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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

201/216

第19話

今回、普段より若干短めです。
具体的には、個人的に最低ライン目標にしているテキスト容量30kbに0.1kほど足りない感じ。
普段の平均でみると多分2kb強短いかと。
「体育祭も終わったことだし、そろそろ文化祭に向けて全力を出すわよ!」

 地域の運動会・体育祭ラッシュも終わった十月下旬。終わりのホームルームで、文化祭実行委員の安川がそう宣言する。

「まあ、あと一カ月ほどだしなあ」

「そろそろ、店の外観とレイアウトぐらいは決めないとだからなあ……」

「あと、結局服はどうするんだっけか?」

 安川の宣言を受け、ややローテンション気味ながらも、思考を文化祭に切り替えていくクラスメイト達。この日は、体育祭が終わってから十日ほど。体育祭その他で遅れ気味になっていた受験勉強に全力投入していたこともあり、実行委員以外はすぐには文化祭に思考が切り替わらないようだ。

 その体育祭自体は事前の予想通り、全員参加の綱引きとハプニング満載の借り物競争以外は盛り上がりもほどほどだった。全員参加の綱引きは宏のいるチームが圧勝し、対戦者全員に壁に固定したロープを引っ張っているような感覚だったと言わせている。

 また、ハプニング満載の借り物競争ではお約束のエロ系のネタとして未開封のブリーフ以外にも、下手なエロ本よりもエロい全年齢対象の漫画とかライトなBL本が仕込まれており、特に全年齢対象エロ漫画に関してはいろんな性癖に対応した複数の作品を用意してお題を引いた対象者に踏み絵を迫る、という恐ろしい展開に男子一同が戦慄していた。

 他にも三大お姉さまとか今後が気になる二人とかのお題も含まれており、その絡みで春菜も宏もきっちり借り物として巻き込まれているが、そちらは大したトラブルも発生していないので割愛する。春菜がアンカーとして参加したリレー二種も、普通に春菜が一位でゴールするというありきたりな展開なので詳細は省く。

 なお、エアリスの運動会観戦に関しては、詩織の提案通り礼宮家の関係者という形で神楽のものを見ることに成功。運動会という文化を正しくウルスへと伝えることができていた。

 冬華に関しては、エアリスの目で見たものを共有するというやり方である程度臨場感を伝え、その上でいくつかの映像を見せたので、エアリス同様運動会に関する理解はほぼ完璧なものとなっている。後は、いずれ彼女が参加できるように、というのが今後の関係者の課題だろう。

「とりあえず、早いうちに決めて進めておかなきゃいけない事を、優先して決めていきましょう」

「そうだね。とりあえず、材料の発注とかがかかわってくるから、まずは服かな?」

「服っていうか、エプロンね。百均で同じ色のを人数分、でいい気もしてるけど、どうかしら?」

 蓉子の指摘を受けて春菜が挙げた最初の議題に、安川が前々から考えていた提案を口にする。手間もコストもかからない安川の提案に異議なしの声が上がる前に、春菜がおずおずと手を挙げる。

「えっと、藤堂さん、何かあるの?」

「なんか、うちの権力とかコネとか使い倒すみたいな感じで気は進まないんだけど、うちのお母さんたちの親友でアパレル関係やってる人がね、新人教育もかねてぜひ協力したいって言ってきてるんだ。新人教育だから、費用はこっちの予算に合わせてくれるって」

「……藤堂さんの関係者でアパレルがらみ、っていうだけでも色々怖いわね……」

「だよね。それに、もともと手を抜く予定のところとはいえ、その気になれば自分たちで作れるものを外注するのは、趣旨からいってどうかっていう疑問もあったから、ここは相談かなって」

 春菜と安川のやり取りに、クラスメイト全員が沈黙する。過去にも生徒の持つコネでやたらレベルの高い特注品を格安で外注したり、業務用の高性能な機材を材料込みでタダ同然の値段で借りたりといったことはなかった訳ではない。

 ただ、今回に関していえば、すでに天音から焼き芋機を借りている上に、場合によっては追加で機材を借りる話もついている。そこに、たかがエプロンとはいえ衣装まで特注品を外注するのはいかがなものか、という点が春菜としてはどうしても引っかかるのだ。

