ、そういう訳だから、東君は大阪にいる子たちとの日程調整やったら、大学入試頑張ってね。二次試験さえ合格すれば、内申とか面接とかはまず大丈夫だから」

「とりあえず、直接話持ってきたダチはセンター試験終わったらこっちに出てくるらしいんで、それまでは素直に受験勉強するぐらいしかやることあらへんのんですよね」

「何だったら、VRのチャット機能使う形で初回の日程調整してくれたら、あとはこっちで話進めてもいいよ?」

「一応話はしてみますけど、向こうも受験生やし、やっぱりセンター試験終わってからの方がええと思うんですわ」

「了解。受験生の入試を妨害してるって方面で攻撃するつもりなのに、こっちがそのために妨害しちゃったら本末転倒だもんね」

 宏の方針に納得し、話を切り上げる美優。

「そういえば、教授、小川社長。ボク、ちょっと気になってたんだけど、師匠の食べたチョコ作った真犯人って、結局はっきりしてるの?」

「私はちょっと、そこまで踏み込んだ話は聞いてないかな」

「ああ。それに関してはこっちでちゃんと確認してあるよ。結論から言うと、天音ちゃんが提供した技術によるその後の科学的調査で、真犯人自体は特定できてる。ただ、その子は絶対日本には帰ってこれないと思うよ」

「……その理由、ボクみたいな子供が聞いて大丈夫な話?」

「ん~、方向性の問題で、ちょっと迷うところかな。ちなみに、境遇としてはある意味今までのキミの方が絶望的だった感じだけど、まあ、それ相応に報いは受けてるかな。正直、ボク達は単にほんのちょっと協力してるだけの部外者だから、ざまあとかいう気もないけど」

 一連の事件のきっかけを作っておきながら、恐らく一人だけ直接的に罰を受けていないであろう真犯人。それについての澪の質問に、深く追求すれば後悔しそうな答えが返ってくる。

「……聞くのが怖いけど、一応今後の安心のために教えて」

「非常に簡単な話で、いわゆる誘拐婚のターゲットにされて無理やり嫁がされて、パスポートも取り上げられて強引に帰化させられてるから、自分では戻ってくるに戻ってこれないんだよ。逃げようにも住んでる村の人間全員が協力して妨害するし、失敗すればDVの嵐だから、日本の都会で育ったやわな小娘じゃ脱走なんて到底無理だろうね」

「……それって、犯罪じゃないの?」

「一応その国の法では合法だし、既に二年も経ってるから帰化の撤回も難しいっぽい。被害者が助けを求めないと日本国としては動きようがない上に、そもそも両親がその子の事を居なかったことにしちゃってるらしいから、どうしようもない感じかな。こっちも、助けたところで日本に帰ってきたらほぼ確定で前科持ちになる娘を、国家間の関係を悪化させるリスクと責任を背負ってまで助ける理由がないし」

「……それ、絶対体治る前のボクの境遇より絶望的……」

 中央アジアなどでちらほら見かける、女性の人権なんて知ったことではないと言わんばかりの制度。その制度の被害にあったという真犯人に、思わず心の中で十字を切ってしまう澪。

 宏を壊したそのきっかけを作ったことは許せないが、下手に日本で罪を償わせるよりきつい報いを受けているとなると、これ以上は追求する気も起らない。

 宏に行ったことの結果を知らないままというのはもやもやするところではあるが、死人に鞭を打つ趣味は澪にも他の人間にもないのだ。

「真犯人の話はそれぐらいで終わりにしよう。ボク達が重視しないといけないのは、今現在大阪に居て今後も日本から出る可能性が低い子たちの方。東君が直接会う気になってる子たちに関しては、できれば高校卒業までに終わらせたいよね」

「そうだね。そこから先は、私たち大人、それも社会的な地位も責任もある人間がちゃんと決着をつける話。前途ある若者を、一部の大人の保身と逆恨みでダメにしちゃいけません」

 真犯人の現状の話で微妙になった空気を、美優と天音が軌道修正することで払拭する。

「香月さん夫妻にも、勤めてる会社経由で今回のプロジェクトに関わってもらうことになると思うから、そのつもりで心の準備はしておいてね」

「望むところです」

「私個人としては、どんとこいですよ~。なので頑張って社長やチーフを口説いてくださいね~」

 美優に話を振られ、いろんな意味でいい笑顔でそう言い切る達也と詩織。こうして、後に世界的に高く評価され、人権意識の強い先進国で次々に導入されて広がっていく犯罪者と被害者双方の社会復帰支援は、宏の事件の後始末という形でスタートするのであった。







 そして、時は流れてセンター試験終了後。

「聞くまでもないとは思うけど、手ごたえの方はどう?」

「自己採点せんと分からんけど、回答欄が一個ずれとったとかがない限りは、足きりには引っかからんやろ」

「私もそんな感じ。真琴さんはどう?」

「そこそこって感じね。足きりは大丈夫だと思うけど、胸張っては言えない感じねえ」

 いつものチャットルームで、試験の結果について語り合う受験生組。今日は達也と詩織は仕事で顔を出せず、澪は深雪主導のお泊り会で澪のお世話係女子こと大友凛の家に泊まりに行っているため不在である。

 なお、澪のお世話係はその後も順調に増え、現在は一年と二年あわせて七名に深雪、という組み合わせになっている。内訳は一年男子二人、女子三人、二年の男子と女子が一人ずつだ。

 そのうち、二年の男子というのが凛の兄なのは、完全に妹に巻き込まれたとしか言いようがない。

「で、事前の顔合わせって、今日やるの?」

「せやなあ。試験後のお互いの精神状態次第、っちゅうことで、今日か明日のどっちかっちゅうつもりやった。向こうもオンラインみたいやから、ちょっと声かけとこか」

 一通り試験の内容について検討を終えたところで、ふと思い出したように真琴が宏に聞く。その質問に対し、宏がそんな答えを返す。

「……向こうも試験手ごたえあって精神的にええ感じやそうやから、今日これからでもいけるって。VR機材も手元にあるっちゅうてるから今からやってまうとして、ここに呼ぶか、新規で部屋立ち上げるか、どっちする?」

「落ち着いて話できる空間のチャットルームいちいち作るのも面倒だし、ゲストパス発行して、ここでやっちゃえばいいんじゃないかな」

「せやな。ほな、ゲストパス発行するわ。教授の方はどない?」

「天音おばさんの方も今からでも問題はないみたいだけど、また今度直接顔をあわせる機会があるんだよね?」

「来週ぐらいからしばらく、関東の学校の二次試験集中して受ける予定で半月ちょっと部屋借りとるんやて。その間やったら、そこそこ融通効くらしいで」

「じゃあ、あまり身構えさせないように、まずは私達だけで会おうか」

「了解や」

 春菜の提案にうなずくと、チャットルームのアドレスとゲストパスを友人に送信する宏。一分後、入室チャイムと共に、玄関の方から一人の眼鏡の青年が入ってきた。

「今回は、手間かけてもうて申し訳ありません。向こうで東と仲ようさせてもらっとった、西岡健一と申します」

「こちらこそ、こっちにまで気を配ってくださってありがとうございます。宏君のクラスメイトの藤堂春菜です」

「あたしは溝口真琴よ」

 入ってきて早々に深々と頭を下げて自己紹介をする健一に対し、割と好意的な感情と態度で対応する春菜と真琴。どうやら、第一印象は悪くなかったらしい。

「久しぶりやな、西岡」

「せやな。東が元気そうでよかったわ」

 初対面の挨拶を終えた健一に、宏が声をかける。そのリラックスした態度と表情に、どことなくほっとした様子で健一が答える。

「にしても、あの写真来た時はびっくりしたで。あの東が女の子とハイタッチしとるとか、天変地異の前触れか思ったわ」

「せやろうなあ。僕かて、女の子と普通に物理的な接触持てるようになるとは思わんかったわ」

「何より驚いたんが、テレビとかやったらともかく、現実では見たこともあらへんようなものすごい美人さん相手やっちゅうところや。しかも、相手の人物凄い優しい、幸せそうな顔しとるっちゅうんがな。正直、この人実在するんやったら女神かなんかやな、としか思えんかったわ」