 そのあたりはクラスメイト一同も同じらしく、更に春菜の関係者=基本的に一流以上、という図式も相まって腰が引けてしまっているのである。

「ねえ、春菜。一応念のために確認しておきたいんだけど、先方はエプロンだっていう話と大まかな予算は知ってるの?」

「うん。単に作るだけなら、一枚百円未満で人数分っていうのは余裕だって言ってたよ。ただ、生地の質は普段使ってるのよりかなり落とすことになるみたいだけど」

「そう。単に作るだけ、っていうのはどういう意味?」

「デザインとかが決まってて、型紙が最初からあるんだったらって事なんだけど、向こうが協力させてほしいっていうのは、むしろデザインと型紙づくりの方なんだって」

「……それ、ものすごく高くなるんじゃない?」

「だから、新人研修の一環として、教育費と広告費って形で経費で落として、材料費だけこっちから徴収する形でやりたいらしいんだ。私は企業レベルでのアパレルのデザインってなるとさっぱりなんだけど、こういうのってノウハウ面でも結構おいしいみたいで、問題ないならぜひやりたい、って」

 聞けば聞くほど、断りづらい条件である。むしろ、なぜにこれほど好条件を出してきているのか、そこがすでに疑わしいレベルだ。

「ねえ、春菜ちゃん。意地でも断らせまいって感じなんだけど、何か他に裏はないの?」

「裏っていうか、卒業生なのに天音おばさんだけ私達に協力してるのがずるい、みたいな感じ?」

「ずるいって……」

「美優おばさんとかうちのお母さんとかは毎年の事だからいいんだけど、今年は天音おばさんも協力しちゃったから、小学校の頃から仲良しなのに一人だけハブられたみたいな感じで寂しかったらしくて……」

「うわあ……」

 春菜から聞かされた相手方の本音に、思わずドン引きした声を上げる美香。他のクラスメイトも、高校生の子供が普通にいる世代とは思えない子供じみた理由にはどうコメントしていいかわからず、あちらこちらで描写できない種類のうめき声をあげている。

「えっと、とりあえず確認だけど、三十六人分で税抜き三千六百円で作ってくれる、っていう事でいいの?」

「うん。で、それとは別に先方からの提案なんだけど、税抜き八千円出してくれるんだったら、三角巾もセットにした上で百均のより何段階かいい素材使って、かなり長く使えるものを作ってくれるって。あと、これはエプロンだけでも三角巾のセットでも同じなんだけど、今日の段階で屋号決めておけば、ロゴマークもデザインして刺繍してくれるみたい」

「……だそうだけど、どうする? 頼んじゃってもいい、って人は挙手」

 安川の確認に、手を挙げたのが十六人。過半数にやや届かない所である。

「過半数に届いてないから、頼まない方針でいいのかしら?」

「いや、その前に確認しておきたいんだが、東と藤堂が挙手してなかったのは反対だからか?」

「私は立場上棄権したんだ。賛成票でも反対票でもないって扱いでお願い」

「僕も、そのあたりの経緯知っとるから今回は棄権するわ」

 賛成に手を挙げなかった宏と春菜に、同じく賛成に手を挙げなかったクラス委員の山口が理由を聞く。理由を聞かれて正直に答え、棄権することを告げる宏と春菜。

「だそうだから、反対って人間のカウントも採っておいた方がいいだろう」

「そうね。じゃあ、反対の人、挙手」

 山口に促されて安川がとった反対票の確認に、手が上がったのが十四人。合計六人が棄権である。

「過半数じゃないけど、多数決だと賛成票の方が多いわね。だったら、発注するって事で問題ないかしら?」

「別にいいんじゃない? ってか、断固反対って子はいるの?」

 念押しするように確認する安川の言葉に、反対票を投じた女子がクラス全員にそう問いかける。その問いに対して、誰一人として反応しない。

 どうやら、反対している人間もなんとなく反対という程度で、絶対に嫌だと言い切れるほどの理由はないようだ。

 結局のところ、春菜の身内がかかわって話が大きくなりはしたが、所詮はたかがエプロンの購入先の決定でしかない。コスト的に大差ないのであれば、百均だろうがデザイナーズブランドになろうがどうでもいい、というのが賛成派反対派双方の本音だろう。

 クラスの空気を悪くするほどにこだわっている人間など、誰一人としていないのだ。

「だったら、お願いする方針で。あと、三角巾も一緒に頼んじゃっていいかしら?」

「いいんじゃない? うちは食材の大部分を藤堂さんが無償で提供してくれるんだし、予算に余裕はあるんだろ?」

「そうね。食材で買う必要があるのは、芋煮やおでんに使う肉類と練り物系に調味料だけだものね。それ以外に模擬店で必要になりそうなものも、消耗品以外の大半は学校の備品で行けるし」

「だったら、そのあたりは決定でいいっしょ」

「反対って人は? ……いないみたいだから、エプロンはそれで。藤堂さん、お願いね」

「うん。頼んでおくよ」

 何人かのクラスメイトの発言を元に安川が決を採り、春菜に発注を頼んでエプロンの話を終わらせる。

「で、次はお店のレイアウトとか外観、それとせっかくエプロンに刺繍してくれるんだから、屋号も決めちゃいたいんだけど、レイアウトの前にちょっと話し合いが、っていうか機材と食材担当の東君と藤堂さんに確認しなきゃいけない事が……」

「確認したいこと?」

「機材の話も出るっちゅうことは、なんぞメニュー増やすことにでもなったか?」

「増やせるかどうかの確認、ね。生徒会から許可をもらった時に、このメニューだったらじゃがバターを増やせないか? って言われたのよ」

「「「「「「ああ……」」」」」」

 安川が話し合いとして持ち出したじゃがバターの一言に、非常に納得した感じの声がクラスのあちらこちらから上がる。実のところ、フライドポテトも欲しいという意見も一緒に出はしたものの、教室で揚げ物は許可が出せないという理由で、言い出した生徒会自身がすぐに取り下げている。

 その反応にしばし考え込み、宏が口を開く。

「機材に関してはまあ、増やすんは増やせるわ。せやけど、ものっそい作業忙しいなんで」

「そうよねえ……」

「あと、機材増やす場合には二パターンあってな。一つは普通にガスコンロ一個増設して一般家庭でもできるやり方で作って供給する方法やけど、ものすごい手がかかる上にお客さんようけ来たら間に合わんのが問題やな。もう一つは、どうせ焼き芋機借りるから、綾瀬教授に別の機材も一緒に借りる方法やな。これは焼き芋とおんなじで、割とガンガン量産できんで」

「……綾瀬教授って、いろんなもの作ってるのね……」

「変な気ぃ起こさせんように、新技術開発したときの実験機は基本、すでに市販品で十分以上なもんをコストあわんレベルで技術の無駄遣い的な感じで作るんやって」

「なるほどね……」

 宏の説明に、深く納得する安川。焼き芋製造機という前例があるので、説得力は十分だ。 

 なお、おでんや豚汁に使う鍋の類については、おでんのものは業務用の機材を学校が、というより厳密には学食が保有している。文化祭とその準備期間に限り学食からレンタルが可能で、学食がおでんを始めるのは文化祭以降になるのが潮見高校の伝統である。

 蒸し器に関しては残念ながらぎりぎりまで肉まんなどに使われるためコンビニその他で使われているものは借りることができない。業務用の大型の蒸籠は学食から借りられるので、肉まんなどをやるとしたらそちらになるのだ。

「食材の方は、大丈夫そう?」

「イモ類と根菜は、安永さんの倉庫に一般家庭の消費量じゃ十軒単位で頑張っても消費しきれない分量保管させてもらってるから、じゃがバターぐらいなら問題ないよ」

 食材の問題についても、春菜があっさり問題ない事を告げる。

 春菜が告げた豪快な分量に、クラス中からざわめきが起こる。そもそも家庭菜園というもの自体が、自分の家で消費しきれないほどの収穫物ができるのがデフォとはいえ、流石に農家の倉庫を借りなければいけないというのは豪快に過ぎる。

 実は各種芋がまだまだ収穫期真っ最中だとか、大根をはじめとしたもうちょっと収穫期が先になるはずの野菜が穫れ始めているとか、逆に夏野菜の一部が復活してまた収穫できるようになっているとか、春菜の畑はなかなかファンタスティックな状況になっているのだが、言っても信用などしてもらえないので黙っている。

「後は作業スペースと作業量の問題やけど、食材の仮置き場に予備の鍋も考えたら、多分教室の半分近くは食いつぶすやろな」

「そんなに必要になるかしら?」

「機材の量がなあ。それに、寸胴鍋一杯でも売れる量としては結構知れとるから、焼き芋のえげつない集客力考えたら、絶対途中で追加が必要になりおるで」

「……そうね。確かに、焼き芋は危険ね……」

 出来立てアツアツの焼き芋が放つ匂いの魔力を思い出し、真剣な顔でうなずく安川。焼き芋製造機の試運転をしたあの日は、両隣のクラスに残っていた連中からの突き上げもすごかったのだ。