 健一の言葉に、思わず吹き出しそうになって必死にこらえる真琴。別に春菜の性格が写真の印象からかけ離れている、とか言う話ではなく、女神か何か、という点に対して春菜が何と形容していいか分からない、実に困り切った表情を浮かべたからだ。

「そのあたりはまあ、置いとこうや。春菜さんが困っとる」

「せやな。クラスメイトやない上に明らかに年上の溝口さんとか、あと写真に一緒に移っとった中学ぐらいの女の子とか、明らかに地雷な感じの年齢層の女子とどういうきっかけで仲ようなったんかは気になるけど、そういうんは後回しや。ちょっとばかり、お互いの状況について情報交換しよか」

「おう。っちゅうても、僕の方は今ん所は平和や。春菜さんの身内とかに、マスコミに顔きく人がようけおったから、こっちに対してはシャットアウト出来とる。うちのクラスメイトに関しても、春菜さんと仲ようなったんをきっかけに、僕の境遇に関しては情報共有できとるからな」

「なるほどな。こっちはなかなか最悪やで。俺とかは県またいで私立に進学しとるからまだええけどな、地元で進学した連中は軒並みマスコミと自称教育研究家にやられとる。田岡とか、教師が同情して内申甘くしそうなほどカリカリしとってなあ」

「そら難儀やな」

「まあ、それでも男子連中はまだマシやで。お前の事件でマスコミのエグさも見とって、そっち方面にも不信感持っとるから、まともに相手もしてへんし。問題なんは女子や」

 健一の吐き捨てるような言葉に、思わず表情がゆがむ宏。春菜と真琴も、渋い顔になってしまう。

「俺は実家が引っ越したばっかりやったし、試験会場行くんが他の奴等とは完全に別ルートやったから助かったんやけどな。センター試験の日の朝やっちゅうのに自宅とか駅とかに待ち構えて付きまとった記者とかおったみたいでな。何人かそれで遅刻しかかったり、無関係な人間教室まで連れてきたっちゅうて会場でかなり注意されたりしたらしいわ」

「それ、会場から出版社へ抗議いかんかったん?」

「どうせ、無関係やとか言うてしらばっくれおったんやろ。で、そんなんで精神的にガタガタになって、女子の何人かが無茶苦茶成績落としたみたいでな。八つ当たりでその恨みがお前に向きそうな感じやねん」

「勘弁してや……」

 健一の説明に、げんなりした顔でうめく宏。どうやら、大阪の状況は想像以上に悪いようだ。

「一応、田岡とか横山、松島あたりのこっち側の連中に関しては、傍若無人なマスコミにカウンターかますためにちょっとばかし監視プログラム組んで渡したあるし、その映像がええ感じに世界中に拡散しとる。せやけど、そいつらがほんまに記者やっちゅう証拠にはならんからなあ」

「……えっと、ちょっと話が脇にそれるけど、確認していい?」

「どうぞ?」

「宏君が罵られながらチョコ無理やり食べさせられてるところとか、入院中に見舞いと称して病室に来た女子に罵詈雑言浴びせかけられたところとか、深夜に不法侵入した主犯に存在全否定されながら首絞められて殺されかかってるところとか撮影して広めたの、西岡君でいいの?」

「そうですよ。正直、他にええ方法なかったんかと思わんでもなかったんですけど、所詮中学生やと、できることはそれぐらいやったんですわ。集団相手に真正面から対抗できるほどの腕っぷしも頭も無かったし、あんまり正面切って全力で対抗して、俺まで目ぇつけられたらそれこそ東を助ける手段があらへん、っちゅうんで、悪趣味とか人でなしとか言われる覚悟であれをやりました」

「そっか。……ありがとう、宏君を助けてくれて」

「感謝されるようなこっちゃありません。もしかしたら、俺が東の立場になっとったかもしれん。東がおらんなったら、今度こっちまであいつらのえぐい攻撃にさらされるかもしれん。そう思ったら、なんもせんっちゅう選択をよう取らんかっただけです。それに、結局あいつらなんとかできたんも、東が廃人になりかけてようやくです」