 しかも、焼き芋というやつは食べ歩きにも悪くない。つまり、客がそのまま宣伝もしてくれるわけで、その集客力はうなぎのぼりである。

「これで当日寒かったら、どんだけ仕込んどっても足らんかもしれんで」

「……そうね、分かったわ。イートインスペースはある程度諦めて、教室の前半分は仕上げのための調理スペースって事でいいわね?」

「異議なしだが、こりゃ、調理実習室もひどいことになりそうだよなあ……」

「なんだか私たち、自分からいばらの道に踏み込んじゃったかもしれないわね……」

 宏の指摘から始まった一連の話に、思わずみんな揃って早まったかもと思い始めるクラスメイト一同。そんなクラスメイト達に、何をいまさらという感じで宏が話を進める。

「で、まあ、正確なレイアウトとかは機材の確認してからやけど、大まかな店のイメージと屋号は今日決めてまおう」

「そうね。と言ってもまあ、このラインナップで思いつく屋号って、そんなにバリエーションはないわよねえ……」

「そうそう。こういうのは、ベタな方がいいよな、絶対」

「てか、このメニューで店の名前とか格好つけるのって、逆に痛々しいよなあ」

「うん。うちのクラスだったら、そういうと思ってたわ」

 宏に水を向けられ、安川を中心に店の名前について前振りのような会話を始めるクラスメイト一同。主に男子が悪ノリしている感じだが、口を挟まないだけで女子も特に異を唱える様子はないあたり、考えていることは似たようなものらしい。

「ベタでややダサい感じがよさげっつうことで、ひらがなで『いもや』でいいんじゃね?」

「名が体を表しまくってる上に、わざとらしいぐらい狙って付けてるのが分かる微妙なダサさがいいな、それ」

「つうかやべえ。なんか、その名前聞いたらそれ以外思いつかねえ……」

「だったら、『いもや』でいい?」

「「「「「「異議なし!」」」」」

 妙なテンションにおされ、満場一致で屋号が「いもや」に決定する。

「いもやって名前だと、コント番組とかで見かけるような、ボロいとレトロが紙一重って感じのイメージがいいんじゃないかしら」

「あ~、分かる分かる! 飲み屋っぽい感じで一番の売りは肉じゃがです、みたいな」

「今回は肉じゃがじゃなくておでんなんだが、まあそのイメージは分かるな」

「問題は、そこにあのメカニカルな焼き芋製造機が鎮座することだが……」

「いいんじゃない? そういうお店って、たまに店の外観とか内装から浮いた、めちゃくちゃ最新鋭の機械とか置いてあったりするし」

 屋号を決めたテンションで、店のイメージも一気に決める。あくまでイメージなので、実際にできるかどうかは今日の時点では決めない。

「じゃあ、店のイメージはそういう感じっていう事で、悪いけどどの程度の事ができるかとかどれぐらい予算がかかりそうかとかは、その手の作業が得意な子で話し合って今週中に教えてちょうだい。それ以外の子は、明日からできるだけ時間取って料理の練習ね。藤堂さん、最初だけ指導お願いね」

「分かったよ。あ、そうそう。おでんのダシは今日からちょっとずつ育てていこうかと思うんだけど、どうする?」

「育てるって?」

「食べてもらうあてはあるから、毎日おでんつくってあっちこっちで振舞って、前の日のダシを次の日のダシに混ぜるやり方で味を深くしようかな、って」

「……それ、どこの老舗よ……」

 早速料理で暴走する兆しを見せる春菜に、どうしたものかと眉間にしわを寄せる安川。正直、そこまでのクオリティは求めていない。

「ねえ、春菜。よく考えて」

「何を?」

「豚汁、みんなで作るのよ?」

「そうだね。それで?」

「おでんだけそんな手の込んだことしちゃったら、バランス取れなくなるでしょ? そうでなくても、料理の腕はバラバラなんだから」

「あ~……」

 いろんな意味で見かねた蓉子が、春菜にそうやって釘をさす。蓉子に釘を刺されて、さすがに暴走しすぎだと察する春菜。

「まあ、どの程度のことまでするかは、明日からの練習で考えようよ、ね」

 どことなくしょんぼりする春菜に対する美香のとりなしに、クラスのあちらこちらから同意の言葉が上がる。

 こうして、成功しすぎたという意味で近年まれにみる大惨事となる模擬店「いもや」は、もうすでに様々な波乱の予感を抱かせる形でスタートを切ったのであった。







「これが、教授からレンタルしてきた万能蒸し器や」

 翌日の放課後。職員室に預けておいた蒸し器を回収してきた宏が、クラスメイトの前で現物を披露する。

 今回天音から借りてきた蒸し器は、前回のものと違ってホットプレートぐらいのサイズしかない。セットで借りてきた蒸籠を含めても、生身で運搬するのには困らない大きさである。なので、昨日の話し合いの後週一の診察の際に、天音から直接受け取ってきたのだ。

「相変わらず妙にメカニカルなのは変わらないとして、今回のは本体部分は薄いんだな」

「上に蒸籠乗っけていく構造になっとるからな。ちなみに、こっちがオプションの専用引き出し式多段蒸籠な。多分どっかで似たようなんを見たことあるとは思うんやけど、こういう感じで引き出して食材の出し入れできるから、いちいち上のんどけんでも中身の入れ替えとか出来具合の確認とかが可能になっとんねん」

 そう言いながら、机を二つ合わせて機材をセットしていく宏。心得たもので、春菜の方もすでにジャガイモのスタンバイは完了している。

「例によって、起動は水電池。ただ、今回は結構な量の蒸気を使うから、こっちのタンクに一リットルほど水を投入したらなあかんみたいやな」

「ほうほう。途中で水を足す必要は?」

「そこは実験してみんと分からんけど、専用の蒸籠でやる分には、大部分が中で循環してフィルターで浄化した上で再利用されるっぽいわ。目減りした分も空気中の水分を集めてある程度は補えるそうやから、少々は大丈夫そうやな」

「……また、無駄にハイテクだな」

「ぶっちゃけ、一見ただの普通の木製蒸籠にしか見えんこの専用蒸籠が、本体と同等以上に超技術の塊になっとるからなあ」

 蒸し器と専用蒸籠の仕様書を見ていた宏が、クラスメイトに対してそんな回答を返す。

 実際、この蒸し器は木製のものにどうやってそこまでの機能を追加したのか、と小一時間ほど問い詰めたくなるほど高性能である。

 食材の出し入れの時以外に、否、出し入れの時も引き出した段にたまっていた蒸気以外は一切漏らさない密閉性能もさることながら、閉じている間は一滴残さず正確に循環させて蒸し器本体に戻す機能にむらなく隅々まで加熱する隙のない調理能力、挙句にどの位置の食材が蒸し上がったかをユーザーに知らせる機能まで搭載されているのだ。

 蒸し器とセットでなければ使えないので市販はされていないが、本体のコストさえクリアできれば観光地などで大きな需要が見込めそうな代物である。

 なのだが、残念ながら前回の焼き芋製造機同様、ジェネレーター周りのコストダウンが非常に難航している上に蒸籠の性能を生かすための機材がまた非常に難しく、現時点では商品化の目途は立っていない。焼き芋製造機と比べると半額程度までは落せているものの、元が高すぎる上それ以外の部分がチャラにしてくれるので、その程度では話にならないのだ。

 売るものが一個五百円程度の肉まんでは設備費に二十年以上かかり、現時点では量産によるコストダウン効果も薄いとなると、商品化しても需要がない。専用蒸籠の機能だけを使い、熱源を普通にガスなどに頼れば、というのも、無駄に高度な制御をしている部分が難しくてなかなか進まないらしい。

 もっとも、思いつくだけの機能をぎっちり詰め込んだ最終進化型をベースに、コストを抑えるためにデチューンを行う作業というのは、技術を磨くという観点では大いにプラスに働く。魅力的だがそのままでは市販はおろか模倣もできない、なんてものをわざとらしく作っては公表する天音に踊らされている気がしつつも、日本の各メーカーは日々それらを市販できるように切磋琢磨を続けているようだ。

「とりあえず、今度のは食材によって時間変わる感じやな。今回はさすがに器かなんかないとあかんから、各人皿の代わりになりそうなもんと箸は自前で用意したって」

「弁当箱のふたでいいか?」

「ええんちゃう? っと、そろそろ最初のは蒸し上がりそうやな。受け皿準備できた奴から並んでや」

 宏に声をかけられ、男女関係なく弁当持参組がずらっと並ぶ。それを見た宏が思わず苦笑しながら、皿として使われる弁当のふたを受け取り、ジャガイモを乗せて隣でスタンバイしている春菜に渡す。

 宏から渡されたジャガイモに春菜が手早く切り込みを入れ、真ん中にバターを乗せて先頭の生徒に返す。その異常に手慣れた動作に、クラス中からどよめきが発生する。

「醤油その他はそっちに置いたあるから、好みでかけたって」

 宏にそう促されて我に返り、調味料スペースに移動する最初の一人。その後も次々にジャガイモは配られていき、あっという間に全員に大ぶりでほくほくのじゃがバターが行き渡る。

 なお、弁当組ではない人間はどうしたかというと、ひそかに数人が学食に走って皿と箸を借りてきていたりする。宏が言う前に気が付いて走った人間がいたあたり、なかなかの察しの良さだ。

「とりあえず、提供作業はこんな感じになるんやけど、どない?」

「多分、かなりもたつくよなあこれ……」

「切り込みいれる役とバター乗っける役は別にいるわね」

「後、バターを事前にどれだけ用意しとくかも悩ましい……」

 結構な手際を要求される提供作業に、悩ましそうにクラスメイト達がささやき合う。一見簡単そうに見えるジャガイモに十字の切れ目を入れる作業も、スピードを要求されれば見た目ほど簡単にはできないことは分かっているらしい。