 春菜に礼を言われ、情けなさそうに顔をゆがめてそう吐き捨てる健一。思春期真っただ中の頃に受けた傷は、なかなか根深いようだ。

「何より最悪なんが、俺は横山っちゅうクラスメイトの男を矢面に立たせた上、何のフォローもせんと隠れ蓑にしたっちゅうことです。おかげでそいつ、女性に対してごっつひねくれてもうて……」

「話聞いてる限り、っていうか、あの映像見てる感じだとそれでもギリギリっぽい感じだったんだから、あんた一人が背負い込むことじゃないと思うわよ?」

「せやけど、俺は東が立ち直るんにも、横山が女に対して態度軟化させるんにも、何の役にも立ってません。横山が女性の事を女っちゅう信用ならん生き物、っちゅう接し方から一人の人間として相手できるようになったん、藤堂さんの写真見てからようやくです。俺ができたことは結局、死人出さん事と、事件を隠蔽させんと一部始終全部表に出したことだけです……」

 真琴のフォローを遮り、にらみつけるような視線を地面に向け、血でも吐き出さんばかりに自分を弾劾する言葉を絞り出す健一。これが仮想現実内のチャットルームでなければ、血がにじみだしてもおかしくないぐらいの力で拳を握りしめている。どうやら、宏を生き延びさせた立役者も、精神的には随分とぎりぎりのようだ。

 その様子を見ていた春菜が、こっそりチャットルームのメニューを操作する。

 数秒後、入室音とともに天音がチャットルーム内に現れる。

「こんばんは。西岡君、でいいのかな?」

 春菜により招き入れられた天音が、状況を収めるために健一に声をかける。

「は、はい。そうですけど……。って、もしかして海南大の綾瀬教授ですか? あの大天才の?」

「大天才かどうかはともかく、多分西岡君が知っている綾瀬天音であってるよ」

 突然声をかけられた健一が、予想外の人物に声をかけられたことで思考が一瞬真っ白になる。

「実は、大阪にいるときの治療プロジェクトを主導した縁で、私が東君のこっちでの主治医もやってるの」

 天音の言葉を聞き、さらにポカンとした表情を浮かべる健一。その様子に一瞬だけ小さく苦笑を浮かべ、すぐに表情を戻してから言葉をつづける天音。

「実は春菜ちゃんの協力で、途中から会話をモニターさせてもらってたから、大体の話は把握してる。で、それを踏まえて、西岡君に一つ、言いたいことがあるの」

「……はい」

 優しげな、だが真剣な表情を浮かべてそう言う天音に、思わず居住まいを正す健一。健一が聞く態勢になったのを見て、言いたかったことを口にする天音。

「よく頑張ったね、西岡君。そのやり方が誰からも認められる種類のものじゃなかったとしても、大人の理不尽と怠慢に負けずに頑張って友達の命を守り抜いた。その一点だけで、他の誰よりも立派だった。西岡君は、胸を張って誇っていいんだよ」

「……でも、俺は……」

「中学生が、教師の行いやクラスの雰囲気に逆らうのがどれほど大変か、私はよく知ってるよ。あの事件、教師が敵に回って学校が黙認どころか半ば公認してた時点で、誰にも完璧な対応なんてできなかった。私は、正面から立ち向かおうとした横山君と、自分でできる最大限を行動に移して結果を出した西岡君の事を、結構尊敬してるんだよ?」

「俺、力なかったのに、本質的には何もできんかったのに……」

「でも、西岡君が頑張ったから、東君は今、ここにこうして生きてる。春菜ちゃんが恋するほど素敵な男性に成長できた。西岡君が居なかったら、春菜ちゃんは東君を好きになることはできなかった。だから、西岡君の後悔は私達が引き継ぐから、そろそろ自分を認めて褒めて、許してあげて、ね」