 その間もじゃがバターを消費する動きは止まらないあたり、よほどうまかったようだ。

「他のんに関しては、焼き芋と芋煮はそない難しいはないわな。焼き芋は取り出して古新聞とかチラシに軽くくるむだけやし、芋煮は器に適当に盛ったるだけやし」

「そうだなあ。こうなってくると、ヤバいのはおでんとじゃがバターか……」

「せやなあ。特にじゃがバターは渡すんが結構スピード命になりおるから、前日は周りのクラスに差し入れ、あたりの口実で練習せんとあかんやろな」

 スピード命、という宏の言葉に、おでんとじゃがバターの話を振った田村がうなずく。そんなにすぐに冷めてしまうものではないにしても、あまりもたつくとどんどん味が落ちる。

「これは、人員配置とかきっちり考えないといけないわね……」

「各料理の専属だけでなく、足りない場所を手伝える遊撃みたいなポジションも必要だな」

「おでんと芋煮、追加で仕込んでおくかどうかも悩みどころね」

「追加で仕込むとなると、調理実習室に何人か常駐、って形になるな」

「調理実習室は、取り合いが激しいのよね……」

 いつの間にか食べ終わっていた安川と春田が、黒板に出てきた課題を書き連ねて検討を始める。それを見た宏が、申し訳なさそうに口を挟む。

「悪いんやけど、僕は当日はよう参加せえへんから戦力外でカウントしてな」

「あ、そっか。そうね……」

「さすがに、東に文化祭の人口密度で頑張れ、とはとても言えないからなあ……」

「その分、準備はどんだけこき使ってくれてもかまへんから」

 心底申し訳なさそうに申告する宏に、苦笑を浮かべながら理解を示す安川と春田。他のクラスメイトも、こればかりは仕方がないと誰も文句を言わない。他の学校、他のクラスならともかく、このクラスでは宏を人口密度も張っちゃけた格好の女も急増する文化祭に参加しろなどと強要する人間は一人もいない。

 そんなことをして宏が壊れでもしたら罪悪感が半端ではない上に、宏と春菜の進展しきっているようで入口にも到達していないじれったい恋愛事情を楽しむこともできなくなる。それをわきまえていないような生徒は、そもそも潮見高校全体で見ても少数派である。

「とりあえず、この後は調理実習室で練習かな?」

「そうね。まずは芋煮から、かしら?」

「かな? なんだかんだ言って、一番作業の量が多いし」

「ほな、こっちはその間にざっとレイアウト決めてまうから、安川さんか春田君かは残っとってくれるか?」

「だったら、俺が残る。後で議事録見せるから、気になる点があったら指摘してくれ」

「了解。じゃ、行きましょっか」

 そう言って、練習組を引き連れて調理実習室に移動しようとする安川。教室から出ようとしたところで、ものすごい人数がスタンバイしているのを目撃して硬直する。

「前の焼き芋といい今回のといい、お前らだけうまい物食ってずるいぞ……」

「文化祭の出し物の検討っていうのは分かってるんだけど、さすがに教室で匂いフルオープンでやるのはひどすぎるわ……」

「……練習で作った芋煮、配ったったらどないや?」

「……それしかなさそうね……」

 宏の提案に、ため息交じりにそう同意する安川。

 まだ文化祭まで一カ月はあるというのに、早くも無駄に宣伝ばっちりな状態になる宏達のクラスであった。







「とりあえず思ったんやけどな……」

 数日後の週末の早朝、いつもの畑。農作業を終えたところで、片付けをしながら宏がポツリとつぶやく。

「今回みたいなみんなで簡単な工作するようなイベントやと、どんぐらいまでやってええんか悩むわ」

「師匠、どれぐらいまでって?」

 宏のつぶやきを聞きつけた澪が、可愛く首をかしげながらその真意を問う。中学生活にも慣れてきた澪は、生活のリズムが夜型に偏らないようにするため、最近は宏達と一緒に早朝の畑仕事を行っているのだ。

 最近増えてきたその微妙にあざとい澪の仕草に思わず笑いそうになりながら、宏は今回の文化祭関連の作業で思ったことを口にする。

「まあ、たかが文化祭で全力出したらろくなことにはならん、っちゅうんははっきりしとるけどな。加減の度合いが今一歩つかみきれんで気ぃ使うんよ。看板一つ作るにしても、僕があんまり触ると絶対まともには終わらんやろうし」

「……師匠のそのあたりに関しては今更過ぎると思うけど……」

「自覚しとった以上、っちゅうんが問題なんよ。これでも相当手加減はしとんねんけどなあ……」

「師匠、具体的にはどんなことがあったの?」

「こんぐらいやったらそんな問題ないか、っちゅう感じで普段のノリでプラ板とか段ボールで簡単な小物作ったんやけどな、プラ板と段ボールやのに高そうな店のインテリアになってそうな質感と見栄えでブツができてしもて、あんまりにも文化祭にそぐわんっちゅうことでアウトになったんよ」

 宏の台詞に、思わずあきれたような表情を浮かべつつ、確認するように春菜を見る澪。澪の視線を受け、安永氏に回収してもらう分の作物を積み上げていた春菜が苦笑しながらうなずく。

「で、師匠。作った小物って?」

「店のあっちこっちに貼るお品書きと、テーブルに飾っとく意味不明な感じの置物な。他にも造花も軽く作ってんけど、これなんか相当手ぇ抜いて作ったのに、本物そっくりになってもうてなあ……」

「あの花は、すごかったよね。正直、触覚まで誤魔化されてた感じだったよ」

「誤魔化されとったっちゅうか、錯覚やろうな。葉っぱはともかく花弁はティッシュとかも使うとったから、見た目のせいで柔らかさの種類を勘違いしたんやろ」

「思い込みってすごいよね……」

 女神なのに宏の作った造花に騙されかけた春菜が、視覚情報の威力と思い込みの影響にため息をつく。恐らくもっと力と経験のある神なら引っかかったりはしないのだろうが、春菜程度なら宏の作る偽物は本物として通じてしまうという事を証明してしまった形である。

「正味な話、どこまでも手ぇ抜かなあかんっちゅうんは、それはそれでストレスたまるで」

「だよね~。宏君が頑張って自重してるから私もできるだけ自重しようとしてるけど、時々思いっきり全力で腕を振るって商売したいって衝動がどうしても出てくるよ」

「今までこういうパターンやったら、機材の段階から自作して最初から最後までずっと割と本気だしてやっとったからなあ。今回は機材までやる余地がほとんどないっちゅうんもあって、参加してんのやらしてへんのやらわからん感じになりつつあるで」

「まあ、今まで屋台だの工房だの食堂だのを造ってきた宏君にとって、文化祭の作業程度じゃお遊びにもならないのは仕方ないよ。ただ、全力は無理でも、もうちょっと工夫とかはしたいよね」

「せやなあ」

 たかが高校の文化祭程度で贅沢な事を言う神二柱に、じっとりとした視線を向ける澪。その視線を受けた宏が、渋い顔をしながら澪に予言をする。

「あのなあ、澪。自分の場合は明日は我が身やで」

「……そう、かな?」

「やってみたら、よう分かんで実際。っちゅうか、澪やと絶対我慢しきれんで手加減捨てるはずや」

「……師匠、その予言は不吉すぎる……」

「そもそも、澪は手加減してもの作った事なんざあらへんやろ? これ、結構きついねんで」

 宏に指摘され、返事に詰まる澪。確かに澪は今まで、なんだかんだと言ってわざわざ自分の技量を加減する必要はなかった。量産のためなどでスペックを抑える作業はたまにあったが、そういう作業は最高スペックを目指すのとはまた違う意味で技量が必要なので、手加減しているのとはまた違う。

 誰でも作れるようにしながら予算や生産性が許すぎりぎりまで高スペックを追求するデチューン作業とは違い、今回は全力を出せないことはない環境で、全力どころか下手をすると真面目に作業することすら許されないという実にもどかしい状況だ。

 何より問題なのは、工夫しようにも現状、できることはほぼ終わっている事である。大工仕事にしろ調理にしろ、クラスメイトのレベルがもう少し上がってくれない事には作業工程の方で工夫するのは難しい。それ以外の部分にテコ入れとなると、それこそ醤油の自作とかその段階から始めることになり、とても文化祭の模擬店のために一カ月で終わらせられるような内容ではなくなってしまう。

「……とりあえず師匠、春姉。明日から三連休だし、別のところでそのうっぷん晴らしたら?」

「別のところで? 具体的には?」

 澪の言葉に、春菜が反射的に聞き返す。別、といった所で、日本では全力で本気の料理というのは可能でも商売は不可能だ。いくら春菜のコネでも、今日思い立って明日から三日だけ商売、というのは手続きや法的な面で厳しい。

「春姉はもう、普通にウルスで本気の屋台でもやればいいと思う。明日は残念ながら達兄も詩織姉もウルスは無理だし、真琴姉も久しぶりに狩りしたいとか言ってたし」

 文化祭のレベルの問題というより、日本で暮らす上での制約により、権能をほぼ完全に封印してなお限界まで加減を強いられる環境によるストレスが大きいと判断した澪が、さくっとウルスを生贄にささげる。

 その澪の提案を聞き、割と真剣に考え込む春菜。ウルスとの行き来を再開した直後に一度、屋台を出してカレーパンを売ってはいるものの、その後は買う方はともかく売る方はご無沙汰である。