 そう言って、健一の体をそっと抱きしめる天音。親以外の大人に初めて、本心からの言葉で自身を全て肯定され、健一の涙腺が決壊する。

「……俺、……俺!」

「うん。大丈夫。もう大丈夫」

 天音に縋りついてむせび泣く健一を、やさしく見守る宏達。二十代前半から半ばにしか見えない天音の外見ゆえに、うがった見方をすればなかなかいかがわしい想像が出来かねないが、天音の聖母のような表情のおかげでそういう誤解の余地は一切ない。

 そうしてしばらく天音の豊かな胸を借りて泣き続けた健一が、何やら吹っ切れた表情で顔を上げる。

「みっともないところ見せてまいました。ご迷惑を……」

「いいのいいの。カウンセラーは、これも役割だから」

 恥ずかしそうにそういう健一に、やさしく微笑みながらそう返す天音。その様子を見ていた宏が、渋い顔で口を開く。

「西岡でこれやと、松島さんとかも大概ヤバそうやなあ……」

「……せやった。俺の事はこの際どうでもええ。まずは松島何とかせんと」

「やっぱり、ヤバいか?」

「おう。いつ包丁持って出版社に殴り込みかけてもおかしない……、いや、それぐらいやとまだええ方やな。いつ、主犯グループと刺し違えての無理心中図りに行くか分からんぐらい、あいつ追い込まれとるわ」

「そらまたヤバいな……」

「ホンマやで、まったく。せっかく東の写真で落ち着いたっちゅうのに、あの連中余計な事してからに……」

 健一の様子から、大阪にいる連中の様子を察してしまった宏の言葉に、健一が追い打ちをかける。

「そうそう、東君、西岡君。マスコミに関しては、朗報があるの」

「朗報、ですか? 今までの経過踏まえると、この件に関して教授が朗報とか言うてまう内容っちゅう時点で、なんぞやばい感じしかせえへんのですけど」

「物凄く渋って中立、もしくは逃げの姿勢だった放送局系が、受験生に年末年始どころかセンター試験直前まで付きまとってるって話を聞いて態度が変わったんだよ。そこから一気に支持が広がって、現時点で放送局が三社、新聞社が大手五紙のうち三紙、出版社が大手四社を中心に大小合わせて三十社、こっちの味方に付いてくれるのが確定したよ」

「そらまた、一気に話がデカなりましたやん」

「せっかく自浄作用を発揮してまともになってきたのに、一部の不届き者のせいでこれまでの成果が否定されるのが気に入らないんだって」

 天音が告げた「比較的まともな」マスコミ関係者の言葉に、さもありなんという感じでうなずく宏達。特に新聞社と出版社は、いろんな意味死活問題につながるだけにかなり必死である。

「西岡君のおかげで受験生の妨害に関しては証拠も取れてるし、マスコミ方面はどうにかなりそうだよ」

「俺、役に立てましたか?」

「うん。だから、こっちの事は私たち大人に任せて、西岡君は二次試験と中学時代の悪夢を終わらせることだけに専念してくれればいいから」

「……そこまで甘えてしもて、いいんですか?」

「むしろ、東君や西岡君が悪夢を終わらせて、ちゃんと立ち直って人生を謳歌してくれることが一番大事なんだよ。それが、私達のこれからの武器になるから」

 だから、私達を助けると思ってそっちを頑張ってね。その天音の心からの言葉に、小さくうなずく健一。

 宏達の中学時代は、四年の歳月をかけてようやく終わりへの最終局面に向かうのであった。
海外高跳びしたチョコ製造犯の末路については、なんか自分で決めるのも嫌だったのでさいころの神様のお告げに頼りました。
日本人女性が巻き込まれてる系の海外での犯罪とか適当に5個ピックアップして、特に問題なく過ごしてるというのを含めて6個にしてサイコロ振ったら、想定してた二番目ぐらいにえぐいのを容赦なく選んでくださいました。

一番はご想像にお任せしますが、犯罪に巻き込まれて死亡、ではなかったことだけは断言しておきます。ぶっちゃけ、本編で出た結果にしろ一番悪いやつにしろ、犯罪に巻き込まれて即死のほうがすぐに楽になれる分マシだと思うので……
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