 仮にも受験生だからといろいろ我慢した結果ではあるが、それでストレスをため込んで暴発しては意味がない。今回の文化祭で、というより日本に帰ってきてから所々で春菜が暴走がちなのも、恋愛面も含めて水面下でひそかに蓄積していたあれこれが顕在化したというのが実際のところだろう。

「師匠の方は、そろそろウルスの鉄道事業にかかわったらいいと思う。鉄道と飛行機と巨大ロボとドリルは男のロマンで、そのうち類似品すら触ってないのは鉄道だけ」

「せやなあ。そういえば、用地取得の進捗、そろそろレイっちに聞いとかんとなあ」

「師匠、師匠。場合によっては、先にジェーアンで鉄道事業開始かも」

「ああ、言われてみればそういう話もあったなあ。なんぞ、リーファ王女がえらい乗り気なんやっけ?」

「ん」

 澪にそそのかされ、妙にその気になる宏。やはり宏も、鉄道にはいろいろそそるものがあるらしい。

 いわゆる鉄道オタクの類ではないため、珍しい電車を見て興奮したり写真を撮り違ったりはしないが、SLにロマンを感じ新幹線など最新技術満載の車両に惹かれるぐらいには、宏も普通の男の子である。

 もっとも、宏に関しては、興味の方向性はあくまでメカニック方面だ。組み立てや整備を行っている工場や運行管理をしている中央制御室などを見る分にはものすごく食いつくが、それは別段鉄道だけに限らない。

「せやなあ。いっそまずジェーアンで荷役用の線路作って、それベースにインフラ整備進めるようにするか」

「ねえ、宏君。なんだか一気に話が大きくなってる気がするけど、それ大丈夫なの?」

「現場の進捗状況見んと分からんから何とも言えんけどな、聞いた話やとそもそもオクトガルの空爆でまともな建物自体がほとんどなくなってしもとるらしいて、道も含めて一からやり直しみたいなもんやねんて。それやったら、またごちゃごちゃした街並みにならんように、今の段階でメインの交通ルート構築しといた方が後々楽やとは思うで」

「それは分かるんだけど、そういう大事な事思い付きで勝手に進めちゃっていいのかな、って」

「一応レイっちとリーファ王女には確認取るで、そら。王城をどないする予定なんかとかも聞いとかんとあかんねんし。この連休で出来そうっちゅうたら、せいぜいレイアウト決めて瓦礫どけて、一旦仮設の線路敷くぐらいが限界やろう」

 春菜からの突っ込みに対し、意外と現実的な予定を提示する宏。それとてすでに一工房が口や手を出す範囲を超えてはいるのだが、鉄道に関しては多少なりともノウハウの類があるのは宏達だけである。鉄道を作ると国のトップが決めた時点で、あれこれ口も手も出さなけれないけなくなるのは仕方がない。

「日程的に本格的な作業まではよういかんやろうけど、思いっきり線路引くっちゅうんも気分転換にはなりそうやな」

「向こうを生贄にささげたボクが言うのもなんだけど、師匠はほどほどに」

「そうだね。今更と言えば今更だけど、あんまり派手にやっちゃうと、後々おかしなことになるかもしれないし」

「ほどほどにっちゅうんは、春菜さんも同じやで」

「春姉のジャンルに関しては、もはや手遅れだから好きにしていいと思う」

「手遅れって何!?」

 自覚が足りない春菜の悲鳴に、残念なものを見るような視線を向けながら憐みの表情を浮かべる宏と澪。はっきり言って、庶民レベルに関しては、一番広範囲に妙な影響を与えているのは間違いなく春菜である。

 であるのだが、原因を作った宏とたびたび助長していたり加担したりしている澪は、春菜をそういう目で見る資格はない。

「さて、そろそろ片して帰らんと、学校遅れるわ」

「ん。シャワーの時間考えると、結構危険領域」

「……釈然としないけど、そろそろ時間がないのは事実だから追及は後回しにするよ」

 わざとらしく話をそらしつつ帰宅しようとする宏達に、ジトッとした目を向けつつ仕方がないとため息をつく春菜。お互い様の話であるはずなのに、結託されるとどうしても分が悪い。

「とりあえず、私の屋台が何で手遅れなのかっていうのは、夜のチャットルームできっちり追及するからね」

「別にいくらでも受けてたったるけど、ほんまにええねんな?」

「春姉、へこまない覚悟はOK?」

「なんだか、すごい不吉なこと言われてるよ……」

 などとわいわい言いながら、自家消費分の収穫物を乗せた軽トラと澪の自転車は帰路に就くのであった。
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